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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

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レベル・コンダクト(第3回/全3回)

リアクション


【五 巨体vs戦術】

 メガディエーター接近の報を受けて、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)の背に飛び乗り、迎撃へと飛び立とうとしていた。
「たとえ此度の戦いで合体は出来ずとも……ドラゴランダーよ! 済まぬが、あのメガディエーターに接近戦を挑んでくれるか。奴を倒す為の秘策が、私にはある!」
 コア・ハーティオンの呼び掛けに応じて、ドラゴランダーが獰猛な咆哮を闇夜の中に殷々と響かせた。
 満足したように頷くと、コア・ハーティオンはドラゴランダーの背に跨ったまま、前方の濃い藍色の空に浮かぶ巨大ホオジロザメの魔影に視線を戻した。
 その時、飛び立とうとするドラゴランダーの両脇に、幾つかの影が走り込んできた。
「どうやら、お仲間のようだな!」
 同じくメガディエーター迎撃任務に志願していた夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)の四名であった。
 あんな化け物に挑むような無謀な者は自分だけだとばかり思っていたコア・ハーティオンは、思わぬ援軍の登場に、少なからず感動を覚えた。
「何と頼もしい話だ! 諸君、共にあの怪物を駆逐し、必ずや平和なシャンバラを取り戻そうぞ!」
「よしきた! スポーン種はわしと羽純で何とかするよって、あの化け物との戦いには、ブリジットを連れていってやってくれ!」
 こうして、分担が決まった。
 ホリイは魔鎧化して甚五郎の戦闘力向上に寄与し、そのまま一緒にスポーン種の群れに突入していくこととなる。
 ドラゴランダーはコア・ハーティオンを背に乗せたまま、ブリジットと共に天空へ舞い上がり、接近しつつあるメガディエーターの巨体目がけて突撃していった。
「どうやら奴も、こちらの動きに気づいたようだ。スポーン種をばら撒き始めておるぞ」
 ドラゴランダーとブリジットを目線だけで見送っていた甚五郎の隣で、羽純が緊張した声音を響かせた。
 甚五郎は羽純が指差す方向に、じっと目を凝らす。
 確かに、尚も接近し続けるメガディエーターの腹部の辺りから、無数の影が地上に降下しているのが確認出来た。
「では、ゆくぞ。ホリイ、全力でサポートを頼む」
「はぁ〜い。それでは、お仕事を始めるですよ〜」
 ホリイの何となく緩い声に苦笑を浮かべてしまった甚五郎だが、迫り来るスポーン種の波に、再びその面を引き締めた。
 醜悪な節足甲殻生物――もともとはアロコペポーダと呼ばれる寄生虫だったものが、メガディエーターのイレイザー化でスポーン種へと変貌し、スポーンコペポーダという別種の怪物へと生まれ変わった。
 それが今、大群となって押し寄せつつある。
 甚五郎はふんと鼻を鳴らし、突撃態勢を取った。
「羽純、まずは範囲攻撃で出鼻を挫いてやれ。わしはそこに間髪入れずに突っ込む」
「分かった分かった。全く、無茶も上手く転べば、勇敢かのぅ」
 呆れ返った調子の羽純の声は、しかし甚五郎には中途半端にしか届いていない様子だった。
 甚五郎はひとつ気合を入れて自身の頬を打ち、腹の底から己を鼓舞する怒鳴り声を上げていた。
 一方、メガディエーターとの接近戦を挑むべく滑空を続けているドラゴランダーとブリジットは、いよいよ巨大ホオジロザメと真正面からぶつかる位置へと迫りつつあった。
「ドラゴランダー、奴の顎と平行に飛んでくれ! 速度を合わせつつ、奴の牙の間に滑り込む!」
 コア・ハーティオンが放った指示に、傍らのブリジットは一瞬、戸惑った様子で面を向け直してきた。
「奴の口腔内に、飛び移るという作戦ですか?」
「いかにも!」
 要するに、内側から破壊してやろうというのである。こうでもしなければあの巨体には勝てないというのが、コア・ハーティオンの導き出した結論であった。
 ブリジットとしては、自身の自爆弾でメガディエーターに打撃を与えるつもりだったのだが、コア・ハーティオンが敵内部に突入するというのであれば、そのタイミングを少し遅らせる必要があった。
「よし……今だ!」
 メガディエーターが並走する形で傍らを飛ぶドラゴランダーに軽い体当たりを仕掛けてこようとした瞬間に合わせて、コア・ハーティオンは全力で跳躍し、まんまとメガディエーターの牙の列の内側へと飛び付くことに成功した。

 ところが、その直後。
 これからメガディエーターの内臓方面へと突入し、破壊の限りを尽くしてやろうと息巻いていたコア・ハーティオンに誰かが通信回線を開いてきた。
 何となく水を差されたような気分に陥りながらも、コア・ハーティオンは通信に応じた。
 呼びかけてきたのは、高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)だった。
『ハーティオン! 折角メガディエーターの中に飛び込めたんなら、イレイザードリオーダーの目的に繋がるようなものを探し出してきなさい!』
「藪から棒に何をいい出すのだ、突然」
 すっかり気勢を削がれた調子で、コア・ハーティオンは妙に冷静な気分で鈿女に訊き返した。
 無線通信の向こう側では、ラブ・リトル(らぶ・りとる)
『頑張ってね〜。あたしはここで適当に観戦してるから〜』
 などと呑気な声を放っており、それが更にコア・ハーティオンの神経を逆撫でしている。
 しかしながら、鈿女の指示にも一理はあった。
 ただ無闇やたらと敵に攻撃を加えるだけでは事態の解決には至らないのだから、せめて何か、手がかりになりそうなものを探し出してくるのも、それはそれで重要であるように思えたのである。
「……まぁ良い。そもそも、ここから出られるのかどうかも分からぬ片道切符のつもりだったが、鈿女博士がそういうのであれば、何とかやってみよう」
 コア・ハーティオンは、とにかくやれるだけのことは、やってみることにした。
 だがとにかくも、まずはメガディエーターの体内奥深くへと突入していかないことには始まらない。
 愛用の勇心剣を引き抜き、コア・ハーティオンは必殺の横一文字斬りを放った。
「よし……いけるぞ!」
 それなりの手応えがあった為、例え単身突入であってもメガディエーター相手に勝機が見出せるという実感が持てた。
 しかし、物事というものは中々思いどおりにはいかないものである。
 コア・ハーティオンが更に体内へ向けて突入を敢行しようとしたその時、不意に足元が空転した。
「うぉっ! な、何事だ!?」
 メガディエーターの内部に居たコア・ハーティオンにはすぐに理解出来なかったのだが、メガディエーターはその巨体を構成する膨大な質量が、ほとんど瞬間的に位置を組み替えて別の形へ変貌を遂げようとしていたのである。
 つまり、巨獣型戦闘体型から巨人型戦闘体型へと変形を始めていたのだ。
 イレイザードリオーダーは、変形の際には一旦全ての肉体構成ブロックをばらばらに解体し、全く異なる組成で肉体を組み替えてしまうのである。
 それまで肉体の内部にあったものが外側へと位置を変えたり、部位そのものが異なるパーツに変形したりする為、コア・ハーティオンが突入していた口腔内も、巨人型戦闘体型への変形を遂げた後には、思いもよらぬ位置へと位置を変えてしまうのである。
 コア・ハーティオンはこの変形に巻き込まれ、大空へ弾き飛ばされてしまった。
 幸い、ドラゴランダーが飛び込んできてコア・ハーティオンの巨躯を受け止めたから事無きを得たものの、折角体内への突入に成功したのが、振り出しに戻ってしまう格好となった。
「むぅ……あの無数の牙の列があんなところへ位置を変えてしまうとはな」
 コア・ハーティオンが唸ったのも、無理は無い。
 巨人型戦闘体型へと変形を終えたメガディエーターは、無数の鋭い牙の列が、巨人体型の下腕や膝などに位置を変えており、格闘戦に利用出来る武器として、その役割を変じてしまっていたのだ。
 コア・ハーティオンが体内から弾き出され、メガディエーターが地上の甚五郎に攻撃を加えようという姿勢を見せた為、ブリジットが自爆作戦を敢行しようとしていたのだが、そこへ水入りの如く、別の勢力が飛び出してきた。

 オークスバレー・ジュニア南側の山岳地から、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)上杉 菊(うえすぎ・きく)エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)達が慌てて引き返してきた。
 山蔭での迎撃を見込んでいたローザマリア達は、まさかメガディエーターが一気に第六師団方向に突進していくとは予想していなかった。
 その為、コア・ハーティオンや甚五郎達が戦闘を開始するまでには到達が間に合わなかったのである。
 だが、こうして追いついてきたからには、彼女達も立派な戦力である。
 巨人型戦闘体型に変形してしまっている為、巨大ホオジロザメ体型を見込んでいた当初の戦術はほとんど意味を為さなくなってしまっていたが、それでも彼女達の火力は対メガディエーター戦では大いに有効であった。
 しかし、問題は別のところにあった。
 実はローザマリア達は、メガディエーターからディムパーティクルを何とか剥離出来ないかと考えており、メガディエーターの肉体上でディムパーティクルが物理的に寄生していそうな場所を、必死に探し出そうとしていたのだ。
 ところがディムパーティクルはそもそも物理的な肉体を持たない、完全な精神体型イレイザーである。
 寄生虫のように物理的な方法で、他生物の肉体に張りついたりする訳ではない。精神そのものが融合してしまうのである。
 この点をすっかり見落としていた為、ローザマリア達が考える剥離方法は、最初から存在し得なかった。
 そうである以上、最早彼女達はただただ、メガディエーターを倒す以外に道が残されていなかった。
 菊の対イコン用爆弾弓、エシクのバズーカ、そしてグロリアーナのほとんど捨て身に近いバーリ・トゥード・アーツなどが次々に炸裂していき、メガディエーターに少しずつながらも、ダメージが蓄積し始めていた。
 尤も、地上の対スポーン種戦闘はあまり楽観視出来ない状況であった。
 ローザマリアが甚五郎と羽純に加勢する形で援軍に入ったが、矢張り数が圧倒的であり、早くも消耗戦の様相を呈し始めていたのである。
「全く、どうしようもない暴れん坊なんだから……そもそも戦うに足りる道理も利益も最早無いでしょうに、どうしてそういつまでも、戦いに拘ろうとするのよ!」
 ローザマリアの咆哮はしかし、メガディエーターには届いているようには思えなかった。
 メガディエーターはただ、第六師団への破壊の嵐を巻き起こそうとするだけである。
 そこへコア・ハーティオンが再びドラゴランダーの背に跨って、空中接近戦を挑みかけた。
「こやつらは既に、イレイザーの支配を受け入れたのだ! 語り合うことは既に不可能かも知れん!」
 ローザマリアに叫びつつ、コア・ハーティオンはドラゴランダーの背から跳躍し、得物による攻撃を加えては再び宙空へとその巨体を投げ打って、ドラゴランダーの背に着地するという一撃離脱戦法を繰り返していた。
 地味な戦術だが、これが意外と効果的であった。
 メガディエーターはローザマリア達の絶大な火力よりも、確実に一撃を加えてくるコア・ハーティオンの攻撃を嫌がっているように見えたのだ。
 勿論、対イコン用爆弾弓やバズーカといった火力はそれなりに有効ではあるが、メガディエーターの装甲は耐衝撃性に優れているらしく、そのダメージ蓄積は意外な程にペースが遅かった。
 しかし、コア・ハーティオンの一撃離脱は刃による攻撃であった為、耐衝撃性防御はほとんど役に立たないのである。
 そういう意味では、グロリアーナのバーリ・トゥード・アーツも思った以上の効果を上げている。
 戦いの場に於いては、どういった戦術が有効的に働くのか、分からないものであった。
 とはいえ、長期戦に持ち込まれてしまってはコントラクター側が圧倒的に不利であるのは明白だった。
 少しでも戦局を早い段階で有利に持ち込むべく、ブリジットが遂に自爆弾を始動しての特攻を敢行した。強烈な爆風と熱波が周囲一帯に吹き荒れ、コントラクター達は一時、距離を取らなければならない程だった。
 ところが――。
「ぬぅ……全くの、無傷だと!?」
 唸ったのは、甚五郎だった。
 ブリジットの文字通りの捨て身の戦術は、予想外の結果を迎えた。甚五郎がいうように、メガディエーターはこの自爆攻撃に対しては、ほとんどダメージらしいダメージを受けてはいなかったのである。
 羽純が慌ててブリジットの傷ついた肉体を回収していくが、この結果は表面的以上の精神的なプレッシャーとなって、甚五郎達に襲いかかってきた。
「倒せると思ってはおらなんだが……まさか、これ程とは」
 グロリアーナが思わず唸ったのも、無理からぬ話であった。
 イレイザー化したかつてのフレームリオーダーは、彼女達の想像を遥かに越えて、圧倒的な戦闘力を具えて帰ってきたのである。