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リアクション
【七 落日の兆候】
パレイセア平原で激闘が続く一方、オークスバレー・ジュニア内では、夜明けを迎えて以降の戦闘プランについて、スティーブンス准将とラヴァンセン伯爵との間で協議が持たれていた。
「そろそろ、夜明けが近いですな」
「うむ……ここからが、本番といったところですかな」
静かに会話を交わす二大巨頭の傍らで、准将の隠された裏を探り出すべくリジッド兵に成りすまして潜入している甲賀 三郎(こうが・さぶろう)は、じっと息を呑む思いで、准将の穏やかな表情を横から眺めていた。
(何故、こんなにも穏やかでいられるのか……?)
三郎には、准将の想いというものが未だに理解出来ずにいた。
彼の懐内では、得物と化したアシダカ・軍曹(あしだか・ぐんそう)が同じように、じっと息を潜めている。
このアシダカと三郎の両名が、持てる技術の全てを駆使して集めた情報の中には、全くといって良い程に意外な真実が含まれていた。
中でも三郎が最も驚いたのは、スティーブンス准将がかつてはコントラクターだったという事実であった。
そして、准将がクーデターを起こそうという考えを持つに至った出来事についても、三郎は緻密な調査を重ねて知るに至っていた。
* * *
かつて准将には、娘夫婦と、そして二歳になったばかりの孫が居た。
准将にとって彼らは最も愛すべき家族であり、そして彼の全てでもあった。
この娘夫婦と二歳の孫が、殺害されたのである。
殺したのは、複数名のコントラクター達であった。
しかもその犯人が全員、教導団員だったというのだから、三郎が得た驚きというものは尋常ではなかった。
勿論、この犯人達も准将の娘夫婦と孫を殺そうと思って、殺した訳ではない。
彼らは自らの正義に従って悪と戦っていたのだが、不幸にも准将の愛する家族達が、その巻き添えになってしまったのだ。
もしも件のコントラクター達に弱者をいたわる優しさがあれば、このような悲劇は起きなかっただろう。
しかし彼らは己の正義を追求する余り、他者に被害が出ることなど一切気にせず、ただ気ままに戦闘行為を続けた。
その結果、准将の娘夫婦と孫が戦闘の巻き添えとなって、命を落としたのである。
犯人であるコントラクター達は、自分達の正義に従って悪を討ち滅ぼしただけであり、一切の非は無いとして自分達の責任を認めようとはしなかった。
彼らにしてみれば、何の力も持たない一般人が戦いの場に居る方が悪いのであり、命を落としたのは自業自得だという暴論を吐くにまで至っていた。
この当時、准将は既に大佐という階級を得ており、この教導団員達を処分しようと思えば、幾らでも出来た筈であった。
が、准将は何もしなかった。
* * *
(恐らく、准将がヘッドマッシャーとなる道を選んだのは、その時だったのだろう。そして金団長に反乱を企てるようになったのも、同時期かと思われる)
記録にははっきりとは現れてはいないが、准将がコントラクター・ブレイカーを自身に適用した形跡が、随所に見受けられるのだ。
敢えて普通の地球人に戻った後で、准将はヘッドマッシャーとなる為の肉体改造を受け入れたのではないかというのが、三郎の推測であった。
(御鏡中佐との会話から類推するに、准将は家族を殺した教導団員をただ処罰するだけでは、問題の本質は何も変わらないと考えていたようだ。准将にしてみれば、金団長のコントラクターを甘やかす方針に全ての根源があり、その甘えた体質が彼の家族を奪ったのだ、という結論に達したのだろう。だからこそ准将は、反乱を起こそうと考えたのではないか……?)
三郎の中では、これはほとんど確信に近しい結論へと至っていた。
そして同時に今回の反乱は、何もスティーブンス准将だけに起こり得る話ではないとも思えた。いわば、全ての教導団員が起こし得る可能性のあった反乱だともいえるのだ。
今回に限っていえば、たまたま准将の身の上に起きた悲劇が引き金となっていただけに過ぎなかった。
三郎がこれまでに得た情報は、全て白竜とクローラにも送付済みである。
逆に白竜の方からもある情報が舞い込んできていたのだが、その情報に接した時も、三郎は驚きを隠せなかった。
(よもや、あの人物が今回の黒幕だったとは……本当に一寸先は闇、だな)
だが、この騒乱で南部ヒラニプラが得た見返りを考えると、寧ろこの帰結は当然ともいえた。
現時点ではまだ、その黒幕に対しては誰も行動を起こしていない。ただ、近いうちに白竜が接触を持つことになっている、との話であった。
* * *
後衛要塞部内の一室で、天貴 彩羽(あまむち・あやは)は自身が配信している映像が思った程の効果を出していないことに、少なからず落胆する思いだった。
彩羽の策は、実に単純明快だった。
要塞攻防戦の戦闘の様子を収めた動画に、『正義の契約者が力を持たない非契約者を蹂躙している』という意味のコメントを添えてネット上に流す、というのがその内容であった。
しかし実際のところはどうかというと、その映像内容には首を傾げざるを得ない部分があった。
リジッド兵はいずれもレイビーズによる相当な強化を得ており、その肉体能力はコントラクターに追随する程の優秀さを具えている。
そんなリジッド兵の精強さが、『力を持たない非契約者』の姿からはかけ離れており、寧ろある局面ではコントラクターを圧倒する程の働きを見せていることから、今ひとつ説得力が欠けてしまっていたのである。
また、彩羽が想像したような『メルアイル住民の戦闘参加』も、実際は何ひとつ存在しなかった。
これはつい最近、御鏡中佐から聞いた話なのだが、メルアイルの住民は現在、若崎源次郎が別人格となるように生胞司電を仕掛け、南部諸国の一角で生活させているのだという。
「贅沢な話かも知れないけど、リジッド兵がもう少し弱かったら、私のいい分も少しは説得力があったんだけどなぁ」
「本当に贅沢な話だな」
彩羽のぼやく姿を、 スベシア・エリシクス(すべしあ・えりしくす)が同じ室内のソファーに腰掛けて、笑いながら眺めている。
応接用テーブルを挟んで反対側のソファーでは、アルラナ・ホップトイテ(あるらな・ほっぷといて)がいやらしげな笑みを浮かべて、静かに爪を研いでいる。
「世論なんてうつろいやすいものデスヨ。そんなことより、契約者の皆さんがそろそろ、前衛要塞に突っ込んでくる頃ではないデスカ? ミーやスペシア様の出番デスヨ」
にやにやと嬉しそうに笑うアルラナに、彩羽は敢えて何も答えず、自身がネット上に流した戦闘動画を再度チェックする為に、貸し与えられた端末のLCD画面をじっと凝視した。
と、そこへ室の扉がノックされ、スペシアが応じる間もなく、御鏡中佐が入室してきた。
「御鏡中佐……何か、あったの?」
表情こそはいつも通りのポーカーフェイスだか、どことなく雰囲気が普段とは異なる御鏡中佐の姿に、彩羽は思わず椅子から立ち上がって問いかけた。
対して御鏡中佐は、いや、と小さくかぶりを振りつつも、相反する内容を口にし始めた。
「第六師団の突入連隊とは現在のところ拮抗状態だが、関羽将軍が師団本隊を全投入してくるのは、もう時間の問題だ。そうなれば、このオークスバレー・ジュニア内に戦火が拡大する。既に前衛要塞部の城壁外郭が破壊され、突入口は開きっ放しになっているからな」
だから今のうちに、身の振り方を考えておいた方が良い、と御鏡中佐はいうのである。
「そうね……その、もし可能ならで良いんだけど……今後の悪用防止の為に、レイビーズ絡みの情報を貰えたら嬉しいんだけど」
「情報、か」
御鏡中佐は一瞬、何かを考え込む仕草を見せたが、それも長くは続かず、懐から金属製の装置と思われる物品を取り出して、曰く。
「レイビーズS3の解毒剤は、散布地域の水成分によって分子構造が異なる話は知っているな? 実はこの解毒剤生成には土地ごとの水成分だけではなく、ある特定のDNAパターンをキーシグナルとして投入しなければ完成はしないのだ。現状、この解毒剤精製用に登録されているDNAパターンは、若崎さんと准将、ザレスマン、そしてこの私の四人だけとなっている」
いいながら御鏡中佐は左手を軽く差し出して、彩羽の頬にそっと触れた。
その左手の指先を、右手の中にある金属製デバイスに押しつけ、数分程度、何かの作業を実施していた。
「たった今、五人目のDNAパターンを登録し終えた。レイビーズの解毒剤の、基礎部分の製法そのものについては既に教導団内で完成しており、生物兵器課でそのノウハウが蓄積されている。後は、君の意思ひとつ、という訳だ」
御鏡中佐は右手の中の金属製デバイスを、ひと息に握り潰した。
息を呑む彩羽達三人に、御鏡中佐は上着のポケットから、一枚の紙片を取り出して彩羽に手渡す。そこには、見覚えのない人物の名が記されていた。
「ジェロム・ディオンタール侯爵……?」
「冥泉龍騎士団のナンバー2で、ラヴァンセン伯爵の御友人でもあり、私とも個人的な交友を持って頂いている方だ。現在は南カナンに潜伏しておられる。もし必要とあらば、ディオンタール侯爵を訪ねてみると良い」
その台詞を最後に、御鏡中佐を室を辞していった。
彩羽は、軍人ではない。
軍人ではないのだが、彩羽は姿勢を正し、室を去る御鏡中佐の背中に敬礼を送った。
* * *
夜が明けた。
前衛要塞部と後衛要塞部を隔てる広大な中庭に、源 鉄心(みなもと・てっしん)、ティー・ティー(てぃー・てぃー)、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)、スープ・ストーン(すーぷ・すとーん)らの姿があった。
イコナの傍らには、彼女の愛龍サラダの姿もある。
四人と一頭がこの中庭に集結しているのには、理由がある。ラヴァンセン伯爵からの召集が、かかったからであった。
中庭に集まってから待つこと数分、ラヴァンセン伯爵の巨躯が、前衛要塞部側からのっそりと現れた。
鉄心達は揃って敬礼を送り、ラヴァンセン伯爵の到着を直立不動の姿勢で出迎える。
「迎え入れて頂き、まことに感謝致します、閣下」
「しかし、卿らも物好きだな。沈みゆく泥船に敢えて乗ろうというのは」
微かに笑うラヴァンセン伯爵の面をじっと見つめながら、鉄心は矢張り、という思いを抱いた。
(この方々は、敢えて損な役回りに自らを任じようとしている……そうとしか、思えない)
だが現時点では、その真意がどこにあるのかまでは、ラヴァンセン伯爵は教えてくれようとはしない。
語れない理由があるのかも知れなかったが、相手の都合もあるだろうと、鉄心は敢えて無理に聞き出そうというつもりはなかった。
「この龍は?」
「えっと、その……サラダっていいます! どうぞ、宜しくです!」
生粋の龍騎士から名を聞かれるとは思っても見なかったイコナは、全身がガチガチに緊張しながらも、慌ててサラダを紹介した。
そんなイコナの様子を、ラヴァンセン伯爵は微笑ましげに眺める。
「良い龍だ。このサラダは、卿のことがとても好きらしい。馬鹿な龍使いは龍をペット扱いするものだが、卿は友人として接しているようだ。その心を、決して失わぬように」
「は、はい!」
イコナはもうすっかり、舞い上がってしまっていた。
この時、鉄心は東の渓谷側の空から、何かが接近してくることに気づいた。
その影は朝陽を背にして次第に大きくなり、ものの十数秒と経たないうちに、その全容を鉄心達の前にあらわにした。
鋼のような鉄壁の鱗に全身を覆われ、長大な一対の翼と頑健な四肢を誇る巨大な龍が、中庭に降り立ってきたのである。
巨龍はラヴァンセン伯爵の傍らに、驚く程静かに着地し、大人しく鼻先を地面に垂れた。
ラヴァンセン伯爵は表情を和らげて巨龍の額の辺りを優しく撫でつつ、鉄心達に面を向けた。
「紹介しよう。我が友人、セムエラだ。卿らにはこのセムエラと私の死角を護ってもらうことになる」
冥龍セムエラの威風堂々たる姿に、鉄心達は我知らず、感動を覚えた。
神であり、名のある龍騎士の愛龍をこうして間近に見ることが出来るというのは、それだけで奇跡に近い話であった。
「あ、あの……もし良かったら、その、お話しさせて頂いても、宜しいでしょうか?」
ティー・ティーが勇気を振り絞り、思い切って申し出た。
ラヴァンセン伯爵は相変わらず温和な表情のまま、セムエラの傍らに自身の巨躯を退かせ、どうぞ、とティー・ティーとセムエラに会話の場を設けてくれた。
セムエラの圧倒的な威容に、ティー・ティーは畏敬の念を抱きつつも、半ば有頂天になりながら自己紹介をしてみた。
鉄心やイコナにはティー・ティーとセムエラの会話内容はよく分からなかったのだが、ティー・ティーの嬉しそうな表情を見ているだけで、セムエラとの会話が彼女にとって非常に有意義なものであったことがうかがい知れた。
やがて、会話を終えたティー・ティーに、ラヴァンセン伯爵はからかうような笑みを向けた。
「セムエラは、粗相を働かなかったかね?」
「そ、そんな……とんでもないですっ! とっても、楽しかったです! あ、ありがとうございました!」
「それは良かった。セムエラも、新しい友人が出来たと、喜んでおる」
しばし、穏やかな空気が広い中庭の中に流れたが、それも長くは続かなかった。
前衛要塞部のすぐ外側に、第六師団から放たれたものと思われる砲弾の着弾する爆発音が響いたのだ。
既に戦闘は、第二段階に移行しようとしていた。
「いよいよ、敵は総力を投入してきたようだ。覚悟は良いな?」
ラヴァンセン伯爵の問いかけに、鉄心達は静かに、だが力強く頷いた。
(この方を……絶対に、死なせる訳にはいかない!)
鉄心の中で、その名の通り鉄の心のような決意が固められた。
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