シャンバラ教導団

リアクション

第四章　先が原３

【マホロバ暦１１９０年（西暦５３０年） ９月１４日夜１９：００】
　先が原村（さきがはらむら）――

　西軍勢は９月１４日夜に先が原へと出陣した。
　暴風のような雨風のなか、かがり火を目指して行軍する。
　瑞穂　魁正（みずほ・かいせい）は各陣を山脈の処々に配置させ、途中、自ら葦原軍陣営に立ち寄っている。
　葦原　鉄生（あしはら・てっしょう）は、魁正に向かって「まるで聖人（しょうにん）のようだなあ」と語った。
「これから合戦を行おうとするものが、そんなものではない」
　魁正は否定したが、鉄生は、ははと笑っていた。
「戦国の業のようなものをひとりで背負わされてるように見えるね。東には鬼がいるが、西にはキツネやカッコウがいるんだろう」
「……ところで、貴殿が作ったという鬼鎧は……？」
「あるよ。キミが嫌いな鬼でできてるけど」
「それでもよい。鬼城が倒せるなら」
　鬼城　貞康（きじょう・さだやす）を討つといっても、８万も兵を集めるのは尋常なことではなかった。
　魁正は太閤の遺訓を破る貞康の非を訴え、全国の諸大名に送っている。
　反鬼城の勢力は次々に集結し、西方の大大名も味方に付けた。
　結果、貞康の７万を１万あまりも上回る戦力を得ている。
　その執念と正義感は、並みのものではない。
　西側にとっても、日輪　秀古（ひのわ・ひでこ）が苦労して築いた天下をみすみす東の鬼風情に渡してならぬという、気概があったのかもしれない。
「でも、そのキミの正義を、利用するものが大勢いる。気を付けたほうがいいね」
「貴殿に言われるまでもない」
「そっか。じゃあ、僕はしばし退散しよう。こういった雰囲気は苦手でね」
　魁正は去り際に、葦原　祈姫（あしはらの・おりひめ）殿は元気かと尋ねた。
「なぜ、そのようなことをきくんだい？」
「他意はない。姫君は不思議な術を使うと聞いた。勝手をされて困ると思っただけだ」
「本当のあの子なら、もういないよ」
「なに？」
　鉄生は不思議がる魁正に片手を振って見せた。
「あの子にはあの子の役目がある。そのときが来るまで、好きにさせるさ。キミも、キミ自身の役割を果たすといいよ」


【マホロバ暦１１９０年（西暦５３０年） ９月１４日深夜２６：１０】
　先が原村（さきがはらむら）――

　一方、東軍勢は西軍移動の情報を得ると、すぐに出陣の準備を行った。
　一番隊は、土方　伊織（ひじかた・いおり）で、日付が変わると同時に出陣している。
　それに続き、二番隊(右翼勢)は透玻・クリステーゼ（とうは・くりすてーぜ）の隊が先が原の北寄りに布陣。
　三番隊(中央勢)は、桜葉　忍（さくらば・しのぶ）とレティシア・ブルーウォーター（れてぃしあ・ぶるーうぉーたー）の混成部隊が陣を取った。
　そして、四番隊、五番隊と続いて布陣していく。
　貞康は、西軍からもたらされる情報をもとに、次々と配置を決めていった。
「東軍から遊撃隊は出せるか。西の装備を着せた偽の部隊を、送り込みたい」
　如月　正悟（きさらぎ・しょうご）が、貞康の布陣図を覗き込んでいった。
　貞康は長年の経験からかこう答える。
「出してもよいが、旗を間違えれば、味方を撃つことになるぞ。戦場では目視でしか相手を識別するのは至難だからの。あまり感心はせぬな」
「そこは俺がうまくやる。遊撃隊の周りには、東軍を配置しないようにして同士討ちを避ける」
「自信があるのだな」
「もし、見破られたらそのまま瑞穂　魁正（みずほ・かいせい）のもとへ突っ切るさ。偽の情報を流しながらね」
「無茶をいうな」
「捕まっても耐えてみせる。東軍が有利になるまで。頃合いを見て、逃げおおせて見せるさ」
「ということは、わしは必ずそのような状況を作り出さねばならんということじゃな」
「ああ、頼む。信じてるぜ」
　正悟が屈託のない顔で答えるのを聞いて、貞康は正悟にはめられたと思ったが、この案に乗ってみることにした。
　葦原　祈姫（あしはらの・おりひめ）からの返事はなく、数では西軍に劣っている。
　実は、貞康は鬼城の軍の多くを東方へ残してきている。
　ここにいる七万の兵は日輪恩顧の将兵がほとんどであった。
　勝てる要素があれば、多少の危険は冒しても、勝ちを取りにいかなくてはならない。
「わかった。とすれば……ここからでは先が原の状況を知ることはできぬ。どこか戦況を一望できる場所へ。丘の上にわしの陣を動かすぞ。アキラと申したな。手伝え」
　貞康は、アキラ・セイルーン（あきら・せいるーん）に向かって支度するように告げた。
　仮眠していたルシェイメア・フローズン（るしぇいめあ・ふろーずん）とアリス・ドロワーズ（ありす・どろわーず）が、びっくりして目を覚ます。
　彼女たちは戦前にと夜通し将兵たちに料理をふるまっていた。
　なんでも、魔力を増強するものらしい。
　鬼神力に効果があるかは不明だが、合戦前に温かい飯が食べられることを彼らは喜んでいた。
「今から？ この雨の中、動くのか！？ 嵐になっておるぞ」
　ルシェイメアは天蓋から真っ暗な外を覗き込んだ。
　アリスは彼女の腕にしがみついている。
「ムボウ！ ムボウ！ 遭難シチャウヨ！！」
「マジかよ……」
　アキラもちょっと見で身の危険を感じたが、当の貞康はすっかり準備を整えていた。
「こなたの巨大タケノコ。あれを出してくれ。地すべり防止にもなる」
「い、いいけど、そのかわり教えてくれよ。なあ、日輪　秀古（ひのわ・ひでこ）太閤となんか約束でもしてたのか。こうなることがわかってたのか？」
「……殿下は、泰平の世をつくろうとされた方だ。その天下人となった偉業を、わしが引き継ぐ」
「そのおんなじことを瑞穂　魁正（みずほ・かいせい）も考えてんじゃねーの？」
「殿下は、わしに天下の後の政治をみてくれと言われた。それは、いずれ自分の子飼いの武将たちが四分五裂となって争うことを恐れてのことだろう。わしは、殿下に代わって天下をにらみ続ける役目をせねばならん。わしと魁正の違いは、いずれ明らかになろう」
　アキラにはまだピンとこなかったが、貞康は後々のことも考えているようだ。
「わしは、何度となくあの男と会ったが、良くも悪くも一本気な性質（たち）だった。だからこそ、西側の多くの武将を味方につけることができたのであろう。あれでもう少し、小賢しさがあれば……」
「あれば？」
「わしは、自身とマホロバの半分をかけて、やつと戦ってみようとは思わなかったろうな」
　午前７時頃、アキラのタケノコ要塞が設置され、両軍の布陣が完了した。
　徹夜での嵐の中の行軍、貞康本陣の移動と将兵たちの誘導で、アキラたちは疲労困憊していた。
「ようやった。あとはそこからしかと見ておけよ」
「たっりめーだ。この合戦、俺が見届けなくて誰がやるんだよ……！」
　雨は止み、早朝から立ちこめていた霧も薄くなった。
　時間は刻々と過ぎていく。
　いやが上でも緊張が高まる。
　そして――仕掛けた東軍であった。