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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

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「それで、あなたは、前世の件には関わっていないの?」
 ジュデッカに改めて訊ねたのは、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)だった。
 情報が不足している。少しでもジュデッカから話を聞きださなくてはと考えていた。
「私達、最近、前世の記憶ってやつ? 思い出してるんだけど。夢か現か幻かわからないけどさ」
「知らないわね」
 ジュデッカはきっぱり答えた。
「魔女アニスがあなたを求める理由が、それに関しているわけではないのかしら?」
「アニスの前世がどうなのかなんて、私の知ったことじゃないわよ」
「じゃあ、どうしてあなたを求めるの?」
「私を自分の所有物だと思ってるからでしょ。アニスはジュデッカの子孫だから。
 あとは、何か叶えたい願いでもあるんじゃないの」
「ジュデッカの子孫?」
「私が憶えてる、私の最初の持ち主はジュデッカよ。
 私はジュデッカに命を与えられて、こうして精神付きの魔道書になったってわけ」
「では、やっぱり、アニスさんとジュデッカさんはお知り合いなんですね」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が言った。
「まあ、お知り合い程度にはね」
 ジュデッカは肯定する。
「でも特に親しかったわけでもないわよ。
 あの頃、一族の人間は数が少なくなってたから、それで憶えてた程度だわ」
「……でもそれ、アニスがあなたを求める理由にはなっていないわ。
 叶えたい願いがある、って言ったわね。あなたはどんな内容の魔道書なの?」
 祥子の言葉に、博季が持つ、ジュデッカの書に視線が集まる。
「ね、読んでみてもいい?」
 ルカルカが訊ねた。
 ジュデッカは目を閉じ、開く。
「んー。……今ならいいわよ」
 博季が、ダリルに『書』を渡す。ダリルは開いて眉を寄せた。
「……白紙?」
 『書』には、全てのページに、何も書かれていなかった。
「そうよ」
 ジュデッカはふふんと鼻を鳴らした。
「私はそういう『書』なの」
「え? でもところどころに何か書いてあるよ? 読めないけど」
 横から覗き込んだルカルカが言う。
「え!? そんなはずないわ! 今は封じてるのに!」
 ジュデッカが驚く。
「何処だ?」
 ダリルがルカルカの前に『書』を出した。
「この辺」
 とルカルカは指差す。
「そう? 私は、この辺に何かが書いてあるのが見えるんだけど」
 祥子は別の場所を指差した。
 どちらも、ダリルには見えない。そしてジュデッカにも見えなかった。


◇ ◇ ◇


 その頃、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)はイルミンスールの大図書室にいた。
 ジュデッカの書について調べる為だ。
「ジュデッカの書ってのには、どんな内容が書かれてんだ?
 それを調べれば、婆さんの狙いがある程度は絞れる筈だろうよ」
 そう思い、とりあえず『書』が収められていた大図書室に来てみたのだ。

「ジュデッカの書について知りたいんだけど、どこを調べたらいいんだ?」
 司書に訊ねると、少々お待ちくださいと言って、何かを調べる。
 そして、魔法で自動筆記された用紙を恭也に差し出した。
「こちらが、ジュデッカの書について、図書室で保管している資料の転記です」
「どーも」
 近くの席について、それを見てみる。
 書かれていた内容はこうだった。

 かつて、『書』を得ようとする争いの中で、守護者を名乗る一族が絶えた。
 その後ガーディアンゴーレムによって迷宮の深部にて護られるも、やがて『書』の存在をかぎつけた鏖殺寺院にも狙われるようになる。
 そこで『書』は2000年程前、自ら保護を求めてイルミンスール大図書館に収納されることになったという。

「鏖殺寺院までが狙ってたのか? 何でまた、そんなに大人気なんだ、『書』は。
 ん、『記録される、魔道書ジュデッカと犠牲者の会話』?」
 呟きながら、恭也は読み進める。

『その魔術師は、魔道書ジュデッカに願いを伝えた。
 魔道書ジュデッカは答えて言った。
“その願いを叶えるには、私の力はまだ足りない。そう、貴方の魔力の500人分ほど。
 さあ、私に魔力を供給しなさい。貴方の半分の魔力ならたったの千人。
 自分より弱い人間を千人屠ることくらい、造作もないことでしょう”
 その者は、105人の魔術師を殺し、106人目の魔術師によって殺された』

 記録はそこで終わりだった。
「…………」
 恭也は用紙を見つめ、ふっと溜め息を吐いた。


▽ ▽


 ディヴァーナ、瑞鶴
 それが恭也の前世の名前だった。
 彼は祭器のローエングリンと共に旅をしていた。
 ローエングリンは、緑色の石が嵌めこまれた指輪だった。
 瑞鶴は生まれつきの片翼に加え、その色が灰色で、周囲から奇異の目で見られることに嫌気がさして、剣の腕を磨く為と称して旅に出ることにしたのだ。
「あいつ等全然駄目だな。灰色片翼なんざ、ちょっとハイカラで個性的なだけじゃねえ?」
 難は飛べないことくらいか。
「そうですよ」
 瑞鶴の言葉に、ローエングリンは笑って頷く。
「私はその色、大好きですよ。
 こうして陽の光を弾いたら、銀色にも見えて、とっても綺麗です」
「お、おう……サンキュ」
 瑞鶴は照れてしまってから、気を取り直すように腰の剣を握った。
 彼は魔力も弱かった。だから、剣を選んだのだ。
「あれだよ、魔法系なのにあえて剣を選ぶのもアリだよな」
「勿論アリですよ! 応援します!」
 ローエングリンの励ましを受けて、瑞鶴はうん、と気合を入れなおす。
「ところで瑞鶴くん、この森を抜けると町があるみたいですよ。
 ちなみに名物は、鹿肉の煮込みだそうです♪」
「……便利だけど、それって能力の無駄遣いのような気がするよなあ……」
 はしゃぐローエングリンに、美食家の祭器ってどうなんだ、と瑞鶴は苦笑した。


△ △


「つまり、ジュデッカの書には、願いを叶える力がある、ということなんですね」
 ザカコの言葉に、そうよ、とジュデッカは言った。
「私を開くと、その人の望みを叶える魔法が書いてあるの。
 あんた達の知らない古代魔法から、禁呪まで、おおよそどんな魔法も揃ってるわよ。何でもできるわ。
 本人に魔力があるかどうかは関係ないわ。私の魔力を使うからね。
 ただ、その魔法を使うだけの魔力がチャージされてないと無理だけど」
「チャージ? どうやって?」
「決まってるでしょ」
 ジュデッカは笑った。
「魔力を持ってる奴からチャージするのよ。命ごと」
「……今はどれくらいチャージされているんです?」
「内緒よ」
 ジュデッカは意味深に笑った。
「何か、叶えたい願いでもあるの?」
「アニスさんの目的を探っているんです」
「無理しなくてもいいのに。欲望くらい誰にでもあるでしょ。私を開いてみる?」
 深い笑みを浮かべながら、ジュデッカはザカコに迫る。
「あなたとアニスさんの間には、一体何があったんです?」
 問いを続けるザカコに、ジュデッカはつまらなそうな顔をした。
「理性的な奴ってつまらないわね。
 私を狙ってた奴なんて多すぎて憶えてないわ。
 アニスも死んだと思ってたけど生きてたのね。最も私が知ってるアニスは、ロリロリのガキ魔女だったけど」
「……成長したんですか? 魔女が?」
「知らないわよ」
 ジュデッカは興味もなさそうに言う。
「では、あと一つ」
 ザカコは、最後に訊ねた。
「あなたは今迄、どれくらいの願いを叶えてきたんです?」
 その問いに、ジュデッカはくすくす笑い出した。妖艶な笑みを、ザカコに向ける。
「ふふ。ふふふっ。それはね、内緒よ」



「ふむ。リンネさんやら『書』の護衛の方は、問題ないかな。
 ワイは隠れておいて、魔女の退路を断つとするか」
 七刀 切(しちとう・きり)はリンネと『書』を護る為に集まった者達の顔ぶれを見てそう言った。
「まあ保険みたいなものだし、ワイの出番は来ないことを祈ってようかねぇ」
「うん、わかった、こっちも頑張るね」
 リンネが頷く。
「ただ撃退するんじゃなくて、次はないようにしなきゃだもんね。
 とりあえず、捕まえないとねっ」
「そういうことだね。
 臨機応変に対応できるよように、位置取りには気をつけておくわ。じゃあな」
 周囲の様子を見に行く切に、リンネが「よろしくねっ」と手を振った。


▽ ▽


 ヤマプリーを追放されたレキアは、ひっそりとスワルガのとある村に隠れ住んだ。
 スワルガの民に紛れる為に翼を切り落とし、ローブを目深く被った姿で、僻地の方に家を建て、村には、買出しなどの必要な時にしか訪れない日々。

 だがある日、久しぶりに村へ訪れて、レキアは愕然とした。
 多くの家々は焼け落ち、村人は累々と、死骸となって転がっていたのだ。
「……剣の傷……」
 死体を調べて、レキアは呟く。
 この村は、何者かの襲撃に遭ったのだ。


△ △