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レベル・コンダクト(第1回/全3回)

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レベル・コンダクト(第1回/全3回)

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【一 前線基地、或いは城塞脇にて】

 ヒラニプラ第三の都市、バランガン
 人口三万人を超え、直径およそ6キロメートルにも及ぶ、城塞都市としては珍しい程に巨大な規模を誇る大市街である。
 かつて程ではないにしても、ヒラニプラ内では経済拠点のひとつとして今尚、重要な役割を担っており、何よりも空京と領都ヒラニプラ間の交通拠点として機能していた。
 街を囲む堅牢な城塞は数百年の歴史の中で何度も補修・増築が繰り返され、今や強固な軍事要塞としての役割も果たすようになっている。
 それ程の頑健な城塞都市が僅か一夜にして、鏖殺寺院の一派であるテロリストグループ、パニッシュ・コープスによって、制圧されてしまった。
 この緊急にして危急の報に接し、誰もがまず、己が耳を疑った。
 如何に鏖殺寺院の一派とはいえども、所詮はただのテロリストグループである。
 そしてバランガンには約三千名からなる防衛守備の為のが国軍駐屯部隊が駐留しており、その駐屯部隊が何の抵抗も出来ぬままにバランガンの占拠を許してしまうというのは、一体どういうことであろう。
 だが実際に、パニッシュ・コープスの幹部モハメド・ザレスマンはバランガン制圧を宣言し、シャンバラ政府に対して、パニッシュ・コープスの首魁バルマロ・アリーとその側近達の無条件解放を要求してきた。
 おまけに、新型機晶爆弾ノーブルレディを三発も所持しているとの未確認情報も飛び交っており、事態は今や、混沌の極みに達しようとしている。
 そんな中、関羽・雲長(かんう・うんちょう)を総司令官とする鎮圧部隊、第八旅団が編成され、バランガンを占拠する非道なテロリストグループの排除に乗り出した。
 当初は誰もが、単なるテロリスト鎮圧作戦に終わるだろうと見立てていた。
 それが、まさかあのような事態に発展しようなどとは――この時点ではまだ、ほとんどの者が予想だにしていなかった。


     * * *


 バランガンから北へ向かうこと、およそ2キロメートル。
 ヒラニプラ山地を遥か北東に望む広大な丘陵地帯に、3400名からなる第八旅団の前線基地が構築されていた。
 百数十台に及ぶ軍用車両や輸送用中型飛空艇、突撃戦闘用ハンヴィーなどが無機質な金属光を反射し、大地に黒点を結んでいる。
 それら黒点の合間に数百もの軍用テントが設置され、周囲の穏やかな草原風景とは対照的な物々しい空気が、その一角だけに現出していた。
 第八旅団を構成する兵員・将校の大半は、非コントラクターの一般シャンバラ人である。
 そもそも国軍自体が、元々は特殊な能力を持たない通常民によって構成されているのだから、この第八旅団に於けるコントラクターと非コントラクターの人数比も、当然といえば当然の数字に落ち着いていた。
 いわば、この第八旅団に於けるコントラクターは英雄的、或いはエリート的な存在といって良く、彼らの能力は作戦の成否を大きく左右するという観測さえ立てられていた。
 そんな中、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)中尉はマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)を伴って、関羽総司令官が詰める作戦司令本部へと赴いた。
 ふたりが関羽総司令官を訪ねる理由はひとつ――バランガンを占拠するパニッシュ・コープスとの間に、交渉の窓口を開くことであった。
「失礼します」
 トマスが作戦司令本部のテント口をくぐると、その中からふたりを出迎えるように、激しい口調での議論が展開されている真っ最中であった。
 第八旅団の上層部ともいうべき作戦参謀達が、テロリストの要求など突っ撥ねるべきだと主張する強硬派と、なるべき敵を刺激せぬよう穏便にことを運ぶべきだという穏健派に分かれ、双方の意見を戦わせているところだった。
 関羽総司令官と、第八旅団副長を務めるミゲル・スティーブンス准将の両名は、この激論を敢えて黙して眺めるというスタンスを取っている。
 今はとにかく両者の主張を戦わせるだけ戦わせておいて、論が尽きたところでトップふたりの理論を展開しようという流れであろうか。
 しかし、トマスとマルティナの登場によって、場の空気が一変した。
 作戦司令本部のテント内に詰める上層部の面々は、関羽総司令官とスティーブンス准将以外は、全員が非コントラクターの一般シャンバラ人なのである。
 そこへ、コントラクターのトマスとマルティナが顔を出したものだから、彼らとしてもどう対応して良いのか分からないといった調子で、やや気勢を削がれたような表情を浮かべて戸惑うばかりである。
 トマスとマルティナに向けられる彼らの視線の中には、コントラクターに対する畏怖の念の他に、階級で劣る存在でありながら、コントラクターというただその一点によって意見が重用される傾向があることへの嫉妬に似た色合いが、幾つも重なる。
 そんな微妙な空気の中に敢えて飛び込んできたトマスとマルティナは、度胸が相当に据わっているといって良い。
 一方の関羽総司令官は、トマス達の用件を取次の下士官から事前に耳打ちされていた為、別段、驚いた風は見せていない。それは、傍らに控えるスティーブンス准将も同様であった。
「ここらで一旦、休憩に入りましょう。十五分後に再開します。以上」
 進行役のスティーブンス准将に促され、上層部の将校達はのそのそとテントを出て行った。
 残されたのは関羽総司令官、スティーブンス准将、トマス、マルティナ、そして数名の下士官といった顔ぶればかりである。
「連中との交渉役を買って出たい、とのことであったか」
 関羽総司令官からの言葉を受けて、トマスは幾分緊張気味に姿勢を但した。
「はっ、仰せの通りでございます。なるべくなら、戦闘行為は最後の最後、本当にどうしようもない状況にまで進んでからが良い、というのが小官の意見であります」
 トマスは短く、そして簡潔に、己の意思をふたりの旅団トップにぶつけてみた。
 そこへマルティナがトマスの言葉に、補助となる説明を加える。
「最終的には、鎮圧を行わなければならないのは重々承知しております。ですが、人質が大勢居る現状で鎮圧ということになれば、被害が少なからず出てしまうのは、免れないと思われます。私達は、一般市民の方々を守るべき存在の筈ですので、そのような事態だけは避けなければなりません。出来れば交渉の窓口を一本化して混乱を防ぎ、且つ自分は第八旅団側から先走った行動に走る者が現れぬように、隊長クラスの皆様に説明をして廻りたいと考えております」
 マルティナの説明に黙って耳を傾けていたスティーブンス准将は、うむ、と小さく頷いた上で、次のように返してきた。
「貴官らのいう交渉とはつまり、どのレベルまでの本気度なのかね?」
 中々、鋭いところを衝いてくる。
 トマスは喉の奥がからからに渇くのを感じながら、尚も直立不動の姿勢のままで応じた。
「出来れば交渉での平和的解決まで持っていければそれに越したことはありませんが、現実的に考えますれば、十分な救出体制とノーブルレディ無力化策が整うまでの時間稼ぎ、といった辺りが妥当なところであると認識しております」
 成る程、トマスもただ誠実なだけの理想論者ではなく、しっかり現実を見据えた大人である――関羽総司令官はどこか満足げな様子で、静かな笑みを湛えた。
「先程まで、強硬派と穏健派の議論を徹底的に戦わせようと考えておったが、貴官らの申し出で、結論は一気に出たと見るべきだな」
 関羽総司令官の言葉に、トマスとマルティナは僅かに頬を緩めた。
 だがその直後に、スティーブンス准将からの厳しい響きを伴う声を受けて、ふたりは表情を引き締める。
「では直ちに交渉員の選定、並びにパニッシュ・コープス側への呼び掛けルート調整に入り、実行に移し給え。作戦司令本部の各将校達には、私からいっておく」
 スティーブンス准将の命を受けて、トマスとマルティナは了解の復唱を返し、すぐさま作戦司令本部テントを後にした。

 作戦司令本部テントから戻ってきたトマスとマルティナを、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)、そして近衛 美園(このえ・みその)といった面々が、事前にトマス用にとあてがわれていた士官用テント内で出迎えた。
「それで、どうだったんだよ? その顔を見る限りじゃあ、首尾は上々って感じじゃないか?」
 テノーリオが最初に、勢い込む格好で問いかけた。
 トマスとマルティナは一瞬だけ嬉しそうに顔を見合わせてから、待ち受けていた面々に頷き返す。
「あぁ、良かったです……今回の任務は、まず人命第一。人質の皆様を無事に救出してからが本番だということを、分かって頂けたのですね」
 美園が心底、ほっとした様子で胸を撫で下ろす仕草を見せた。美園のこの思いは、マルティナの思いでもあった。
 だからこそ関羽総司令官とスティーブンス准将が見せた寛大さには、まず何よりも感謝の念が沸き起こってくるのである。
「幾らコントラクターとはいえども、一介の中尉に過ぎないトマスの言葉を聞き入れ、更にその大役までお任せ下さるというのは、まさしく関羽将軍閣下の御心の広さならではでしょう。なんともはや、感慨深いです」
 この面子の中で最も、関羽の取り計らいに対して諸々の思いを抱いているのは、ある意味に於いては子敬の右に出る者は居ないだろう。
 勿論、それは子敬の個人的な感想に過ぎないのだが、彼の英霊たる出自を考えれば、誰にでも容易に察し得る話である。
「では早速、交渉に向けた行動を始めなければね。テロリストの方だって、こちらの見えないところで蠢いているだろうから、油断は出来ないけど。でもそこはまぁ、お互い様ではあるかしらね」
 いいながらミカエラが、通信機材一式の詰まったジュラルミンケースをふたつ、両手で抱えて、そのうちのひとつをテノーリオに手渡す。
 ミカエラとテノーリオは通信役兼後方待機で、実際に交渉に赴くのはトマスと子敬のふたりだと、あらかじめ決めておいたのである。
「それではこちらも、各隊長クラスの方々に交渉中の待機をお願いに回らないといけませんわね。ノブレス・オブ・リージュの考え方を理解して頂ければ、きっと賛同者の方も増えると思いますし」
 いうが早いか、マルティナは士官用テントを足早に飛び出していった。
 残った美園にテノーリオが、幾分不思議そうな面持ちで問いかける。
「君は、行かなくても良いのかい?」
「あ、はい……私はマルティナに届く情報を取り纏めて、それをマルティナが隊長クラスの方々に知らせて廻って、待機解除に向けたタイミングを計ることになっています」
 成る程、とテノーリオは感心して頷いた。
 そこまで考えているなら、自分達が余計な口を挟むこともない。テノーリオはミカエラから受け取った通信機材を抱え、一緒に通信本部へと向かった。
「でも……最後はやっぱり、力ずくになるんだろうなぁ。トマスは、テロリストといえども死んでほしくないとか、また甘ちゃんなことをいい出すんだろうけど……俺らは軍事ってのはそういうもんだと諦めてるけど、信条の違いってのは、どうしようもないもんだな」
「それは全てが終わってからの話……今はとにかく、テロリストに人質を殺させるような口実を与えないこと。相手に出し抜かれないよう、心をひとつに」
 テノーリオとミカエラの思いは、全く意外な形で裏切られることとなるのだが、それはもう少し、先の話である。


     * * *


 トマス達の交渉隊が着々と準備を進める一方、先行してバランガンの情勢を探ろうとする動きが、幾つもあった。
 勿論、先行しての情報収集は、交渉と並行に進めなければならない。交渉が決裂した場合、情報をどれだけ多く握っているかで、その後の展開が大きく変わってくるのだから。
 それら情報収集組のひとつに、黒乃 音子(くろの・ねこ)大尉率いる第一斥候小隊が挙げられる。
 小隊員にはフランソワ・ド・グラス(ふらんそわ・どぐらす)金 麦子(きん・むぎこ)フランソワ・ポール・ブリュイ(ふらんそわ・ぽーるぶりゅい)といった音子のパートナー達の他、第八旅団第一歩兵中隊から選別された三十名の国軍兵が付き従っている。
 矢張り何といってもまずは情報、ということで、音子率いる第一斥候小隊はパニッシュ・コープスが城塞都市制圧に用いたであろう経路を探し出し、そこから敵の思考を分析しつつ、敵の今後の行動予測にも活かそうという発想で臨んでいる。
 ところが。
「おかしい……侵入に適した経路が全く無いというのは、如何なることだ?」
 グラス(この小隊にはフランソワがふたり居る為、便宜上、姓にて個人を表現する)が、訝しげな表情を浮かべて城塞部北方付近の岩陰に身を潜めながら、眉間に皺を寄せた。
 バランガンは街の中心をセベール川という比較的大きな水脈で貫かれており、最初がここが、侵入経路であると疑われた。
 ところが、このセベール川に接する水門とその付近は堅牢な城塞と複雑な水路によって構成されており、バランガンを一夜で制圧出来る程の兵力が、速やかに通過出来る要素は皆無だったのである。
 かといって、上空からの落下傘降下も無理がある。
 音子達が事前に仕入れた情報によれば、バランガン駐屯部隊は城壁の他に、市街の各所に対空砲火装備を設置しており、空からの敵には滅法強い態勢を整えていた筈である。
 そうなると、残るは城壁のどこかから一気に雪崩れ込むしかないのであるが――先にグラスが呟いたように、それらしい侵入経路がひとつも見出せなかったのだ。
「城塞周辺の植物からも、連中が通過したような気配は全く、感じられなかった。たった一晩でこれだけの規模の街を制圧するってぇのに、殺気も何も感じさせず、静かに粛々と通過して内部に侵入するなんて話が、あり得るのかねぇ?」
 麦子も、全く分からないといった様子で何度も首を捻っている。
 ブリュイに至っては、分析すべき情報が全く入手出来ない為、分析そのものに入れない有様だった。
「この小隊の人数で気づかれないように侵入するなら、そう難しい話じゃないけど、街ひとつを一気に制圧するだけの兵力だよね? それだけの数が素早く、そして気づかれずに潜り込むなんて……」
 音子も、若干お手上げの様子で小さく肩をすくめた。
 と、その時、ブリュイが不意に、何かに気づいた様子で両手を小さく打ち合わせた。
「いや……そうか、或いはその手があったか」
 ブリュイがひとりで納得したような調子で呟いているのに対し、音子とグラスがよく分からないといった表情で問いかけるように視線を送ってきた。
「なに、簡単な話でしてな……連中は制圧の夜、外部から一気に侵入したのではなく、既にそれ以前から街の中に居たということです」
 成る程――と思わず納得しかけて、しかし音子は慌てて首を左右に振った。
「いやいやいや、ちょっと待ってよ。この城塞都市を一気に制圧するだけの人数が、事前に潜んでたって? どこに? どうやって? それって相当な人数だよ? 見知らぬ顔ぶれがそれだけの人口で増えて、それに対して市民の誰も気付かないなんて、それこそ不自然でしょ?」
「しかしそれでは、他にどのような方法が?」
 音子に否定されたのが余程に腹立たしかったのか、ブリュイはむっとした表情で睨み返した。
 分析官の言葉が信じられないなら、最初から連れて来るな――とまでいいたげな顔つきだった。
「まぁまぁ、ふたりとも落ち着いて……しかし実際、大部隊が一気に侵入出来そうな経路が見当たらないのも、これまた事実」
 グラスが音子とブリュイの双方の肩に手を置きながら、なだめるように口を挟んだ。
「かくなる上は、こちらもまずは市街内部に潜入し、連中の行動や装備、外観を徹底的に調べるのが肝要ではござらぬか? まずはセントバーナード達に現状を報告させ、同時にこちらも夜陰に乗じて、潜入すれば宜しかろう。それまでは、ここでもうしばらく待機でござる」
 グラスのこの発案には、誰も異論が無い。
 しかしただ待っているだけでは、時間の持ち腐れである。
 先行して街中への潜入を果たした他の教導団員からの連絡を中継する為に、あらかじめ決めておいた合流ポイントに移動し、そこで連絡を待つことにした。
「それにしても……今回ばかりは、ほんと、地味な役回りだねぇ」
「それは、いいっこ無しですな」
 音子が幾分、疲れた調子でいい放ったのを、ブリュイがどこか冷めた調子でぴしゃりと遮った。
 またこのふたりが喧嘩を始めるのではないかと内心で冷や冷やしたグラスだったが、そこは矢張り、音子とて教導団大尉である。
 場を弁えて、己の感情を制御する術を心得ていた。