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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【3/3】 ~

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伝説の教師の新伝説~ 風雲・パラ実協奏曲【3/3】 ~

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第三十八章:玉虫色の死闘

 何かが午後の空を飛んでいく。自分には関係のないことだが、非常事態らしい。
「……うむ」
 その日、クトゥルフ崇拝の書・ルルイエテキスト(くとぅるふすうはいのしょ・るるいえてきすと)は、やることもなくぼんやりと空を眺めていた。彼らしからぬ、手持ち無沙汰な様子だった。
 一体、自分はここで何をしているのだろうか。誰も答えてくれない。
 クトゥルフ崇拝の書は、突然マスターの騎沙良 詩穂(きさら・しほ)に突然呼び出された。人違いで。
 なんでも、 詩穂は今回の事件にゆかりのある名前の別のパートナーを投入するつもりだったらしい。それが、どこを間違えたのかクトゥルフ崇拝の書が連れて来られそのまま放置されるにいたったのだ。そのまま帰ってしまうのもなんだかしゃくな気がして、クトゥルフ崇拝の書はここまで追いかけてきたのだった。
 このクトゥルフ崇拝の書がここまで愚弄されるとはあってはならぬことだ。登場した以上は、彼女らが驚くほどの活躍をするか、誰かのSAN値を減少させてやらないと格好がつかない(?)。
「……さて」
 彼は、もう一度辺りを見渡す。
 言うまでもなく、ここはパラ実の極西分校。明確な境界線はないが、そろそろ校内の敷地へと足を踏み入れようとしている。この当たり一帯は、時折分校生たちも活動しており争いに満ちた騒がしい雰囲気に包まれていた。
 とはいえ、どこから手をつけたものか。彼は、この事件についてアドバイスをもらっていなかった。
 クトゥルフ崇拝の書は、誰か通りかからないかしばらく分校内を散策してみることにした。何か事件が起こっていたら手伝ってみよう。それが、自分のなすべきことにつながるはずだ。
 彼は、荒れ放題の敷地周辺を壊れかけの外壁沿いに、慎重に様子を伺いながら歩いてみる。
「!?」
 果たして……。トラブルはすぐにやってきた。
 ドゴゴゴゴッッ!
 突然、殺気が膨れ上がり、クトゥルフ崇拝の書が歩いている横の壁が轟音と共に破壊された。思わずその場から飛びのいた彼に、爆煙と砂埃が降りかかる。激しい戦闘音と怒号が入り混じって、クトゥルフ崇拝の書の前に騒動の主が姿を現していた。
「くっ……! こんなに数がいるとは聞いていないぞ!」
 何事かと見つめるクトゥルフ崇拝の書の目の前を、甲冑姿の美少女が駆け抜けていった。武装の下に百合園学園の制服を着ており品のいいお嬢様のようなのだが、どういうわけか結構あせっている様子。その背後から、お面のモヒカンたちが二十人ほど追いかけてきていた。お面モヒカンたちは全員怒っているらしい。
「どうしたのだ?」
 クトゥルフ崇拝の書は逃げる美少女に併走していた。ならず者たちに追われているのなら助けてあげようと思ったのだ。どうせ他にやることもないし。
「決闘委員会のお面に喧嘩を売ったらえらいことになったでござる」
 美少女の肩にしがみついていたモモンガが半眼で答える。
「?」
 クトゥルフ崇拝の書は、まったく事情が飲み込めずに首をかしげた。
「お面も一人や二人なら勝てるが、あれだけわらわら出てこられると、さすがの私もキツい」
 まさか自分が戦略的撤退をする羽目になろうとは、と悔しそうに言ったのは、分校に殴りこみに来ていたソフィア・アントニヌス(そふぃあ・あんとにぬす)だった。
 ソフィアは、昨夜閲覧していた掲示板サイトでヒットマンを募集していた怪しい人物にお灸を据えてやるつもりで、この分校へとやってきていた。その過程で、決闘委員会の委員長を敵と狙う展開になり、校内を探していたのだった。ところが、委員長が全然見つからず、お面モヒカンを一人締め上げて聞き出してやろうと戦いを挑んだところ、お面モヒカンはすぐに仲間を呼んで敵が増えたのだ。最初は彼らと戦っていたソフィアだったが、次から次へとお面モヒカンが沸いて出てくる。これが決闘委員会の恐ろしいところなのだが、キリがなくなって一時退却することにしたのだった。
 肩のモモンガが他人事のように説明するには、お面モヒカンは一人一人もそこそこ強いようで、数が増えると厄介なことになるらしい。彼らは巧妙に連係プレイを仕掛けてきて単独より強くなるのだ。現に彼女らは厄介なことになっていた。
 分校を恐怖で支配する決闘委員会が、腕利きとはいえ外部の騎士にやられて引き下がっていたのでは生徒たちに示しがつかない。モヒカンたちは、決闘委員会が強いから従っているのだ。お面モヒカンたちは体面とメンツに賭けてソフィアを追っていた。なんとしてでも格好がつくように落とし前をつけさせなければならない。この辺、ヤクザの論理と同じことだ。
「私はソフィアだ。この肩のはブリュンヒルデ」
 ソフィアは、同行していたブリュンヒルデ・アイブリンガー(ぶりゅんひるで・あいぶりんがー)を紹介しつつ、自分も名乗った。
「よろしくですわ。カッコイイお兄さん」
 なぜモモンガが喋っているのかは謎だったが。
「うむ。我輩は……」
 クトゥルフ崇拝の書もまた、走りながらソフィアたちに自己紹介した。
「しかし、決闘とは」
 今いち状況が掴みづらかったが、まあ何だかとにかくそんなのがあるらしい、と言うことは彼は理解した。その騒動に巻き込まれてしまったのだ。
 そういえば……、とクトゥルフ崇拝の書は思い出した。 詩穂も決闘がどうだとか、委員会のお面がどうだとか、そんなことを言っていたような……? 
  詩穂たちも意外に近くにいるかもしれない。そう考えた彼は、このまま事件に首を突っ込んでみることにした。
「あいや、待たれい!」
 クトゥルフ崇拝の書は不意にその場に立ち止まると、追ってくるお面モヒカンたちの前に立ちふさがり手で静止の仕草をした。
「お前たちの立場もわからないではないが、この少女たちを数に物を言わせて倒そうなどとは、あまりにも非道ではあるまいか。校内で暴力を振るった落とし前をつけたいなら、我輩が彼女らの代わりに引き受けてもいいのだぞ」
「うおっ!?」
 決闘委員会のお面モヒカンたちは驚いて一斉に足を止めた。
 なんだこの男は? 渋い、渋すぎる……。その気概や態度だけではなく、立ち居振る舞いから外見、仕草まで、圧倒的に渋かった。例え荒野のならず者であったとしても見とれるほどの存在感だ。
 名状しがたい崇高な雰囲気を漂わせながらクトゥルフ崇拝の書は言った。
「要するに、決闘で勝負をつければいいのだろう? お前たちが正しいか、この少女たちが正しいか。正義……、とは言わぬが道義を賭けて対決しよう。お前たちは、決闘に立ち会う者たちと聞く。ならば、断る理由はあるまい」
「確かに」
 我に返ったお面モヒカンたちは頷いた。
「お前が戦うのか? 渋さを競い合うのでなければ、我々も受けてたつぞ」
 決闘委員会は争いを仲裁するだけではない。必要とあれば自らが対決者となり戦うこともあるのだ。挑戦者は拒まない。そして、身内を贔屓せずにフェアに判定する、と彼らは誓った。
「待て、クトゥルフの。これは私の勝負だ。先ほどは敵の数の多さと勢いに押されて思わず後退したが、私は敗れたわけではない。体勢を立て直せば大丈夫だ。私が戦うのが筋だろう」
 一息ついて気を落ち着け直したソフィアが、クトゥルフ崇拝の書を止めた。彼女は、分校に戦いに来たのだ。見てるだけと言うわけには行かない。
 だが、クトゥルフ崇拝の書はソフィアの申し出を断った。
「いいや、これは我輩に課せられた使命なのだ。後のことは我輩に任せて、ソフィアは下がっているといい」
「う……?」
 ソフィアは押し黙った。クトゥルフ崇拝の書が渋すぎてそれ以上は何も言えなかったのだ。自分の反応に驚いたように目を見開いたまま、彼女は言われるままに後ろに下がった。
「オレが相手をしよう」
 決闘委員会のお面モヒカンの一人が進み出てきた。戦意に満ち溢れており手ごわそうだ。
「これをつければいいのだな?」
 勝負が始まる前に、例のスカウターのような機器を受け取ったクトゥルフ崇拝の書は、怪しいところがないか入念に調べてみた。ゲーム脳になりそうな電磁波が出ているだけで、特に不審な点はないように思えた。その程度なら彼にとって影響はない。禁書が、安っぽい機械に惑わされることなどあるはずがない。精神に変調などきたさない。
「……うむ」
 クトゥルフ崇拝の書は、納得して機器を装着した。これにより、双方が深刻なダメージを受けないよう工夫されている。悪い結果にはならないだろう。
「よし、でははじめるか」
「うむ」
 彼は、もう一度なんとなく頷いた。お面モヒカンと対峙する。
 危険な存在として封印されていたクトゥルフ崇拝の書だ。自分より危険なものはない。そう確信している。恐れるものなどなにもない。
「うむ?」
 彼はさらに頷いた。全身を名状しがたい感覚が駆け抜けていったような気がした。頭が、名状しがたい白濁に包まれぼんやりなりそうな気がする。大丈夫だ。自分は、常人のSAN値を奪う神話の集大成。不条理は友達みたいなものだ。名状しがたい意識に囚われても自我を保っていられる。いやむしろ、自分だけが正気なのだ。慎重であり高尚であり、見るものをひきつける渋い人間体。何がどうなっているのか分からなくなってきそうだが、目の前の矮小な存在になど名状しがたく戦って名状しがたく勝つことができる。それで終わりだ。そもそも、彼は何のために呼び出されたのかわからなくて、偶然出会った少女のためになぜ戦おうとしているのか。それは不条理だ。だが、不条理は彼の友達だ。何のためにここに立っているのか、そもそもどうしてここにいるのか。
「う〜む……?」
「?」
 決闘委員会のお面モヒカンたちも怪訝な顔をする。
 なんだろう。クトゥルフ崇拝の書の様子が変になってきた。だが、それくらいで支障は来たさない。なぜなら彼は、あのラヴクラフトの傑作である貴重な書籍。ラヴクラフトの……。
「ラヴ……、ラヴ……」
 クトゥルフ崇拝の書は、突然ぶつぶつ言い始めた。
「ラヴクラフト? それはわかったが、どうしたのだ?」
 ソフィアは、心配になってクトゥルフ崇拝の書の様子を伺い見た。彼はああは言ったが、やはり決闘がいやなら自分が代わってもいいのだ。戦う準備はできている。
 と……、クトゥルフ崇拝の書を怪しげなオーラが包み込む。
「ラヴ、ラヴラヴラヴ……」
「ひ……!?」
 ソフィアは悲鳴を上げていた。あの、勇敢で何者にも臆することのない彼女が、クトゥルフ崇拝の書を見た途端、一瞬、正気を失いそうになった。
 あろうことか、クトゥルフ崇拝の書の目は渋くハート形になっていた。名状しがたい圧倒的不条理なLOVEが、そこにいた。
「ラヴラヴ……、LOVE!」
「あ……、あ……!」
 ソフィアは、なすすべもなくその場に立ちすくむ。ひしひしと身の危険が迫っていることが本能的にわかるのに、身体が動かない。こんな経験は初めてのことだ。SAN値がガリガリと減っていく。
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん
――死せるクトゥルー、ルルイエの館にて、夢見るままに待ちいたり」
 クトゥルフ崇拝の書は唱えた。
 恐ろしいものが迫ってくる。全身ピンクに包まれた、架空の神を超えた何か。
 彼が装着していたのは部分的に噂になっていた『恋するスカウター』。装着した対決者が恋に落ちることがあるという狂った機械が、クトゥルフ崇拝の書に取り付いたようだった。禁書に取り付くことができるとは、どれだけ強力な機器なのだろうか。
「!!!!」
 決闘委員会のお面モヒカンたちは、メンツも体面もなく後ずさりしていた。この場にいたら正気を保っていられそうにない。とにかく距離を取らなければ。逃げなかったのは、委員会としてのせめてもの責任感と言えようか。
「こ、こんなことって……」
 ブリュンヒルデがカタカタ震えながら声を絞り出す。心理的に見てはいけない事を見てしまい、心が状況を受け入れることを拒絶している。
「LOVE!」
 クトゥルフ崇拝の書は、二人に襲いかかってきた。素晴らしく渋いLOVEを広く伝播させるつもりだ。彼の全身に愛の力が満ち溢れていた。
「くっ……!」
 ソフィアは麻痺した感覚に鞭打って武器を取り、この世ならざる者(?)に立ち向かう。
 正常な時に戦えば、ソフィアならクトゥルフ崇拝の書を撃退できるだろう。いや、そもそも彼との間に戦闘は起こらないはずだ。だが、今は勝てる気がしない。レベルだとか戦闘経験だとか、そんな現世のわざで太刀打ちできる相手でないように思えた。精神的に。
「LOVE! LOVE! LOVE! LOVE!」
 クトゥルフ崇拝の書は、執拗に【歴戦の必殺術】と【身体検査】のスキルを操ってソフィアに迫ってくる。本来なら、主人に害をなす物を持っていないかを確かめる無害なスキルだ。が、“別の身体検査”を行う意図があるのではないか、と思われるような不気味な動きだった。【禁じられた言葉】は、表現上禁じられている言葉を発しているようにも聞こえる。 その圧迫感だけでもさらにSAN値が減っていくのがわかった。
 お互いが打ち合うこと数合。
 ついに目を覆うような惨劇が起こった。
「きゃー!」
 戦闘の衝撃でブリュンヒルデがソフィアの肩から転げ落ちたのだ。そんな彼女をクトゥルフ崇拝の書は見逃さなかった。満ち溢れんばかりの愛で包み込む。
「ブリュンヒルデ殿!」
 ソフィアが助けようとするも、一瞬遅し。
 ぶちゅり!
 クトゥルフ崇拝の書は、愛のままに渋くブリュンヒルデとキスをしていた。
 ぼんっ!
 魔法の呪いが解けたブリュンヒルデは、モモンガから人間の美少女へと変貌を遂げていた。全裸だ。モモンガの時に何も身に着けていなかったのだから、そのまま人間になれば素っ裸なのは当たり前のこと。パニックになり、肝心な部分を手で隠すのがやっとだった。逃げ出すこともできない。
「……」
 あまりの出来事にソフィアも言葉を失い、硬直した。戦いには強いがこういうシーンに強いとは限らない。実直生真面目なお嬢様は純真なのだ。
「やめて……やめておねがい……」
 その場に腰を抜かしたままのブリュンヒルデはマジ泣きで懇願する。こういうのが苦手な上に恐怖で動けないのだから、なされるがままだ。良くないことが起こるだろうと、想像はついいた。
「LOVE! LOVE! LOVE! LOVE!」
  クトゥルフ崇拝の書は、名状しがたい迫力で二人に飛び掛かろうとする。
「お引取りくださいませ!」
 すんでのところで、真打が現れた。
 これ以上は、人様にお見せできない! とマスターの騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が全力で割って入る。パートナーの姿が見えないと思っていたら、こんなところで名状しがたい状況になっているとは。
 事故とはいえ、キャラ崩壊で済ませられるレベルではなかった。詩穂は、暴走激しいパートナーを回収すべく容赦なく戦闘スキルを打ち込んだ。
「間違えて呼び出してごめんね。おうちへ帰ろうね」
 ドドドドドッッ! と詩穂の攻撃が全てクトゥルフ崇拝の書に命中する。
「ぐふぅ……、LOVE……」
 クトゥルフ崇拝の書は、すごく渋いうめき声をあげると、その場に倒れた。取り付いていたピンクのオーラが晴れ、元の彼に戻っていく。太古の邪神の呪いだったのかもしれない。
「まったく、酷いことになってるわね」
 詩穂は、呆れてため息をつく。それから、呆然としているソフィアとブリュンヒルデに向き直った。彼女の責任ではないのだが、ちょっと気まずい。
「うちのが乱暴働いてしまったみたいでごめんなさいね」
 申し訳ない、と詩穂は両手を合わせる。どうしてこうなったのか、彼女自身が知りたかった。
「間一髪、無事でよかったですわ」
 一緒に来ていたセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が、ブリュンヒルデに上着をかけてあげる。こんな場所で二人に出会えるとは思っていなかった。
「あ、ありがとうございます。大丈夫でございますわ」
 ブリュンヒルデは、ほっと安心して半ば虚脱状態で答える。しばらくしたら落ち着くだろう。
「私としたことが……」
 ソフィアは、悔しさを滲ませていた。これまでの修行の成果が役に立たないような常識外の敵もいるのがわかったのだった。まだまだ未熟だ、と振り返って反省する。現状に満足せず謙虚に捕らえ、さらに精進しようと決意する。
「まあ、あれは半ば幻覚みたいなものだから」
 詩穂は、ソフィアにどんまい、と言いつつ決闘委員会のお面モヒカンたちが逃げずに残っていたので尋ねる。クトゥルフ崇拝の書が装着していたスカウターは、取り上げておいた。
「スカウターがおかしくなっているみたいだけど、どういうことなの?」
「この機器は以前から思考の乱れを指摘されていたが、つい数日前からますます使用者を幻惑するようになったという報告がある。恋愛体質になるのではないか、という話だ。委員会としては機器の使用停止も含めて今後の対応を検討している」
 お面モヒカンたちは、そんな答えを述べたが、クトゥルフがよほど恐ろしかったのかまだ腰が引けている。
 多機能で便利で無料だということで、鳴り物入りで導入した判定機器だったが、トラブル続きでは今後も使っていくことは難しい、と彼らは意見の一つとして述べた。
「いずれにしろ、事態を収めてくれて感謝している。我々は、一旦失礼する。用があるなら改めて出直していただきたい」
 お面モヒカンたちは、あくまで偉そうな口調で言いながら去っていった。足がガクガクだが。
「ところで、ソフィア様とブリュンヒルデ様は、どうして分校にこられたのですか?」
 セルフィーナは素朴な疑問を投げかけた。彼女らは、これまで全く事件にかかわりもなく分校に来る理由がないように思えた。
「悪いやつを探している。一人は、ヒットマンを召還しようとしており、もう一人は地下教室で人体実験をしている委員長だ」
 気を取り直したソフィアは答えた。
「ヒットマン?」
 セルフィーナは首をかしげた。誰のことを言っているのだろう。そんな人物の話を聞いたこともなかった。
「わたくしは、童貞義兄弟に会いたくて……」
 ブリュンヒルデは地面に座り込んだまま恥ずかしそうに言った。二人とも『乙ちゃんねる』に書き込んでいることを伏せているため、ますます事情がわからない。ブリュンヒルデに至っては、来るところまで間違えていた。スレ主が荒野でお面モヒカンに出会った話をしていたので分校に来たのだが、本当にkan-uに会うつもりなら教導団へ行くべきだった。そもそも、ブリュンヒルデ自身がよくわかっていないようだ。本人たちがこんな有様では詩穂たちはどうしようもない。
「うーん? 裏事情がわからないと、詩穂は手伝いようがないよ?」
 詩穂はさらに説明をするよう促すが、ソフィアもブリュンヒルデも、この事件の原因となった『乙ちゃんねる』に書き込みをしていることを喋るわけにはいかなかったのだ。彼女らにとっては黒歴史。誰かに知られたら恥ずかしくて学校へも行けなくなる。クトゥルフに襲われそうになった事より、もっと秘密だった。
「ま、まあそれはそれでいいではないか。私は悪い人物を探しているだけだ」
 嘘をついたり隠し事をするのに慣れていないソフィアは、後ろめたそうに視線を逸らして小声で言った。ブリュンヒルデも頷く。
「そうですわ。わたくしもソフィアさんからお話を聞いただけですのよ」
 今回助けてくれたことはとても嬉しかったし感謝してもし足りないくらいだが、それとこれとはまた別問題だ。『乙ちゃんねる』の話題が出る前に話を切り上げたそうだった。
「う〜ん?」
 詩穂は苦笑を浮かべて二人を見つめた。ソフィアもブリュンヒルデも根が正直なので誤魔化しきれるとは思っていない。じっと見ていると、二人ともますます顔を赤くした。
 すると。
「おー、おったおった! どうやら一騒動あった後のようじゃのぅ」
 詩穂のパートナーの清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)も、彼女らに合流してきた。
 彼は彼で思うところがあって分校内を探索していたのだ。
 いつも以上に騒々しい上に、破損の度合いも先日より増している。誰かが暴れているのだろう、と彼は予測していた。誰かが倒れているかと思いきや、ただのモヒカンではなくお面モヒカンだったので、確信を深めて結論を出していた。
「まあ、なにやら昨夜の『乙ちゃんねる』の書き込みを本気にしてきてしまった娘がいるようじゃのぅ。真面目なのはいいが、いつになってもいるような困った奴等じゃ」
  青白磁は、ソフィアとブリュンヒルデにちらりを視線をやりながら呟くように言った。
「わああああああ!」
「な、ななななななんのことでございますかー?」
 ソフィアとブリュンヒルデは、気の毒なほど取り乱した。特にソフィアがここまであせるのは珍しい。
「どうしたの?」
 聞く詩穂に、 青白磁はケータイを取り出し、昨夜のルシアのスレッドとヒットマンスレッドを見せる。
「見てみぃ。これじゃ」
「ふむふむ……」
 こんなのがあったのかー、と詩穂はしばらく黙って内容を読んでいたが、程なくハンドルネームの書き込み主がわかったらしい。にんまりとしてソフィアとブリュンヒルデを見る。
「なるほどねー。こりゃ、やっちまったってところよね」
「いや、これはそのあれであって……、けっしてその何がどうと言うわけではないということを一言述べておきたいし、そもそも私は全然関係ないし心当たりもない」
 ソフィアはあたふたと答えにならない答えを口にした。
「はぁ?  『童帝聖君』の『kan−u』、ですか??? 関帝聖君じゃないのですか?」
 スレッドを覗き込んでいたセルフィーナも率直に感想を口にした。
「ごめんなさいごめんなさい……。そんな書き込みするつもりはなかったんですわ。つい魔がさしてしまって……」
 ブリュンヒルデは、良心の呵責にさいなまされシクシクと泣き出した。マジ泣きだった。
「いや、そこまで過敏に反応しなくてもいいじゃない。誰も気にしてないよ?」
 あまりにも二人が可哀相になってきたので詩穂は慰める口調になった。実際、彼女にしてみればどうでもいいことだ。
「……かくなる上は、華々しく散る所存!」
 ソフィアは、詩穂のセリフを全然聞いていなかった。追い詰められ思いつめた表情をしていたが、キッと睨み返してくる。
「決闘だ! 青白磁殿! わたしの秘密を知らしめられ辱めを受けたからには、あなたが死ぬかわたしが死ぬか、どちらかしかない!」
「いや、ちょい待ちぃな。そんなつもりとちゃうけん」
 青白磁は、困った表情でなだめにかかる。真面目すぎる娘も扱いが大変だ。なんとか、落ち着いてくれればいいが……。
「ん?」
 詩穂にも説得を手伝ってもらおうと思っていた青白磁は、ソフィアを二度見した。
 ソフィアは、分校の決闘ワッペンを取り出して空にかざしていた。彼女も、以前から決闘の噂を聞き強い敵と戦うために決闘システムをちょくちょくと利用していたのだ。
「来い、決闘委員会!」
 止める間もなく、ソフィアはお面モヒカンたちを呼んでいた。どういう仕組みかもう面倒なので突っ込まないが、ワッペンが光り戦いの始まりを合図する。
 決闘を起こせば、いつでもどこでも決闘委員会は現れる。それは皆が知っていることだ。先ほどまでソフィアを追っていたお面モヒカンたちも去って行ったばかりだった。まだ近くにいるだろう。彼らが戻ってくるのか? それはトラブルの元にならないのだろうか、と青白磁は心配する。決闘が始まる前に、乱闘が始まったら止めるつもりだった。
 ほどなく、ソフィアを追っていたお面モヒカンたちよりも、もっと心配度の高そうな人物が現れた。
「リスカ、ぉ昼ごはん食べてなぃんだょ。ぽこぽこ気軽に呼ばなぃで!」
 見覚えのある少女に、青白磁は、ああ……、と苦笑交じりのため息をついた。リスカと名乗った女の子は、先日も詩穂たちの前に現れたことのある決闘委員会のメンバーだった。お面はつけておらず、一人ぼっちで分校の僻地を巡回しているようだ。改造したパラ実女子制服の上に【ヴァンガード強化スーツ】を装備しているところまで同じで【ジャスティシア】らしく【秩序の腕章】をつけている。グレた中学生が頑張って髪の毛染めてみました。ちょっとメイク失敗してるけど。みたいなダサ可愛い感じのギャルだった。
「決闘するのゎ、ぉ前らか? さっさと片付けて、リスカに遅ぃぉ昼ごはんぉ食べさすのだ。ってか、この時間だともぅ夕食でもぃぃし」
 機嫌悪そうに対戦者に視線をやったリスカは、あっ、と驚いた表情になった。
「詩穂さん、来てたの? 頑張って判定するから、またょろしくね」
「ども、リスカちゃんお疲れー。ちょっと面倒なことになっているから、待っててほしいんだけど」
 ソフィアは決闘委員会を呼んでしまったが、詩穂はもちろん彼女らと争うつもりはなかった。不毛だし、もとより敵対していない。ソフィアは、かつてない経験に動揺しているだけなのだ、と思った。
 だが、実のところ。ソフィアはこんな事件がなくても詩穂たちと一度戦ってみたかったのだ。強者との勝負を望む彼女にとって、詩穂は理想の相手だった。
 お面モヒカンでない決闘委員会メンバーの登場にソフィアは少し戸惑っていたが、すぐにテンションを持ち直す。彼女は、詩穂たちをギンギンに睨んでいるが、本心で怒っているわけではなかった。馴れ合いにならないよう、戦う気持ちを高めているのだ。
 そんなソフィアは、リスカに言う。
「先にいつもの判定機器を渡してもらっておこう。準備運動を始めておくぞ」
「どぅぞ」
 リスカは、委員会の備品入れらしい小さなバッグから、もはや定番となったスカウターのような判定機を取り出した。今回は、ちゃんと動くやつだよ、と彼女はドヤ顔になっていた。前回詩穂たちの前に現れた時には小細工があったとはいえスカウターが動かず、あの後彼女はとても気にしていたのだ。
「ふふ……」
 測定器を受け取ったソフィアは早速装備した。青白磁との勝負をせかすためでもあった。既成事実を作って、勝負から逃げられないように先手を打ったのだ。
「ソフィアさんだけに戦わせませんわよ。わたくしも一緒に死ぬと決めた仲ですわ」
 いつの間にか、ブリュンヒルデも元気を取り戻していた。ソフィアと一緒によくわからないまま酷い目に遭った者同士、深い絆が芽生えていたのだろう。まあ、多分。やけくそ気味にも思えたが。
「……ぇ〜っと、まぁぃぃか」
 リスカは、ブリュンヒルデがどうして上着を羽織っているだけの姿なのかとても気になっていたようだったが、決闘には支障がないと見なして、彼女にもスカウターのような計測器を手渡す。
「あ、ソフィア殿ブリュンヒルデ殿そのスカウターは!」
 青白磁は、嫌な予感がしていた。二人の測定機器からクトゥルフ崇拝の書が装着していたものと同じ魔力を感じ、今更ながらに静止する。
「なんですの?」
 ブリュンヒルデは、すでに装着した後だった。
 後の結果は、押して知るべし。
「……好きです」「ですの」
「私と結婚してください」「してくださいませ」
 ソフィアとブリュンヒルデは、同時に青白磁を見た。目つきが尋常じゃない。
「はいはい、間に合っているから、お引取りください」
 半ば結果を予測していた詩穂はついに【実力行使】に出た。騒ぎが大きくなる前に二人を取り押さえようとする。
「ダメだょっ! まだ開始の合図してなぃょ!」
 リスカが、仕切りなおしをさせようと詩穂を押し戻そうとした。戦いは、決闘委員会の号令の元開始されるべきなのだ。
「リ・ス・カちゃ〜ん」
 詩穂は笑顔でリスカの襟首をつかみ上げた。
「渡した二つとも不良品の『恋するスカウター』ってどういうことなのかな〜。詩穂、ぜひ理由を聞きたいな」
 わざとだったら悪質だし、偶然だったら芸銃的だ。
「知らなぃょっ! さっきまでゎ、ちゃんと動ぃてぃたんだもん!」
 リスカ自身が、どうしてこうなったのか困惑しているようだった。またか、と詩穂はため息をつく。この娘は、どこかダメなのだ。
「私と一緒に暮らすのだ!」「暮らしましょう!」
「い、いやぁ。ははは……、まあそこまで言うんやったら……」
 ソフィアとブリュンヒルデに迫られた青白磁は照れた様子で了承した。
「結婚しちゃる!」
「させるかー!」
 詩穂のスキルが青白磁に命中していた。ごふぅ……! とダメージを受ける青白磁はどこか幸せそうだった。
「さあ、それを渡してくださいませ!」
「いやだ!」
 異常動作を続ける機器を取り上げようとするセルフィーナが、ソフィアとブリュンヒルデと揉み合いになった。二人は、強力に連携しながら抵抗してくる。ブリュンヒルデはともかく、ソフィアは元々強いのだ。セルフィーナはボコ殴りになりそうだった。
「させませんわよ!」
 普段は温厚なセルフィーナも本気になった。このまま放置しておくわけにもいかず、スキル攻撃を遠慮なく連発する。
「ぉ前らゃめるのだ!」
 一応責任を感じたらしいリスカが争いをやめさせようとその中へ飛び込んでいく。
「……」
 詩穂は、止めることなく眺めていた。女の子たちがあられもなくくんずほぐれつしている光景は高みの見物に限る。
「どうすればいい?」
 意識を取り戻したクトゥルフ崇拝の書が起き上がってきた。
「見ていればいいよ。そのうち疲れてやめるから」
 おかえり、と詩穂はクトゥルフ崇拝の書を助け起こす。
「迷惑をかけてしまったようだ」
「気にしない」
 と詩穂。
「うわぁぁぁん!」
 ほどなく、戦力的に劣るリスカがボコボコに叩き出されて、地面に転がった。決闘委員会メンバーとして全然役に立っていない。
「もぅ、ゃだょぅ。リスカ、こんなのばっかり……」
 地面に顔を伏せたまま、こちらもマジ泣きだった。
「自信つければいいじゃない」
 詩穂は微笑む。
「大きな勝負に立ち会えば、リスカちゃんも勝負のキモみたいなのがわかってくるようになるよ」
 リスカは分校の外周辺りにいる弱いモヒカンたちとどたばたやっているから成長がないのだ、と詩穂は言った。
「今回は特別に、とびっきりのゲストを呼んであげる。最強クラスの男の戦いを見たら価値観変わるよ」
「でも……」
 どうするつもりなのだろう、とリスカは怯え気味になった。もそもそと立ち上がるが、戦意を喪失している。今日はもう委員会活動をやめて帰ってご飯食べてお風呂入って寝よう、と決めている顔だった。
「これ見てよ。青龍偃月刀の錆にしてくれるそうだよ」
 詩穂は、タブレットで『乙ちゃんねる』を開いていた。
 それは、宇宙へ飛び立っていった志願者たちが連絡を取るためのスレッド。
 一見、関係なさそうな詩穂は、早くから注目していたのだ。この流れであのkan-uを呼び出すなら、ここからしなかい。

【極秘任務】例のアレをあそこに行ってナニするスレ【志願者募集中】

1 名前: 金英伝 2023/10/30 (土) 12:35:26
 箝口令が敷かれているため詳細を公言できぬ。情報はどこから漏れるかわからぬからな
 だが、このスレッドを見ている者は、何のことを言っているか察しはつくだろう
 例のアレをナニすることが決定した。現在人選中だ
 漆黒の待つ彼方へと旅立とうとしている英雄たちを支援するため話し合いの場を設けてみた
 私は忙しいので仕切りはパートナーに任せるが、皆で仲良く使うように
.
2 名前: kan-u 2023/10/30 (土) 12:38:57
 >>1乙
 というわけで、団長では決してないとあるお方が、危険な某プロジェクトを内緒で応援してくださるようなので感謝するように
 このスレッドを荒らす香具師は青龍偃月刀の錆となることを覚悟せよ



 
「ちょっと、荒らしてみようか」
 詩穂はイタズラっぽい笑みを浮かべた。



186 名前: くとぅるふっ! 2023/10/30 (土) 16:09:14
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187 名前: くとぅるふっ! 2023/10/30 (土) 16:13:20
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「我輩の名前を使って、これはひどい」
 クトゥルフ崇拝の書は不満を述べた。彼の威厳も高尚さも台無しだった。
「団長さんが立てたスレっぽいよね。秘書が変わりにやったんだか、まあどっちでもいいけど。荒らし続けたら、kan-u怒って来るでしょ。まあ、しばらく待ちましょう」
 詩穂は気長に構えることにした。 
 関羽と戦う。いいエキシビジョンマッチになるだろう。
 セルフィーナとソフィアたちの喧嘩はまだ続いている。
 こちらも、なるようになるだけだった。
 そろそろ、夕日も暮れる。戦いは明日にもつれ込むだろう。

 さて……。
 一旦、シーンを変えよう。