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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第3回

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間章三 〜傍観〜


 天沼矛。
 完全封鎖されているその最上部の、それも外部から海京の街を見渡している者達がいた。
「ミスター・テンジュも思い切ったことをするね」
 少年にも少女にも見える顔つきの人物が、声を発した。
 ノヴァ。地球を裏から操っていると囁かれている『住人評議会』の「総帥」である。
「……これは、あなたの指示ではない……のですか」
 どもりながら、御空 天泣(みそら・てんきゅう)は質問した。評議会側に渡ったものの、この二ヶ月ノヴァと話す機会はなかった。十人評議会の第四席、シスター・エルザによって聖カテリーナアカデミーに編入させられていたためである。ノヴァは普段どこにいるのか、他の評議会メンバーでも分からないという。
 突如二ヶ月ぶりに彼の前に現れたノヴァによって、ここ海京に連れて来られたのである。いや、戻ってきたと言うべきか。なぜ、この光景を見せようとしているのか、その真意は分からない。
「うん。彼が勝手にやってることだよ。十人評議会はこの世界を変えるために動いているけど、その根本にある考え方はバラバラなのさ。それでも、各々が暴走しないようにまとめ上げていたエドワードはさすがだよ」
 エドワードの死後、マヌエルによる聖戦宣言が行われてから、評議会のまとまりは弱くなったという。
 第九席は音信不通、独自に『龍宮』なるものを調査しているらしいことしか分からず、第五席のクロウリー卿は「自分の目的」のため、EMU関係で独自に動き始めている。
「クロウリー卿やミスター・テンジュは、マヌエルのやり方は甘過ぎるって言ってたからね。だから、独自のやり方でシャンバラ側を追い詰めようとしていたほどだよ。マヌエルに悟られないようにね」
 魔術師であるクロウリーと、科学信奉者であるミスター・テンジュ。どちらも教会から見れば異端だ。マヌエルだけならともかく、教会そのものを敵に回すのは賢いやり方ではないと踏んだとしても不思議ではない。
「……正直、パラミタ、評議会側、どちらが正しいのか……分かりません」
 天泣は口を開いた。
「ですから、貴方のしている……しようとしている行動について僕は何も……口を出す権利もありません」
 なんとかノヴァの蒼い双眸を見つめる。彼は男性恐怖症とも言えるほど男と話すのが苦手だ。ノヴァが男か女かは分からない。だが、それを抜きにしても、近くにいるだけで畏怖を覚える存在なのだ。
「しかし、これだけは聞いておきたいのです。2012年、ロシアの研究所で……ジール・ホワイトスノー博士と……貴方の身に何が起きたのか、教えて下さい」
 ノヴァの顔から感情を伺い知ることは出来ない。さっきまでと同じ調子で答えた。
「僕は生まれながらにして、他の人にはない力が備わっていた。その力を研究したいっていうロシアの研究所の人――所長に拾われたんだよ。その所長から聞かされて知ったんだけどね」
「やっぱり、そんなに凄い力を持ってる人って、特別な扱いとか受けてたの? 毎日ステーキとか、寝るときにはちゃんと枕と毛布があるとか」
 ラヴィーナ・スミェールチ(らびーな・すみぇーるち)が話しかける。
「特殊なガラス張りの部屋の中に閉じ込められ、実験のときだけ出してもらう感じだったよ。しょうさがやって来るまではね」
 ホワイトスノー博士が赴任するまでは名前もなく番号で呼ばれており、話に聞く限りでは監獄に入れられたかのようだった。
「しょうさは、あの研究所で唯一僕を怖がらなかった。あの頃の僕は、どうしてみんな僕を怖がってるのか分からなかったよ。僕には不思議だったんだ。どうしてこの人だけ、僕を見る目が違うんだろうって」
 ただ一人、実験以外でノヴァに会いに来ていたのがホワイトスノーだったという。ノヴァ、という名前を与えてくれたのも。自分を見た目通りの、ただの子供として扱ったのも。
「だけど、所長って呼ばれてる人に頭の中をかき回されて、気付いたら何もかもを破壊していた。僕は、そのとき『衝動』というものを知ったんだ。止めることの出来ない感情の奔流、っていうのかな。でも、あまりあの日のことは覚えてない。どうして、しょうさまで傷付けてしまったのかも」
 それが憎しみや怒りといった激しい感情によるものだということを、ノヴァは知らなかった。
「ジズと出会ったのはそのときだよ。彼女と一緒に、僕は研究所を飛び出していった。その後、エドワードに匿われたんだ。彼には『神の子』って呼ばれたよ。その力は、世界を変えるためにあるとも」
 俺は世界を変えたい、だからその力を貸して欲しい。エドワードに懇願され、ノヴァは十人評議会の総帥となったのだという。
「それから三年経ったある日、今度は一人のおじいさんがエドワードの屋敷にやってきた。僕はその人に連れられ、旅をしたんだ」
 その過程で、自分が他人と違うのなら、「普通の人」はどんな人なのか興味を持ったという。それを知るために、彼は色々なことに手を染めたらしい。
「他人の心を読めても、僕には人がどうして泣いたり悲しんだり怒ったり笑ったりするのか、分からなかった。感情、というよりはその原動力となるものが分からなかったというべきかな。どんなときに、どんな顔を見せるのか」
 ただ純粋に、「知りたい」という気持ち。彼の中にはそれ以外の感情はなかったようだ。
「そういえば……ノヴァさんは、どこで生まれたとか、誰かから聞いたことある? 僕は捨て子だから、生まれ故郷とか知らないんだよねぇ」
 ラヴィーナの問いに、海京の街を見下ろしたまま答えるノヴァ。
「……聞いたことはないよ。研究所に連れていかれる前のことは、ね」
 ただ、時折自分を「化け物」と蔑む大人達を夢に見るという。
「さて、話はこのくらいにしようか。彼らがどうやって乗り越えるのか、この目で確かめよう」
 ノヴァはただ、微笑みを浮かべていた。

* * *


 強化人間管理棟。
 ノヴァと共に海京に来た後、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は天住を探しにこの場所までやってきた。ノヴァ曰く、今回のクーデターはあくまでも天住の独断行動だということだが、特に天住のことを気に留めてる様子はなかった。評議会メンバーの繋がりも非常に弱いものらしく、彼が生き残ろうが死のうが大した問題ではないという。互いが持っているネットワークを共有し、各々の目的のために利用し合っているというのが十人評議会なのだ。シャンバラの学校勢力の解体、というのが表向きの共通の理念であるが、どうもノヴァとローゼンクロイツは一切そんなことは考えていないように見受けられる。
 むしろシャンバラに脅威を見せ付けることで、逆に力をつけさせようとしているかのような……。
 とはいえ、評議会の思惑はともかく、天住が生き残った方が、後々の状況が面白くなる。そう踏んだからこそ、彼をサポートしに来たのである。
 中願寺 飛鳥(ちゅうがんじ・あすか)に憑依された状態で漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)を纏っている。憑依状態だが、意識は支配されていない。ブラックコートと隠れ身を駆使し、管理棟の中に侵入した。
 だが、行けども行けども同じ場所をぐるぐる回っているような感覚に囚われる。
「さて、案の定やってきたか」
 どこからともなく、声が聞こえてきた。
「私は敵ではありませんわ」
 おそらく、この建物自体にミラージュの使用をベースにした幻覚装置のようなものがあるのだろう。
 ふいに、頭を掴まれる。
「――――っ!」
 強い目眩を覚えた。が、すぐに立ち直る。
「本当に『こちら側』みたいだね。生憎、天住さんはここにはいないよ」
 どうやら綾瀬の記憶を読み取ったらしく、敵でないと納得したようだ。
 眼鏡をかけた優等生然とした少年に、天住の居場所を教えてもらう。
「これも持ってくといいよ。万が一強化型Pキャンセラーを発動させられたら、身動きが取れなくなるからね」
 少年から仮面を受け取る。
「助かりますわ」
 そして綾瀬は教えてもらった天住の居場所へと向かった。