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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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古の白龍と鉄の黒龍 最終話『終わり逝く世界の中で』

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「世界が終わっちまうなんて、正直実感ねぇなぁ。
 ま、とりあえずイルミンスールも今すぐ枯れるなんてことは無くなったみたいだし、その点はよかったかな」
 柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)が、静かになったウィスタリアのシートの一つに座り、うぅん、と腕を伸ばす。先の『天秤宮』との戦いでは天秤宮へイコンを送り届けるため特攻という荒々しい手段を見せた『ウィスタリア』だが、戦いを終えた今は『藤色の貴婦人』の名に相応しい優雅な横姿を晒していた。
「はい……私も正直な所、想像がつきませんね。
 契約者の皆さんの目的達成に、少しでも力になれたとしたら、幸いですね」
 アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)の言葉に、桂輔が身を起こして口を挟む。
「アルマ、謙遜すんなって。アルマは十分働いたろ。むしろ俺の方が、イコンの整備しかしてねぇぞ」
「……ありがとうございます。それを言うなら桂輔も、あの状況で的確な整備を行ったと判断します」
「お? そ、そうか。いやぁ、アルマに褒められるなんて珍しいこともあるもんだな。
 んじゃま、この件はお互いによく頑張りました、ってことで」
「はい、そういうことで」
 へへっ、と桂輔が笑い、アルマも口元に笑みを見せた。
「帰還までの時間、どのように過ごしますか?」
「そうだなぁ……校長達は何か難しいこと考えてるみたいだけど、俺はそういうのはパスだし」
 頭の後ろで腕を組んで、しばらくぼんやりと考えていた桂輔がお、と何かを思いついたらしく身を起こしてアルマに提案する。
「『ウィスタリア』で天秤世界を回りながら、風景を映像に記録するってのはどうだ?
 この世界で経験したこととかを覚えておけるようにとか、こんな世界があったんだぜ、って伝えられるようにとか、色々利用価値はあると思うんだ」
「良い案だと思います。まさに今桂輔が言った通りの効果が見込めるでしょう。
 では、ウィスタリアのセンサーを記録モードに切り替えます」
 アルマの手がパネルを舞い、『ウィスタリア』の“目”は見たものを記録する装置へと切り替わる。
「航路設定完了。ウィスタリア、発進します」
 微かな唸りをあげ、『ウィスタリア』が浮上すると航行を始める。速度が安定したのを見計らって桂輔が席を立った。
「俺は直接、天秤世界を見ていようかと思う。アルマもどうだ?」
「……では、少しの間だけ」
 それはほんの気紛れかもしれない、当の本人もどうしてか説明はつかなかったが、アルマは席を立って桂輔の後に続いた――。

「うーん、いい天気……なのか? 最後までこの空、よく分かんねぇなぁ」
 桂輔が目を細めて見た空は、光が差し込んでいるように見えるし暖かさも感じる。
「光や熱を供給する媒体が、空全体に広がっていると判断されます。それにより人は光や熱を感知することが出来るのではと」
「…………、つまり、どういうことだ?」
 ぽかんとした顔でこちらを見てくる桂輔に、アルマは苦笑しつつ答える。
「少なくとも、太陽はありませんね」
「そっか、やっぱ太陽がカッ、と光って、真っ青な空って方がいいな。思い切り伸びをしたくなる」
「……そう、ですね」
 “作りもの”の空を見つめ、アルマが桂輔の言葉に同意の頷きを返した――。


「あと数時間で、この世界も消えてサヨナラ、か」
 乾いた地面を踏みつけ、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が言葉を吐き出す。あの後――竜造が『天秤宮』にトドメを刺した後――『天秤宮』から脱出した竜造は、自分が『天秤世界』を消滅に至らせた事、その事で校長や契約者達が対応を検討している事を知った。だが当人に反省の色は全く無い。
「ま、この世界は最初から気に入らなかった。だから俺が終わらせた。何の矛盾もねぇな。
 俺としちゃあ、ルピナスと殺し合いたかっただけなんだがな」
 まさかこうなるとはな、と竜造は軽く笑って、表情に残念そうな感情を滲ませる。
「今更ルピナスを殺るつもりもねぇしな……『天秤宮』とやらもそうだったし、どいつもこいつも腑抜けちまった。
 あ〜あ、こんな事ならまだ殺し甲斐のある時に殺りあえばよかったぜ。……そういう意味じゃ、今回の事件で一番楽しい思いしたのはアルコリアなんだよな。
 ちっ、一人だけ楽しい思いしてずるいったらねぇぜ」
 話に挙げたアルコリアの姿はしばらく見ていないが、アイツが死ぬわけねぇなとあっさり決めつける。どうするかは次会った時に考えよう、そう結論付けて竜造は別の事に思考を傾ける。
(お偉方があれこれ悩んでるようだが、この世界をぶっ壊した俺から言わせてもらえば答えは最初から決まってる。『何もしない』だ。
 ここが世界のバランスを保つために闘争の管理、運営をしてるというのは知ってるが、そもそもそんな事をするから世界のバランスが崩れるんだからな)
 竜造の理論は、地球が長い長い間、無数の闘争――幾多の生物が争い合い、殺し合い、消えていった――を経ながら地球としては存続し続けている点を鑑みれば、説得力を持つ。……もしかしたらそこに管理の力が作用していたかもしれないとか、そういう妄想の可能性はさておいて、だ。
(そもそも闘争を、勝手な都合で管理しようってのが気に入らねえ。大小様々な世界での争いなんざ、その世界の奴らにどうにかさせればいい。
 それとも無限にあるだろう世界、全ての闘争に俺達のような存在を送り込んで今回みたいな対応をするってのか? それこそ闘争管理以上の愚策であり理想論だ。
 今回はたまたま上手くいった。その『たまたま』が今後ずっと通用するって保証がどこにある? だったら、最初から何もせずその世界に全てを委ねるに限るだろ。
 そいつらが勝手に争って、繁栄し、滅べばいい)
 確かに、人間が管理しようとしてもだいたいろくな事にならないのも、歴史が証明している。いやそうかもしれないが、だからといって何もしないとしてしまうのはいささか強引ではないか、という反論は当然あるだろうが、これはあくまで竜造個人の思いであり、そこにツッコミを入れられても彼は「ふーん」で済ませるだろう。

 『管理する』というのは非常に難しい。加えて言えば、非常に面倒だ。
 そして必ず、竜造のような『好きにやりゃあいい』という思考の持ち主は存在する。自分の周りを見ればすぐに分かる。

 とはいえ、人は短時間の間に力を持ち過ぎてしまった。それこそ自身で制御出来ないほどの力を。
 人が争って繁栄しもしくは滅びる間に、ものすごく膨大な破壊のエネルギーを周囲に撒き散らすようになった。
 世界の管理者として存在する世界樹を枯らせてしまうほどのエネルギーを、人は持っているのだ。

 だからやっぱり、管理は必要なのだ。
 本当は竜造の言うように、その世界の人達が気付けばいい。全ての世界の人達が今より少しだけ気付くことが出来たなら、『天秤世界』、これからは契約者の存在は必要ないのだ。
 それほど賢かったならそもそも争いは起きないのでは、という可能性はスルーする。どんなに賢ぶってみても、人は愚か。……面倒ね、ホント。

(まあ、『世界の破壊者』として闘争に介入するっていうなら、俺はどの世界にだって行ってやるぜ?)
 そうなりゃちっとは楽しめるかもしれねぇな、そんな事を竜造は思いながら、終わり逝く世界をただ歩く――。


『そして、最期の時』

「そろそろ時間ですわね。さあ、イルミンスールへ帰還いたしましょう」
 ノートの言葉に、エリザベートとアーデルハイト、同乗していた者たちが頷く。
「地球の神話には、世界の黄昏という物があるのでしょう?
 ならば天秤世界の黄昏を、次へと繋げるわたくし達がこの世界に刻まれた想いを、運ばねばなりません。それが生きているわたくし達の役目なのですから」
「お嬢様、言っていることが難しくて私には分かりかねます」
「お黙りなさい! 人が余韻に浸っている時に茶々を入れないの!」
 二人のやり取りに、改めて日常が帰ってこようとしているのだと思い至る。そんな様子を見てノートが咳払いをし、操舵手のギュルヴィへ告げる。
「ギュルヴィ、進路を深緑の回廊へ。帰路へ就きますわよ!」
「アイアイ、マム! 微速前進、ヨーソロー!」
「ゲフィオン、艦内放送を」
「えっ? わ、私がやるんですか? ノート様ではなく?」
「いいじゃねぇか、派手にぶちかましちまいな!」
「もう、砲撃じゃないんですからね? コホン……では失礼して」

『我が艦はこれより天秤世界を離脱します。
 皆様、最後にもう一度この世界をご覧下さいませ』


「なぁ、ルシェイメア。いつかパラミタも、こんな風になるのかな」
 まさに今帰ろうとする間際、遠くを見るような目つきで呟いたアキラの言葉に、ルシェイメアはすぐに返答することが出来なかった。散々「テキトーな事しか言っとらん」と批判していたアキラからそのような言葉が出たことに、ルシェイメアは驚きつつもそういえばこういうヤツだったな、と思い至る。
「……形あるものはいつか、な。それが一年後二年後か、千年後一万年後かは知らぬ」
「……そっか」
 ルシェイメアの回答をどう受け取ったか、アキラがしばらく沈黙したまま景色を見つめていたかと思うと。
「うぉい、このままじゃちょうシリアスで終わっちまうだろ? 何とかしなきゃ、えぇと……お、おぱーい?」
「…………。はぁ」
 突如そんな事を言い出したアキラへ、ルシェイメアが心底軽蔑するような目線をぶつけてくる。
「いや、これはだな――って、あれ、なんでおっぱいなんだろう? 俺、そこまで飢えてるのかな。
 いやま、確かにエロいとは思うけど、でもそこまでじゃないとは思うんだけど……あれ? もしかしてそこまでなのか?
 いやいやいや、そんなことはねぇ。あれ、でももしかしたら……」
「よいかミーナ、ぜぇっっっったいにコヤツのようになってはならぬぞ」
「あ、は、はい……」
 しっかりと肩を握られながらのルシェイメアの言葉を、ミーナはただただ頷いて受け入れる他なかった。


(ここに来た時は、まさか一つの世界の崩壊を見ることになるとは思いませんでした。
 そして、私たちの選択でそうなったことは、けして忘れることは出来ないでしょう)
 『深緑の回廊』を目前に、真言が振り返り終わり逝こうとしている世界を見つめる。
(これから私達は、天秤世界の“欠片”を担うことになる。
 ならば心に刻まねば、世界の終わりを。どうか私たちの世界が、そうならないように)
 ただ静かに消えゆく世界を記憶に刻み、真言は再び振り返り『深緑の回廊』へと踏み出していく――。


(……何も、聞こえてきませんね。
 私の思いは、この世界に伝わったんでしょうか……)
 『ドール・ユリュリュズ』の甲板上に立ち、結和が『天秤世界』の声が聞こえはしないかと目を閉じ身を任せてみるものの、何も聞こえてはこなかった。
(この世界はもう崩壊してしまう。そもそも世界というものに自我はないかもしれないから、こんな疑問は無意味かもしれない、ですけれど……)

 それでも、私は弱いから。
 受け入れられなくてもいい。せめて一言、『伝わりましたよ』という声が、聞けたなら。

 結和の願いはしかし叶わず、最期まで『天秤世界』は声を発することは無かった。
 船内から中に入るように声をかけられ、結和は別れを告げるようにぺこり、と頭を下げて、中へ入っていった。


「さて、そろそろ俺も行くか。ま、杞憂に終わって何よりだ」
 『深緑の回廊』の護衛を務めていたエヴァルトが肩を回し、身体を解しつつ帰り支度を始める。うっかり『天秤宮』の意思とやらが深緑の回廊を渡りパラミタへ災厄を運んでくるかと思ったのだが、世界の終わりまで何も起きること無く静かであった。死に逝く世界は、時間すら止まりそうに思われた。生きているはずの自分の感覚が無くなっていくような感覚を何度も覚え、その度に自身を奮い立たせて殿を務め上げた。
「……じゃあな。永いこと、お疲れさん」
 それくらいは言ってもいいだろう、そう言い残してエヴァルトは回廊をくぐり、パラミタへ帰還する――。


 そして、『天秤世界』は消滅した。