リアクション
* * * あっという間に時間がたった。 気がつけば、日が暮れていたらしいが――コンロンでは窓の外を見てもよくわからない。 ぐぐーと鳴る腹の音だけが時間の経過の証だ。 (腹減ったなー) そうぼんやりと考えながら、ラルクは愛用のノートを開く。 医学生になったから話さず持ち歩いているそれはもうボロボロだ。 新しいページに今日、体で覚えたことを書き写す。忘れないうちに――。 とん、と背中を小突かれた。 「ん?」 振り返ると、ラルクが包帯を奪った看護婦と数人の男女がいた。 「お疲れ様です」 「あぁ。お疲れさん。どうかしたか?」 「いえ、その……」 言葉に詰まる看護婦の脇から初老の男がひょこりと顔を覗かせた。 「いやの、わしらこれから晩飯なんじゃがね。お前さんも一緒にどうかと思ってのー」 「そうそう。期待の新人くんも一緒にどうかしら?」 「――お前、あれだろ。なんでも、医学、学びにこっち来たんだろ?」 矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。 「あぁ、それはそうなんだが……なかなか上手くいかなくてな」 最後の言葉に応じれば、男女は顔を見合わせた。 「あたしたちもそりゃ、独学だからねぇ」 「教えるってほどでもねぇけど――」 「それでもよければ――わしらと少し話をせんかね?」 それは願ってもいない申し出で。立ち上がると、ラルクは頭を下げた。 「ありがとうございます!!」 * * * 治療所を出て、食堂に移動していると一人の女性と擦れ違った。 教導団本営の司令官クレア・シュミット。その人だ。 「戻ってきたと聞いてきたが――コンロンで成すべきことは成せたか?」 「ああ」 ラルクは力強く頷く。 「とっておきの先生たちが見つかったんだ。しばらく、ここで色々と勉強させてもらうぜ」 「そうか。――今回の戦闘で各地の負傷者が随分と出て、運ばれてきている」 「おう。任せてくれ! ようやくだが役に立たせてもらうぜ!」 言うと、ラルクは数歩先で自分を待つ先達を追いかけていった。 * 再び、クィクモ……各地への援軍はあらかたこの地を発ち、龍騎士を迎え打つ部隊は市外へと展開している。龍騎士は既に、クィクモ南東の沿岸に布陣しているという。依然、市内はテロを警戒中だ。 司令官クレアが司令部に戻ると、戦部がまだ、机に向かい難しい顔をして己と格闘している。 「戦部。……」 「……帝国側の渾身の一撃を退けられれば今回の目的は半分以上は達成した事になるので、今回が正念場です。……しかし前線に対して本営では何もできないので、皆を信じて、打てる手を打つ……」 半ば、独り言のようではあった。 クレアは、もう一度部屋を出て、外へ、今度は尖塔の階段を上がり頂へと上る。 コンロンの、夜風……常夜の風、だが。 クレアは、本営からコンロンの暗い空を見つめる。雲海から流れてくる雲が渦を巻く。前線のクレセントベースや、シクニカの辺りにまで思いを馳せる。ボーローキョーでは、騎凛師団長も見つかったとの報が入っている。旧軍閥が付近で匿っていたコンロンの帝も一緒だという。帝のことはおそらく今後の統治に関わってくるだろう。そのことを思うとまだまだ……少々気が遠く、重く、なる。 「クレア様」 パートナーの、守護天使ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)だ。 「あまり、お一人で出歩かれませぬよう」 「うむ。……」 「せめてわたくしを傍に置いてください。今は、仮にも師団を纏める御身」 「まあな。暗殺などされたらたまらぬからな」 「勿論ですとも。そのようなことは、このハンスが……」 それにしても。と、クレアは再び闇夜に目を移し、思う。 「そろそろ騎凛師団長にも、師団長として行動してもらわねば、な」 |
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