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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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間章 〜茶会〜


 関谷 未憂(せきや・みゆう)の誘いを受け、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)黒崎 天音(くろさき・あまね)が空京の紅茶専門店にやってきた。
「こんにちは。関谷さん、黒崎さん」
 全員が集まったところで、入店する。
「今、手元に『五名以上でご来店のお客様に春の新作ケーキ一ホールサービス券』があるのです」
 なのでたまには息抜きがてらにと、というわけである。
「予約した『シャンバラ考古学研究ハチドリの会』です」
 入店後は学生の集まりということもあり、他の来店者の迷惑にならない席を希望し、そこへ腰掛ける。
「今日はデートのお誘いありがとう。二人とも可愛いね」
 と、座って早々に天音がそんなことを言うと、一緒にやってきたブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が椅子をガタタッと揺らして、動揺する。
 苦虫を噛み潰したような顔で天音をじっと見たところ、デートという単語に反応したらしい。
 天音が女の子と仲良さげなのもあって、心中複雑なのかもしれない。
「ふふ、冗談だよ」つつ微笑を浮かべる。
 直接の面識は決して多いわけではないが、未憂はPASD関係でロザリンドとは接点
 女の子側からしたら、可愛いの部分は冗談でない方が喜ばしいだろうが、そう口にしがあり、天音とはパートナーのリン・リーファ(りん・りーふぁ)がよく薔薇学のあるタシガンに行くこともあって知り合っているのだった。
 五人が席に腰を落ち着けたところで、注文を行う。

「さて、これまでに得た情報ですが……海京はなかなか深刻な事態になっています」
 ロザリンドがここに来る前に、ポータラカ出発前のホワイトスノー博士と面会をしてきたらしい。
 未憂達と話した【ジズ】や【ナイチンゲール】についてどの程度まで教えるかの相談という名目で訪れ、確認を取った。
 【ナイチンゲール】については、機体干渉能力と、エネルギーシールド形成、さらに「女神の祝福」という絶対防御領域の生成が行えることが分かっており、【ジズ】は「女神の祝福」の代わりに、絶対攻撃の兵装が備わっているという。
 とはいえ、これらはメインではない。
 それらを口頭で確認するように見せかけて、彼女が持っているタブレットPCでアレン・マックスから教えてもらった情報を提示し、ハッカーを突き止めるための情報交換を行った。
 研究所のネットワーク構築の際に意見を出したか設計を行ったのは、海京にはいない本部の所長だという。海京のネットワークと一緒にすると、外部から情報を盗まれるかもしれないため、機密保持の点で別にしたとのこと。これはアレンの予測と同じだった。その時点で海京側で関わりがあったのは、強化人間管理課の風間だけだという。
 そして、研究所のパスコードを知っているのは、ホワイトスノー博士とドクトル、博士の助手のモロゾフの三人が全データの閲覧権を常に獲得しており、申請すれば得られる立場にあるのが風間だった。そうでなくとも、超能力者専用機『レイヴン』の開発に携わっていたこともあり、最重要機密以外は風間も閲覧出来る状態だった。
 そして、ドクトルと風間は共に強化人間研究の第一人者であり、方向性は正反対。互いに学院と研究所を行き来し、意見を衝突させている。
 そして、二人とも天住 樫真という初代強化人間管理課長と面識がある。
 ホワイトスノー博士、モロゾフに関しては一時スパイ容疑があったものの、今は晴れている。また、モロゾフはあくまで博士の助手であるため、学院に顔が利くわけではない。
「おそらく、ドクトルか風間がハッカー――というよりそのためのプログラムを仕込んだ犯人だと思われます」
 アレンはアレンで、別件の仕事を請け負いながら双方の調べを進めているらしい。
「ただ、天住は正体を隠して行動してるみたいだから、迂闊なことはしないように気をつけて。どの程度役に立つかは分からないけど、僕が前に海京で見た外見の印象情報と、体格に関する数値データを渡しておくよ」
 メモリーカードに入ったそれを、ロザリンドが受け取った。
「僕は風間って人には会ったことはないけど、ドクトルなら前に一度会ったことがある。天住とは似ても似つかない中年男性だよ。むしろ、博士の助手だっていうモロゾフ中尉の方が体格は近いものがあるね」
「アレンさんの情報によれば、体格だけならモロゾフさんと風間は似ているそうです。二人とも、歳も同じ位のようですし」
 これが風間です、とその写真を提示する。
「顔立ちは似てないね。変装出来るか、と言われればどうかなってところかな」
 ドクトルが変装したところで、容姿的には無理がある。
 そうなると、モロゾフとドクトルが組んでいて、天住に変装していたのがモロゾフなのか。
 アレンによれば、モロゾフは頼りなさそうな青年を演じているだけであって、実際は対契約者のノウハウを身に付けた最強の一般人らしい。本当かどうかはまだ確認は取っていないが、ベトナムから無傷で帰ったらしいことや、チャーター機に乗る前に、無理に引きとめようとした教導団員を一瞬で退けたという事実があることから、嘘ではなさそうだった。
 ただ、モロゾフがドクトルに協力する理由はあまりなさそうだし、ドクトルがモロゾフのそういった素性を知っている風でもなさそうだという。
「ただ、その天住という人は、『実在の』天住とは似ていたんですか?」
 おそらく、天音がそこまで調べていると踏んだのだろう。ロザリンドが確認した。
「写真を見たけど、まったく同じだったよ」
 それほど完璧な変装が出来るものだろうか。
「変装の件をどうにかしませんとね。とりあえず、私からの情報はそんなところです」
 その謎さえ解ければ、犯人に一気に近づけるかもしれない。
 そして、次は未憂の番だ。
 ホワイトスノー博士と罪の調律者から得た情報を、丁寧に手書きのレポートで用意していた。
「ローゼンクロイツさんはおそらく罰の調律者……罪の調律者さんのかつてのパートナーだということですが、パートナー契約というものは通常解除出来ない……はずですよね。以前、鏖殺寺院で契約を破棄状態にする魔銃が作られ使用されたという話は聞いたことがありますけれど……」
 リンを見遣る。
 パートナー契約はいずれかが死ぬまで解除されることはないものだ。しかも、パートナーロストと呼ばれる契約解除による代償は大きい。
 罪の調律者の姿を考えると、彼女は一度「死んだ」のかもしれない。ローゼンクロイツが(見た目には)生身の人間であることを考えると、そのときに一度契約が解除されたのだろう。
「海京での戦いのとき、ローゼンクロイツさんは女性剣士と一緒で、彼女が剣、彼が盾、そんな感じでした。
 罪の調律者さんは海京決戦のあの日目覚めて、ホワイトスノー博士のパートナーになったみたいです。調律者のお二人がもう一度出会っても、もうパートナーではないのが少し……残念です」
 上手い言葉は見つからないが、それはあの二人が二度と元のような関係に戻れないことを示している。
「そういえば、薔薇十字さんは『絶対的な「神」は存在してはならない』って言ってたね。罪の調律者さんは『「神」へ到達できるとしたら……』って何か言いかけてた。なんだか対照的だよねー」
「対になる二機のイコン。【ジズ】と【ナイチンゲール】。【ナイチンゲール】は防御に特化したイコンなんですよね。そうなると、【ジズ】はきっと攻撃に特化したイコン。ローゼンクロイツさんも防御に秀でた力で、罪の調律者さんはあの傀儡師――『マスター・オブ・パペッツ』の支配と攻撃の力を持っていました。それに、白銀のイコン【ジズ】は海京に現れて他のイコンを止めていました。なんだか、似てますよね。イコンの能力を人が持つ……なんて荒唐無稽過ぎる考えでしょうか」
 そしてまた、そのイコンに選ばれた「終わり」をもたらす可能性を秘めたパイロット。ノヴァとヴェロニカ。
 パイロットのことは、名前しか知らない。もしかしたら、その二人も対照的な存在なのかもしれない。
 そして、イコンが人を選ぶというのは、パートナー契約にも似ていると感じた。
「【ジズ】って伝説に登場するおっきな鳥の名前だよね。【ナイチンゲール】も鳥だし。調律者さんの『神様』は空を飛ぶ存在だったのかな」
 さらに、ジズは聖書の解釈の間違いから生み出されたといわれ、実際には伝説上にすら存在しないとされている。
 存在しないはずの「存在」。あの二人の調律者も、もしかしたらそうなのかもしれない。
 長い時間の中で忘れられながらも、力は持っている。
 
 ――何の力も持たない人々からみたわたし達もまた、化け物ということになる。
 
 それは今の調律者ではなく、かつて――れっきとした一人の人であった頃を思い出しての一言だったのかもしれないが、未憂の心に深く突き刺さっていた。
 だが、契約がなければこうやってパートナーと出会うこともなければ、こうしてお茶をすることもなかった。
 そう考えると、不思議なものだ。
 確かに、外から見た自分達は普通ではないのかもしれない。それでも、今こうして五人で椅子に腰掛け、美味しい紅茶を堪能している自分達はただの人でしかない。このパラミタにおいては、契約者は化け物ではなく、れっきとした人間として存在している。
「……ローゼンクロイツさんや罪の調律者さんの話を振り返ると、色々考えちゃうんですよね。それこそ、神様について、とか」
 本当に助けて欲しいと思ったとき、助けの手はなかった。きっと、調律者の二人も――自らを『敗北者』と名乗ったローゼンクロイツに至っては、特にそうだったのだろう。
 だから神様なんていない。
 それでも、未憂としては信じて祈る人にとっての神様はいて欲しいと思う。
「それに、イコンは『絆の象徴』という言葉は腑に落ちて。でも、あんな大きな力……私の手には余ります。本来の力を封じた、という気持ちも分かるかもしれません」
 その有り余る力を兵器として利用されたくなかった。
 そんな未憂の話を聞いていた天音が周囲を見渡した。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとね」
 そして続ける。
「ローゼンクロイツさんのこと、何か知ってるんですか?」
「そのローゼンクロイツのパートナーと思われる女性に会ってね。仕事の出来る雰囲気の女性だけど……その女剣士はどんな感じだったかい?」
「凛とした感じで、なんというか……かっこいい雰囲気な人でした」
 それを聞いた天音が二枚のカードをテーブルに置いた。
 一つは、自らの尾を咥えた円環の蛇――ウロボロス。
 もう一つは、メビウスの帯と呼ばれるものが描かれているものだ。
「彼女は、『これを解き明かせば、求めし真実へと辿り着くでしょう』と言ってたよ」
 両方とも輪であるものだ。
 ウロボロスは完全性、対しメビウスの帯は一周すると向きが逆転する不完全な輪とも考えられる。
 そして両方に共通して、無限性が示されることがある。
 ――永劫性と、過去への回帰。
 二つの意味を考えると、そういう解釈も出来る。
「『歴史は繰り返される』なんてのはよく聞くけど、案外この世界そのものが何度も繰り返されているのかもね」

* * *


 お茶会を終え、タシガンへと帰った天音は、一通の手紙を受け取った。
「どうやらマヌエル卿はそこまで堅物なわけじゃないみたいだね」
 前もってヴァチカンへと手紙を送っていたが、その内容というのが端的に言ってしまえば、
『正面から行くのはお断り。アカンベー。でも、ちょっと個人的にこうやって手紙を送る仲にはなりたいな」
 というものだった。
「で、どうだ?」
 ブルーズに急かされ、文面を読む。
「『シャンバラと地球の関係によっては直接会うのは難しくなるかもしれない。こういった手紙の方が気楽でいい』みたいな内容だよ。まあ、文通相手にはなってくれるみたいだね」

* * *


 ロザリンドはお茶会後別れると、ベルフラマントで気配を消して戻り、監視されていなかったか確認する。
 どうやら、服装や髪型を変えてきたこともあり、彼女がPASDの情報管理部長だとは気付かれなかったようだ。
 そして、アレンに連絡を行う。
『変装の件さえ分かれば、天住の正体が分かりそうです』
『それについて、別件で調べているので興味深い情報が得られたよ。天学風紀委員――強化人間エキスパート部隊の管区長の一人に、「幻想使い」って呼ばれている人がいる』
『詳しく教えて下さい』
 なんでも、ミラージュの応用で自分の姿を偽れるという。もしその人物が、天住を知っていれば、成り済ますことだって出来るかもしれない。
『その人物について、詳しく調べて下さい。ドクトルについているか、風間についているかで、ハッカーがどちらか分かると思います」
 今のアレンがどこから依頼を受けているかは分からないが、海京関連でハッカー探しとは別に仕事をしているらしい。
 アレンの言う人物の素性が詳しく分かれば、正体を導けそうだ。