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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第2回/全2回)

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【ザナドゥ魔戦記】イルミンスールの岐路~抗戦か、降伏か~(第2回/全2回)

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●ジャタの森上空

『手加減はしねぇぞ、くらいやがれ!』
 魔族の編隊へ向けて、ニーズヘッグが口を目一杯開き、光を放つ弾を見舞う。かつての模擬戦で見せた時より速く、真っ直ぐ飛ぶ弾は編隊を襲い、回避の遅れた魔族を掠めただけで戦闘不能に至らしめる。
「最初から張り切ると、後が続かないぞ。攻撃の方は私に任せて、お前は飛ぶことに集中しろ」
『分かってらぁ、今のは挨拶代わりだ。
 ……大丈夫か? 酔ったりしてねぇか?』
 蔦の柄と氷の穂で出来た槍を携えたアメイアに攻撃を任せ、ニーズヘッグが終夏とミレイユを気遣う。
「大丈夫……! とてもこんな運動したことないから、ある意味新鮮、かな!」
 めまぐるしく変わる世界、そこかしこで繰り広げられる契約者と魔族の戦いを目にして、終夏もセオドアもミレイユも一定の恐怖は抱く。
 しかしそれ以上に、ニーズヘッグとアメイアを守りたい、彼らと一緒に戦う者たちを守りたい、という思いが勝った。
(実際に剣を振って、魔法を撃って戦っている人だっているんだ……!
 私たちがここで、恐怖に怯えて震えてなんていられない……!)
 身体が強ばり、声の震えを自覚しながら、終夏がヴァイオリンを構え、幸せの歌を歌う。
(……うん、今は僕たちに向けられる悪意はない。でも戦いが続けば、僕たちの存在に気付かれるかもしれない。
 危険は出来るだけ早く察知しないとね)
 周囲の悪意をセオドアが感じ、状況の変化にいち早く対応出来るようにする。
(ニーズヘッグ、アメイアさん、がんばって!
 ワタシもがんばるよ!)
 ミレイユが両手を外側に当て、背中に乗るアメイアまで広がっていくようなイメージを描きながら、加護の力を施す。
「……ああ、温かい力が伝わってくる。
 行くぞ、ニーズヘッグ。狙いはあの大型魔族だ」
『ま、お決まりだな。一撃で仕留めろよ、アメイア!』
「フッ……私を誰だと思っている、ニーズヘッグ。
 七龍騎士の地位は失えど、力、技まで失ったつもりはない!」
 編隊の中心に位置する巨大魔族に狙いを定め、ニーズヘッグとアメイアのコンビが迫る。寄ってくる魔族を薙ぎ払い、退け、翼をはためかせて拳を振るわんとする巨大魔族と交錯する。
「はあああぁぁぁ!」
 すれ違い様、アメイアの振るった渾身の一撃は巨大魔族の首をはね、一瞬の後に絶命させる。
『うおっと、あのまま落としちゃ巻き添えくらうかもしれねぇぞ』
「お前の強靭な後ろ足なら、彼の者を掴むことなど造作もないだろう?」
『ケッ、言ってくれるぜ!』
 羽ばたいて、ニーズヘッグが落下を続ける魔族を後ろ足で掴み、速度を緩めた後、終夏たちの指示で人気のない場所に投棄する。
(……謝りはしない。こうなることも知った上で、私はここにいるから。
 だけど……せめて、この歌を贈らせて)
 森に隠れて消えた魔族へ、終夏の安らかな音色が届けられる――。


 巨大魔族を、一度の交戦で葬り去ったニーズヘッグとアメイアのペアには、『ジャイアントピヨ』に乗るアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)、その傍を飛ぶルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が付いていた。

「アメイアさん、ぜひ前線の指揮官をやってくれないか?
 『一頭の獅子が率いた百頭の羊は、一頭の羊が率いた百頭の獅子に勝る』。昔の人の言葉にあるように、今がまさにその状況だと思う。
 アメイアさんは第五龍騎士団を率いていたんだ。うってつけだと思う」
「私が……? ふむ、私を認めてくれることは嬉しく思う。しかし、私は少し前まで、あなた方に敵対していた身だ。
 一人の将としては振る舞えても、突然皆をまとめる指揮官としては、相応しくないだろう」
『オレがいんだから、構わねぇんじゃねぇのか……って、そういやあオレもテメェとおんなじだったな。
 つうわけだ、その役目は辞退させてもらうぜ。あぁ、テメェがオレとこいつと一緒に戦うってのは、止めやしないぜ』

 経験のあるアメイアに指揮官をお願いしたアキラだが、アメイアは自分の身が相応しくないと辞退した。
(そういうモンかねぇ。パラミタ全土の問題なんだから、規則がどーとかメンツがどーとか責任者がどーとか、そこに住む人々の命や生活考えたら後回しな気がすんだけどな)
 マホロバの件しかり、アキラはどうにも腑に落ちない感覚を覚えていた。マホロバが積極的に介入をしない理由や、アメイアが指揮官を辞退した理由は、理解は出来ても納得するには至らない感じであった。
(でもま、個人で協力する分にはなんも問題ないだろ。つうわけで俺はここにいる。
 周りを見てみりゃ、イコンはイコンで、契約者は契約者で固まってるみたいだし、この辺は俺がどーこー言わなくてもま、何とかなりそうか)
 アキラが周囲を見渡せば、【アルマイン隊】として五機のアルマインが編隊を組んで戦闘を行っているし、こちらはこちらで『魔王』ともう一機のイコンが付かず離れずの距離を保って行動している。はぐれている機体は見当たらなかった。
「ホラホラ、ボーッとしないデ、ワタシたちも戦いマショ」
 アリスにつつかれ、アキラは思考を戻す。ちょうど射程ギリギリの所に、編隊を崩されはぐれかけていた魔族が見える。
「貴様がその調子なら、ワシがやってしまうぞ?」
 ルシェイメアが不敵に微笑み、魔道銃を手近な魔族へ向けて発射する。人間より一回り大きい程度の魔族には、対イコン用でない通常兵器でも十分な威力があった。
「……ま、打つ手は打った。後は待ち、だな。
 もちろん、何もしないでただ待ち、ってわけにもいかねぇ。やることやりますか」
 思考に区切りをつけ、アキラがジャイアントピヨに装備したビームアイで、魔族を迎撃する。対イコン用には射程こそ優れているものの威力に欠ける当武器も、こと人間大サイズの魔族には威力十分。……目から光線を放ちながら魔族を叩き落とす様は、ある意味脅威であったとか。


 イコンほどもある巨大な魔族を中心に、編隊を組んで契約者と対峙する魔族の軍勢を、レイナ――正確にはレイナの姿をした別人格、ノワール――が冷めた視線で見つめる。
(数だけしか脳のない雑兵と思っていたけど……少しは学ぶ知性を有していたということかしらね?
 それとも誰かが入れ知恵したのかしら? 魔族に肩入れする契約者もちらほら、確認されているそうですしね)
 当初ノワールが対峙した時は、敵はてんでバラバラの力任せであり、さぞかしノワールをイラつかせたのだが、他の契約者が集まり出す頃には、徐々に統制の取れたものへと変化していった。ノワールの推測通り、ザナドゥ側に付いた契約者が知恵を渡した結果であった。
(……まぁ、やることに変わりはありませんけど。貴方達には今から、私の遊び相手になってもらいますから、ね?)
 フフ、と微笑み、黒い陽炎のような翼をはためかせて、ノワールが飛び上がる。
「さぁ、はじめましょうか。貴方達は私を捕まえればいいだけ……簡単でしょう?」

 ノワールが魔族と対峙するちょうど同じ頃、戦場に到着した堂島 結(どうじま・ゆい)はレイナ(ノワール)の姿を認める。
「……えっ? 今の……レイナさん? でも……」
 もう一度空を見上げる結、その視界に映った少女は確かにレイナの面影を残しながら、まるで別人格が乗っ取ったかのような振る舞いを見せていた。ブリザードを見舞い、時には敵を挑発するような素振りを見せ、それに釣られて単独行動を犯した魔族に対し、恐れるでもなくむしろ楽しむように対峙する。
(何があったか分からないけど……あんな戦い方してたら、レイナさんが危ないっ! 助けなくちゃ!)
 面識のあるレイナに死んで欲しくない、その思いから結は当初の目的である『ジャタの森で前線の人たちの治療』を変更し、自ら戦いに参じることを決めたものの――。
「結の気持ちは分かるわ、だけど、ハッキリ言って危険よ」
「私も、出ていくのは危険だと思います〜」
「そうだよ危ないよ、結がわざわざ戦う必要ないと思うよ」
 と、仁科 美桜(にしな・みおう)クリスティーナ・テスタロッサ(くりすてぃーな・てすたろっさ)プレシア・クライン(ぷれしあ・くらいん)に尽く反対されてしまう。
「あぅ……で、でも! 目の前でお友達が危ない目に遭ってるのを、見過ごせないよ!」
 一瞬引っ込みそうになる結だが、一生懸命パートナーを説得する。
「……分かったわ。そこまで言うなら、許可する。
 ただし! 私やティーナさん、プレシアの支援を受けることと、危なくなったらすぐに後退することを約束して頂戴」
「うん、分かった。ありがとう、美桜ちゃん。ティーナさんもプレシアちゃんも!」
 パッと笑顔を浮かべる結へ、まずクリスティーナが魔鎧として装着される。背中に羽のついた姿になった結へ、プレシアが光条兵器『クラージュ・シュバリエ』を託す。
「私は美桜ちゃんの指示で、後方支援につくね! 美桜ちゃん、よろしくっ!」
「ええ。それじゃ、行きましょうか」
『はい〜』
 美桜から受け取った魔導書を手に、木々を縫うように飛ぶ結、その後ろに美桜とプレシアが続く形で、一行はレイナを追う。

「ふふふ……こっちよ、こっち。いくら強靭な肉体を有していても、攻撃を当てられなければ意味が無いわ」
 挑発するノワールを掠めて、魔族の腕が身体ごと通り過ぎる。当たれば人の身など粉々に砕け散りそうな一撃、しかし当たらなければどうということはない。
「ふふ……さぁ、遊びはこれまでにしましょう?」
 そう告げ、ノワールがブリザードを魔族の背中に向けて放つ。冷気の嵐に巻き込まれた魔族は感覚を短時間ながら失い、そして復活した時にはノワールの姿を見失っていた。

「ここよ」

 次の瞬間、マントで気配を隠していたノワールが魔族の背後に現れ、得物の鎌を振るい、急所を“刈り取る”。急所を刈り取られた魔族は、体液を迸らせながら落下していく。
「……呆気無いものね。さぁ、次の遊び相手は――」
 瞬間遠距離からの、しかも複数からの攻撃気配に、ノワールの表情が真面目なものへと変わる。
(あら、遊び過ぎたかしら? 複数で襲いかかるなんて、品がないわ)
 まずは近くの敵の対処を、そう決めた矢先、魔弾を放とうとした対象の魔族が突如変わった動きを見せ、もがくようにして落下していく――。

「捉えたわ! この鉄鎖、あなたには振り解けない」
 美桜の生み出した、重力に干渉する力の象徴、鉄鎖が魔族にまとわりつき、自由を奪う。高度を落とすそれに向かって、結が『クラージュ・シュバリエ』を構える。
「いっけーーー!!」
 手にした武器から伸びる光の力が、動きの取れなくなった魔族を貫くように走る。普段は何故かそれほどの威力を発揮しないこの魔法も、『クラージュ・シュバリエ』を持つことで、魔を滅する力となり得た。
「グワアアアァァァ!!」
 もがき苦しむ魔族、しかし、浄化の光と重力干渉の方が先に効果が解けてしまう。相当体力を削られはしたものの生き残った魔族は、狙いを結に定め魔弾を見舞おうとして、背後から首をノワールに刈り取られる。
「危ない! 結!」
「えっ、あっ、きゃっ!!」
 美桜の警告に、とっさに飛んで避けた結のいた場所を、魔族の首と大量の体液、そして身体が染めていく。そのあまりの光景に結が顔を青くした所で、上空に人の気配を感じ取って見上げる。
「あなたは……ああ、あの時の。少しは戦えるのね」
「あ、私のこと覚えていてくれて、ありがとうございます。えっと、レイナさん……ですよね?」
 尋ねる結に、レイナ(ノワール)はふふ、と微笑みながら答える。
「あの子はそうね……お休み中よ。でも、私はあなたを覚えている。あの子の記憶や知識は、私も全て有しているから」
「えっと……どういうことですか?」
「ふふ……分からなければそれでいいわ。それより――」
 スッ、とレイナ(ノワール)の姿が消え、次の瞬間には結の傍に現れたかと思うと、得物の鎌をずいっ、と結の首元へあてがう。
「あなた、私の遊びを邪魔したわね。私は邪魔をされるのがとても嫌いなの。
 今すぐここで、あなたを敵として葬ってしまいたくなるくらいにね」
「ひっ……!」
 恐怖に引きつった表情を浮かべる結を一瞥した所で、レイナ(ノワール)は上空をつんざく咆哮を耳にする。
「……追ってきたの。……あの子はいいわね」
 誰にでもなく呟き、レイナ(ノワール)が鎌を結の首元から引き離す。
「命拾いしたわね。今後二度と、私の前に出てこないで頂戴」
 そう言い残し、レイナ(ノワール)が翼をはためかせて上空へ舞い上がる。
「結、結!」
 へたり、と座り込む結は、駆け寄る美桜とプレシアの呼びかけにも答えず、ただ呆然としていた――。