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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

リアクション


・記憶と記録


「えーと、い、一応……ジェラールと協力して、博士達と話す時間は作ってもらったよ」
 シャルル・メモワール(しゃるる・めもわーる)祠堂 朱音(しどう・あかね)に言った。
「調整が一段落したら会えるってよ。中の様子を見ると、そろそろかなとは思う」
 言葉を重ねたのは、ジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)だ。
「二人とも、ありがと」
「べ、別にお前のため……とかじゃなく……まあ、お前のためなんだけど……」
 照れくさそうな顔をするシャルル。
 朱音は前に罪の調律者の勧めでここにやってきたとき、イコンにまつわる真の歴史を見た。
 最初にあったのは、一人の少女の願い。
 それを受け継いでイコンを完成させようとしていた青年と女性。そんな二人を見守るナイチンゲール。
 そして全ては打ち砕かれ、その歴史そのものが闇に葬られた。
 約二ヶ月前、それを知ってからしばらくは頭がどうかしてしまいそうだった。あまりの哀しい記憶に、押し潰されそうだった。
 しかし、そんな彼女をパートナー達は支えてくれている。
「朱音……」
 須藤 香住(すどう・かすみ)と目が合う。
 朱音のサイコメトリの際に、精神感応で彼女にもその光景が伝わったらしい。だからこそ、共にそれを分かち合おうとすることが出来るのだろう。
 記憶を失くし、ただの操り人形となっていた彼女の過去を呼び戻したのは、他ならぬ朱音だ。二人は強い絆で繋がっている。
 香住だけではない。自らの主として朱音を認め、守ると決めているジェラール。朱音に対し、決して面と向かってはしないが、時折慕うような表情を見せるシャルル。
 朱音は決して一人ではない。
 だから、顔を上げて自分のしたいことを見つめようと決意する。
「待たせたわね」
 罪の調律者がやってきた。
「あれ、博士は?」
「もうすぐ来るのではないかしら? ほら」
 次いで、ホワイトスノー博士も姿を現す。
「ふふ、いい目をしてるわね。はっきりと、自分の意志で何かを成し遂げたい。そう決心したかのような顔になってるわよ」
 調律者が微笑を浮かべる。
「うん。ボクはね、『知りたい……覚えていたい……そして、それを伝えていきたい』」
 『記録』ではなく『記憶』として。
 あの過去を垣間見たことで、気付いた自分自身の願い。
「もしかしたら、ボクが最初に思っていたようなイコンという形にはならないかもしれない。でも……ボクは、ただ知りたいと思うだけじゃない。やっと自分の道を見つけたんだと思うんだ」
「なるほど……知りたいとただ思うだけではなく、その知りえたことのその先について思うようになったのね。
 ……覚えているということは、とても大事。記憶は……それまで歩んできた道だから」
 香住が呟く。やはり彼女自身も記憶に対しては思うところがあるようだ。それに、海京――強化人間管理課で行われている、精神安定のための記憶消去と人格矯正のことを考えれば、彼女の願いが決してイコンだけではなく、その先に広がっていく可能性だってあるかもしれない。
「まずは、その第一歩として、記憶装置系の技術を学びたいんだ。今までの膨大な記録データは、あくまでもただの記録だよね。それを学習することでイコンそのものに反映させられれば、イコンはただの操り人形じゃなくなると思うんだ。もちろん諸刃の剣になると思うけどね」
「操り人形、なんて言い方はやめて欲しいわね。でも確かに、あの子達は乗り手に対して素直過ぎるわ。悪いことだって、やれと言われたらやってしまうのよ」
 どこか寂しそうな顔をする人形の少女。
「単純な人工知能……というわけではないようだな。人間が過去の記憶から必要な情報を取り出すように、イコンもそれを行う。それ自体は可能だ。だが、その後行動に移す際の過程は、人とイコンでは異なるものとなる。機械は決してデータを疑わないからな」
 元々はアンドロイド研究をしていた博士も、ナイチンゲールを造った調律者も、朱音がやろうとしていることのリスクを知っているようだ。
「『みんなで一緒に空を飛びたい』。それが最初の、あの彼女の願い。だったら、イコン自身がそれを知り、考えられるようになることも必要だと思うんだ。そのイコンのパイロットになった人にも、それをちゃんと伝えられるように」
「そう……あの子に会えたのね」
 懐かしむように、調律者が穏やかな顔で遠くを見つめた。
「学びたいのなら、技術は教えてやる。だが、道を歩くのはお前だ。ただ闇雲に求める者や、受身で何とかしてもらうのを待っている人間には、私は何も教えない。道は『自分の意志』で切り拓いて行け」
 こうして、朱音は自分の道の第一歩を踏み出した。

* * *


「初めまして、ナイチンゲールさん」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)は、ナイチンゲールに会いに来ていた。
 プラント常駐者である樹月 刀真と連絡を取り、仲介してもらったのだ。もっとも、刀真とは入れ違いになってしまったが。
 PASDに協力していたことと司城と顔見知りでもあることから、プラント内である程度自由に行動させてもらえている。
 刀真とは、互いに知っていることを全て話した。罪の調律者の『貴方の周囲の人に伝えて欲しい。聖像が造られたことの意味を』という言葉を受けてのこともある。
 彼だけではなく、黒崎 天音にも話している。天音と刀真も情報のやり取りをしていることを知り、天音からはローゼンクロイツなる人物のことを教えてもらった。罪の調律者が言う、かつてパートナーだった「彼」であり、罰の調律者。確定したわけではないが、その可能性が高いらしい。
 ポータラカでローゼンクロイツと罪の調律者が相対しているのだが、エメはまだそのことを知らない。
『樹月様から伺っております』
 無表情に声を発するナイチンゲール。
 ここに来たのは、彼女に罪の調律者と話した内容を伝えるためだ。
 イコンは戦うために生まれたわけではない。二つの世界を繋ぐ、パラミタと地球の人々の絆の象徴である。彼女はそう言っていたと。
『マスターはよくそう仰っていたと記録にございます』
 彼女もまた、そう思っているのだろうか。表情がなく、自らをただの機械だと主張するナイチンゲールの心は読めない。
 地上とパラミタの別なく人々が手を取り合って生きる平和な世界。そのために命を懸けている人がこの時代にもいることを、エメは知っている。
「私はイコンに力を求めません。イコンはカミサマを呼ぶために、また空を飛ぶために造られた。そのために使いたい」
 その上で、尋ねる。
「教えて下さい。貴女は罪の調律者の仰る『カミサマ』を知っていますか? それはどこにいらっしゃいますか? 目を覚ます方法をご存じではないですか?」
『その質問にはお答え出来ません』
 機械的に告げる、ナイチンゲール。
「もしかしてこのプラントと貴女に場所や方法が隠されているのでは……?」
 どのように質問しても、彼女は一切口を割らない。
「貴女のマスターは、おそらく『あの子』にお逢いしたいのだと思います。話して下さらなくても構わない。思い出してみて下さらないでしょうか」
『思い出す、というのは適切ではありません。プロテクトがかかっており、記録や情報を引き出すことがかなわないのです』
 たとえアクセス権が最高レベルに達していたとしても、それを解除出来なければ答えることは出来ないという。
「あの子は、もういないわ」
 背後から声が聞こえてきた。
「手紙、読んだわよ。貴方の決意は分かったわ」
 人形の少女の姿がそこにはある。彼女も、プラントに足を運んでいたのだ。
「ごめんなさいナイチンゲール。わたしは解除コードを知らない。プロテクトをかけたのは、彼だからよ」
 そして、エメに告げる。
「『カミサマ』はもういない。だけど、彼女がいたという証は、ちゃんとあるわ」

* * *


「どうだった?」
 プラントの制御室で、小鳥遊 美羽はプラントの調査から戻ったコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に尋ねた。
「うん、色々と見えたけど……」
 コハクは悲しそうな顔をしていた。このプラントで起こった出来事をサイコメトリで読み取ったとのことだが、よほどショッキングだったのだろう。
「貴方も、彼女と同じように過去を見てしまったのね」
 そこに、罪の調律者がやってきた。
「あれ、ホワイトスノー博士は?」
「ジールは、諸々のチェック中よ」
 彼女の後ろには、三つの人影があった。朱音、香住、エメだ。
「あの、どうしてあんなことになってしまったのか、教えてくれ……ませんか?」
「ちゃんと説明するわ。だけど、その前に」
 じっ、と美羽達三人を見つめる。
「貴女達に、知ってもらいたいものがあるわ。一緒に来てくれるかしら?」