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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

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魔女が目覚める黄昏-ウタカタ-(第2回/全3回)

リアクション

 片手に1本ずつ、聖槍ジャガーナートを手に二槍のかまえをとり、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)とともに立つルカルカの姿は、佐和子にも見えていた。
(ルカルカか。一筋縄ではいかない相手だ。だが……ダリルがそばにいない?)
「現れやがったな」
 喜々とした竜造の声に、彼が飛び出す前にさっと手を横に伸ばし制止をかける。
「彼女の相手は私がしよう」
「あ? てめ、ひとの獲物横取りする気かよ」
「おまえと彼女では相性が悪い」
 どちらも剛撃だからな、との言葉は声にしなかった。かわりに
「昨夜はおまえの番だった。今回は私に譲れ」
 とうそぶく。
 竜造は佐和子を見てチッと舌打ちし、不満を漏らしたが「しゃーねえ」と納得した。
 そのどこか腕白坊主めいた反応を笑って、佐和子は竜造の横から消える。ポイントシフトでカイに追いつき、その意を伝えた。
「今から私が捩じ開けてやる。おまえたちはまっすぐ突っ切れ」
 カイは数瞬黙考し、うなずくと配下の3人に合図を出す。
(さて。後々を考えればあまり使いたくはないが、今回は数分の短時間勝負だ。出し惜しみする必要はないな)
 待ち受けるルカルカを正面に、佐和子は集中するように一度目を閉じる。
 覚醒発動――。
 閉じていた目が開かれたとき、なびくツインテールの黒髪が一瞬で白髪と化し、彼女のまとう気が数倍にふくれ上がった。
「!!」
 当然ルカルカもそれを察知し、目を瞠る。
 ほんの一瞬の驚きによる硬直。そうなると見越していた佐和子は能力を倍加させたカタクリズムに毒入り試験管を乗せてぶつける。ルカルカたちを相手に効果が薄いのは承知の上だ。カイたちが抜ける間もてばいい。
 迫りくる力の嵐にルカルカは常闇の帳を展開した。この漆黒の闇は、それが魔法であれ物理であれ、あらゆる攻撃を吸収する。しかし無限にではない。覚醒によって強化された暴風を完全に殺しきることはできなかった。
 並の者なら即座に昏倒しかねない力の風と猛毒のなか、虹のタリスマンの効果で2人はなんとか意識を保っていた。が、近くを走り抜けたカイや竜造に対し、とっさに対応ができない。
「……くそっ! てめえ…」
 してやられたことに怒りを燃やし、カルキノスはよろけた足を踏ん張ってもちこたえる。清浄化の白い光が彼を包んだ。
「くらいやがれ!」
 咆哮とともに大魔杖バズドヴィーラが振り切られる。フレースヴェルグ、サンダーバード、バハムート、フェニックスが召喚された。
「おやおや。アリを倒すのに巨象の大群を持ってきたか」
 佐和子は皮肉な笑みを崩さず、その散漫な攻撃をかわすと悪疫のフラワシを差し向けた。動きが緩慢になったところで烈風のフラワシを向かわせる。
「はああぁぁッ!」
 気合いの声が横手からして、復活したルカルカが超加速で聖槍ジャガーナートを突き込んだ。
「おっと」
 佐和子はポイントシフトを用いてこの鋭い攻撃を避けたが、穂先から放たれる衝撃波をくらってしまう。距離をとった先で激痛に思わず脇腹に手をあてたものの、アンリミテッドスーツのおかげで骨折までは至らず、超人的肉体がすぐさま痛みを消した。
「あぶないあぶない」
「……くっ!」
 どこか他人事のような、とらえどころのない飄々とした態度を崩さない――それ自体が佐和子の挑発なのだが――少女に、ルカルカは再び超加速で距離を詰めると聖槍ジャガーナートによる2槍攻撃を行う。それを、大佐は遠すぎず近すぎずの間合いを保ってのらくらと避けた。
「ちくしょう」
 2人の距離が近すぎて、カルキノスは召喚獣たちに攻撃させることができない。
 ルカルカとまともに真正面から組み合えば、ものの数秒で倒されるのは佐和子にも分かっていた。だから回避に専念する。もちろん、隙があれば見逃すつもりはないが。
 べつに、倒す必要はないのだ。ただほんの2〜3分、ここに釘付けにしてさえいられればそれでいい。
 覚醒によって強化された行動予測やポイントシフトを用いたトリッキーな足さばきで、槍を紙一重でかわし続ける。
「このっ!」
 ルカルカは近距離からショックウェーブを用いたが、佐和子に抜かりはなかった。
「お返しだ」
 アブソービンググラブで吸収し、はじき返す。はね返された衝撃波をルカルカは間一髪避けたが、かすめたほおからの衝撃でくらりと頭が揺れた。すぐさま距離をとり、油断なく槍をかまえる。
 強敵だ。とてもすぐに倒してカイたちを追うというわけにはいかないようだ。
 ルカルカは戦法を変えざるを得ないと悟った。
「カルキ! あなただけでも彼らを追って!!」



 ルカルカの指示は、傾いた馬車の横に立つダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の元までも届いた。
 その言葉だけで、あそこで何が起きたかを悟る。
「突破されたか」
 後ろで源 鉄心(みなもと・てっしん)がつぶやいた。しかし戦場を振り返ることなく、優しい光を浮かべたまま、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を見つめている。
「向こうにもコントラクターがついている。想定外とは言えない」
「そうだな。
 イコナ、1人にして大丈夫か」
「ぜ……全然問題ないのですわ、怖くないのですわっ!」
 それが強がりから出た言葉であるのは鉄心も分かっていた。
 戦場のまっただなかにいて、紙のような顔色をしている。緊張のあまり、気分が悪そうだ。さっきから何度もつばを飲み込んでいる。
 かわいそうなことをさせている。本当ならそばにいてやりたい。かといって、そうすることも、連れて行くこともできない。
 ダリルもいる、ほかにたくさんの仲間たちも。ここが一番安全なのだと自身に言い聞かせて、ぽんぽんとイコナの腕をたたくと魔銃ケルベロスを手に立ち上がった。
「みんな、イコナをよろしく頼む」
 答えたのはハリールの横についた桜月 綾乃(さくらづき・あやの)だった。
「ええ、任せて。
 イコナちゃん、いらっしゃい。手をつなぎましょう」
 歓迎するように手を差し出され、ほほ笑まれて、イコナはおずおずとそちらに近付いた。
「ありがとう、ございます…。でも、万が一のことがあったら……わたくしが時間を稼いでいる間に、皆さん逃げてくださいまし」
 綾乃はほほ笑みを返すだけで「ええ」とも「いいえ」とも言わない。
 2人の様子を肩越しに見守りつつ、鉄心はその場を離れた。
 敵が近付かないよう遊撃に出ていたティー・ティー(てぃー・てぃー)が戻ってきて、鉄心の傍らにつく。
「けがはないか?」
 そう問いながらも、自身の目でざっとティーの様子を測る。少々すり傷を負い、砂にまみれているが、大きな傷は負っていないようだ。
「はい」
 ティーは短く答えたが、その声に幾分かとまどいが含まれていることを鉄心は嗅ぎ取った。
「どうした? 何かあったのか」
「え? いえ…。なんでも…」
 元来隠し事が苦手なタチか、ティーははっきりと言い切れず、語尾を濁す。けれどそれは、彼の追究をはぐらかそうとしているのではなく、彼女自身本当に分かっていないとまどいのようだった。
 じっと待つ鉄心に、ティーは言葉を探しつつ、告げる。彼女が相対してきた敵たちは、覚悟と気迫に満ちた相手だったと。
「あの目を見ていると……こんな場所ではなくて、もっと名誉ある場にいるべき人たちに思えて…」
 敵の頭目が東カナン上将軍のセテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)であることは、和深から聞いていた。
『とすると、鉄心たちが戦ったセテカを守っていた忍者というのは、やはり』
『性別、背格好、戦闘の特徴から東カナンで該当するのは1人ね』
 カインと面識のあるルカルカたちは、暗い声でそう言った。東カナンには大勢の騎士がいる。その程度であれば何人でもあてはまる人物はいるのではないかとの推測もできるが、直感的に彼らはあれはカイン・イズー・サディク以外にいないと悟っているようだった。
 東カナン12騎士の配下とすれば、ティーが戦ったのは騎士だ。ただの盗賊や殺し屋とはわけが違う。
(そんな者たちが、なぜたかだか1人の少女を相手にこれだけの戦力をつぎこむのか)
 こう言っては何だが、大人げなく思えた。
(俺たちが護衛についているからかもしれないが)
 いずれにしても、相手がこの国の騎士だからと黙って引き渡し、殺させるわけにはいかない。
「行こう。すぐ近くまで迫っているはずだ」
「――はい」
 ここは戦場なのだ。自分の困惑は一時脇へどけておかなくては。
 ティーはためらいを払しょくするように頭を振ると、鉄心に続いた。



「煉、来ますわ」
 魔鎧として装着されたリーゼロッテ・リュストゥング(りーぜろって・りゅすとぅんぐ)が、緊張をはらんだ声で告げた。
 敵の姿はまだ見えない。戦闘に突入して5分以上が経過しているはずだが、相変わらず砂の黄色いカーテンは広がったままだ。戦闘によって巻き上げられている分もあるだろうが、いささか不自然な量だった。間違いなく敵側の工作によるものだろう。その分リーゼロッテは殺気看破による索敵を怠らず、常に敵の気配を探る糸を張り巡らせていた。
 目標は2人。敵の頭目ヤグルシとその副官だ。2人あるいはそのいずれかを撃退する。
 おもむろに桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は黒く染まった刀身の大太刀・黒焔刀業火を振り抜く。地獄の炎の名を冠するこの巨大な剣は、その名に恥じないすさまじい切れ味を発揮するという。
 カイらしき者の姿を目視した瞬間、煉は潜在意識を解放し、仕掛けた。
「はあぁっ!!」
 カイは真正面から来る煉の持つ武器を見て、すばやく己の武器の形態を2刀に変えた。交差させ、初撃を受け止めると同時に背後へ跳ぶ。黒刃の中刀は巨大剣の一撃で破砕したが、地に下り立ったカイの手には隠し持っていた新たな中刀が握られていた。
 煉は再び距離を詰め――ただし中刀の方が有利になるほどまでは詰めず、己の両手剣の間合いを維持しながら、さながら怒涛のごとき剣げきを浴びせる。
 受け止めることは避け、すり流し、紙一重で避け続けるカイに向け、煉は言った。
「おまえ、東カナンの騎士の誰かなんだよな? 相方の顔はもう割れてるんだ、隠す必要もないだろう。
 そもそもおまえたちは、なぜ何故彼女をねらう? それが騎士のすることか?」
 カイは答えなかった。薄い、ほとんど透明と言える水色の瞳は何の感情も表すことなく、相対する煉の姿を鏡のように映す。
 次の瞬間、煉の腕が切り裂かれた。
「うっ…!」
 巨大剣を足場とし、跳躍したカイは煉の上を跳び越えて、無防備な背中へ向けクナイを放つ。クナイはすべて鎧の継ぎ目を正確にねらって投擲されたものだった。
「煉!」
 彼を呼ぶ声がして、それに銃声が重なった。
 鉄心の放った銃弾が2本のクナイに命中し、はじき落とす。
 着地したカイは弾道から鉄心の居場所を見抜き、配下の者たちに視線で合図を送った。フッと3人の配下がその場から姿を消す。
「やめさせろ!!」
 意図を悟り、煉はアナイアレーションを発動させた。カイに向け、一刀両断の重く鋭い一撃を繰り出す。しかし、ゴッドスピードて割り入った白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)斬撃天帝がこれを阻んだ。
 巨大剣同士がぶつかり合う、耳をつんざくような激しい剣げきが両者の間で起きる。
「行けよ。こいつの相手は俺が引き受けた」
 肩越しにカイへと視線を投げ、竜造は言う。
「さっさとハリールとかいう女ぶった斬って、終わらせてこい」
「…………」
 カイは無感情な目で彼を見つめ、背を向けた。
「待て! カイン・イズー・サディク!!」
 その背にぶつけるように煉が叫ぶ。
「だれかを殺して守るものなど、俺は認めない!!」
「――子どもの論理だ」
 一言の下に切り捨てるや、カイは跳躍してその場から消えた。
「……ククッ」
 こらえきれないというように、竜造が吹き出し笑う。
「何がおかしい!」
 カッときて、煉は竜造の剣をはじき飛ばした。
「てめえ、あれの意味が分かんねーのか? てめえはな、片っぽの目でしか見てねーんだよ」あざけるように、片目をつぶって見せる。「今てめえがしてるのは何だ? 敵を排除して、殺してでも守ろうとしてんのはてめえもじゃねーか。その根拠は何だ? てめえの正義感、てめえの倫理だ。それは「だれかを殺して守ってる」のとどう違う?」
 潜在解放、ウェポンマスタリー。煉の前、竜造は次々とスキルを発動させていく。尋常ならざる威圧感に気圧されている煉に向け、斬撃をふるった。
 これをからくも煉は防ぐが、金剛力で増した腕力による斬撃は、数度の打ち合いでまたたく間に煉の手をしびれさせる。
「認めるか認めねーかはてめえの勝手だ。好きに考えてろよ。だがそれを、他人に押しつけてんじゃねえ」
「俺は――」
「殺してまで守りたくない? なら、死ね。殺してまで守る価値があるものなんざねーんだろ。とっととおっ死ね。豚のような悲鳴でも上げてなあっ!!」
 大上段から振り下ろされた剣を、煉は剣の平で受け止めた。びりびりと腕に雷撃のような衝撃が走り、靴が半ばまで地に減り込む。
「ケッ。守ってんじゃねーか。クソの価値ほどもねえ、てめえの命をよ。
 殺せねーんなら剣なんざ持つな。どう理屈つけようが、剣は殺しの道具だ。剣を持つやつぁ剣で殺されても文句言えねぇんだ」
 あざ笑う。次の瞬間、魔鎧から噴き出したホワイトアウトの猛吹雪が竜造を直撃し、後方へはじき飛ばした。が、竜造は難なく身を起こし、まるでダメージを受けているようには見えなかった。彼の周囲でだけ、吹雪は消えて微風となる。鮮血の特攻服の胸元では、魔法をはじく神獣鏡がかすかに覗いていた。
「煉、相手が悪いですわ。ここは一度退いた方が――」
「次だ。やるぞ」
 剣を中段にかまえた煉は、有無を言わせない声で低くつぶやく。
 疲労を濃く浮かばせながらも戦意を捨てない煉に、にやりと嗤って、竜造は手招きをする。
「来いよ。剣持つ者同士、殺し合おうぜ?」
「……うおおおおおっ!!」
 気合いの声とともに、煉は真正面から斬りかかった。
 受け止め、捌かれるのは計算の内だ。幾度となく斬り結び、火花を散らす。竜造が百戦錬磨による防御をやめて攻撃に転じたとき。
「いまだ!」
 煉の合図で魔鎧化を解いたリーゼロッテとクロス・スラッシュを放つ。竜造と交錯した直後、リーゼロッテは魔鎧となって煉にまとわれた。
 竜造はとっさに盾とした斬撃天帝のおかげで致命傷は負わずにすんだが、両肩を裂かれてしまう。
「よし、もう一度だ」
 背後へ回った煉は、再度突撃をかけた。
「させるか!!」
 振り返り、竜造はクロス・スラッシュを破ろうとする。だがそれは煉の巧みなフェイクだった。
 古代の力・熾により出現した光の分身が、竜造の死角をついて強烈な一撃を放つ。
「ぐっ…」
「とどめだ!」
 身を折った竜造へ向け、煉は真正面から持てる力すべてを込めた剛剣の一撃をたたき込もうとした。避けられるはずもない一撃。だが蓄積したダメージが煉の想像以上にその速度と精度を鈍らせていた。
 竜造は思いきりよく剣を捨て、武術に切り替える。錬鉄の闘気が全身を満たし、さらに強度を増したこぶしが剣を握る指を打ち、空いた煉の懐内で回転した肘が右肺を直撃した。
「がはっ!」
 息が詰まり、しびれた手から剣がこぼれた。そこに、追い打ちをかけるように竜造の蹴りが飛ぶ。
「煉!」
「ちいッ!」
 煉は片腕のみのバク転でこれをかわすと距離をとった。ざっと砂を蹴立てて着地し、ひざが地につくほど低い体勢でかまえをとる。その隙に、竜造も体勢を立て直した。
 両者の間に転がる2本の巨大剣。2人は互いに飛びかかる隙をうかがう狼のように、相手と自分の間合いの境界線を探ってじりじりとつま先を動かす。やがて2人は申し合わせたように同時にスタートを切るや、剣を拾い上げることなくこぶしとこぶしでぶつかりあった。