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星影さやかな夜に 第二回

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星影さやかな夜に 第二回
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リアクション

 自由都市プレッシオ、中央部。
 観光客が集中する名所から離れた、少し後ろ暗い通り。
 人々が行き交う大通りから少し外れれば、雰囲気がガラッと変わる。人はいなくなり、あるのは汚れた建物と捨てられたゴミだけだ。

「これが、本当のプレッシオの姿なのかねぇ……」

 七刀 切(しちとう・きり)はその通りを歩きつつ、そう呟いた。
 その少し後ろをついていく、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は相槌を打つ。

「そうだな。御伽の街ってのは、随分と皮肉な名前だ」

 二人は一言二言、そう言葉を交わすと黙って通りを歩いていく。
 二人が共に行動しているのには理由がある。それは行動する理由は違えど、ヴィータに会うという目的が一致したからだ。

(……にしても、色々と面白い状況になってんなぁ、おい。
 コルッテロと特別警備部隊の全面対決。コルッテロ側にも随分契約者がついてるみたいだし、どっちに転ぶか分からんな。それに例の鍵である二人の動向も)

 切の後を歩きながら、恭也は考える。
 それは先ほど反芻したこの街の今の状況が、どこか『人喰い勇者ハイ・シェンの伝説』に似ていると感じたからだ。

(街の状況、主役の男女、気の所為だと思うんだが……まぁいい、そっちは置いておこう。どうせ、今回も全部あいつの掌で踊らされるんだろうよ)

 恭也が言うあいつとは、ヴィータのこと。
 空京で起こった『暴君召喚未遂事件』の際に敵対したが、彼女の良い様に踊らされたからだ。
 あの謎の未来人一行がいなかったらどうなっていたか、考えただけでも恐ろしい。

(伝説にあったローブを纏った人間がハイ・シェンに与えた敗者の魔法。ありゃ、ヴィータが使っていた魔術に似てる気がするんだよな。
 『暴君召喚未遂事件』の際も生贄を必要としていた。そうなるとヴィータはあの伝説と何らかの関連があると思うんだが……もしかして――)

 恭也はそこまで考えて、ふと我に返った。
 姿は見えないが数人に囲まれている。思考に耽っていたせいで気づかなかった。

「……くそっ、不味いか」

 恭也はそう吐き捨て、自分の得物に手を伸ばす。
 しかし、それを切が手で静止させた。

「大丈夫、安心しろ。これは敵じゃない。この危険を感じさせる独特の匂いは」

 切はそう言うと、建物で死角となっている場所に目をやった。

「ヴィータ、だろ?」
「……きゃは♪ 大当たり。昨日ぶりね、切」

 一拍遅れて返ってきた返事と共に、ヴィータが二人の前に姿を現す。
 彼女はいつも通り不安定な笑みを浮かべ、少女独特の高い声で話しかける。

「ん? よく見れば、切の後ろにはいるのはあの時の不良くんじゃない」
「……俺の名前は不良じゃねぇ。柊恭也だ」
「そう、恭也っていうんだ。ごめんごめん。
 で、二人はわたしを探してたみたいだけどさ、なにか用なの?」

 ヴィータは軽い調子で問いかけながらも、腰に差した狩猟刀の柄に手を添えていた。
 それは、返事によっては殺してやる、という意思表示。
 切は両手を上に挙げ、自分に戦う意思がないのを示す。

「いや、ワイはヴィータに手を貸そうと思ってねぇ」
「別にいいけど……ってか、協力してくれるんなら大歓迎だけどさ。
 わたしのしようとしていることって悪いことよ。それでもいいの?」
「ワイとしてはヴィータが悪であろうと関係ない。単純に、昨日の縁があるからちょいと協力しようと思っただけだから」
「ふーん、あなたって変わっているのね。でも、まぁ……ようこそ。わたしのためにキリキリ働いてね。きゃは♪」

 ヴィータは続けて、恭也に問いかけた。

「恭也。あなたはわたしに何の用なの?」
「……俺はそこの奴とは違う用だ。お前に手を貸すつもりはあんまりねぇ」
「きゃは♪ そうよね、それが普通よ」

 彼女がにんまりと笑う。
 と、共に辺りを覆う雰囲気が痛いぐらい張り詰めた。

「つまりは、わたしと戦いに来たってことよね? いいわよ、相手してあげる。
 どっかの誰かさんが<情報撹乱>しているせいで、あの二人の居場所を特定出来てないからストレスが溜まっちゃって――」
「違う。別にお前と戦う気はねぇ」
「へ……?」

 ヴィータが予想外の言葉に、素っ頓狂な言葉を洩らす。
 そして、よほど残念だったのか、がっくりと肩を落とした。

「……あーぁ、調子狂っちゃった。せっかくの獲物を見つけたと思ったのに」
「悪いな」
「別にいいわよ。いつもなら拷問の一つでもかけてやるんだけど……あなたは拷問にかけるより戦ったほうが楽しそうだから勘弁してあげる。で、いったいなにの用なわけ?」
「要件は一つだ」

 恭也は彼女を射抜くような視線で見つめる。

「前に世界を壊すって言ったよな? それを見届けようと思ったのさ」

 ヴィータの顔からすーっと表情が消えていく。
 深い緑色の瞳が、恭也を映す。それは、真意を確かめるために。

「……本気なの?」
「ああ。お前は、このくだらない世界を壊す者なんだよな。その言葉に偽りはねぇな?」
「ええ、もちろん」
「なら隣で見せて貰おうじゃねぇか、世界に挑むお前の姿を。この世界を犠牲にして何を得ようとしてるのかを」

 恭也は笑みを浮かべ、言葉を続ける。

「それに、どうせ一緒に行動するなら気に入らない聖人より、気に入った極悪人の方が面白いしな」
「……そっか。とんだ変わり者ね、あなたも」

 ヴィータは口元に手をあて、くすりと笑う。
 先ほどまで色の失っていた表情にはすぐさま闇色の色がつき、いつも通りの軽薄な笑みを浮かべていた。

「まぁ好きにしなさいな。わたしのモットーは来る者拒まず、去る者追わずだから。裏切る者は殺しちゃうけど」

 ヴィータはそう言うと、狩猟刀の柄から手を離す。二人を一応は信用したからだろう。
 そうして、また歩き出そうとした時――丁度、彼女の脳内に<テレパシー>で連絡が届いた。

(「遅くなってすまないな。あの二人組の居場所の特定が済んだぞ」)

 相手は和輝。
 昨日からヴィータに協力している契約者の一人で、彼女から離れた場所で情報端末を用いて情報を収集していた。

(「きゃは♪ お疲れさま。早速で悪いんだけど教えてくれる?」)
(「ああ。場所は……丁度いい。今いる場所から案外近いぞ。そこを右に進み――」)

 和輝の情報が、ヴィータだけではなく、他の協力者にも伝えられる。
 出来るだけ簡潔に、分かりやすく伝え終えた和輝に、ヴィータはお礼を言った。

(「了解、把握したわ。ありがとね、和輝」)
(「礼には及ばないさ。そういう協定だしな。
 他にも、お前の妨害をしようとしていた奴がいたから、別にネタを流して移動させておいた」)
(「あらら、そうなんだ。どおりで人に会わないなぁって思ってたのよ」)
(「近づきすぎては面倒だしな。今はあの二人組とペンダントが最優先だろう?
 ……それと、組織が動き出した。どうやら強奪戦が始まろうとしているみたいだな」)
(「きゃは♪ そうなんだ。それじゃあ、わたしたちも急がないとね」)

 ――――――――――

 ヴィータ達から少し離れた場所。
 和輝は調べ上げた情報を一通り伝え終わり、「ふぅ」と息を吐いた。

「にひひ〜っ、お疲れさまぁ」

 そんな和輝に、アニス・パラス(あにす・ぱらす)が労いの言葉をかける。
 二人の情報収集の方法はハッキング。<情報通信>の特技を生かして、プレッシオの監視カメラ等をハッキングしていたのだった。

「ねぇねぇ、アニスは次になにしたらいいの〜?」
「そうだな……アニスはハッキングを続けてくれ」
「にゃは〜っ、りょうかいだよ」

 アニスは元気よくそう言うと、手馴れた手つきでキーボードを操作し出す。
 それを横目で見つつ、和輝は自分の仕事に取り掛かるために情報端末を起動する。

(さて、あとは……コルッテロの方にも情報を流しておくか。ボスの御機嫌をうかがうためにも)

 和輝はヴィータの協力者だが、一応はコルッテロに雇われた情報屋だ。
 それに、口約束の協定を結んでいるものの、彼女に破棄されたときのための雲隠れ用の策を用意する必要もある。

(いざというときに、熱冷ましの相手をさせられるのは御免だしな。
 幸い、<根回し>のお陰で組織の信頼を得ることは出来ている。そこのルートを利用して策を――ん?)

 和輝はキーボードのキーを叩く手を止め、液晶に映った情報に注視した。
 それは、ゲヘナフレイムが全滅したという情報。
 特別警備部隊の者達には、東雲達によってこの情報が既に伝わっているらしい。

(ゲヘナフレイムが全滅……か。確か、ゲヘナフレイム出身の奴が一人いたような……)