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リアクション
【12】
逃げるために必要なもの。それは”逃走経路”と”逃走手段”である。
「……って、気がついたらここにいる俺らにはどっちも用意できねーよ!」
閃崎 静麻(せんざき・しずま)は、不遇な状況の自分にノリつっこみを入れた。
とは言え、ここでじっとしていることほど最悪はない。行動を起こさなくては。最悪はすぐそこまで迫っているのだ。
「東の港だ。あそこなら倉庫もある。身を隠すにはちょうどいい」
「でも、クルセイダーは町にいるのよ。もし、移動中に見つかったら……」
レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)は言った。
「なに。俺たちにはこれがある。あの伝説的工作員も使った潜入の必須アイテム。南アフリカで。アラスカで。ソ連で。活躍した彼の戦果はこれのおかげと言っても過言ではない。そう、段ボールの!」
「……正気!?」
二人は、段ボールに身を隠し、時にごみ捨て場のごみに成り済まし、時に引っ越しの荷物に成り済まし、そして、サルベージラグーンの倉庫に辿り着いた。
倉庫には、狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)とグレアム・ギャラガー(ぐれあむ・ぎゃらがー)の姿があった。
猟犬のように嗅ぎ回るクルセイダーから逃れ、二人はここに。迷彩塗装を装備に施し、積み上げられた大小さまざまな箱の間に、身を潜めているのだ。
倉庫の小さな窓から港が見える。停泊する船の中には、輸送船もあった。あの船に乗れば、南の第9地区に脱出出来るはずだ。
(……頼んだら乗せてくれねぇかな?)
(教団の都市への影響力を鑑みるに、ここも教団の手が回っている可能性がある。港の人間との接触は可能な限り避けるべきだ)
二人は、口頭での会話を避けて、テレパシーで会話をしている。
(どこもかしこもグランツ教で気味の悪い町だからな……)
そうなると残された道は、密航だ。
(……ん?)
その時、段ボールから出て来た静麻とレイナを、発見した。
「……何してんだ、そこで?」
「……先客か」
静麻は振り返り、一見すると何の変哲もない棚を見上げた。
「ふっ。実は、入った時から気配を感じていた。隠れていないで姿を見せたらどうだ?」
「……いや、こっち」
反対側の棚だった。
「ああ、うん。そっちね。知ってた。最初からそうだと思ってたわ」
「静麻……」
その時、扉が開き、船員達が入ってきた。
四人は、石のように黙り、それぞれ隠れて、成り行きを見守る。
「……教団から仕事の依頼だ。沖合で撃沈した潜水艦のサルベージをしろってよ」
「ああ。船籍と目的を明らかにしろってことか」
「そう言うことだ」
「なあ、その潜水艦ってもしかして例の……?」
「おそらくな。一週間前に、撃沈された輸送潜水艦と同じだろう。たぶん、積み荷も”あれ”だ。その時は、教団には知らせるな。適当に船籍と目的をでっち上げろ」
乱世は目を細めた。
「……この都市も、どうやらグランツ教一色ってわけじゃねぇようだな」
そこに、ぞろぞろと人が来た。
十七夜 リオ(かなき・りお)とフェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)、笠置 生駒(かさぎ・いこま)とジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)だ。
サルベージされている物から、自分達の置かれている状況がわかるかもしれないと考え、四人はサルベージ品の鑑定を手伝う事にしたのだ。
「お前達だな。ここで働きたいって奴らは?」
「よろしくお願いします!」
「うん。若者は、元気があってよろし……猿!?」
完全なるチンパンジーのジョージに、船員は狼狽した。
「チンパンジーとはご挨拶だな。わしは猿ではなく猿人。猿と人、そこは大きな違いじゃぞ。何せ、火が使えるかどうかっていう大きな違いがあるのじゃからな」
「うちの仕事は、火が使えるだけじゃ厳しいんだけど……」
「案ずるな。見よ、この鍛えぬかれたボデーを。力仕事なら任せえ」
「そ、そう……?」
船員の説明を受けたのち、それぞれ仕事に取りかかった。
リオは、パワーアシストアームで。ジョージは己の腕力で。次々に運び込まれてくるサルベージされた廃材を仕分けしていく。
仕分けの仕方はシンプルで、まだ使えるものと直せば使えるもの、それと鉄クズ、あと”ワカメ”に分ける。
「ワカメは丁重に扱えよ。我々の貴重なミネラル源だ」
何故か、ここの船員達はワカメを崇拝していた。
廃材の多くは、ジェファルコンやコームラントなどの第二世代イコンの残骸。海京製の装備や道具、コンピューターの類いなどだった。
見慣れたものが、年月を刻んで朽ち果てている姿に、四人は不審に思った。
「……まさか」
確認すると、船員達はここにあるものが何なのか、話してくれた。
「崩壊した海京の残骸……」
「嫌な予感はしてたけど、やっぱりここは”未来”だったか……」
生駒とリオは、複雑な表情だった。
海京が沈んでしまった理由は、彼らも知らないという。なので、生駒とフェルは、サイコメトリで廃材を調べてみた。
「……だめだ」
「……記憶が薄れてる。読み取れない」
「元気を出すのじゃ。くよくよしとっても物事は前進せんぞ」
ジョージは言った。
「チンパンジーの割りに、良い事言うなぁ……」
「ウキーッ!」
ジョージは歯を剥いて、リオを威嚇する。
「冗談だよ。でも、ジョージ君の言うとおりだ。今、出来ることを探そう。ほら、ガラクタに見える廃材の中にも、今後、役に立つアイテムが眠ってるかもしれないよ」
「……例えば?」
フェルが尋ねると、リオは、ええと、と辺りを見回した。
「ワカメ……とか」
「……使い道があるようには思えないけど」
「な、なにかあるよ、きっと。最悪、食べればミネラル補給出来るし」
リオは、”ワカメ”を手に入れた。
その時、大きな荷物が運び込まれてきた。
巨大な長方形の鋼鉄の箱だ。箱面にはペンキで”G”と殴り書きされている。
「……G?」
そのアルファベットに、リオと生駒は顔を見合わせた。
ガタッ。
「……なんだ?」
「今、あそこの段ボールと……、あっちの影が動いたような……気のせいかな」
厳重に溶接された蓋の四隅を熱線で溶かし、リオとジョージ、それから船員数名がかりで、ほとんど壁のような蓋を外す。
中には、光沢を放つイコン用の弾薬が上下二段に規則正しく詰め込まれていた。
それは、リオも生駒も、見たことのない弾薬だった。と言うより、規格外の大きさだった。技術の進歩と時代の要請に従って、イコンのサイズも変動する可能性はある。けれど、ここが2046年だとしても、ここまで大型になるとは考えられない。
考えられるとすれば、ただひとつ。
「……グランガクイン」
ひとつの可能性が浮上したその時、外の、市場のほうからざわめきが上がった。
「た、大変だ! クルセイダーが来たぞ!」
「なに!?」
船員は、仲間に合図すると慌ただしく作業を始めた。
弾薬に布を被せ、倉庫の裏から運びだす。大事なものを隠すように。
「司教様直属の皆さんが、こんなシケた港に何の用です?」
クルセイダーと対峙するのは、この港を仕切るサルベージ組合のリーダー。
麦わら帽子に、つり竿を持った背の高い男だ。歳は30〜40。一見すると、リーダーとは思えないが、話してみると掴みどころがなくて、余計リーダーとは思えなくなる不思議な男だ。
本名は誰も知らない。ただ港の人間は、太公望と呼んでいる。
「先ほど、ネットに”手に数字があるものは集まれ”との書き込みがあった。書き込みが行われたのも、この港にあるPCからで間違いない」
「はぁ? それがどうかしたんで?」
「例の時空震の要因。この都市に忍び込んだ侵入者も、手に数字のようなものがあったと報告があった。奴らの仲間が、ここにいる可能性がある、調べさせてもらうぞ」
「……なんですって?」
太公望は、目を細めた。
「ぼ、ボクの所為だ……」
人だかりに紛れて、話を聞き、ヴァディーシャは真っ青になった。
「だ、大丈夫よ。きっと……」
震える彼女を、イーリャは抱きしめる。
その時突然、太公望は素っ頓狂な声を上げた。
「あー……そうだ! 思い出した! その書き込みをしたのは、俺です」
「……どういう事だ?」
「最近、数字のタトゥーを入れるのが港で流行ってましてね。まぁそれぞれ験を担いで入れてるんでしょうけど、皆どんなもんをしてるのか気になりまして。でぇまぁ、ちょっとお前ら集まって俺に見せてみろってのをやろうかと」
「ほう? 招集を匿名掲示板でするのか?」
「ああー。あれ、そういう掲示板だったんですかい。こんぴーたーにとんと疎くて」
太公望は、なれなれしくクルセイダーの肩に手を回す。
「港も、教団の依頼の……ほら、例の潜水艦。あれを引き上げるので忙しいんでさぁ。なんで、立ち入り調査ってぇのは勘弁してくれませんかねぇ。勿論、あなた達の探してる連中を見つけたら、取っ捕まえて、引き渡しますんで。ええ」
すると、クルセイダーはそれ以上、追求をせず、素早くその場から消えた。
こう見えて、この男は教団に信頼されているのだろう。
「……侵略者ねぇ?」
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