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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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志すもの 理想の先
 
「すまねぇが、ここに腕のいい医者が集められてるそうだが何処に行けば会えるんだろうか?」
 教導団本営の受付でそう尋ねる男がいた。
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)――傭兵として教導団とともにコンロンに入った空京大学医学部の生徒だ。
「医者、ですか?」
 詰所でタロットカードらしきものを繰っていた大柄な男が応じる。
「ねー。クローラちゃん。休憩前にもう一仕事。お客さん」
「あぁ?!」
 不満気な声がして、呼ばれた名前とは反対の性別の団員が顔を出した。
 団員は『外来者記録』と書かれたノートを開くと、先ほどの声とは似てもにつかない声でラルクに笑いかけた。
「では、お手数でが身元を証明できるものを。それから、こちらにお名前を――」
「あぁ」
 
 * * * 
 
 名前を書いている間に、傭兵として同行していた時の書類が見つかったらしく、すんなりと案内してもらえた。
「こちらになります。どうぞ」
「あぁ。すまねぇ、手間かけさせたな」
「いいえ。医療班はコンロン各地に出払っていて――本営の数が些か心元ない――とクレア大尉も仰っていました」
「お医者さんは歓迎ってことだよ」
 生真面目に答える背後から、パートナーなのだろう青年が笑顔で割り込む。
「――セリオス!!」
「おっと。俺は傭兵、協力者みたいなもんだからよ。そうしゃっちょこばらなくていいぜ。休憩前にありがとな」
 形通りの綺麗な敬礼とバイバーイという明るい声に見送られ、ラルクは臨時治療所と書かれた扉を開いた。
 
 研修で嗅ぎ慣れた消毒薬の臭いが鼻をつく。
 けれど、医療器具は殆どなく、お世辞ばかりの簡易ベッドの列。
 足りない部分は床にシートを敷き、その上に薄いマットが並べられていた。
 そして、そのどれもに大小の差はあれ、怪我人が横たわっていた。
 医者なのだろう男の罵声が指示を飛ばしたかと思えば、女の落ち着いた声が患者を宥める。
 正に戦場だ。
「…………」
 その状況にラルクは目をしばたかせ、自分の考えの甘さに唾を吐いた。
(土下座でなんでもして、医学を学ばせてくれって頼み込むつもりだったが――それどころじゃねぇや)
 ぽりぽりと頬をかく。
 戦場はいつだって非常時なのだ。
(――俺にできることは……)
 逡巡する。
 人手が足りないのなら、なんだっていいはずだ。
 それこそ、できることを率先して行い、無理なら無理だと言えばいい。
 と、その横を看護婦らしい女性が点滴器材を引き、両手に包帯を抱えて通り過ぎていく。
「おい。あんた――手伝わせてくれ」
 声をかけると驚く彼女から包帯の山を取り上げる。
「あ、あなたは?」
「ラルク。――医者の卵ってところだ。どこに運べばいい?」
 

 * * * 

 
 あっという間に時間がたった。
 気がつけば、日が暮れていたらしいが――コンロンでは窓の外を見てもよくわからない。
 ぐぐーと鳴る腹の音だけが時間の経過の証だ。
(腹減ったなー)
 そうぼんやりと考えながら、ラルクは愛用のノートを開く。
 医学生になったから話さず持ち歩いているそれはもうボロボロだ。
 新しいページに今日、体で覚えたことを書き写す。忘れないうちに――。
 とん、と背中を小突かれた。
「ん?」
 振り返ると、ラルクが包帯を奪った看護婦と数人の男女がいた。
「お疲れ様です」
「あぁ。お疲れさん。どうかしたか?」
「いえ、その……」
 言葉に詰まる看護婦の脇から初老の男がひょこりと顔を覗かせた。
「いやの、わしらこれから晩飯なんじゃがね。お前さんも一緒にどうかと思ってのー」
「そうそう。期待の新人くんも一緒にどうかしら?」
「――お前、あれだろ。なんでも、医学、学びにこっち来たんだろ?」
 矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。
「あぁ、それはそうなんだが……なかなか上手くいかなくてな」
 最後の言葉に応じれば、男女は顔を見合わせた。
「あたしたちもそりゃ、独学だからねぇ」
「教えるってほどでもねぇけど――」  
「それでもよければ――わしらと少し話をせんかね?」
 それは願ってもいない申し出で。立ち上がると、ラルクは頭を下げた。
「ありがとうございます!!」

 * * * 

 
 治療所を出て、食堂に移動していると一人の女性と擦れ違った。
 教導団本営の司令官クレア・シュミット。その人だ。
「戻ってきたと聞いてきたが――コンロンで成すべきことは成せたか?」
「ああ」
 ラルクは力強く頷く。
「とっておきの先生たちが見つかったんだ。しばらく、ここで色々と勉強させてもらうぜ」
「そうか。――今回の戦闘で各地の負傷者が随分と出て、運ばれてきている」
「おう。任せてくれ! ようやくだが役に立たせてもらうぜ!」
 言うと、ラルクは数歩先で自分を待つ先達を追いかけていった。
  
 
 

 
 再び、クィクモ……各地への援軍はあらかたこの地を発ち、龍騎士を迎え打つ部隊は市外へと展開している。龍騎士は既に、クィクモ南東の沿岸に布陣しているという。依然、市内はテロを警戒中だ。
 司令官クレアが司令部に戻ると、戦部がまだ、机に向かい難しい顔をして己と格闘している。
「戦部。……」
「……帝国側の渾身の一撃を退けられれば今回の目的は半分以上は達成した事になるので、今回が正念場です。……しかし前線に対して本営では何もできないので、皆を信じて、打てる手を打つ……」
 半ば、独り言のようではあった。
 クレアは、もう一度部屋を出て、外へ、今度は尖塔の階段を上がり頂へと上る。
 コンロンの、夜風……常夜の風、だが。
 クレアは、本営からコンロンの暗い空を見つめる。雲海から流れてくる雲が渦を巻く。前線のクレセントベースや、シクニカの辺りにまで思いを馳せる。ボーローキョーでは、騎凛師団長も見つかったとの報が入っている。旧軍閥が付近で匿っていたコンロンの帝も一緒だという。帝のことはおそらく今後の統治に関わってくるだろう。そのことを思うとまだまだ……少々気が遠く、重く、なる。
「クレア様」
 パートナーの、守護天使ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)だ。
「あまり、お一人で出歩かれませぬよう」
「うむ。……」
「せめてわたくしを傍に置いてください。今は、仮にも師団を纏める御身」
「まあな。暗殺などされたらたまらぬからな」
「勿論ですとも。そのようなことは、このハンスが……」
 それにしても。と、クレアは再び闇夜に目を移し、思う。
「そろそろ騎凛師団長にも、師団長として行動してもらわねば、な」