リアクション
● ● ● そして、立ち止まったペトラを見つめるもう一つの視線があった。 かつてクォーリアの騎士であったと呼ばれている男に従う、クドゥルである。 (……あれは……まさか……) クドゥルは浮遊大陸が崩壊する大戦前の記憶を呼び起こしていた。 かつて、浮遊大陸を守っていたクォーリアと呼ばれた騎士たちの間には、技術班が作りあげた選りすぐりの機晶兵たちの一個師団があった。 その名は超攻性特化型機晶兵――“イグニスト02(ツー)”。 普段は特別製のフードを身につけることで自身の能力を封印しているが、ひとたび敵を目の前にしてその反応を捉えれば、一転して破壊のみを目的とした機晶兵に変わるという。 ペトラは、クドゥルの記憶にあるその機晶兵とまったく同じ姿をしているのだ。 (運命とは皮肉なものか…………騎士の娘、そして騎士と共に戦った機晶姫までも、この瞬間に集まるとはな) が、どうやら、その皮肉な運命はそれだけに留まるものではないらしい。 次の瞬間、クドゥルの目の前で起こったものも、その運命に加わる者であった。 ドゴオオオオオオォォォン! 「!?」 床が盛り上がったと思ったら、爆発が起こり、煙がもうもうと立ちのぼった。 「何者だ!?」 クドゥルが叫んだその声に応えたのは、要塞内に侵入した第三者であった。 「何者だとは不躾だな。数百年ぶりの再会だというのに」 「貴様は……!」 煙の中から姿を現したのは、飛空艇が不時着した浮遊島にいた神官だった。 「あなたは……」 クドゥルだけではなく、彼と戦っていた契約者たちもまた驚愕を表情に浮かべる。 その言葉に目線だけを返して、神官はクドゥルと向き合った。 「久しぶりだな、クドゥルよ」 「えっ!?」 驚きの声を発したのは、クドゥルではない。 二人の様子を呆然と見つめていた契約者たちだった。 その驚愕の理由は、目の前の神官の姿によるものである。 常に頭に被っていたフードが外れ、露わになったその顔は―― 「女ぁっ!?」 そう。それまで絶対に男だと思っていた神官。 その顔はまさしく女性のそれであった。 長く伸びた真っ白の髪を背中に靡かせて、炎が燃えるような強い意思深さをその瞳に宿している。 黄玉と藍色に輝く剣は神官――女の武器か。 すさまじく美しい光を放つそれを見て、クドゥルがわずかな動揺を見せたようだった。 と、呆気に取られる事実が目の前で展開されるそのとき―― ガラガラガラ…… 「んもぉ〜! 置いてかないでって言ったじゃないか〜!」 神官が現れた大きな穴の中から、瓦礫を崩して円がひょっこり顔を出した。 どうやらずっと神官の後ろをついてきていたらしい。 その事実にもびっくりして、契約者たちの視線が集まる。 「え、なになに……?」 そんなこともまったく知らない円は、ぽかんとするだけだった。 ● ● ● 「まさか、貴公が生きていたとはな……」 クドゥルは信じられないという顔つきだった。 それもそのはずである。 円の話によれば、神官はかつてクォーリアの騎士の一人として、ヘセドやアダムと共に戦った仲間だというのだ。 つまりクドゥルにとっては、かつて滅ぼしたはずの人物の一人なのである。 その相手がいま目の前にいる。そんな現実を目の当たりにしても、動揺に心を揺さぶられないのはさすがというべきだった。 「つまり彼女は……アダムやヘセドの上官……?」 円の話を十分に理解した早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、確認を込めてそのようにつぶやいた。 「うん! そういうことらしいよ!」 円がうなずいて答えた。 彼女の話によれば、神官の名はイブ。ヘセドとアダムを騎士に育て上げたのも、彼女だという話であった。 いったいどのようにして若さを保っているのかは知らないが、その姿は実に若々しい。 ズドオオオオォォォォ! クドゥルの放った黒き風を避けて、イブは契約者たちと共に散開した。 「神官……いえ、イブという名の者よ。あなたも、クォーリアの生き残りなのか?」 呼雪がたずねる。 「…………」 イブはしばらく黙りこんだままだったが、やがて重々しく口を開いた。 「……そうだ。いまやアダムを除けば、私とあの娘が唯一のクォーリアの血を引く者。この剣は、その証だ」 イブがかかげた剣は黄玉と藍色に輝く剣であった。 クドゥルの放つ黒き風さえも、その剣は受け止めることが出来る。 ズガアアアアァァァ! 切り裂いた風の隙間から縫うように脱出し、呼雪は続けた。 「しかし、なぜあなたは生き抜いたんだ?」 「そうだよ。ベルちゃんのお父さんは、自分が最後の生き残りのように言ってたじゃないか」 呼雪の言葉を補足するように言ったのは、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)だ。 二人の視線を受け止めて、イブは静かに答えた。 「冷凍睡眠装置に入っていたのは、ヘセド一人ではなかったということだ。もっとも……あいつは私が装置で眠りについていたことを知らなかったがな」 「それは……どうして……?」 呼雪の疑問はもっともだ。 イブがヘセドの仲間であったなら、当然、お互いの動向は知って然るべきである。 「…………」 彼女は悔やむような表情を見せる。 やがてその口から告げられたのは、彼女の懺悔の念だった。 「私は、逃げ出したのだ」 「逃げた……?」 「浮遊大陸崩壊のとき、私はこの天空の世界が危ういことを感じ取った。アダムを止める術はない。無転砲はそのとき、すでに発射準備に入っていた。もはや奴を止めようとしても間に合わないだろう。そこで私は、浮遊大陸外れの場所に隠してあった冷凍睡眠装置に自らの身体を委ねることにした。運が良ければ、助かる。そう信じて」 「…………つまり自分だけ、助かろうとしたってことだね」 ヘルの言った一言はイブの核心を突いた。 彼女の顔が苦渋と悲痛に歪む。心の中には、自責の念が渦巻いていた。 そのとき―― ズゴオオオオオオォォォン! 再び黒き風が迫る。 イブはすかさず剣を振り、その風を切り裂いた。 すると、呼雪が言葉を漏らした。 「あなたが長い時間、あの場所で何を思って過ごして来たのか……俺たちにはわからない」 「…………」 「だけど、あなたはここに来てくれた。それだけでも、俺たちには十分だ」 それは決してイブを許すとか、許さないとか、そういった問題を提起しているのではなかった。 そもそもそんなもの、呼雪は自分には拘わることの出来ない問題かもしれないと思っている。 しかし、事実は目の前にある。確かなことがある。それが、呼雪たちにとっては最も大切なことだった。 「クドゥルという男がベルに使った黒い機晶石……あなたなら、なにか知っているんじゃないのか?」 「…………あれは、邪悪なる魂が封じられた機晶石だ」 「邪悪なる、魂……!?」 ヘルが驚きを露わにした。 「機晶石は魂の石だ。そこにはありとあらゆる者の魂が、時間と空間を越えて、巡るようにそこを渦巻いている。あの黒い機晶石は、その中でも最も不吉で邪な魂が眠っているとされているものなのだ。……あの機晶石に心を奪われてしまっては、それを取りもどすのは容易ではないだろう」 「でもっ……! じゃあどうすれば……!」 つい、ヘルが声を荒げてイブに詰め寄った。 イブはそれでも平静を崩さない。騎士として戦ってきた経験が成せるものだった。 「……心を呼び戻すしかない」 「心を?」 「ああ。人の心が強ければ強いほど、機晶石はその呼びかけに応えてくれる。ベルネッサの心が、黒い機晶石の魂さえも退けることが出来たなら、恐らくは――」 契約者たちはその言葉にうなずく。 それが唯一の方法。ベルネッサの心を呼び戻すために、彼らは動き出した。 |
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