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リアクション
雨が本格的に降り出し、礼拝堂のような廃墟では雨漏りがしていた。
ぴちゃんぴちゃんという水滴が床に落ちる雨音が、やけに静かな応接間に響く。
「……っ」
明人はただ、あれ以来また意識を失ったリュカを見守っていた。
彼女の周りには治療に長けた契約者が集まっている。彼らはリネンとポチの助の手引きにより、迅速に合流できた特別警備部隊の者達だ。
その中で、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は《閻魔印のファーストエイドキット》の道具を用いて、リュカの状態を把握するために診察していた。
「……契約による能力の向上、か。これがなければ、俺達が駆けつけるまでに体力が尽きていたかもな」
燕馬は一通りの診察を終え、聴診器を耳から外す。
「燕馬さん。あの、リュカの容態は……?」
「早く入院しろよってレベルだな。まぁ応急で色々しとくが、快復には相当な時間がかかるぞ」
「い、命の危険は……?」
「ない。良く決断したな、彦星。後は任せておけ」
燕馬は彼の肩をぽんと叩いた。
明人は緊張の糸が途切れたのか、安堵の息を吐いてへたへたと座り込んだ。
「良かった。本当に良かった……」と呟く彼に、燕馬は一言言い放つ。
「でも、まぁ、危険な状態には変わらない。
これから本格的な治療を始める。出て行くんだ」
「……え?」
「紳士のエチケットだ、理解しろ少年」
燕馬の言葉を、明人は理解して顔を赤く染め、応接間から出て行った。
なんて純情な奴なんだ、と燕馬は思いつつ、フィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)に目で合図。
フィーアはこくんと頷き、周りの契約者に伝えるために口を開いた。
「りゅーちゃんの治療をする前に、皆さんに聞いてほしいことがあるのですよぉ」
「聞いてほしいこと……?」
周りの契約者の一人、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が<禁猟区>で結界を張る作業を止め、フィーアに問いかけた。
フィーアはにこにこと笑みを浮かべて、<演技>で感情を内面に抑えつつ、丁寧に要点だけを話し出す。
「はぁ〜い。それはですねぇ……」
リュカを救うための方法を――。
――――――――――
廃墟、大広間。
特別警備部隊の者達が襲撃の準備を終えた。
「よし、それじゃあ行くわよ」
リネンはそう言うと、廃墟の入り口に仕掛けた《機晶爆弾》のスイッチを押す。
ポチの助の<防衛計画>により的確に配置され、一斉に起爆した爆弾。爆発で周囲を崩し、大きな入り口を瓦礫が塞いでいく。
特別警備部隊が選択した戦法は籠城体勢。大広間と廃墟の外に分かれ、敵の襲撃を防ぐつもりだ。
「まさか、これほどの大事になるとはね。坊」
アルマはその様子を見ながら、明人にそう声をかけた。
明人はどう答えていいか分からず、俯いた。多くの人に心配と迷惑をかけて、命の危険に晒そうとしているのだ。
彼女と自分を守ってもらうために。
アルマは俯く明人の顔を覗きこむようにして、問いかけた。
「……怖い?」
彼女はそう言ったが、本当に言いたかった言葉が何か、明人は察することが出来た。
……後悔している?
彼女はきっと、そう言いたかったのだ。
この事件に関わったことを、リュカと出会ったことを後悔しているのではないかと、彼女は心配しているのだ。
そんなはずがないのに。
怖くはないといえば、嘘になる。決意は固めたが、怖いものは怖い。
けれど、本当に怖いものは違う。明人が本当に怖いのは、そんなものではない。
「大丈夫だよ、アルマ」
明人は顔を上げる。
「僕は戦える。だから、武器を貸してくれない?」
「……坊、ちょっと酷いことを言うわよ。
今ここであんたが武器を持ったところで……」
「アルマ」
言葉を遮り、明人が言い放つ。
「少しでも力になれるなら、僕は力になりたい。リュカを守りたい」
「……死ぬ気?」
「その前に、リュカを逃がす」
正面から見つめてくる明人の目を見て、アルマはため息を零す。
「はぁー……強情ねぇ。
分かったわ。坊がそこまで言うのなら、あたしはもうなにも言わない」
アルマはポケットから《怪力の籠手》を取り出し、渡した。
「ただし、今さら武器を渡したところで、教える暇もないから。
坊にはれっきとした戦う力があるでしょ。私が普段から叩き込んでる護身術が。アレで戦いなさいな。それが多分、一番だろうから」
「……うん。分かった」
明人は両腕に《怪力の籠手》を嵌め、アルマから離れていく。
(まさか、坊が女一人のためにここまでの気概を見せるなんてね……)
アルマは明人の後ろ姿を見送りながら、くつくつと笑う。
そんな彼女に、燕馬が近づき、声をかけた。
「ちょっといいか……?」
「あら、もうリュカの治療は終わったの?」
「ああ。出来ることは全てやった。今は他の契約者が魔法で外傷の治癒に回っている。あとは、本人次第だろう」
「そうなの……ご苦労様。ありがとね」
「別に、感謝されるほどのことではない。人命を救助するのが医者の務めだ。それと――」
燕馬はそこまで言うと、ポケットから何かのスイッチを取り出した。
「これを受け取ってくれ」
アルマはスイッチを手渡され、不思議そうに首を傾げた。
燕馬はボリボリと頭を掻きながら、口を開く。
「時間が惜しいからな、端的に言うぞ。応接間のあちこちに《機晶爆弾》を仕掛けた」
「ば、爆弾!? あ、あんた一体なにを考えて――」
「説明は最後まで聞け」
燕馬は淡々と説明を続ける。
「そのスイッチは仕掛けた爆弾の起爆スイッチだ。
爆発すれば少しの時間差のあと、応接間が崩壊するように配置した」
アルマは目を見開けた。
「っ。……なるほどね。あんたの言いたい事は大体理解できたわ」
「……使わないのか。
少年を連れ帰るべく、少女を始末する手段とするか。
二人が死亡したように見せかけ、二人共を救う方向に持ち込むか――」
燕馬はアルマを見据えて、言った。
「どうするかは、アンタに委ねる」
アルマは手に持ったスイッチに目を落とす。
燕馬はそんな彼女を見て、言葉を続けた。
「ところで、あくまで私見だが――お宅の坊ちゃんは、誰が何を言っても、リュカから離れようとはしないだろうな」
「……そうね。あんたの言うとおりだと思う。なら、もう、使い道は決まったわ」
「……決断が早いんだな」
「ええ、あたしは彦星家の従者だから。
あの子を守るのが、坊の願い。すなわち、それは――あたしの願いでもあるからね」
アルマは顔を上げて、燕馬を見る。
「ありがと。あたしにその判断を任せてくれて」
「いや、アンタが一番の適任だと思ったからな。それじゃあ、俺達はもう行くよ」
「あら、ここで戦っていかないの?」
「ああ。俺の本業は医者だからな。命を奪うこと、傷つけることはあまりしたくない。
それに、医療スタッフとしての手伝いも残っている。首を突っ込む気は無いよ」
「そう。それじゃあここでお別れね」
「ああ。幸運を祈ってる」
燕馬はそう言って、踵を返して歩き出した。
廃墟の外。
燕馬と共に医療スタッフのお手伝いに戻るザーフィア・ノイヴィント(ざーふぃあ・のいぶぃんと)はふむ、と頷いて呟いた。
「『追っ手に殺される前に殺された事にすれば、リュカくんを助けられるかもしれない』と思って仕掛けたはいいが、自信が無くなって諸々放り投げたと」
「…………」
「リュカくんの意思も、明人くんの意思も。
燕馬くんはその両方を守りたくて、でも他に方法が思い浮かばなかった訳だな?」
燕馬は痛いところをつかれ、あまり答えたくはなかったが、口にした。
「……ああ、そうだ」
「いつまでたっても不器用だね。燕馬くんは」
「……悪いか?」
「いいや。僕は燕馬くんのそういうところ、あんまり嫌いではないよ」
ザーフィアはそう言うと、「さて……」と呟いた。
「リュカくんの他にもたくさんの患者が待っているんだ。救護室まで急ごうか」
「ああ」
燕馬は短い返事で了承すると、歩くスピードをあげたのだった。
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