イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

リアクション公開中!

魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

リアクション

 隊の襲撃は、あらかじめ2組に分かれて行われていた。
 1組は主力部隊としてコントラクターを相手どり、派手に動いて彼らの注意を引く。その間にもう1組が彼らの足となっている馬を逃がすという計画だ。
 本来ヤグルシはこちらにカイをあてたかったのだが、カイはヤグルシに相談することなく、さっさと主力部隊を率いて陽動の方に行ってしまった。
 まさか襟首を引っ掴んで引き戻すわけにもいかない。
(まったく。バァルが絡むととたん聞き分けが悪くなるというか、暴走がちになるな。あのうわさも案外……いや、うわさはうわさだ)
 首を振り、今不要な考えは退けた。
 しかたなし。ほかの者たちと手分けして馬を逃がす。
 放棄された横転した馬車のそばにいた馬のヒモを切って尻をたたき、走り去った馬を見送っていると、ヤグルシは背後に近付く気配を感じて振り返った。
「セテカ…」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が立っている。
 疲れて光を失った目。顔色は冴えない。
 どこか憔悴して見えるのは、おそらく、あれから何度も何度も考えていたからに違いなかった。
 見間違いだったのではないか、彼は操られているのではないか、だれかに脅迫され、おどされてこんなことを強いられているのではないか……それこそ、いろんなことを考えた。なかば、それを信じそうになっていた。きっとあれは彼の本意じゃない、と。何か事情があって、あんなことしたに違いない。セテカは悪人じゃない。
 だけどまたこんなことになって。
 襲撃され、騒然となっている周囲に、美羽は冷水をかけられた思いだった。
 道の左右に仕掛けられていた爆弾が次々と爆発し、直後襲ってきた忍者たちとの交戦で剣げきと怒号が響くなか、呆然と立ち尽くした。
 やがて、美羽のなかでふつふつと怒りがこみあげる。
 美羽はヤグルシを捜した。
「セテカ、今度会ったら、いろいろ教えてもらいたいって思ってた。どうしてこんなことするのか。彼女がどうして東カナンのためにならないのか…。
 でも、もう何も訊かないよ」
「美羽」
「ただ訊いたって、きっとあなたは何も話してくれない。話せることなら、あなたは最初から話してくれてただろうから。
 だから…」
 ぎゅっとバァルからもらったバスタードソードを握る手の力を強めた。
「あなたを倒して、どうしても話さなくちゃならない状況に、あなたを追い込んであげる!!」
 バァルの剣をかまえ、美羽は真正面から向かって行った。待ち構えていたヤグルシの剣と美羽の剣が火花を散らしながら打ち合わされる。
「美羽…」
 友と本気の剣をかわさなくてはならなくなった美羽の心境を思って、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は胸がふさがれる気持ちで彼らのぶつかる様を見つめた。
 代われるものなら代わりたいと思う。でもそれは、きっと美羽が望むことじゃない。
「コハクくん」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がそっと彼の肩に手を乗せる。
 あなたの気持ちは分かると、視線が告げていた。
「セテカさんのことは美羽さんに任せて。私たちは美羽さんが何の憂いもなく戦えるようにしましょう」
「……うん」
 美羽につらいことをさせたくないという思いと美羽には好きなことをしてほしいという思い。それを見守るだけしかできないことに、やり場のない歯がゆさを感じながらも、コハクは背を向ける。
 2人の激しい戦いに気付いた忍者たちが、早くも集まり始めていた。彼らを近づけさせてはならない。
「ちょっと離れてて、ベア」
 コハクはセラフィックフォースを発動させた。3対の光の翼が出現し、熾天使の力が体内に満ちる。
 忘却の槍2槍を手に向かい来る忍者たちに向けて突貫したコハクに背を預けるかたちで、ベアトリーチェもまた魔法の詠唱を始める。
 傍目には落ち着いているように見えていても、彼女もまた、内心では美羽と同様今度の事態には動揺し、心を痛めている。ただ、コハクや美羽の手前、自分がしっかりしなくてはと表に出さないだけだ。
(セテカさんが何を考えてこんなことをしているかは分かりませんが……何の非もないあの方を、殺させるわけにはいきません)
 天に向け、伸ばした両手の先に、続々と黒い点が現れる。この周辺に棲む毒蛾たちが、ベアトリーチェの魔法で呼び寄せられているのだ。
 あっという間に集団と化したそれを、敵へ向かわせた。
「あとできっと治療しますので、許してくださいね」



 熾天使の力で増加させた力をふるうコハクの強い光が霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)の目を引いた。
「要、見て!」
「ん?」
 悠美香の言葉に、月谷 要(つきたに・かなめ)は戦いの手を一時止めてそちらを見る。視界を阻む煙ごしにも、3対の光の翼が放つ光はホークアイを発動させた目をまぶしく射る。一瞬悠美香が何を言わんとしているのか分からず首を傾げた要だったが、すぐその羽の向こうにヤグルシの姿を見つけることができた。
「行きましょう!」
 きびすを返した悠美香のあせりを見抜いて、跳躍した敵のクナイが襲う。
 すかさず要が割り入り、流体金属製の義腕フリークスを変形させた剣ではじく。
「要!」
 要は応えず、すぐさま盾形に変形させて、振り下ろされた剣を受け止めた。
 間髪入れず盾ごしに9/Bを撃つが、捉えたのは残像のみだ。
「先に行って、悠美香ちゃん。俺はこいつらを片付けてから行くから!」
 今、要の前には2人の黒装束の男たちがいた。いずれも手に黒刃の中刀を持っている。
 悠美香はためらった。
 彼らの連携技は厄介だ。まるで背中ごしにももう1人の動きが見えているかのように一糸乱れぬ呼吸で同時攻撃を仕掛けてくる。しかも速い。彼らは常にヒット・アンド・アウェイで、一撃にこだわらずすぐ消えるため、なかなか捉えることができずにいた。そのことにさっきから要がいらだっているのは、悠美香にも伝わっている。
 要1人にして大丈夫だろうか? 最近は安定しているみたいだが…。
 逡巡したのち。
「――ごめんなさい」
 背を向け、悠美香は走った。
 この襲撃を止めるには、ヤグルシ――セテカを説得するしかない。
 走り抜けた先では、美羽がミニスカートを翻し、勇猛果敢にヤグルシを攻めていた。美羽の剣を知るヤグルシは剛撃を真正面から受け止めることなく捌き、紙一重でいなし、すり流している。
 激しい剣げきが痛いほど耳を打ち、無数の火花を散らしている。
 剣技的にはヤグルシの方が上だ。業を煮やした美羽は、奥の手を仕掛けることにした。
(セテカ、ごめん)
 はじき飛ばされた先からバーストダッシュで一気に距離を詰め、跳躍するや振り下ろす。
「やああああーーーっ!」
 ヤグルシがすり流そうとするのは分かっていた。美羽はくるっと回転し、ヤグルシの剣の腹に蹴りを入れてはじく。そのまま身をねじり、がら空きの胸に滅殺脚をたたき込んだ。
 技はきれいに決まった。かかとは吸い込まれるように胸に入り、ヤグルシを後方へ蹴り飛ばす。
 その光景を目撃した悠美香は思わず叫んでいた。
「やめてーーーーーーっ!!」
 ひざをついたヤグルシの元へ駆け寄り、かばうようにウルネラント・ルーナを盾とし、美羽をけん制する。
「もうやめて……お願い」
 美羽が動かないのを確認して、ヤグルシを見た。滅殺脚は猛毒を付与することがあるが、どうやらそれは免れたようだ。
 ほっとするも、ダメージは相当負っている。手を胸にあてていることから察するに、肋骨を痛めたか。
「セテカさん……あなたも。お願い、もうやめて。彼らを止めて。話し合いましょう」
 返答を期待して間をとるが、ヤグルシは何も言わない。
「友達を敵として戦うことがつらいのは、あなたも分かるでしょう? しかもいきなり襲ってきて、わけも分からないままこんなふうに戦うことを強いられて…。
 ハリールさんの何がいけないっていうの? 彼女は悪人には見えないわ」
 しかしそれにもヤグルシは答えなかった。
 ただ回復の時間稼ぎに彼女を利用しているだけで、一切何も答える気がないのではないか? そう思えて、悠美香がいら立ちに手の力をぎゅっと強めたとき。砂煙を突っ切って、朝斗が現れた。
「セテカさん…」
 切れた息を整えつつ、ヤグルシの前に進み出る。
 彼は、ヤグルシの正体がセテカと知ったときから、どうしても言ってやりたい言葉があった。それを今、ぶちまける。
「どうしてハリールさんの命を狙うのか、説明してもらうからね! ひとを殺そうっていうのに、その説明もできないようなやつに、シャムスさんとの交際認める訳には行かない! あんたも男ならきっちりと応えてもらうぞ!」
 まさか今このとき、そんなことを言われるとは。
 あっけにとられたヤグルシは、ひと息でまくしたてたあとフンッと胸を張っている朝斗をまじまじと見上げ、次の瞬間大爆笑した。
 笑って笑って「ああまったく、おまえたちってやつらは…」と毒気の抜けた声でつぶやく。
 まだ目元に笑いの名残りがにじむ目で、悠美香を見上げた。
「本人の良し悪しじゃない。そんなものは受け取る側の立ち位置によって決まる。きみたちはいつも絶対善として戦ってきたのか? 絶対悪のみ倒してきたのか。ネルガルは大多数にとって悪だったが、彼を理解し支持する者にとっては善だった。本人は関係ない。物事を決めるのは、大多数にとって都合が良いか悪いかだ。
 おれたちは領主バァルを主君とし、絶対の忠誠を誓った騎士だ。きみたちコントラクターとははじめから立場が違う」
 コントラクターは己が主人である自由人。セテカたちは主君のために存在する騎士。シャンバラ人は自分で決めたことのために戦う。騎士の剣は己のためでなく、主君のためにふるわれる。
「そのためだったら罪のない少女でも殺すっていうの!? うそをつかないで! だったらどうして私たちに護衛を依頼したりしたの! あなたがエンヘドゥさんに頼んで私たちに護衛させたっていうのはもう分かっているのよ!」
 ヤグルシは目を閉じ、ため息をつく。
「べつにおれたちは殺したがりじゃないからな。殺すことができるといっても、殺したいわけじゃない。殺さなくてもすむなら彼女を殺さずにもいよう。だがそれは状況によって変わる。今日がそうだからといって、明日もそうとは限らないんだ。
 きみは、罪もない少女を殺せるかと訊いたな。おれたちは殺せる」
「うそ!!」
 即座に反ばくした悠美香に苦笑しつつ、立ち上がる。体についた砂を払った。
 もう7〜8分は経ったか。煙幕が効力を失う。そろそろ撤退の潮時だ。
「あまりおれを買いかぶるな」
「あー、おまえなら殺せるだろうよ」
 別方向から不機嫌そうな声で高柳 陣(たかやなぎ・じん)が現れた。もともと目つきが悪いせいもあってか、ヤグルシを見る視線はいつもに増して凶悪だ。
「あのばか」
「お兄ちゃん…」
 幼き神獣の子の上で、ティエン・シア(てぃえん・しあ)木曽 義仲(きそ・よしなか)がはらはらしつつそれを見下ろしていた。
 ただし、そのはらはら感は2人で微妙に違っていたようで。
「いきなり見つけたと口走って飛び下りたと思ったら…。敵をあおってどうする」
「えっ?」
 義仲のいら立ったつぶやきに、ティエンが驚いて振り返る。
「どうした?」
「そういえば義仲くん、セテカさんと面識なかったんだっけ…」
 東カナンにはよく来てるからすっかり忘れてたけど。
「あ、あのね、義仲くん」
 義仲が事情を察していないことを理解して、ティエンは説明に入った。
 頭上の2人が今さらながらの東カナン講座をしているとはつゆ知らず、陣はヤグルシに扮しているセテカをじろじろと見て、またも挑発的にフンと不愉快そうに鼻を鳴らす。
「おまえなら殺せる。迷いもなくな」
「陣くん! 何を言って――」
「けど、何も感じないとは言ってない。どうせそれで受ける苦痛もすべて1人で背負いこむつもりなんだろ、おまえは。……この、大ばかヤロウが!!」
 爆発したように、陣は怒鳴りつけた。その場にいる全員、陣の剣幕に飲まれて意識がそちらへ集中し、彼の銃型HCの通話機能が作動していることに気付いていない。
「俺たちが何も知らなけりゃ、それだけ俺たちが苦しまないですむとでも思ったか!! それがどれだけ間違った考えだったか、彼女たちを見てよく分かっただろう!! おまえが敵だっていうだけで、苦しいんだよ、みんな!!
 その頭、1発なぐってやりたいが、もう先に痛めつけられてるみたいだから勘弁しといてやる!」
「陣」
「全部分かってるなんて言わねーよ。実際、分かんねえことだらけだ。真相を知ってるに違いない城のやつらは、みんなそろって口が固いからな。だが、おまえが何の意味もなくこんなことしてるはずがないってことはよく分かってる。いいかげん、全部吐き出せ。俺たちを味方にして、俺たちにもどうしたら一番いいかを考えさせろ!」
 ヤグルシの胸ぐらを掴んで引き寄せ、真正面から目を合わせる。
 ヤグルシは答えた。
「そのときがきて、彼女を迷いなく殺せると誓えるなら、そうしよう」
「まだそんなこと言って――」
 陣の言葉をふさぎ、ヤグルシは彼にだけ聞こえる声でささやく。
「おまえたちにはまだしてもらいたいことがある。そのときが来るか……その機会もなく終わるかは、まだ不明だが」
「なんだそりゃ」
「そのときがきたら分かる。おまえたちはそちら側にいて、彼女の力になってやれ」
 イコナの悲鳴が聞こえたのは、そのときだった。
「きゃあああああああっ!」
 声につられてそちらを見た彼らの目に、ぼんやりとダリルとカイの姿が入った。ダリルに拘束されていたカイが飛び退くと同時に、鮮血が上がり、ダリルがうずくまる。
「……あのばか!」
 懸念していたことが当たったとばかりに、ヤグルシがつぶやく。
 彼が戦意を失ったと判断したカイは背を向け、側近たちとともにハリールへと向かう。もはや彼女が何を目的としているかは明白だ。
 全員がそちらへ向かって駆け出した。
「おいセテカ! やつを止めろ!」
「無茶を言うな!」
 彼女は12騎士、おれより上だ! そう続けて口走りそうになるのを、ぐっと飲み込んだ。
 カナンには階級制度がある。領主家の次に力を持っているのが東カナン12騎士。セテカはタイフォン家の跡継ぎだが、役職は上将軍。騎士の下の軍属だ。これまでカインがセテカの言葉に従っていたのは、カインがそうしていたからにすぎない。
 ヤグルシとてカイの暴走を止めたいが、距離がありすぎた。周囲の騎士たちに命じたところで、サディク家の者がカイン以外の者の言うことをきくわけがないのは分かりすぎている。
「……くそっ」
 そのとき、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)がカイの前方に下り立った。
 初めて目にするカイン・イズー・サディクの姿を前にして、彼が思うのは彼女の被保護者であり東カナン12騎士の1人、ミフラグ・クルアーン・ハリルのことだった。
 昨日話した彼女の姿が浮かぶ。
『……あなたがこんなに心配しているのに?』
 彼の言葉に、ミフラグは答えなかった。ただせつなげにほほ笑んでいた。
「カインさん」
 ザカコは話しかける。
 相手がカインかどうか、証拠は何もない。敵の頭目がセテカ・タイフォンで、そのそばにいたということからの、あくまで推論だ。だがザカコは確信していた。彼女はカインだ。
「私はミフラグさんの知り合いです。昨日、彼女と話をしました」
 カイは何の反応も見せない。ザカコは続ける。
「なぜこんな事件を起こしたんですか。あなたを思う彼女の気持ちについて、考えたことはあるんですか。ないなら、今考えてください。彼女はあなたを心配している。あなたが1人、今も敵を追っていると信じて、あなたの身を案じているんです。そんなにもあなたのことを思ってくれている彼女が今度のことを知ったら、あなたは何と答えるんですか?
 あなたに何かあれば、ミフラグさんが悲しまないと思っているんですか。彼女のことを考えてあげてください。バァルさんのことも
 そのとき、さらにカイの速度が増した。
 無言でザカコの上を飛び越える。その際、彼女の水色の瞳とザカコの目が合ったが、彼女が何を伝えようとしているのか――あるいは、伝えることは何もないと伝えたかったのか――ザカコには分からなかった。