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リアクション
【11】
「姉貴! 東のサルベージラグーンに向かうぞ!」
柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)と柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)は、クルセイダーの襲来から一旦逃れるため、サルベージラグーンを目指すことに決めた。
サルベージの売買をする港なら、人の往来も多く情報を集めるのに最適。今後の役に立つ道具も手に入るかもしれない。
それに先ほど、ルカルカとのテレパシーで、彼女が西に、唯斗が町で、それぞれ調査していると知った。なら、自分が東に行くのは理にかなう。
物質化で取り出した、唯依の装輪装甲通信車に乗り込み、港に続く道をひた走る。
「……恭也、通信を試してみろ」
運転をしながら、唯依は言った。
「ああ。試してみるか。ええと……どこに通信する?」
「とりあえず天学にしてみたらどうだ?」
してみるが、応答がなかった。
友人知人にもしてみる。けれど、どれも応答がなかった。
普段使う回線が、ここでは使用されておらず、別の回線が使われているようだ。
「……そっちの回線には、この車の設備じゃアクセス出来ねえな」
「どうにもならないのか?」
「この町で使われてる通信機さえあれば、装置を引っ張り出して、車の設備を改造出来ると思う。港で入手出来ると助かるんだが……」
東に海を臨むサルベージラグーンは、美しい港だ。ラグーンの船員の家も、サルベージ品を納める倉庫も、洒落たレストランも、港の管理局も、赤瓦の屋根。海の青さと空の青さに、赤瓦の屋根はとても映えて奇麗だ。
港に停泊するたくさんの船は、すべてサルベージ船とよばれる特殊な船舶だ。グランツミレニアムのどこかには漁港もあるのだろうが、ここはサルベージで栄えた港なのだろう。
港の一画は市場になっていて、サルベージ品が売買されている。
その市場に、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)とエメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)の姿があった。
なぜ自分がここにいるのか。どうやって、何の目的でやってきたのか。それがそもそも自分の意思であったのか。アルクラントにはわからなかった。
しかし、ただ、ひとつだけ確かなことがある。
(私にとって、グランツ教とは敵であるということだ)
記憶は朧で鮮明に思い出すことは出来ないけれど、
「グランツ教には、未来があるが、過去が無い」
そう、グランツ教のマグスに告げた時、完全に悟ったのだ。
彼らと自分が相容れることは無いと。
「ちょっとアルク。さっきから黙ってるけど大丈夫? 自分の名前わかる?」
「それぐらいわかるよ。そういうエメリーはどうなんだ?」
「私がわからないわけないでしょ。あんたの日記にして黒歴史ノートたるポータブルHD、素敵八卦の化身。エメリアーヌ・エメラルダよ。愛称はエメリー。まさか忘れてるんじゃないでしょうね?」
「ご心配なく。ちゃんと覚えてるよ」
「なら、よろしい。ま、あんたが忘れてることも、しっかり覚えてるから安心しなさい。最近のことはちょっとアレだけど……グランツ教ってなんだっけ?」
「やれやれ……」
まずは、敵地のど真ん中に自分達がいる理由を解き明かさなくては。
「ここがグランツ教の本拠地だというのなら好都合ですわ!」
教団を邪教と敵視するフランチェスカ・ラグーザ(ふらんちぇすか・らぐーざ)は、目を爛々と輝かせ、北の大神殿を見つめた。
立ちはだかるクルセイダーの血で山河を染め、神殿にふんぞり返っているであろう、邪教の主に神罰を下す。どうして自分がここにいるのかはわからなかったが、きっとそれを成すためにここにいるのだ。
「聖戦の時です! さあ、奴らを断罪し……痛っ!」
狂信が過ぎる彼女を止めたのは、カタリナ・アレクサンドリア(かたりな・あれくさんどりあ)とアンジェラス・エクス・マキナ(あんじぇらす・えくすまきな)だった。
「フランはおばかさんなの? 敵のど真ん中にいて、どうしてそう無謀な事が言えるのかしら? 少しは身の程を知ったら?」
「な、なんですってぇ!」
「フラン、落ち着きなさい。あなたの信仰心は素晴らしいですが、冷静さを欠くのは困りものですよ」
「ね、姉さま……」
カタリナの一言に、フランはしゅんと頭を垂れた。
「忌々しき邪教に苛立っているのは、私も同じです。奴らを断罪し、穢れた血を絶つためには、記憶が曖昧なままでは困るでしょう?」
フランも怖いが、カタリナも怖かった。
三人は、記憶を取り戻す手がかりを得るべく、サルベージラグーンで情報を集めることにした。
「神に仕える私が、異教徒共を野放しにするのは、身を裂かれる思いですが……姉さまとアンジェが、そこまで言うなら仕方ありませんわね」
故郷のイタリアと街並の似た、都市に嫌悪を抱きつつ、フランは市場を回った。
そこに、恭也と唯依を見つけた。
「あった! 通信機だ!」
恭也は、ジャンク品の通信機を買い取ると、通信装置を取り出した。これを車に組み込めば、通信設備が使えるようになるはずだ。
「通信装置? そんなもんが欲しかったのか? どこでも買えるだろ?」
店主が怪訝な顔をしてるのに気付き、恭也は誤摩化した。
「そ、その……ここに来る途中で通信機が壊れちまってさ。今、ちょうど必要だったんだよ、うん」
「……ふぅん。まぁいいけどよ」
それから店主は、錆びた機晶爆弾を、段ボールから取り出した。
「お前ら、他にも使えるアイテムがないかって言ってたよな。これなんかどうだ」
「なんだこの錆の塊は?」
唯依は眉をひそめた。
「海底で20年寝かせられた極上の一品だ。嗅いでみろ、海の芳醇な薫りが……」
「高級ワインみたいに言うな」
「つか、使い物になるのか、こんなの?」
「信じれていれば、爆発するかもしれないし、しないかもしれない」
「一応、買っておくか……」
恭也は、”錆びた機晶爆弾”を手に入れた。
「そこのあんたもどうだ?」
店主は、前を通りかかった、アルクラントとエメリアーヌに声をかけた。
「サルベージ品か……。何か、使えるものはあるか?」
「ちょうど、あんたみたいなイイ男にピッタリの品があるぜ?」
店主は、壊れた荷電粒子銃を取り出した。
「……どう思う、エメリー?」
「ネジは外れてるし、バネが飛び出てるし、なんか磯臭いし……うん。私の記憶が確かなら、これはね、ガラクタって奴ね」
「失礼なことを言うな。これでもちゃんと使えるんだ。たまに発射出来るんだぞ、たまに。こんなポンコツなのに、すごいだろ」
「そ、そういう凄さ……?」
「……まぁ、気休めかもしれないが、護身用に買っておこうかな」
アルクラントは、”壊れた荷電粒子銃”を手に入れた。
「あ、ちなみに、暴発する危険性があるからな。気を付けろ」
「……え?」
それから店主は、先ほどから見ていたフラン達にも声をかけた。
「そんな羨ましそうな顔するなよ。嬢ちゃんに売る掘り出し物もあるからよぉ」
「全然! まったく! 一切! そんな顔してませんわ!」
「ガラクタなんて買ってはいけませんよ。行きましょう」
カタリナは、フランを連れて行こうとしたが、店主は引き止めた。
「人聞きの悪いことを言う嬢ちゃんだな。しかし、ガラクタと言われちゃ店の沽券に関わる。しょうがねえ、あんたらにはまともなもんを売ってやるぜ」
「ぅおいっ!?」
恭也とアルクラントは、突っ込んだ。
「うるせぇな。こいつらの事はいいから。ほら、嬢ちゃん見てくれ」
そう言って、店主が取り出したのは、いい感じに育った舶来品の鎧だった。珊瑚がたくさんくっ付いて、一見すると鎧には見えない。と言うか、珊瑚の塊でしかない。
「奇麗だろ? お洒落な女子のマストアイテムだなー。買いだなー」
「……私の知ってるお洒落と違いますわ」
「先に言っておくけど、わたくしは着ないわ。買うなら、あなたがどうぞ」
アンジェはぴしゃんと言った。
「……えっと、姉さま?」
「大丈夫です」
何が大丈夫なのかはわからないが、カタリナは笑顔で拒否した。
「……うーん。何かに使えるかもしれませんし、一応買っておきましょう」
フランは、”いい感じに育った舶来品の鎧”を手に入れた。
「……それにしても、ここの人間はこの売買で生計を立てているのか?」
あまりにもガラクタばかりなので、アルクラントは尋ねた。
「ちょっと兄ちゃん。その”ゴミ売りつけやがって”みたいな目はやめてくれ。しょうがねぇだろ。価値のあるもんは、教団に回す契約になってんだから、市場には大したもんは出回らねぇんだよ」
「教団?」
この都市でサルベージ業が活気があるのは、グランツ教が出資しているからだ。
海京時代の物品の多くは、この2046年においてはガラクタ同然だが、中には価値のあるものもある。
それは、海京が沈んだ当時では、実現の見通しがたたず、放置された計画書や設計図の類いだ。
教団はその遺産を手に入れるため、サルベージに力を入れているのだ。
「……待て。今、なんと言った?」
「だから、ここのスポンサーは教団……」
「そうではなく、海京が沈んだと……」
「確かに今、そのような恐ろしい妄言を言いましたわ、この人……」
アルクラントとフランは、くちをパクパクさせながら言った。
恭也と唯依は、ルカルカ経由で知っていたが、知らなかった彼らには衝撃だった。
「妄言ってなんだ、妄言って。常識だろ? お前ら、頭オカシイんじゃねぇのか?」
イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)とヴァディーシャ・アカーシ(う゛ぁでぃーしゃ・あかーし)、ジヴァ・アカーシ(じう゛ぁ・あかーし)は、サルベージラグーンにあるレストランにいる。クルセイダーから逃れるため、給仕として潜り込んだのだ。
港町の人は情に厚いと言うが、ここの店主も”あまり多くは話せないが大きな家からわけあって逃げてきた親子”という、イーリャのでっち上げた昼ドラ設定に、同情してすぐ雇ってくれた。
「寿子さんもアイリさんも、大文字先生もいないし……困ったわ」
身の振り方を考えながら、掃除をしてるとジヴァの泣く声が聞こえてきた。
「ママ! 怖いよぉ、どこなの……ここ!」
「あぁもう! 泣きやむです、失敗作!」
イーリャとヴァディーシャの記憶障害は軽度だが、ジヴァは症状が重かった。記憶だけでなく心まで閉ざされ、幼児退行してしまったのだ。
「どこなの、ここ……怖いよぅ。ママ……どこにいるの……怖い人がくるよぅ!」
「大丈夫よ、ジヴァ。泣かないで。ママはここにいるわ」
「ママ……」
イーリャが抱きしめてあげると、彼女はようやく泣きやんだ。
「……はぁ。なんだか失敗作を失敗作と責めづらい空気です」
「何してんだ、おまえら……」
そう言ったのは、テレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)に憑依する奈落人マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)だった。
記憶もなく、御頭領(おかしら)ともはぐれてしまった彼女は、自分の置かれている状況を把握するため、同じくレストランに潜伏して情報を集めているのだ。
彼女の場合、殺気とともに「雇うか死ぬか、二秒で決めろ」と言ったら、店主は快く雇ってくれた。人情である、きっと。
「気を付けろよ。客が怪訝な顔してるぞ」
「ご、ごめんなさい」
「謝るな。それじゃ我が、昼ドラのいびり役みてぇだろ……」
すると、店の客もイーリャを庇った。
「気にしなくていいよ。イーリャちゃんは、お子さん抱えて大変なんだから」
「そうだぜ。マー坊も、イーリャちゃん見習って真面目に仕事しろ」
「ま、マー坊って我のこと……!?」
マーツェカは口調が乱暴なので、船員は不良の一種だと思っているようだ。
「……ところで、この間よぉ。リーダーに連れられて釣りに行ったんだけど」
「釣り?」
「なんだ、マー坊。俺達が釣りに行ったら変か?」
「いや、この港の連中は、魚にゃあ興味がねぇと思ってたんでな……」
「まぁ俺達はそんなでもねぇけど、リーダーが釣り好きなのよ、これが。管理職で暇なのをいいことに、日がな一日釣りしてる……もう釣り馬鹿なんだ」
「そんなリーダーだから、釣りの腕はなかなかのもんで。この間も、船で釣ってたら、大物がかかったんだ。どんだけ引いてもビクともしない奴でさ。あまりにもビクともしないんで、俺達に潜らせたら、なんと海底に沈んでたジェファルコンに針がかかってたんだ。まさか、イコンを釣り上げるとは。流石、リーダーって感じよ」
「……それ、釣り下手なんじゃねぇか?」
マーツェカは呆れたが、イーリャは、イコンという言葉に反応した。
「この辺りの海には、イコンが沈んでるんですか?」
「ああ。ちょっと潜れば、イコンの残骸がわんさか出てくるよ」
「へえ。おもしろそう。パーツを集めて、イコンを組み立てたり出来そうですね」
「おもしろい事を考えるな。この辺には旧海京時代のイコンデッキも沈んでるから、そこを探せば、保存状態のいいイコンはたくさん見つかるんじゃないかな」
「……きゅ、旧海京?」
船員から、2022年に水没した海京の話を聞き、二人は顔を見合わせた。
「……まさか”未来”だったとはな」
「しかし、何故、私たちが未来に。一体、何の目的で……」
「偶然、何かの拍子でってんじゃねえだろうな。大きな理由があるはずだ」
「もっと情報が必要です。この時代に飛ばされた他の仲間と連絡がとれれば……」
「その事なら、さっきお店のパソコンで、ネットに書き込んだです。匿名掲示板に、手に数字がある人は港に来て欲しいって。もし誰か、メッセージに気付いた人がいればきっと……」
「掲示板に書き込んだ、だと?」
ヴァディーシャの言葉に、マーツェカは顔をしかめた。
「な、なんかボク、イケナイ事したです?」
「……クルセイダーの連中も馬鹿じゃねえ。面倒なことにならなけりゃいいがな」
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