イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

リアクション公開中!

サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

リアクション

 
「刀真?」
 不安げな月夜の声に、樹月 刀真(きづき・とうま)は我に返った。
 無意識に掴んでいた、パートナーの剣の花嫁、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の腕から手を離す。
「……すまん。何でもない」
 刀真は軽く頭を振った。
 心配そうな月夜の表情に、心が咎めて目を逸らす。
「……早く、“銀髪の男”を探そう」
 案じるように、月夜は言った。内心の動悸は隠す。
 刀真は自身の混乱に意識が行っていて、それに気付かなかったようだ。
 それは不安と、そして期待。
 もしもあのまま、声をかけなかったら、どうなっていたのだろう。
 月夜を見る刀真の瞳には確かに、欲望の色があったのだ。

 銀髪の男と対峙して以来、刀真を悩ませる記憶がある。
 そうと知り、二人は、元に戻させるべく、“銀髪の男”を探していた。
 すれ違いに近い対峙で、男はすぐに刀真の前から姿を消してしまった。
 何とか足取りを辿っている間、何度も、同じ思いにかられ、刀真は月夜に手を伸ばそうとしてしまう。
(くそ、記憶がごっちゃになっていて、俺自身が別の記憶に引っ張られている……。
 ……それともこれ、まさか俺の隠された欲望とか言わないよな……?)

 戦いに明け暮れていた、前世の自分。
 その手には、常に魔剣が携えられていた。
 自分は昼はその剣を振るい、夜毎その魔剣を抱き、好き勝手に扱っていた。

 全てを受け入れ、自分に尽くしていたそあの魔剣は、月夜ではない。そんなことは解っているけれど。
 ……けれど、もし、誓いのように時折口にするあの言葉を今、月夜の口から聞いていたら、きっとヤバかった。
 刀真は、それを想像してぞっとする。
(考えると不安になるだけだ。
 早いところあの男を見つけて、詳細を聞き出そう)
 刀真は邪念を振り払う。


◇ ◇ ◇


「尺八かよ!」
 前世の自分の名前を思い出した周防 春太(すおう・はるた)は、そう思わずにはいられなかった。
 しかし事実は受け入れなくてはならない。
 スマホで謎の男について検索しながら歩く。
「空京でも確認されてるのですか……。ツァンダ、海京……シャンバラを網羅する勢いですね。
 一番新しい情報は、ザンスカールですか……。
 あれっ、発見者に懸賞金が出てる」
 それは、同じように銀髪の男を探す、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が出したもののようだ。

「!?」
 はっ、と春太は気配に気付いた。
 ばっ、と延ばされた手から、反射的に逃げる。
「えっ、何!?」
「――見つけたぞ」
 見知らぬ男が、春太を捕まえようとした。
「えっ、ちょっと、人違いじゃないですか!」
 男からは、不穏な雰囲気が漂っていた。本能的に逃げながら、春太は言う。
「僕、あなたのこと知らないんですけど!」
「ならば思い出してもらおう」
「うわっ」
 訳が解らず、腕を取られたところで、男の手を誰かが振り払った。
「白昼堂々、誘拐とは感心しないな」
 偶然その場に居合わせた、杠 桐悟(ゆずりは・とうご)だった。
 混乱していた春太は、慌てて身構える。
 剣呑な表情になった男の背後から、その時、別の女が現れた。
「よく見ろ、スイムルグ。そいつは違う」
「何?」
 現れた女の言葉に、男は眉根を上げる。
「行くぞ。気配が弱くて追いにくい。
 あまり引き離されると見失う」
「ちっ」
 二人は、春太達を一顧だにせず、身を翻して去っていく。

「――何だったんだ……?」
 緊張を解いて、桐悟は呟いた。
「やっぱり人違いだったみたいですし……」
 はあ、と大きく息を吐いて、それから、春太は桐悟の腕に、ぺた、と触れた。
「…………」
「あっ、すみませんっ」
 つい思わず、と手を引いた春太に、桐悟は苦笑する。
「気持ちは解る」
「あ、じゃあ君も?」
「ああ。
 例の男と会って以来、記憶の欠片の花火大会が続いている」
 春太は、積極的に前世を思い出したいと思っていた。
 そしてできれば、同じ前世を持つ相手と接触することによって、それを促進しようと考えたのだ。
「うわ、嬉しいです。
 前世での知り合いではないみたいですけど」
「そのようだ」
 春太はヤマプリーのディヴァーナ、そして桐悟はスワルガのマーラだった。敵同士だ。
 最も、思い出せていることは未だ少ない。実際のところは、まだ解らないが。
「ていうか、僕今、すごく綺麗な子のパンツをうっかり見ちゃって、ビンタされたことを思い出したんですけど……」
「それは俺じゃないな」
 桐悟は苦笑した。ですよね、と春太も頷く。
「……恋人に出会えたらいいなと思っているんですよね」
「……幸せな過去だったようで、羨ましいことだな」
「うーん……。
 でも、甘美なだけじゃない何かがあった気が、するんですけど……」
 それはまだ、思い出せないでいる。
 彼女に、アマデウスに出会えたら、もっと何か解るだろうか。

 一方で、桐悟も自分の前世に思いを馳せる。
 幸せではなかったわけではない。充実した時期もあった。
 彼はティーヴラという名のマーラに仕える専任の護衛で、常に彼の側にあり、戦場にあってもその傍らに居た。
 けれど、その最期は同族に討たれての死だった。
 多勢に無勢だった。
 彼等の――彼の、狙いはティーヴラだった。
 自分が殺された後、ティーヴラがどうなったのか、それは当然、解らないでいる。


▽ ▽


「最近、肌の調子が気になりますの。美肌にいいこと、何かご存知ありません?」
 とっておきの紅茶で親友をもてなす、この時間が、二人はとても好きだった。
 アマデウスの相談に、レウは微笑む。
 レウが笑顔を見せる、数少ない相手である彼女は、信頼できる友人だった。
「充分過ぎるほど綺麗ですのに」
「でも……」
「お気持ちは、解ります。
 恋人がいらっしゃるのですもの、もっと綺麗に見せたいですよね」
 ほんのりと赤くなるアマデウスに、レウはくすくす笑う。
 いつの時代もどんな種族も、美容と健康に対する悩みは尽きない。

 だが、そんな幸せは、長くは続かなかった。
 いつのことかは解らない。
 けれど突然、アマデウスがヤマプリーを出奔したからだ。
 アマデウスは、偶然、アーリエによって監禁されている翠珠を見つけてしまったのだった。
 彼女を救う為に、アマデウスはアーリエと真っ向から全力で戦い、翠珠を奪い取って逃亡した。

 新たな主人となったアマデウスを、翠珠は側に仕えて護ったが、逃亡生活の末に、アマデウスを護る為に犠牲になって死んだ。
「ごめんなさい……。存在するだけで、幸せにするはずなのに、私、駄目ですね……」
 両手を握り締めて看取るアマデウスに、翠珠はそう言って目を閉じた。
 そこで、記憶は途絶えている。


△ △


 自分の前世、アマデウスの容姿を、パートナーの十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)に話したら、彼は全くそれを信じなかった。
「え?
 ヨルディアの前世がナイスバディのボン、キュッ、ボンだって?
 ははは、またまたご冗談を」
 そんなことをのたまった宵一をクライオクラズムで沈め、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)は“銀髪の男”を捜す。


▽ ▽


「いつまで経っても戦争戦争戦争……下らねえ。
 こんな下らねえ世界、いっそ滅びちまえばいいのによ」
 魔剣サイガは、世界に絶望していた。
「……そうだ。いっそのこと俺が滅ぼしてやってもいい」
 実際に、それほどの力が彼にあるのかは甚だ疑問だが、サイガ自身は、それが成せると信じていた。
 そう、自身を扱う者の実力如何によれば。
(だよな、俺がどれだけ名剣でも、扱う奴がカスじゃ駄目なんだよ。
 なるたけ強ぇ奴を手駒に引き込まねえと)

 そんなサイガの眼鏡に叶う、強そうな男を見つけて、誘いをかけてみる。
「おいてめぇ、世界を全て変えられるほどの強大な力は欲しくねぇか?」
 誇大宣伝、ではない。本人の中では。
「要らんわ」
 しかし即答の拒否に、サイガはぱく、と口を開けた。
「ワシは戦えりゃそれでええけえの。
 見たとこ、おまえ魔剣じゃの。魔剣では前に失敗したけえ、もうええわ」
 男はすげなく去って行く。



「……行くか」
 さて、今日は何処へ行こうか。
 マーラの戦士、タウロスは、あてども無い修行の旅を続けていた。
 その道すがら、岩に刺さった一本の剣を見つける。
 遠目で見るとただの黒い棒だったが、近づいてみると、どうやら魔剣のようだった。
「……」
「こらー! 無視すんな!
 此処にこんな露骨に名剣刺さってんだぞ! 取りに来やがれ!」
 通り過ぎようとしたタウロスに、サイガは叫んだ。
 自ら勧誘する作戦から、意味ありげに地面に刺さって興味を引こうという作戦に変更したのだ。
「拙者、既に獲物は持っている」
 タウロスの背には、巨大な鉄塊のような大剣が背負われている。
「これだから素人は。そんなモン捨てて俺に乗り換えろよ」
「……」
 タウロスは黙って立ち去ろうとする。
「待て! 待て待て!
 手練なら、予備の武器の2本や3本持つべきだろうがっ!」
 ついに予備にまで降格の名剣サイガである。
 ふっ、と遂にタウロスは笑った。
「……やれやれ。とんだ出会いだ」
 肩を竦めて、剣を引き抜く。
「拙者の旅に、付き合うか?」
「旅? 何処へ行くんだよ」
「目的は無い。ただ、強くなる為だ。
 闘神の如き者となる為に。
 ――ふむ、あとは、自分を神だと思っているディヴァーナの連中の鼻を明かす為だな」
 最も、それがなくとも、ヤマプリーの連中は見境なく殺してやる心積もりだが。

 戦うことは好きだった。
 命のやりとりほど、スリルで楽しいものはない。
 本音を言えば、男でも女でも抱ければいいのだが、その欲望を一度解放したら止まらなくなるのが解っているので、戦闘の高揚や、殺した相手の命を吸収することで紛らせている。

「ま、いいか」
 アタリかハズレかは解らないが、とりあえずこいつを俺の相棒と認定しよう。サイガはそう決めた。


△ △


「さて……。この記憶は何なんだろうな?」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は、まだおぼろげなその光景を思い出しながら考える。
「この光景が何なのか、何でこんなのを見るのか……
 俺は、知らなければいけねぇ気がする……」
 この記憶は誰のものなのか。
「医学的にみるとありえねぇことなんだがな。
 現実に起こった以上は、それを受け入れるしかねぇしな」
 何はともあれ、まずは情報収集だ。情報は、足で稼ぐ。