リアクション
▽ ▽ 「誰だっ!?」 気配に気付き、レキアが声を上げた。 ローブのフードを深く被った子供が、レキアの脇をすり抜けて走り去る。 「おっと」 軽くぶつかった、その瞬間に、レキアは眉をひそめた。血の臭いがしたのだ。 振り返っても、子供の姿は既に無い。嫌な予感がした。 レキアは子供が走って来た方へ向かってみて、それを発見して驚く。 何人ものディヴァーナが殺されていた。 「これは、一体……」 「……どういうこと?」 背後から声がして、振り返る。 ミフォリーザが、愕然とした表情で立っていた。 殺されていたのは、彼女の家族だったのだ。 △ △ 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は、前世においても、誰かを殺した記憶しかなかった。 スワルガのマーラだった前世の刹那、メデューは、ただ命を喰らい尽くす為に殺した。 自分以外の者は、食料という認識しかなかった。 だが、殺し損ねた者もいる。 相手は、一人、旅をしていた、ヤマプリーのアシラだった。 切り立った谷の上の道だったことが、失敗だった。 期せずして、崖から突き落とすような形になり、足を踏み外したそのアシラは、崖下に落ちて行った。 恐らく死んだろうと思ったが、メデューにはそれはどうでもよかった。 ただ、食べ損ねた、と思っただけだ。 「『ジュデッカの書』は、大図書室から持ち出されたようだわ」 再度、イルミンスールへ訪れたアニスには、それが解ったのか、中に入らずに戻って来た。 迎えた刹那が訊ねる。 「ならば、どこにあるのじゃ?」 「誰かが何処かに隠したんだわ。大体の場所なら解るけど……」 暫くじっと考えて、やがてアニスは、ザンスカールの森の奥を見つめる。 「ふむ。恐らくある程度の人数で護っておるじゃろう。 森の中で固まった人が居れば、そこにあるということじゃな」 「言っておくけど、『ジュデッカの書』を取り戻しても、開くんじゃないわよ。あれは、私のよ」 「書に興味は無いわ」 そう言うと、アニスは突然、刹那の襟を掴み上げた。 「何ですって!? あの『書』がどんなものか、知らないの!? この体を貰ってやってもいいのよ!?」 目がすわっている。 この女は狂っているのだ、と刹那は思った。理屈など通用しない。 「約束しよう」 刹那は言った。 「『書』を手に入れたら、すぐに渡す」 刹那と合流したアニスは、そのまま、ザンスカールの森へ向かう。 「このまま行くのか……」 一旦何処かへ戻ったり、『書』に関わる他の何かについて動くのでは、と思った白砂司の判断は外れたらしい。 そのまま、司も尾行と監視を続けた。 ▽ ▽ 「誰だったんだ、こいつは?」 突然の襲撃だった。 カズはその相手を返り打って殺害したが、その為、目的を探ることができなかった。 彼が、アストラという名の魔剣だったことさえ。 「俺を狙ったのか、タスクを狙ったのか、或いは誰かに雇われたのか……」 「単に物取りということも」 タスクが言って頷く。 死体を簡単に調べたが、身元や目的が解るようなものはなかった。 「どうします?」 「埋めよう。このご時世、行方不明などそう珍しいことじゃないさ」 そう言って、カズはざっと周囲を見渡し、穴を掘るのに適切な場所を捜した。 △ △ 「上かっ!」 ダリルが殺気に気がついた。 しかし攻撃は、殺気の方角から放たれたのではなかった。 物陰に潜むアニスと、見えない頭上から、同時に放たれたのは、毒虫の群れだった。 更に頭上からはしびれ粉が撒かれ、リンネ達は混乱する。 続いて、小屋の周囲に、獣達が襲撃する。 「来たの!?」 「リンネさんは中に!」 博季はリンネを小屋の中に押し込め、外に出る。 「毒を喰らった人も中へ!」 無数の虫を払い落としながら、ルカルカが仲間達に叫んだ。 「ごめんっ」 咳き込みながら、弾が中に駆け込む。 ルカルカは、インビジブルトラップによる魔法地雷を仕掛けていたのだが、それに、虎や猟犬、竜鳥などが掛かりまくって吼え猛った。 「成程、幻獣をけしかけて来たわけですか、しかし本人も近くにいるはず……」 光学迷彩を使って木陰に隠れながら、ザカコ・グーメルがアニスを探す。 「何処だっ!?」 安芸宮 和輝(あきみや・かずき)と、パートナーの英霊、安芸宮 稔(あきみや・みのる)が飛び出した。 囮と様子見の為に、打って出たのである。 その手に魔道書を持っているのを見たか、巨大な鹿にまたがったアニスが物陰から飛び出した。 ちっ、と枝の上に身を隠している刹那が顔をしかめる。 「先走りおって……」 「それを返しなさいっ!」 鹿の背から飛び降りたアニスの横に回って、和輝達は、左右から同時に攻撃を仕掛けた。 攻撃に気付いたアニスの周囲に風が巻き、和輝の攻撃が防がれる。 「和輝、気をつけてくださいっ!」 稔の叫びにはっとした。 アニスに、持っていた『書』を奪われる。 「このお婆さん、以外に素早いっ……!」 飛び退くも、既に書はアニスの手にあった。 「……何これっ! 違うじゃないっ」 しかし、アニスはすぐにその書を投げ捨てる。 「流石に、解りますか」 稔が呟いた。 よくよく見れば解る。表紙のコピーを貼り付けた程度の偽物だ。 書の在処を、ある程度感知できるらしいアニスだが、それでも、持ってみるまでは解らないようだった。 「近くにある」程度の感知能力なのだろうと察する。 ズズン、と振動が轟いた。 メキメキ、と木々の枝が折れる音がして、周囲の樹から、ばらばらと木の葉が降る。 それと同時に、頭上、木々の枝葉の更に上から、槍のような光が降り注いた。 続いて、巨大な枝葉が幾つか地面に落ちてくる。 ソア・ウェンボリスが上を見上げた。 「空を割ったのですか!」 上空からの攻撃は、その殆どが木々に阻まれただろうが、何割かは、それらをすり抜けてこの地上にまで届いたのだろう。 「見境がないのですね……」 攻撃を凌いだソアは、周囲の仲間達の様子見て、回復が必要かを確認した。 これはこれで、アニス自身が囮ともなっている。 刹那は枝の上に隠れ、慎重に、本物の在処を探った。 殆どの者が、同じ書を持っている。 失敗はできない。チャンスは一度だ。 ルカルカが周囲に巡らせた魔法トラップは、一度引っかかれば消滅する。 それらを突破した幻獣達が、小屋に特攻して来た。 「させませんっ!」 ソアが氷術で壁を張り、飛び掛ってきた虎の攻撃を防ぐ。 弾かれた虎の幻獣が、後退した後、体を低くして様子を伺い、別の方向から鹿の幻獣が走りこんだ。 ソアは光術を放って目を眩ませ、意識を逸らそうと試みた。 相田 なぶら(あいだ・なぶら)がそこに飛び込んで攻撃した後で、残る幻獣達へ突っ込んで行く。 「博季さんは、後方に!」 本物の『書』を持っている博季は、前に出ない方がいい。 ソアの囁きに、博季は頷くも、はっと気付いた。 近くの木の幹から、巨大な昆虫が這い下りて来る。あれも、アニスの操る幻獣に違いなかった。 博季は剣を抜きながら、緋王輝夜と背中合わせに身構える。 小屋の中、ということは無いだろう。あからさま過ぎる。 だが、小屋を護る布陣の中で、一番後ろであるには違いない。刹那は狙いを定めた。 樹の枝の上から飛び降りざま、刹那は博季の手から、『書』を奪った。 その反応から、確信する。 「本物は、これじゃな」 「しまったっ!」 刹那から、『書』がアニスに渡る。 その直後、輝夜のフラワシの攻撃が、死角から刹那の身を引き裂いた。 刹那は、見えないフラワシの攻撃を躱しきれず、攻撃を受けて倒れる。 辛うじて、急所は避けた。 「くそ、ちょっと遅かったっ」 輝夜の視線は既に、『書』の投げられた先に向いている。 刹那はその隙に樹の陰に転がり込み、そのまま撤退した。 アニスは、ぎゅっと『書』を抱きしめた。 「『書』、私の、私の『書』……! ああ、これで、これで私は」 「馬鹿じゃないの!? あんたの願いなんて、叶えてやるわけないでしょ! さっさと返しなさいよ!」 ジュデッカが小屋から飛び出した。風馬弾がその後に続く。 「待って待って! 出ない方がいいよっ!」 リンネがジュデッカを止めたが、間に合っていない。 「私に従いなさい、ジュデッカ! 『書』は私のものよ!」 「いや、それは俺のものだ」 アニスの背後に、男が立っていた。 「ようやく見つけた。これでもう一冊の行方も解る」 「!? 誰……!!」 アニスが振り向くよりも早く、イデアの攻撃が、アニスの胸を貫く。 動きが固まり、手から『書』が取り上げられて行くのを見て、アニスの目は、胸の負傷よりも、その『書』を追った。 「私の、私の……っ」 元の姿に、戻れるはず、だったのに―― 「何だって!?」 様子を伺っていた七刀切が、思わず声を上げた。 アニスに書が渡った時点で、飛び出すタイミングを計っていたのだが、第三者の介入があることを予測していなかった。 この場にいた、誰もがだ。 アニスは倒れ、イデアが『書』を手にする。 何かが、その『書』に吸収されるのが視えた。 「それを離しなさいっ!」 ジュデッカが叫ぶ。 「――ふむ? なるほど。人格を植え付けたのか。 考えたな、ジュデッカ。だが」 「きゃああああっ!!」 バチッと何かが弾けるような音が、周囲に響いた。 リンネ達は、衝撃波のようなものに身を竦ませる。博季は咄嗟にリンネを庇った。 「――ジュデッカさん!?」 はっとする。悲鳴を上げたジュデッカの姿が、何処にもなかった。 「ジュデッカさんをどうしたんだっ!?」 弾が叫んだ。 「アレは不要だ。切り捨てた」 イデアは『書』を脇に抱え、そのまま去って行こうとする。 「駄目よっ!」 ルカルカが叫んだ。なぶらが、イデアの前に立ちはだかる。 「今度はキミなのかい? 一体何故、それを欲しがるのかな。どうせ碌なことじゃないんだろうけど」 「すぐに解る。そう遠くない先に。楽しみにしているんだな」 イデアは、剣先を向けるなぶらに笑った。 「今知りたいんだけどな」 なぶらが注意を引き付ける一方で、ソアや切達が機を伺う。 「もう随分長いこと、これを捜していた。間に合わないかと焦ったが」 イデアはそう言って、周囲を見渡した。 「あとは竜と、オリハルコンと……。 仕事が多い。悪いが、ここで失礼する」 「うっ……」 なぶらは、身体が重くなるような感覚に、顔をしかめた。 何だろう、動けない。 イデアの姿は、森の中に消えて行った。 ◇ ◇ ◇ 「……死んでいるな」 ダリルが、横たわるアニスの体を確認して呟く。 「この人は、何故あんなにも、『書』を欲しがっていたのでしょうか」 ソアが、遺体を痛ましく見下ろした。 本人に訊ねたいと思っていた。だが、それを知ることはもう、できない。 「ジュデッカの書の、女の人の方はどうなっちゃったのかな?」 なぶらが、あの瞬間のことを思い返しながら首を傾げる。 「何処かに飛ばされた、とも考えられるが……。あの様子だと、最悪、消滅しただろう」 ダリルは、そう予測した。 「図書室の人に、怒られちゃうかなぁ……」 護れなかった。リンネがしょぼんとして言う。 「何とか、取り戻す方法が無いか模索してみましょう」 ソアが言う。 「そうだね。書を奪ったあの人が、何者か解れば、或いは……」 うん、となぶらも頷く。 アニスにしろあの男にしろ、『書』を碌なことに使うとは思われなかったが、少なくとも、あれを得てすぐに何かをする、といった様子ではなかったように思えた。 |
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