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リアクション
【オケアノスの変事:1】
同時刻、ジェルジンスクオケアノス邸。
会談を終えた後、客人であるジャジラッドを含め、数人がラヴェルデと共に応接間に残り、他の面々は荒野の王と共に、屋敷の中を散策に出ていた。
とは言え、荒野の王は中庭のブリアレオスの様子を見に来ただけのようで、相変わらずアリスが話しかけてくるのを適当に流しているようだった。鬱陶しがってはいない、というより物怖じせず構いつけてくる小さな少女が物珍しかったのかもしれない。
そんな荒野の王から幾らか離れ、護衛役の白竜達と共にクローディスが壁にもたれながらその様子を眺めていると、屋敷の使用人たちから話を聞いて回ってきたのだろう。きたのだろう。世間話をするかような気安さで近付いて「ひっろいお屋敷だねえ。迷子になっちゃうかと思ったよ」と、ちゃっかり貰った果物を齧りながらヘルが肩を竦めた。
「この中庭だけで、美術館くらい建てられちゃうんじゃない?」
「かもしれないな。そんなにすげぇのかね、ここのおっさんは」
一般の家庭ならいくつ建てられるか、といった巨大な庭園は、散策コースがあるというほどの膨大な広さだ。屋敷の大きさがその人物の財力を示すのであれば、ラヴェルデのそれは見当もつかない。アキュートが感心と呆れ半分半分と言った様子で言うのに、呼雪は頷いた。
「ラヴェルデは、選帝神である以上に、随分やり手の領主のようだ」
エリュシオンの中でも荒地の多いオケアノスが、その発展のために使ったのは、交易、という手段だった。資源の無さを補うように、港を整え、時風を読んで商いの町としての形態を整えていったのだ。そのため、町は他のエリュシオンの土地に比べて、様々な文化の入り混じった独特の景観がある。
その領主である選帝神ラヴェルデ・オケアノスは、彼らを束ねるだけあって交渉や商業の才能に恵まれていたようで、就任後の発展は目覚しいものであったらしい。「もちろん、それには彼の持つ能力も関係していたらしいが」と、呼雪は説明を続ける。
「どうやら彼の能力は、”相手の運気を自分の運気に招きこんでしまうことが出来る”というものらしい」
「アスコルド大帝と、似てるんだねえ?」
アスコルドが持っていたのは、運命の流れですら変えてしまう、という能力だ。それだけ聞けばかなり類似しているとも言える。そんなアキラの言葉に、ああ、と呼雪も頷いた。
「ただ、大帝と違って、ラヴェルデは自分より上の運気に干渉は出来ないらしい」
何より、決定的に違うのは、アスコルドは運命まで自分の味方につけていたのに対し、ラヴェルデの持っている力はあくまで自分の運気に巻き込むというものだ。台風同士を合体させて大型台風にするのがラヴェルデであるなら、アスコルドはその台風の進路を決めることが出来た、というようなものだ。野心家でもあったラヴェルデは、自身の敵わないところにいるアスコルドを、余り良くは思っていないらしかった、という。
「それからね、気になることを聞いたんだよ」
そう言ってヘルが説明するには、このところオケアノスでは、グランツ教の信者や教会が増えてきているらしい。交易の町であるオケアノスには、多種多様なものが入り込んでくるのだから、それも仕方が無いことだ、とラヴェルデは黙認しているというのだ。
「理屈としては、おかしいことじゃあないが……」
「気ーになるよねぇ」
アキラが同意してちらりと窺った荒野の王は、相変わらずブリアレオスの傍で何事かを確認するかのようにじっと見つめているのだった。
そんな彼らから、やや離れた中庭の隅で、息をついたのはローグだ。
「こうして見ると、ただの子供って感じだがなぁ……」
「うん、ボクと同じぐらいに見えるね」
フルーネ・キャスト(ふるーね・きゃすと)が言うのに、傍にいたコアトル・スネークアヴァターラ(こあとる・すねーくあう゛ぁたーら)とライナ・アーティア(らいな・あーてぃあ)も同じく頷いた。遺跡では、荒野の王の実力を垣間見ているし、その強さも間近で体感はしたが、ブリアレオスの足元に立つ姿は、軍服を纏った貴族の少年、といった様子だ。だが、鉄心は緩く首を振った。
「確かに見た目は幼いですが、中身判りません。どうも、老獪な印象を受けます」
「自分のことを、余、だなんて言ってますしね」
鉄心の言葉に、ティー・ティー(てぃー・てぃー)も頷く。遺跡龍を破壊してしまった荒野の王へ、あまりいい印象が無いためか、その眉はちょっと寄ったままだ。そんな二人の評価に、ううん、となぶらが唸る。
「とは言え、今のところ彼が次期皇帝として、ふさわしい、っていうのは間違いなさそうだしねぇ」
力こそ全てのエリュシオンに相応しい実力、そして見た目の幼さに反した貫禄もそうだが、不躾な態度に対しても、受け流す度量もある。
「セルウスさんのほうは捕まっちゃってるし、どうなることやら、だしねぇ」
そうは言いつつも、なぶらは心配するまでも無いとは思うけど、ともぼそりと付け加えて口をちょっと尖らせた。龍騎士団員としてセルウスを追った際も、そんな人たちのおかげ、というより所為で、何度も逃げられてしまったのが、まだ少し根っこに残っているようだ。
「セルウスさんの成長を待ってる時間が、エリュシオンになければ……荒野の王がとりあえず皇帝になっておくべきかなぁ、って思わなくも無いんだけど」
「ですが、気になっていることがあるんです」
言って、鉄心がイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)に取り出させたのは、小型龍を封じ込めた封印の魔石だ。
「コンロンの遺跡龍は、狂った原因が取り除かれた後……つまり、ナッシングが倒された後も、エリュシオンに進路を取っていた、と言います」
だからこそ、荒野の王は遺跡龍の心臓部を破壊したのだ。だがもし、進路を変えなかった理由が、遺跡龍の自律知能が、敵性を感知していたためだったのなら。つまり、地脈を乱す存在を、エリュシオンに感じていたのだとしたら。
「……でもそれ、どうやって確かめるのかな?」
なぶらが尋ねると、鉄心は腹の据わった目で、じっとイコナの手にあるそれを見つめた。
「……本当に、やるんですの?」
イコナが、物言いたげな目で見上げたが、決心は変わらないようだ。ぎゅうと掌を握って、躊躇いながらもそれを渡す様子を見て、ツライッツが頷いた。
「……外へ出るのは恐らく無理です。屋敷の中に居ることで、監視の目は甘い。タイミング的に、今しかありません」
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