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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

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サンサーラ ~輪廻の記憶~ #1『書を護る者 前編』

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 第2話 『ジュデッカの書』
 
 
 
 
    あなたのことを、知っている。
 
    あなたの思いを、知っている。
 
    あなたの命を、知っている。
 
 
 
 

▽ ▽


 血。殺戮。血。血。血。
 そして、狂ったような歓喜の笑い声。

「ヒャッハァァア!!」
 その身体をズタズタに引き裂き、血潮を浴びて、スワルガのマーラ、ツェアライセンは哄笑を上げた。
「ああ、はあ……肉を斬らせてぇ……骨を断たせてぇ……命をズタズタに刻ませてぇ!!!」
 ふら、ふら、と獲物を求めて歩く。
「ダレでもいいのよぉ……何でもいいから殺させてぇ!?」
 身体が疼く。火照る。
 この渇きは、血でしか癒せない。
 生きた身体を、原型を留めない程に切り刻むことでしか。

 ツェアライセンの欲望の標的となったそのディヴァーナの家族は、皆殺しにされた。
 ただ彼等が命がけで護った娘、レウ以外は。

 ディヴァーナの戦士、エセルラキアが駆けつけた時、レウは静寂の血の海の中で、呆然と座り込んでいた。


△ △


 魔道書ジュデッカを託されたリンネを護る為、博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)も、共に魔道書の護衛についた。
「リンネさん、『書』は僕に預けていただけますか? あなたと『書』は、この身に替えても護ります」
 リンネは少し首を傾げた後、頷いて『書』を博季に渡す。
「リンネちゃんが大活躍したかったけど、夫の顔を立てるのも妻の務めだよね!」
 苦笑しながら『書』を受け取る時、手が触れ合った。

 ――思えば、博季が前世を思い出した後、二人が触れ合うのは初めてだったのだ。
 バチッと二人の間で何かが弾け、同時に二人の脳裏に浮かぶ、同じ光景。
 二人はぽかんと顔を見合わせ、同時に微笑んだ。
「僕達は、前世でも一緒だったようですね」
「そうだね、グリフィン!」
 博季の言葉に、リンネもくすくす笑って、彼を前世の名で呼ぶ。
 ヤマプリーにある賑やかな町の、小さな家。
 そこで二人は、その世界でも夫婦だった。


 そんな微笑ましい二人を見る、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)の表情は複雑だった。
 輝夜もどうやら、同じ世界に前世を持つらしい。
 だが、今のところ記憶は曖昧で、思い出せていることは殆どなかった。
 何かあったような気がする、程度である。
 だが、ないながらも、嫌な予感だけはしていた。
 思い出せない方がいいこともある。
 ふっ、と息を吐いて、輝夜は気持ちを切り替えた。
「今は目の前の仕事! ま、仕事じゃなくてもリンネは博季の奥さんだし護るけどね」


 また、リンネに協力しようと駆けつけた芦原 郁乃(あはら・いくの)も、リンネが同じ世界に前世を持つと知り驚いた。
「友達のリンネを助けたくて、来たけど……、何かが心に引っかかってたの。
 それはリンネに対してだったのかな」
「郁乃ちゃんは、どんな前世だったの?」
「これ、前世の記憶ってやつなのかな……? まさかね、って思ってるんだけど」
 リンネに問われて、未だ半信半疑に思いつつも、郁乃は大切な鈴を取り出して見せた。
 大切な人に貰った、組み紐に付いた鈴だ。
 その鈴が、涼やかで可愛らしい音色を響かせる度に、何だか懐かしく、そしてずっと前から聞いていたという気になっていて仕方がなかったのだ。
 嬉しさ、悲しさ、色々な感情が、体の内側から湧き上がってくる。
 わたしは、この音を知っている。
「そっか。じゃ、鈴に関係した前世だったのかもだね!」
「そうなのかな。
 でも、鈴の音を聞いていると、何だか仲間を護らなきゃ、って気持ちになるんだよねぇ……不思議」
 そう、そう感じて、今回もリンネの為に駆けつけたのだ。
 けれど、どうにも心がざわめいて落ち着かない。この感情は何だろう。
 前世の内容は、あえて語らなかった。
 何故なら、自分は味方に殺されたからだ。


▽ ▽


 巫女鈴の祭器、穏音媛は、隻腕のディヴァーナ、ジャグディナに仕え、周辺都市の祭祀を務めていた。
 何故、その人に殺されたのか、全く解らない。
 自分に刃を突き立てたのは、アーリエという名のディヴァーナだった。

「なんで……なんであなたが……」
 身体から熱いものが……真紅の血が、生命と共に流れ出て行く。
「これはね、親切だよ」
 横たわる穏音媛を冷たく見下ろすアーリエの声が、遠い。
「ジャグディナは、同族以外の奴なんて劣等種呼ばわりで軽蔑してるんだし、キミみたいな部下、きっと要らないよ」
 その軽蔑の眼差しは、自分を通してジャグディナを見ている。
 そう思ったのが、最後の記憶だった。


△ △


 前世で共に行動していた者が触れ合うと、同じ光景を思い出すことが多い。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)も、それがきっかけで前世の記憶を思い出した。
 二人はその世界で、共に旅をしていた。
「ルカの、生き別れの妹を捜してた……」

 その世界でルカルカはスワルガのマーラであり、ザカコはヤマプリーの祭器だった。
「所属の違いなんて関係ありません。
 私が貴方を気に入ったから。それだけで理由としては充分でしょう?」
 紫水晶の祭器、タスクは、そんな風に言って、カズと冒険を共にした。

「まあ、気になるといえば気にはなりますが……。あまり前世とか信じていないのですが」
 ザカコは、そう肩を竦めつつも、
「でも、タスクとの冒険楽しかったよ!」
 と言うルカルカに頷く。
「ルカルカさん、変装とかもしていましたね」
 ザカコの言葉に、ルカルカは笑った。
「ヤマプリーで冒険することもあったもんね。
 ディヴァーナの偽の翼、結構よく出来てたよね。
 肩と背中の筋肉を使って動くようにもなってたし。飛べなかったけどね」
 ルカルカのパートナー、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、二人の会話から完全に置いていかれてしまっている。
「……ルカ」
「あっ、そうそう、『書』を護るのね、解ってる解ってる」
 今はそちらが先、と、前世のことは置いておく。



 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)と、鷹野 栗(たかの・まろん)のパートナー、ループ・ポイニクス(るーぷ・ぽいにくす)の場合は、もう少し複雑だった。
「ループ、最近『思い出す』ことがあるんでしょう?
 今は平気? 眩暈がしたりとか、辛かったら言ってね」
 栗の心配に、ループは「大丈夫!」と笑う。
「ジュデッカの書は嫌だって言ってるのに、どうして無理やり連れて行くなんてこと、しようとするんだろう。
 ジュデッカの書に、アニスって人のこと、聞いてみようよ」
 二人は、リンネ達と共にいるジュデッカに話を聞きに行く。

 一方光一郎は、完全にジュデッカ狙いだった。
「気になってるんだが、ここのところチラホラ夢に見るの、ナラカの三千世界のことだと思うわけだよな。
 ジュデッカも冥府のことだろ。つまり滑り落ちることで更に思い出すことがあるとみた!
 おねーさん、一緒にザンスカールのプールで333メートル落差のスライダーに挑戦してみない?
 趣味と実益を兼ねてなんてないんだぜ! 追手を撒く方法としても最適!」
「馬鹿?」
 光一郎の誘いを、ジュデッカは一言で一蹴する。
 撃沈した光一郎は、しかしめげなかった。
「悪いけど、あんたらが騒いでる前世云々は、私には関係ないから」
「えっ、そうなの?
 じゃあ前世の俺様との絆を思い出して“もう俺様無しでは生きていけなくなっちゃう!”計画は?」
「勝手にやってて、って感じ。
 それよりちゃんと護ってよね。何かアイツ、随分変わっちゃってるしさ。
 あーやだやだ、執着する女って醜いわ」
「ふっ、そんな冷たい言い方も、俺様のハートにズンズン来るぜ……」
「てゆーか、もう秋だし、プール終わっちゃってると思うよ」
 リンネが最もな突っ込みをする。
「確かに今年の夏は暑かったから、営業延長されてたけどねー」
「リンネちゃんは可愛いけど見た目が若すぎだし人妻だしなー。
 やっぱワケあり美人のおねぃさんだよな」
「何の話?」
 リンネはきょとんとし、隣で博季が溜め息を吐く。
 そこへ、ループ達が歩み寄って来た。

 見詰め合った途端、動かなくなったループと光一郎に、周囲の者達が首を傾げる。


▽ ▽


 光一郎の前世、魔剣ランクフェルトは、その柄に、巨大なルビーが嵌められていた。
「お、おのれっ……」
 目が霞む。
 力の入らない体を何とか起こし、血の流れる額を押さえながら、ランクフェルトは、眼前に立つディヴァーナ、クシャナを睨んだ。
 彼女の手には、赤い宝石。
「これは、おまえには勿体無い代物だよ。私が貰い受けよう」
 せせら笑って言い放つと、クシャナは身を翻して飛び去った。
 がく、とランクフェルトは意識を失う。
 そうして、彼は力を失った。


△ △


 青ざめているループに気付いて、光一郎は、はたっと我に返って笑い出した。
「うわー、何か間抜けだな、俺様。
 まあ気にすることないんだぜ。
 もう昔の話っつーか俺らの話じゃないんだし、何か俺様、その後もしぶとく生きてた記憶があるし」
 そう、光一郎の記憶の中で、ランクフェルトはコモやムシロを身に纏い、簀巻きのような見た目となって橋の下で転がっていたが、
「それがし、かつては大陸最強の名を欲しいままにしていたというのに、欺かれ、「ま」力が抜けてただの剣と成り果てようとは、とんだまぬけよ」
 などとぼやきつつちびちびとヤケ酒をやりながらも、しぶとく生きる道を探していた。
 勿論大陸最強は自称である。
 だが諦めの文字など、その頭の中には微塵もなかったのだ。
「戦えない者にも生きる道があるのか、地べたを這いずってでも探してみる、それも一興」
 と。
「だから気にすんなよー。
 ジュデッカのおねぃさんも、これからの俺様の活躍を見て惚れ直すといいんだぜ!」
「惚れ直すも何も」
 ジュデッカは半眼を向けた。


▽ ▽


 クシャナとジャグディナは同郷の出身だった。
 今は中央で采配を振るう首脳の一人であるジャグディナと再会した時、クシャナは
「……まあ、いいんじゃないの、あなたらしくて」
という挨拶をした。

「それにしても、珍しいわね。
 ディヴァーナ以外の種族が軍にいるわ。
 あなた、ディヴァーナ以外の種族なんて見下してるくせに。
 あの水のアシラ、地方出身ね、随分周りから浮いてるじゃない」
 立場はクシャナが部下だが、同郷のよしみで対等に会話している。
「私の部下には他種族は要らんが、軍にはそういうわけにはいくまいよ」
「こき使われて逃げ出さなければいいけど」
「やる気がないならいつでも逃げ出して構わない。戦場で死なれるよりマシだ」
「あら、あなたの口からそんな優しい言葉が聞けるなんてね」
 ふん、とジャグディナは眉を寄せる。
「マーラに命を吸われ、向こうの戦力になるよりはマシだ、ということだ」
「あらら」
 クシャナは肩を竦めた。


△ △