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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第2回/全4回)

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【アキバ@カンテミール:1】


 合戦間際の緊張感が満ちる、カンテミールの中心地に、場違いのようなファンファーレが鳴り響く。
 戦闘の開始を告げるそれに、両陣営は一斉に行動を開始した。
 
 鬨の声……とはまた少し違った声が上がる中、最初にティアラに真っ向から挑み出たのは、富永 佐那(とみなが・さな)――いや。
「カンテミールをシブヤ化だなんて、一地球人のそんな勝手、許されるはずがありません!」
 一声。バッと羽織っていた上着を脱ぎ捨てると、ブルーのウイッグにグリーンのカラコン姿をし、自機の上でポーズを取ったのは。
「海音☆シャナ、Webの海から推参ですっ☆」
 Webを中心に活動してきた、佐那のもうひとつの姿、ネットアイドル海音☆シャナは、マイクを取ると{ICN0004700#フドリェヴニー}の肩をステージ代わりに「皆さーん☆ティアラ・ティアラって人だけがアイドルですかー? 違いますよね〜☆」と、町中に響くように声をかけた。
「この私、海音☆シャナが皆さんを勝利へと導きますっ☆」
 その声に続き、始まったライブ、もとい歌声がエカテリーナ陣営を鼓舞するように流れると、その映像はカメラに捕らえられて、理王の用意したサイトにライブ配信され始めた。
「おおっと、ここで第三極の台頭か!?」
 そんなテロップの流れるサイトの、エカテリーナ、ティアラの支持を示す円グラフに、ぴょこんと色がひとつ増える。ライトなデザインの対決サイトの中央に、三分割された画面のなかで、イコン、アイドル、龍騎士に親衛隊、とごった煮に並んでいる状況は、現場の物々しさから考えれば非常にシュールな絵面である。
 その画面を、視聴者たちと同じようにスマートフォンから眺めているのだろう。ティアラはその歌を聴きながらくすっと笑った。
「ティアラとガチで勝負ですかぁ〜? ……それってぇ、身の程知らずって言うかぁ〜」
 ぼそり、と言うと、ティアラはパートナーの龍騎士を伴うと、同じように味方のイコンの肩へと上がると、ふわっとした顔を生かすように、にっこりと笑って見せた。そして、龍騎士がマイクを渡そうとするのを断って、ティアラはすうっと息を吸い込む。
「ティアラの歌も、聞いていただけますかぁ〜?」
 宣言、瞬間。
 マイクも音源もない筈の声が、爆発のように町全体に響き渡った。
「――ッ、な、何……ッ!?」
 歌と言うより殆ど衝撃波に近いそれに、佐那は思わず耳を塞いだ。
「音量でか過ぎで解析しづらいけど、これ、結構まずいよ」
 マイクの拾った音を解析しながら、屍鬼乃が眉を寄せた。
「どういう喉してんだか、強烈な精神波が混ざってる」
『あれがあのスイーツ()の厄介なところなんだぜ』
 屍鬼乃の分析に、エカテリーナの音声が舌打ちした。
『あの歌声をまともに聞くと、耐性が無い奴は、あっという間に影響されて、精神が支配下に置かれてしまうんだぜ』
 洗脳や、操り人形化するといった類ではないが、精神がその歌に従って変化してしまう、ということらしい。その言葉通り、今歌われているアップテンポな曲に、親衛隊の士気が一気に膨れ上がっていくのが見える。本来なら味方側でもただでは済まなかっただろう、が。
「念のために準備しといて良かったな」
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)はふう、と息をついた。戦闘の始まる前に、ティアラの武器が歌である可能性から、味方に耳栓を用意していたのだ。それによって、ティアラの歌の影響下に入るのは免れたが、同時に問題もある。味方からの歌の支援も受けにくくなったことだ。ティアラの歌声が上から被せられた場合、押し負ける可能性があるためだ。
「特に地上組は危ないな……マトモにやりあったらヤバイんじゃね? なあ、鯉くん」
「それがしは鯉ではござれぬ。ドラゴニュートであるっ!」
 振り返った光一郎にくわっと言い返しながら、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)はこほん、と息をつき「ならば、マトモではない手段を使うまで」と何か策があるようで、ドミトリエを手招いた。
 その、数秒後だ。
「歌の発生地点確認。エネルギーチャージ完了……シブヤ化計画など、吹き飛ばしてやるであります」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)から入った通信に、皆が首を傾げた瞬間。
「荷電粒子砲、発射!」
 一声と同時、伊勢の主砲である荷電粒子砲が、一直線にティアラに向って火を噴いたのだ。
「―――ッ」
 轟音が空気を割り、上空からの一撃が直進する。果敢にも、ティアラは更に音量を上げた自らの声でそれに立ち向かおうとしていたが、流石にそれで打ち消されるような威力ではない。体力が限界を迎えたのもあったのか、その声が枯れようとした、その時。龍騎士はティアラの体を横抱きに抱えると、着弾すれすれでビルの影へと飛び込んだ。
 そのほぼ同時、ドォオンッという衝撃音が鳴り響き、土煙を撒き散らしながら道路の一部が抉られていった。
「目標ポイントより後方、高層ビルに着弾を確認」
 その様子を、市街に潜伏して着弾観測を担当しているイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が報告したのに、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)も続ける。
「被害状況確認。路面の一部が損傷。ビル表面の防壁は損傷なし、衝撃による内部欠損は確認できません」
「あれを喰らって無傷、かあ……」
 その報告に、ルドュテのコクピットで呆れとも感心ともつかない声を漏らしたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。その損傷データと荷電粒子砲の威力データ等も受け取って確認しつつ、クナイ・アヤシ(くない・あやし)も「そうですね」と頷く。
「今の一撃のエネルギー量で無傷なら、全員が一点集中で同時に着弾させない限り、損傷は出ないでしょうね」
「頼もしいね」
 それならほぼ間違いなく、ビルの防壁を盾と考えて作戦を立てることに、支障はなさそうだ。地理マップ上に新たなデータが書き加えられていくのを確認して、北都は次の行動へ移るべく、操縦桿を握り締めた。





 そのほんの数秒ほど前後する。

「街中であんなヤバいのぶっ放すなんてぇ、マジ有り得ないって言うかぁ」
 自分を抱えている龍騎士の腕から降りながら、ティアラは不機嫌そうに息をついた。建物は防壁が守ってくれるが、路面や街灯等の類は対象外だ。本来地球人である彼女にとっては、縁のない土地であり、思い入れのない土地だ。だが、壊されるのは余り面白くない。とは言え、理由は道徳的なものではなかったが。
「この町もティアラのものになるんですからぁ、あんまり酷いことしないて欲しいって言うかぁ」
 そんな勝手なため息をつくティアラの横顔を、こっそりと捕らえる陰が一つあった。オットーが送り込んだ式神は、騒がしさに紛れて上手く物陰に潜むのに成功していたのだ。そのカメラの先で、渡された水を飲みながら、タオルで汗を拭うティアラの様子は、戦場の一風景と言うよりコンサート舞台裏のようである。
「ぷはぁ……一曲の後ってぇ、ただの水もマジヤバって言うかぁ」
 生き返りますよねぇ、と息をついたティアラに、龍騎士は軽く眉を寄せた。
「調子に乗って飛ばし過ぎだ。せめてきちんと機材を使え」
「それじゃあ、ティアラに逆らってもムダだってこと、思い知らせてあげられないじゃあないですかぁ〜」
 肩を竦めたティアラは、まだ疲労を残しながらも、ふ、と目を細めて、我先にと功を求めて戦場に飛び出していく親衛隊たちを見やった。
「数は上って言ってもぉ、あっちは少数精鋭ですからぁ………ティアラがヤバいかもってどっちにも思っといてもらうべきなんですよぉ」
 荒れた息を整えつつ、こくこくと水を干しながらティアラは続ける。
「正統派ってぇ、何でそう言われるか、分かりますかぁ? それって数が多いからでぇ、数字を稼ぐにはどうしたら良いかって言うとぉ、マジヤバな力なんですよぉ」
 能力、権力、経済力。それらが人を集めるために必要なものだ。それらを効果的に利用し、宣伝し、印象付ければ、数は必ず集まるのだ、と言いながら「まぁ結局経済力が最強なんですけどぉ」とティアラは苦く笑った。
「心を動かすってのはぁ、ヤバ気って言うかぁ、暴力的であればある方良くってぇ……だからぁ、ティアラが素でどれだけヤバいか示しておく必要があったって言うかぁ」
 それによって味方を鼓舞し、相手側に勝てないかもしれないという不安感を与え、最低でも警戒心を抱かせる。ティアラのそれは、ハッタリではないし、実際に機材を利用すれば更に効果的なのは誰でも判ることだ。最低でも音を利用した援護は相手方から潰すことができる。
「抜け目のない女だ」
「女の子はいつだって打算的なんですよぉ〜?」
 パートナーの龍騎士が呆れたように口にするのに、ティアラはにっこりと笑った。それに苦笑しながら、龍騎士はティアラに手を差し出した。
「ディルムッド?」
「乗れ。上空で指揮を執る。また直接狙われると面倒だ」
 ついでに武器にするつもりのくせに、と皮肉に言いながらも、肩を竦めたティアラに「すみません」と声をかけたのは、荒野の王に協力する者として、イコン傭兵部隊に加わっていた天貴 彩羽(あまむち・あやは)だ。
「恐れながら、戦列を離れることをお許し願えますか?」
 その言葉に目を細め、真意を探る様子のティアラに、彩羽は自機マスティマの特徴とステルス性能を説明して続ける。
「このマスティマならば、集団の中で動くより、単独の奇兵として動くほうが便利でしょう」
「そうですねぇ……でしたらぁ、お任せしますねぇ」
 独立奇兵として、現場での判断も一任する、と言外に告げたティアラは、頷いた彩羽が踵を返すのを見送って、ディルムッドの差し出す手を取ろうとしたが、その時だ。
「……覗き見なんて、ストーカーみたいでキモいですよぉ?」
 ティアラは式神の存在に気付いたようで、ぎゅうと眉を寄せて、不快を露わにすると、つかつかと近寄って、そのままぎゅむっと式神を踏みつけた。
「これはぁ、ティアラからのサービスですよぉ」
 嘲笑するような言葉と共にかけられた体重に、式神はそこで力尽きたのだった。
 だが実はその時、カメラはうっかりスカートの中までちらっと撮っていたとかいなかったとか。