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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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まほろば大奥譚 第三回/全四回

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第一章 東光大慈院1

 東光大慈院で幽閉生活を送る、マホロバ将軍鬼城貞継(きじょう さだつぐ)
 彼は朝起きると、高僧に言われるまま写経をし、座禅を組み、祈祷を受ける。
 質素な食事は耐えられても、この一連の修行僧のような生活は、貞継を心身共に痛めつけていた。
 彼の中の鬼を押さえるには真言は届かず、それどころか罪意識を増幅させるなど逆効果であったのだ。
 それでも貞継は堪え忍び、心穏やかに過ごすよう振る舞った。
 だが、数日経ったある日、貞継は連れてきた猫を抱えて逃走を試みる。
 葦原明倫館スウェル・アルト(すうぇる・あると)は友達として付き添っていた。
 二人は夕暮れの境内で座り込んだまま、黒いカラスの親子が飛んでいるのを眺めていた。
「ほんの少しでいい……お母さんのこと、思い出して欲しい。悲しい思い出じゃなくて……優しい思い出を」
 彼女の澄んだ歌声が、将軍の心を癒していた。
 貞継はうなだれたままスウェルの声を聴いてる。
「母上は優しい方だっだ……と思う。それを守ってやれなかったし、家臣や女官たちをも傷つけていく」
「何を守るかは、簡単。一番守りたいものから最初に、考えていけば、良いだけ」
「一番守りたいもの……」
 貞継はしばらく考えこんでいた。
 しきりに猫をなでている。
「……望むのは、将軍家の安泰とマホロバの安寧だ。世の中の平穏無事を維持することが、務めだと思っている」
 しかし、将軍としてその務めを果たしていないと彼は言った。
 彼女は手を伸ばして貞継の頭を撫でる。
「そう思うのは、あなたが優しいから。優しいお母さんの、子だから……今だけ、私が、お母さんになって、あげる」
 小さなスウェルの肩に将軍の頭をもたれかけさせた。
 彼女は彼が涙を流しているのを、初めて見た。
「誰かの為を思うなら、自分が思うままに動いて、ほしい。将軍に『信念』があるのなら、私はその手伝いを、しようと、思う。それが、私の願い……」

卍卍卍


 葦原明倫館に転校したアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)も気がかりなことがあった。
 夜、貞継はアキラと共に湯につかっている。
「なあ、もーすぐ父ちゃんになるんだろ? 名前とか考えたのか?」
「そうだな……」
 アキラはかねてより、貞継が自分の父親の話をしたことがないことに気付いていた。
「将軍の父上はどうなったんだ? 托卵で『天鬼神』の力が受け継がれたら、将軍そのものはどうなるんだ?」
「まず……」と、貞継は歴代将軍について語る。
「マホロバ人はもともと二百歳近くは生きる。このマホロバ幕府を築かれた初代将軍鬼城 貞康(きじょう・さだやす)公は長生きをされ、五百年近く存命であられた。この後の将軍も皆、随分と長寿だ」
「そーなのか? じゃあ、俺らよりは長生きできるのか」
 少し安堵したアキラだったが、貞継は即座に否定していた。
「最近ではお前たちとそう変わらん」
 そして、将軍家の威光が陰ると同じくして、鬼の力もマホロバ人としても、弱くなっているという。
 また、幼いころ地下で育てられたため、先代将軍の記憶はほとんどないといった。
「先代将軍が死去したときも、病死とだけきいている。兄たちが継ぐものだと思っていたが、急に亡くなったのは……偶然とは思えない」
 貞継ははっきりとは言わなかったが、当時から毒を盛られてという噂もあった。
 『天鬼神』の力の影響とも否定できなかった。
「だから、托卵で生まれた子は皆、将軍としての継承権がある。その子が死ねば、次へと移っていく。そのとき、将軍継嗣となる証は……これだ」
 そういってくるりと背中を見せる貞継。
 血管が彩られる鬼の顔のようなアザだ。
 アキラは目をそらさないようにしていた。
「将軍である限りは、将軍在位中は『天鬼神』の力は続くと聞いている。力がなくなるのは死んだときか、将軍として役に立たなくなったときだろう……それが嫌なら鬼そのものとなり『天鬼神』と一体化するか……」
 貞継は力なく笑った。
「この身体では……そう長くは保たないだろうけどな」
 自嘲気味に答える貞継の様子に、アキラは全てを悟ってしまった。
 将軍はすでに死を覚悟しているのだ。
「……このヤロー、それで俺を後見人になんて考えたのか! 決めたぞ、俺ぁ、ぜってえそんなもんにはならねえ! ナラカだろうがどこだろうが、意地でも見つけて引きずり戻してやる!!」
 激高して湯船から立ち上がったアキラの前で、戸ががらりと引かれた。
 目の前には大奥の御花実御子神 鈴音(みこがみ・すずね)が真っ裸で立ち、アキラのそれを凝視している。
「あ……あ……えと」
 アキラは慌てて前を隠して湯の中に逃げたが、鈴音は平然とした様子で湯船につかり貞継の側に寄った。
「あまり遅いから……見に来た」
「鈴音か。長風呂すぎたな。悪かった」
「あたし、ずっと将軍を守るから。傍でお世話しながら……頑張るから!」
 そう言って貞継の首に腕を回してしがみつくと、お札をぺたりと彼のおでこに貼った。
 彼女の頭の上で機晶姫サンク・アルジェント(さんく・あるじぇんと)が説明をしてやる。
「鈴音のお手製のお札だよ! どんなときも将軍様を守ってやるってさ!」
「うん……あたしが……ん」
 鈴音が言いながら、湯船で裸のままぴったりと身体を押しつけているので、貞継も少し困ったようにしていた。
「どうしようか?」と、将軍。
「知るか! てめえら……勝手にしやがれ!」
 アキラは二人を見て、呆れたように怒って風呂から飛び出した。
 彼は身体を拭くのをそこそこに、羽織をまといながら書物庫に向かう。
「くっそ、なんかねえのか。あのバカ殿を救ってやる方法はよ! ……何でもいいんだ。あのまま死なせたくねえんだよ」
 アキラは古い文献から絵巻まで、目につくものを片っ端からあさっていた。
 古紙の上にぽとりとしずくが落ちる。
「俺も……バカだけどよ……」