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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~

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イルミンスールの日常~新たな冒険の胎動~
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●イルミンスール:ミーミルの部屋
 
「ミーミル。……私たちは再び、旅に出ようと思う。
 私たちと同じ“聖少女”を見つけ出し、可能なら保護する旅にだ」
 
 部屋を訪れたヴィオラネラからその話を聞いたミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)は、驚いた表情を浮かべ、次いで悲しむような表情に変わり、けれど懸命に笑顔を浮かべて、言葉を口にする。
「……そう、ですよね。それが姉さまとネラちゃんのしたかったこと、なんですよね」
「ああ。シャンバラ中を探してきて、手がかりは見つけられなかった。だが今なら、シャンバラ以外の国に行くことも出来る。
 ……いるという保証はどこにもない。ただ……私に『ヴィオラ』をくれたカリスの想いに、私は少しでも応えたいのだ。
 ……ミーミルには、悲しい思いをさせてしまうな。すまない」
 ヴィオラの謝罪に、ミーミルが首を横に振る。
「私はいいんです。……でも、姉さまやネラちゃんを思ってくれた皆さんが、どう思うか……」
「あー、それはうちもよう考えた。駿真お父ちゃんに引き留められたら、うち、行く気が揺らいでしまいそうや」
「私も、菫やリリに止められて、旅立てる自信はない、な。
 だから、皆には黙って来たのだが……」
 親しい者の名を挙げ、ヴィオラとネラがそれぞれに複雑な表情を浮かべる。会わずに旅立つのは彼らに悪い気がして、でも、もし引き留められでもしたら、決意が揺らいでしまいそうで。
 そんな想いを抱えつつ、ミーミルの所にだけは挨拶をしに行こう、と考えての行動であった。
 
「おっ、いたいた。おーい、ネラー!」
 
 そこに聞こえてきた声、森崎 駿真(もりさき・しゅんま)の声に、最も反応を示したのはもちろん、ネラだった。
「し、駿真お父ちゃん、どうしてここに!?」
「いやー、ネラ達がここに来てるらしいってセイ兄から聞いてさ、今日は一日フリーだし、遊びに行こうかなって。
 あ、ちょっと遅れてセイ兄とキィルも、お菓子持って来るってさ」
「そ、そっかー、そりゃ楽しみやなー。んじゃ、ちびねーさんの部屋を片付けせんとなー。
 つうわけで、駿真お父ちゃんちょいと待っててなー」
 セイニー・フォーガレット(せいにー・ふぉーがれっと)キィル・ヴォルテール(きぃる・う゛ぉるてーる)も来ることを告げた駿真に、ネラが作り笑いを浮かべて答え、ヴィオラとミーミルを部屋の奥へと押し込むようにして、扉を閉める。
「ど、どどどどないしよー!? いくらうちとて、駿真お父ちゃんにウソはつけへんでー!」
「ネラちゃんが無理なら、私や姉さまにも無理です……」
「私たちはまだまだ、経験というものが浅いからな」
 彼女たち『聖少女』は、五千年前に生み出されて以来、今まで延々眠り続けてきた。知識は優れていても、目覚めてせいぜい二年の彼女たちに、世渡り術など行使しようもない。
「……やはり、正直に話された方がいいと、私は思います。その方がお互い、後悔するようなことにはならないと思います」
「……そうだな。ネラ、そうしないか?」
「うぅ、せやなぁ……。駿真お父ちゃん、なんて顔するやろか……」
 結論をまとめた三人が、当初駿真に告げた通りに部屋を片付け(といっても、普段から整理整頓を心がけているミーミルの部屋は、来客用のスペースを確保すること以外、特に掃除などをする必要がなかった)、律儀に外で待っていた駿真を迎え入れる。
「へー、ミーミルの部屋ってこんな感じかー。ネラの部屋も似たような感じ?」
「せやなー、うちとねーさんとでひとつの部屋やから、ベッドも二段になっとる以外は、ここと大して変わらんな。
 そうそう、最初ベッドがメッチャ平らで、寝づらかったわー」
「ミーミルは特に大変ではなかったか? 私たちは羽がなくなってしまったからまだ何とかなるが」
「はい、それはお母さんやアーデルハイト様が色々と手を加えてくれました」
 そう言うミーミルの背後にあるベッドには、いくつかの突起が設けられていた。要は、人間であれば仰向けに寝られるが、羽を持つミーミルは仰向けになると、羽を押し潰してしまうため、必然うつ伏せにならざるを得ないが、すると今度は息苦しくなってしまうため、それを防ぐ措置なのであった。
「だからあんな形してたのか。興味深いな、そういうのって。
 ……あー、早起きしたら腹減っちまったぜ。セイ兄、まだかな?」
 扉を振り返り、お菓子の到着を待つ駿真。会話が途切れた今が、話を切り出すチャンスと見たネラが、意を決して駿真に話を切り出す。
「あ、あのな、駿真お父ちゃん……うちらの話、ちょう、聞いてくれへんか?」
「ん? いいぜ、何だ?」
 振り向いた駿真に、ネラが今日ミーミルの部屋を訪れた本当の理由を口にし始める――。
 
 ほぼ同じ頃、セイニーとキィルはお菓子の準備に取り掛かっていた。せっかくだからと焼き立てのクッキーやパウンドケーキを作り始めたセイニーの目の前で、生地がむくむく、と膨らみ始める。
「こっちはほとんど準備終わったぜ。
 ……なあ、セイニー。おまえからは駿真になんか言ったりしねぇのか?」
 コポコポ、と音を立てる紅茶メーカーの具合を確認したキィルが、セイニーに尋ねる。
 実は、二人は人伝に、ヴィオラとネラが再び旅立つことを知っていた。しかし駿真には話さず、代わりに二人がミーミルの部屋に遊びに来ていることだけを告げたのであった。
「こういうことは、駿真と彼女たちで決めることだと思うしね。自分はその決断を支持するだけだよ。
 ……駿真も、子離れの時期かもしれないね」
 チーン、と焼き上がりの時間を告げるタイマーが鳴って、軍手をはめたセイニーがオーブンからパウンドケーキを取り出す。一瞬見せた寂しげな表情は、すぐにいつもの微笑へと変わる。
「うん、いい出来上がりだ。
 ……駿真と彼女たちがどうするにしろ、穏やかな時間を過ごせるのはあと僅か。そして、その時間をどう過ごしたかで、これからの力にもなるし、縛りにもなるだろう。
 だから自分は、皆がよいひとときを過ごせるよう、準備するだけだよ」
「そっか。確かに、セイニーの言う通りだな。その人によって、力のなり方ってのも違うんだな」
 抽出された紅茶をポットに移し替えながらキィルは、自分は精霊長として慕うサラや、一目惚れしたセリシアに対して、どんな助けが出来るだろうかということを考えていた――。
 
「……つうわけなんや」
 ネラから、自分たちと同じ境遇にある者を探す旅に出ることを告げられた駿真が、そっか、と頷いて答える。
「今日、発つのか? ま、色んなとこ回るみたいだし、こういうのは早め早めがいいんだろうけど」
「うん、そのつもりやで。時間かけると、なんや、行く気が揺らいでしまいそうってのもあるけどな」
 あはは、と笑うネラへ、しばらく考え込んだ駿真が、決意を固めた表情で口を開く。
「……よし、決めた! 俺もネラ達と一緒に行く!」
「……へ?」
 その言葉は予想外だったようで、ネラとヴィオラ、それにミーミルも驚いた表情を浮かべる。
「な、なんでや? 駿真お父ちゃん、イルミンスールの生徒さんやろ? ここを離れちゃあかんのやない?」
「うーん、ちゃんと理由を説明すれば、エリザベート校長も分かってくれると思うぜ。
 それにさ……俺が、ネラの力になりたいんだ。こんな理由じゃダメ、かな?」
 少し照れくさい様子で言う駿真に、聞いたネラが顔を赤くする。
「ちょ、い、いきなりは卑怯やで……メッチャ恥ずかしいわ……」
 言いながら、ヴィオラとミーミルに視線で意見を求める。二人は『ネラ(ちゃん)に任せる』と返してきた。
(うち任せかい……しゃあないな、もう……)
 観念したようにため息を吐いて、そして、ネラの出した答えは。
「……長い旅になるかもしれんで?」
「そんなこと、分かってるさ。どれだけ時間がかかっても、オレはネラ達に付いて行く」
「そっか。……じゃ、うちとねーさんと、来てくれるか? 駿真お父ちゃん」
「ああ!」
 駿真が頷いたところで、部屋の扉が静かに叩かれる。
「あっ、セイニーさんとキィルさんじゃないですか?」
 ミーミルが出迎えると、その通り、セイニーとキィルが手にお菓子と飲み物を持って現れた。
「遅いぜセイ兄、オレ、待ちくたびれちまったぜ」
「ああ、すまないね、駿真。せっかくの場だから、焼きたてをと思ってね」
 中に案内されたセイニーが、バスケットから焼き立てのクッキーとパウンドケーキを机に広げる。
「紅茶もあるぜ、気軽に言ってくれよな!」
 キィルが紅茶の入ったポットを手に言う。
「よし! 準備も整ったことだし、今はお茶にしようぜ!
 ネラ、オレが取ってやるよ、何がいい?」
「うち、ケーキがいい!」
 
 そして、しばし賑やかな時間が流れる――。
 
「セイ兄、キィル。オレ、ネラ達と一緒に行くことにしたんだ。ネラも、オレがいいならいいって言ってくれた。
 それで……二人は、どうする? 長い旅になるかもしれないって話だし――」
 ネラとの先程の話を切り出した駿真に、セイニーが微笑みを浮かべて告げる。
「自分は、駿真と彼女たちの決断を支持するだけだよ」
「そうだぜ。一緒に行ってもいいし、それぞれの場所でそれぞれの役目のために動いたっていい。
 何てったって、オレたちは駿真のパートナーなんだからな」
 キィルも続いて答え、二人に頷いた駿真が、ネラとヴィオラと話し合って決めた回答の一つを口にする。
「じゃあ、一緒に来てくれないか。旅にはある程度人数がいた方がいいと思うし、セイ兄とキィルなら頼りになるし」
 駿真の言葉に、セイニーとキィルが頷いた――。
 
 
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、やがて一行は旅支度を整えるため、ミーミルの部屋を後にする。
「……さて、私たちもそろそろ行こう。あまりゆっくりしていると、遅くなってしまうからな」
「せやな」
 そう言い、二人が立ち上がろうとした時、再び部屋の扉が叩かれる。
「ちょっと! あたしに挨拶もなしで出発しようなんて、ご挨拶ね?」
 応対に出ようとしたミーミルの目の前で扉が開かれ、茅野 菫(ちの・すみれ)が声を上げる。
「菫、やはり君も、私たちのことを知って……」
「菫君だけではない、私もだ」
「……お父さん……」
 次いで現れたアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)に、やって来たヴィオラが言葉を無くす。後ろに付いたネラも、ミーミルも、自分たちが“父”に黙って物事を決めようとしていたことを咎められるのでは、と身を竦める。
「そんなに固くならずとも、私はね、おまえたちの決意が確かなら、それを変えるつもりはないよ。
 ただ、出発するにも色々と準備が必要だろう。ソア君がイナテミスで準備を整えてはどうかと提案してくれた、私も付いて行って出来る限り準備を整えてやりたいのだよ」
 アルツールの言葉に、横からソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が顔を出す。
「ちょ、ちょっと、このまま行かせちゃうつもりなの? 何も二人だけでやろうとしなくたっていいじゃないっ。
 もっと、あたしたちを頼ってよ。友達でしょ?」
「菫君、あまり娘たちを困らせないでおくれ」
「そんなこと言ったって――」
「おいおい、こんなところで言い争いしたって仕方ないだろ?
 結果がどうなるかは知らねぇが、まずはイナテミスに出発しようぜ。その方がずっとマシだと思うぞ」
「そうね、その方がいいと私も思うわ」
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)エヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)の勧めもあって、渋々菫もイナテミスへの同行を決める。
「ミーミル、私たちは先に、発着場へ向かっています。ヴィオラさんもネラさんも、準備を終えたら来てくださいね」
「ああ、分かった。……すまないな、皆」
「おおきに、やで」
 礼を言う二人に微笑んで、そして一行は発着場へと向かっていく――。