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リアクション
【激闘のカンテミール:1】
同じ頃、カンテミールでは、戦闘はその激しさを増していた。
「……ッ、くそ……っ」
勇平は焦りの混じった声を漏らした。
先陣を切り、奥深くまで斬り込むことには成功したが、そこでブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)達、恐竜騎士団独立遊撃部隊「ディノニクス」とかち合ったのだ。
「四天王へのリアル接触こそ失敗しましたが、糸は通りましたわ」
そう言って、ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)がとある相手へと連絡を入れるのを確認して、ブルタはキュッヘンシャーベを、ビルの影に紛れるように疾走させた。グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)の アダマンティスも同じようにしてビルの影を渡っていくのを確認し、エリュシオン旗を掲げた如月 和馬(きさらぎ・かずま)のイカロスは、上空からポイントを指示する合図を送った。
「さあ、狩りと行こうぜ」
セルウスに対して特に何の恨みがあるわけでもなく、ティアラに心酔しているわけでもない面々だが、帝国を二分させないために、ティアラに勝利させる、という目的において一致している。特に、和馬とグンツは、帝国が二分されることによる争いの激化を危惧していた。
「これほどの大国で、皇帝候補が二人立てば、争いになるってのは目に見えてるのにな」
和馬が言えば「全くだ」とグンツも同意する。争いになれば、力に特化した帝国の性質上、必ず激化の一途を辿るだろう。そうなれば、必然、多くの犠牲を出すことになってしまうのだ。
「ま……そうはさせねぇけどな」
「そうとも、あらゆる戦いを経験した我らに一日の長がある」
不敵に言う和馬に、グンツもまた返せば、その言葉を合図にするかのように、ブルタ達はその部隊名の示すとおりに、三機揃って行動を開始した。
小回りの効く機体は都市戦には有利だ。三機は巧みに連携し、スモークディスチャージャーで視界を奪うと、自分たちはダークビジョンで悠々とその中を駆け巡り、センサークラッシャーで畳み掛けながら、勇平を他から孤立させることに成功すると、建物の隙間を縫う様にして、断続的な攻撃を繰り返してくるのだ。キャロラインが上空から砲撃の援護に入ろうとするが、そうすると鏨のヴァッサーシュパイアーからの要塞砲が牽制して邪魔をするのだ。一撃一撃は決して重くは無いし、勇平とセイファーも全てをただ喰らうほど弱兵ではないのだ。弾き、防ぎ、回避して決定的なダメージを受けないように立ち回っていたが、問題はバルムンクに残されたエネルギー残量だ。
「……この、ままでは……っ」
セイファーが苦い息を吐き出す。だが、ディノニクスに誘い込まれたこのポイントからでは、補給は間に合いそうもない。歯噛みしているうちに、とうとう限界は訪れた。
「―――……ッ」
モニターが真っ赤に染まって、機体が沈黙する。防御にエネルギーが回しきれず、脚部の損傷によって動けなくなったのだ。止めは刺してこなかったが、それはあちらもエネルギーを温存する目的もあってのことだろう。
「くそ……っ」
勇平はダンッと操縦席を叩いたが、セイファーは他のことが気になっているようで、息を荒げながらも「でも、おかしいです」と眉を寄せた。
「情報が……正確すぎる、気がいたします」
あちらも、こちらと同じように情報収集して戦いに望んでいることは判っているが、エカテリーナとドミトリエ、理王や又吉達のおかげで、都市情報量に関しては一歩勝っているはずだ。だというのに、誘い込んだ位置や、かちあった状況があまりに計算づくのように、セイファーには思えたのだ。勿論、あちらにも同じように情報に強い契約者がいないとも限らず、ティアラかその龍騎士であるディルムッドの指揮が優れている可能性もある。だが。
「もし……そうでなかったら……」
勇平は眉を寄せて頷き、通信機に手を伸ばした。
一方の、ティアラ陣営にも動きがあった。
配下のイコン部隊の劣勢に業を煮やしたのか、ディノニクスの面々に負けじと、龍騎士ディルムッドが、二騎士の従騎を連れて前線へと躍り出たのだ。
「龍騎士以下三騎、急速接近! 弾幕を抜けて来るよ……!」
上空の制空権を取る為、バロウズや伊勢と共に砲撃に徹していたアウクトール・ブラキウムのパイロット、キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)が声を上げた。
「速度、落ちず。特攻するつもり!?」
トーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)も声をあげ、エカテリーナ機の周りを固めていたイコン部隊に緊張が走った。小回りの効きとスピードに物を言わせて、最前線を飛び越えて一気に斬り込んできた一団の前へ、まず躍り出たのは北都のルドュテだ。敢えて相手の土俵である空中で戦いを挑んだルドュテは、相手が飛び込んでくるのにあわせて加速をつけると、互いのすれ違いざまにソウルブレードで斬りつけると、相手の損傷を確認する間も無く反転し、即座に距離を取った。
「……、ちょこまかと……っ」
そんなヒットアンドアウェイを繰り返して数回。一撃一撃は決定打にはならなかったが、そもそも北都の狙いはダメージを与えることではないのだ。
「右方向、来ます!」
クナイの合図を受けて、北都はルドュテを反転させると、三騎の誘導するような動きに逆らわず剣を交え、機体をビルの狭間の影へと飛び込ませた。狙い通り、とばかりに三騎はルドュテを挟み込むようにして、三方向から襲い掛かろうとした、が。
「……ッ!?」
最初に飛び込んだ従騎の動きが止まる。追っていたはずのルドュテの姿が見えないのだ。それもその筈で、北都はビルの影に入るや否や、イコン用のマントでその身を影の中へと溶け込ませていたのだ。罠にかけるつもりで、逆にかけられたのだと、従騎が気付いた時には遅い。ウィッチクラフトピストルは、方向転換する間も与えず、三騎に襲い掛かった。
「ち……ッ」
従騎が翼に被弾してバランスを崩すのを見、一歩の遠さでそれを免れたディルムッドは舌打ちすると龍の体を90度傾けさせて急速反転した。が、それも後手だ。
「そう簡単には、行かせないよ!」
一声と共に、今度はその背を追うようにナパームランチャーが発射される。龍自体に着弾させるのではなく、その直ぐ脇の壁に当てることで、炎で炙るという若干嫌がらせめいた作戦だが、それは、エカテリーナ機に直接特攻しようとしていた龍のルートを意図的に狭めた。結果。
「ここは通しませんよっ!」
北都の攻撃が誘導した先では、龍騎士ディルムッドを待ち受けるように遠野 歌菜(とおの・かな) と月崎 羽純(つきざき・はすみ)の駆るアンシャールが立ち塞がっていたのだ。ディルムッドは体勢を整えるために一旦下がろうとしたが、ルドュテのナパームがそれをさせない。退路を塞がれた形になったところに、アンシャールのスモークディスチャージャーが視界を奪いに掛かる。舌打ったのは、今度はディルムッドの背中にいたティアラだ。
「こういうのってぇ、マジウザイっていうかぁ……!」
呟くのと同時、叫びにも似た歌声がマイクによって増強されて煙を散らしたが、既にその時には、アンシャールが懐へ飛び込むのに成功していた。
ガギンッ! と龍騎士の大槍とアンシャールの暁と宵の双槍がぶつかって火花が散る。加速をかけた期待から繰り出される連撃に、ディルムッドの槍は防戦一方だが、そこは神の身だ。イコンの力でもっても、当たらなければ大きなダメージにはならないようで、時にはその振り払う横薙ぎの槍の勢いに、アンシャールの槍が弾かれることさえあった。
「負け、ません……!」
激突も何度目か、ぐるん、と回転した暁の槍が横薙ぎに払われるのに、騎龍ごと体が沈むと、旋回した勢いを加味した槍の切っ先がガギンとぶつかってその回転をやめさせる。そんな激しい白兵戦が続くこと暫く。先に根を上げたのは、生身のティアラだった。
「……、ぅうー……ちょ、っと待……」
攻撃のぶつやる衝撃波や、急激な方向転換による負荷に、目を回しかけているのだ。ちらりとそれを横目に確認したディルムッドが、一度退こうと、大型であるアンシャールの追撃できないビルの隙間へと高度を下げた、その時だ。そのタイミングを狙って、尋人の地上からの一撃が、ディルムッドへと襲い掛かったのだ。力の乗った一撃ではあったが、生身の攻撃だ。ダメージを与えることは出来なかったが、こちらも狙いは北都と同じく、囮だ。
「龍騎士の降下、確認。距離、カウントします」
龍騎士が尋人を追っていくのを、建物の影になる位置で待機していたレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)が、三船 敬一(みふね・けいいち)らに告げる。それを受けながら、ポイントで待機したまま、敬一は尋人の移動をじっと意識で追いかけた。
本来なら、龍騎士側に尋人を追う理由は無かっただろうが、元々下へと降りた理由が、ティアラの体調を気遣ってのことだ。それが囮行動とは知らず、攻撃してくる尋人は障害と判断したディルムッドは、それを排除しようと距離を詰めにかかったが、それは悪手だった。
「……うッ!?」
白河 淋(しらかわ・りん)のマスケット銃の弾が、ディルムッドの頬を掠めたのだ。狙撃されたと悟ると、咄嗟に更に硬度を下げると、今度はコンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)が飛び出した。足元をすくうような攻撃に、頭上からの淋の砲火に、ディルムッドは龍をひるがえさせたが、そこへ更に飛び掛ったのは、パワードスーツに身を固めた敬一だ。その機動力にあかせて龍に飛び移ると、その重みもあって龍の体が僅かに傾ぐ。
「小賢しい……っ」
ディルムッドは咄嗟に薙いで振り払おうとしたが、その柄を掴んで敬一は小さく笑った。それに訝し無より早く。レギーナの最後の一撃が、ディルムッドに襲い掛かったのだ。
「……ッ、くう……!」
体勢の悪いところへの一撃だ。ダメージこそ低いものの、バランスを崩したディルムッドが、あと一歩で龍から払い落とされようかというその瞬間。
「はぁ……、……ったく、次から、次へと、マジ……しつこいって言うかぁ〜」
ぱしっとその鎧の端を掴んでディルムッドをなんとかギリギリのところで引っ張り留めたティアラは、すうっと息を吸い込んで、一声。
「―――!」
ただでさえ町中に響くような声を、ぎゅうっと圧縮した力だ。パワードヘルムのおかげでその影響は抑えられたが、その一瞬の隙を突かれて、敬一の体は龍から振り落とされた。
「流石に容易かないか……」
呟いた敬一に駆け寄り、軽く手当てを施しながら、思わずと言った調子で尋人は口を開いていた。
「あんたは……いや、あんた達は、こんな戦いをしてまで、荒野の王を皇帝にしたいのか?」
今は劣勢に追い込まれて地へ伏す形になっているが、その実力を思えば、もっと十二分に準備をして臨めば、こんな風に追い込まれることは無かっただろう。急いで事を起こさなければならないほど、荒野の王を推す理由があるのか、それともそういう「流れ」にしたいという彼らの、或いは別の誰かの意図があるのか。その問いに、二人は顔を見合わせると、対照的な表情で頷いた。
「だってぇ……どっちに、力があるかなんて、比べるまでも……無いって、言うかぁ」
ねぇ、と同意を求めるようにティアラが言い、ディルムッドは厳しい表情を崩さず、その後を引き継いだ。
「帝国には力が必要なのだ。大帝亡き今、大陸の崩壊しようとする今だからこそ、荒野の王のように、捻じ伏せるような圧倒的な力が」
それに、尋人と敬一が口を開きかけたその時。
カンテミールの戦場で、事態は思わぬ方向へと動こうとしていた。
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