リアクション
▽ ▽ 目の前で剣が振り上げられて、最期と覚悟した時、彼が脳裏に思い出したのは、レウの姿だった。 恋愛感情ではない。しかしとても大切に思っていた。 「レウ……!」 だが、その呟きを聞いた時、魔剣デュージャルグは、目の前の敵にとどめを刺すことをためらった。 「何じゃあ!?」 手にしていた魔剣が突然人化したことに、手にしていたジョウヤは驚く。 エセルラキアも目を見開いて、人化した魔剣、キアーラを見た。 「……レウとは、どなたです?」 彼には、帰還を待つ人がいる。 深手を負い、死を前にしても、還ろうと思う相手が。 何故、それを知りたいと感じたのか。 じっとキアーラを見て、エセルラキアは答えた。 「……俺が、剣を捧げた相手だ」 全てを捧げ、護ると、騎士の誓いを立てた相手。彼女の守護者であろうと誓った。 キアーラは、その真摯な瞳をしばし見た後、ジョウヤを見る。 「この方を、殺さないでいただけませんか」 ジョウヤは肩を竦めた。 「とっくに水をさされとる」 その後エセルラキアは、何度も戦場で彼女と対峙した。 彼女の持ち手は、出会う度に違い、いつも痛み分けで勝負がつかなかった。 彼女の姿を見かけない戦場では、心がざわめいた。 それが恋だと気付いたのは、いつのことだったか。 自分は、敵の魔剣に恋をした。 想いと立場の間で悩むエセルラキアは、初めて会った時、彼女が自分を見逃したのも、同じ感情からくるものなのだと気付かなかった。 △ △ 「これまでの情報では、ひとつの町での目撃情報は、大抵一週間から10日前後の間に集中してる。 ザンスカールでの目撃情報で最も古いのは5日前だから、未だその男がザンスカールにいる可能性は、充分に高いだろうね」 銀髪の男についての調査結果を、松岡 徹雄(まつおか・てつお)は一応、パートナーの白津竜造に伝える。 「ふうん……」 竜造の答えは上の空だ。細かいことはどうでもよかった。発見さえできれば。 「シャンバラの、他の主な都市には既に行っているみたいだし、どうも此処がラストっぽいねぇ。 この次はどうする予定なんだろうか」 まあ彼に言っても無駄だろう、という思いも無きにしも非ずと徹雄も解ってはいたのだが。 「引き続き、情報は募集しておくよ。 今のところ、懸賞金の支払いに及ぶまでの有力な情報は、入って来ていないね。 僕も町に情報収集に行って来るとしようか。美人が多いとおじさんも嬉しいんだけど。何か解ったら連絡するよ」 「任せる」 情報が入ったらすぐさま向かえるよう、蹂躙飛空艇の準備は万端である。 何をするにもまずは、その男を捕まえるのが第一だ。 ちっ、と竜造は舌を打った。 彼にも、まるで無理やりねじ込んでくるように、自分の中に侵食して来る記憶がある。 誰かを殺した、その記憶。 殺すつもりで追っていたのではなかったはずだ。 だが、何がきっかけだったのか、怒りが弾けて暴走し、ヤマプリーの祭器、シュクラを手にかけた。 自分にはそんな非道なことなどできないと思っていたのに、凶暴な感情と高揚感に支配されて殺し、その命を吸収した。 そのことは、竜造の前世、ナゴリュウの深いトラウマとなっている反面、その背徳感を、甘美とも思っていた。 「……目覚めた者だと? ふざけやがって」 ▽ ▽ 弱々しく目を開けた時、傍らに誰かの気配を感じた。 「大丈夫ですか?」 案じる声に、シュヤーマの意識は覚醒し、思い出した。 自分はヤマプリーで、うっかり獣の姿を曝け出し、追われて、逃げて……力尽き、行き倒れたのだったか。 目の前の少女は、ヤマプリーの水のアシラだった。 小さな小屋の中、出来る限りの手当てがされている。 「まだ人化はしない方がいいですよ」 半端に獣化している。 身じろぎするシュヤーマに、ヴァルナが止めた。 「何故……助けたのです」 「傷ついている人に、敵も味方もないです」 ヴァルナは言った。そして肩を竦める。 「……実は、私も逃げているのです。戦いは……嫌です」 精霊としての力を、戦争に使うことがどうしてもできなかった。 ヴァルナは戦いを放棄して逃亡し、今も放浪の身である。 そして、行く先々で、説得を続けた。どうか戦争をやめて欲しい、と。 「どうしたら、争いがなくなるのでしょうね……」 外から雨音が聞こえるのは、この少女の涙か、と、シュヤーマは思う。 「敵も味方もないです。 その力は、平和の為に使って欲しい。 このままでは、どちらの大陸も滅んでしまうのではないでしょうか」 「……突飛ですね」 「いえ、私は祭器ではありませんし……可能性の話ですが」 ヴァルナは俯く。 シュヤーマは目を閉じ、静かに口を開いた。 「……私は、世界樹を探しています」 「世界樹?」 この大陸の何処かに、ハシバミの巨大樹『世界樹の王』があり、びっしりと張った根は、死者の国と繋がっているという。 真偽の解らない、けれどその噂にすがって、シュヤーマはヤマプリーを旅していたのだった。 △ △ 最初に見つけたのは、新風燕馬だった。 あの男がそうだ、と、何故かすぐに解った。 そう認識した途端、燕馬の脳裏が、カッと焼けた。 「止まれ」 銀髪の男は振り返る。向けられた銃口を見て、肩を竦めた。 「随分なご挨拶だ」 「御託はいい。知っていることを洗いざらい吐いてくれ。5秒だ」 暴走している自覚はある。だが止められない。心が不安定になっていた。 誰か、俺を止めてくれ、と思う。さもないと、この男の手足に2、3発撃ち込みかねない。 「致しかねる。撃たれてはたまらないので、逃げさせて貰おう」 男は笑ってそう言うと、身を翻す。 「……くそっ!」 燕馬は奥歯を噛む。 何故か、トリガーにかかった指先は、固まったように動かなかった。 発見の報は、速やかに伝えられる。 上空から、ヨルディア・スカーレットの聖邪龍が急降下し、白津竜造の蹂躙飛空艇も到着しつつあった。 その男を見つけて、黒崎天音は目を見開いた。 「お前の名前は……」 口から、自然と言葉が零れる。 「――イデア……」 そうだ。自分はこの男を知っている。だが、何処で? そして、不可思議なもうひとつの事実。 「どうして……君は、前世と同じ姿なんだい?」 天音の問いに、銀髪の男、イデアは笑った。 「俺を知っているのか」 「思い出せないけれどね」 同じ姿で転生したのではない。同じ人物なのだ。そう確信する。 「あの方……」 ヨルディアが呟いた。 「もしや、ソウルアベレイター……?」 あの男が纏うものと、同じ雰囲気を知っている。 自分達のように、技術を教授されてそれを名乗るのとは違う、真正の。 イデアはふっと笑った。 「そういう風にも言うらしいな。 一応自己紹介しておこうか? 俺は、イデア・サオシュヤント」 「イデア様」 ヨルディアが、ぎゅっと胸の前で両手を組み、真剣な瞳をイデアに向けた。 「教えて頂きたいことがあるのですわ」 「ほう」 「わたくし、前世の自分のように、ナイスバディーになれますでしょうか」 がく、とパートナーの十文字宵一が力尽きた。 「お前……」 「大事なことなのですわ!」 「……ふっ」 くくく、とイデアは笑い出した。 「なれるとも。簡単なことだ」 そして笑いながら、そう答える。 「全てを思い出せばいい。前世に身を委ねることだ」 「前世に身を委ねる……?」 イデアはちらりと上を見た。 「さて、千客万来だな。 まあ、いずれこうなると思っていたが。仕方ない、少し付き合うとしようか」 |
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