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百合園女学院新入生歓迎会

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百合園女学院新入生歓迎会

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 入学式のミサを終えた百合園女学院の生徒達は、聖堂から中庭へと歩みを進める。その手にはペーパーレースの縁取りが施された、生徒会からの招待状。
 金の箔押しで書かれた文字は新入生歓迎会──中庭でのガーデン・パーティだ。
 広い緑の芝生の上には、咲き誇る花々に対抗しているような、色とりどりのテント。その下には、白いテーブルクロスをかけたテーブルが用意され、更に色とりどりのパステルカラーのお菓子が上に並び、メイドたちが控えている。
 初夏の風に揺れる木々のざわめきと鳥の声、そしてどこの部活だろうか、左手に用意された席に座った上級生のお姉様方がワルツを演奏する。
 背景には白亜の校舎。
 これだけ揃えば、普段はがさつな女生徒にすら、淑女になった気分を起こさせることができるだろう。
 そしてそれは、百合園女学院の生徒としての第一歩でもあるのだ。
 


第一章 貴女とお茶を


 百合園女学院の校門前に、二つの人影が立っていた。
 二人が羽織った紫色の長いマントの裾からは鎖が下がっている。イルミンスールの制服に身を包んだ二人のうち一方が、決意を込めて校門を見上げる。
「パラミタに来るのにあたしがどれだけ苦労したことか……」
 金髪の少女クラーク波音(くらーく・はのん)はぐっと拳を握りしめ、地球での生活を思い出す。受験勉強漬けだった毎日。日々の楽しみと言えばご飯だけ。何と寂しい受験生生活。だけど学校に入ってしまえばこっちのモノだ。 
「百合園女学院と言えばお嬢様校! 先輩から、歓迎会は恒例のお茶会だって聞いてたの」
 隣に立つ波音の、背伸び分だけ背の高い少女が、生まれつきの険のある目で彼女を見て、呆れたように小声で呟く。
「随分楽しそうだな」
 緋桜ケイ(ひおう・けい)にしてみれば、社交性を磨くとかいう理由でパートナーに無理矢理潜入させられるはめになったに過ぎない。
「その言葉遣い禁止っ。ここから先はちょっとの油断も許されないんだよ。──すみませーん!」
 校門を横切ろうとしていた百合園の制服姿に声をかける。
「今日はここでお茶会があるって耳にしたんですけど、入れますよね!?」
「どうしてそう思ったんですか?」
 真顔で聞き返され、波音は思っても見なかった言葉に耳を疑った。
「もしかして、女の子でも入れないんですか? 駄目ですか? どうしても?」
「誰に聞いたのかは分からないけれど、新入生歓迎会に他校の生徒は……あ、弥生様」
 百合園の生徒は、彼女より年長であろう百合園の生徒を見付けると、小走りに駆け寄って何事か相談し始める。
 相談された方は女生徒に頷くと彼女を帰し、代わりに二人を手招きした。どうぞこちらへ、と言って先に歩き出す。
「イルミンスールの生徒さんね。お茶会のためにわざわざいらしたの?」
「もちろんです!」
「波音。……あのー……そうだ、百合園の生徒ってみんなそんな花を挿してるんですか?」
 視線をさまよわせるケイの目に、女性の肩口で切った髪に挿した百合が入った。話題を変えようとする質問に彼女は、
「ああ、私はホステス側なの。私は百合園生徒会庶務の野村弥生(のむら・やよい)。これは生徒会の役員が分かるように、今日だけの目印なの。困ったことがあったらこの花を付けてる人に聞いたらいいわ」
 そう答えて、中庭に幾つも設えられた円テーブルに案内すると去っていった。
 卓では既に何人かの生徒が、それぞれお茶やお菓子をテントから持ってきているところだった。その中に、手作りの菓子も見える。
「イルミンスールの生徒さん? 良かったらどうぞ。ラズベリーのマフィンなんですけど……」
 雫石四葉姫(しずくいし・よつばひめ)が銀の盆に載ったお菓子を勧める。
「私、お菓子食べるのも好きなんです」 
「私も作って来ました〜」
 神楽坂有栖(かぐらざか・ありす)も持参のお菓子を並べる。イルミンスールの二人はご相伴に素直にあずかることにした。
「美味しいですか? 良かったです。あっ、申し遅れました。四葉です、仲良くしてくださいね!」
 手作り絶品お菓子を頂きながら会話が弾む。お菓子もどんどんなくなっていった頃、
「実は私も手作りのお菓子を持って参りました」
 有栖はパートナーミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)がそう言って取り出した包みを見て、顔色を変えた。
「ミ、ミルフィ、それは止めて……」
「どうしてですかお嬢様? どうぞ召し上がってください」
「いやあの、みなさん、それは止めた方が」
 有栖の制止にも関わらず。
「せっかくですからいただきますわ」
 ケイは愛想良く笑顔で答え、ミルフィのクッキーを一枚つまんだ。
 四葉姫や有栖ら美少女に囲まれ、美形のヴァルキリーにお菓子を勧められ。こんな美味しい話はそうそうない……その油断が敗因だった。
「ぶほっ!!」
「だ、大丈夫ですか? ほらミルフィー、お水、お水持ってきて!」
 何とか口元を押さえるのに成功したケイだったが、口の中が灼けるような痛みは良くなる気配がない。
「あらあら、どうしましょう。ケイさん、お水はヴァイシャリーのミネラルウォーターが宜しいですか? それともオレンジジュースでもお持ちしましょうか?」
「げほっ、そんなんどうでもい……よろしいですから、飲み物を持ってこ……来てください」
「ケイちゃん、無理して喋っちゃ駄目」
 波音が慌てて紅茶を飲ませ、ハンカチで口を塞ぐ。
 その後、かのクッキーを口に付けた者はいなかった。作った本人を除いて。


 中庭に沢山据えられた椅子の一つ。レースのような複雑な模様の背に深くもたれて、小柄な少女が座っている。レロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)だ。
 彼女は両手に紅茶を抱えてちょびちょび飲みながら、緑色の瞳はちらちらと、一人の、同じく金髪で小柄で、自分より少し細身の名も知らぬ少女に向けられていた。ロングウェーブの金髪を揺らして、周りの女学生達と談笑する可愛らしい少女──高原瀬蓮(たかはら・せれん)だった。
 瀬蓮は、そのパートナーアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)らと談笑していた。
「ここいいかい?」
 テントを回っていた翠宮夕霞(すいのみや・ゆうか)は、シャーベットを乗せたお皿を手にテーブルに着く。一通りお菓子を食べた口直しだ。その後ろから青空優羽(あおぞら・ゆう)と、その知り合いの高潮津波(たかしお・つなみ)と、パートナーの機晶姫ナトレア・アトレア(なとれあ・あとれあ)がやって来る。
「こんにちは、あの、宜しければ相席しても構いませんでしょうか」
 優羽の質問に瀬蓮は勿論と頷く。
「いっぱいお友達ができるといいなぁって思ってたの」
「自己紹介をしませんか? 私は高潮津波、十八になりまして、神道を信仰しています」
 日本だったら、信仰について語り合うことはなかったかもしれないが、ここはパラミタ。信仰が力になる彼女はプリーストだった。
「高潮さんとは年齢が近いようですわね。わたくしは巫女神一九(みこがみ・いく)ですわ」
 一九はともすれば鳴りそうなお腹を何とかクッキーで誤魔化しながら、その合間に自己紹介する。前髪をぱっつんと切った長い黒髪に名前は、こちらの方もプリーストらしいが、こちらはメイドだった。
 続いてピンクの髪をシニヨンにまとめた少女が自己紹介する。
織姫綾香(おりひめ・あやか)よ。私も巫女神さんと同い年かな」
「ボクはラヴィアン・クラウ(らう゛ぃあん・くらう)。えっと、よろしくね」
 そのラヴィアンより小柄で、瀬蓮の腕に収まってしまいそうな、小学生高学年にしか見えない銀髪の少女が、ケーキに紅茶を優雅に傾けつつ、
「わらわはシルフェノワール・ヴィント・ローレント(しるふぇのわーる・びんとろろーれんと)ですわ」
 紅茶のカップを空にしたラヴィアンに、優羽は次を注いであげた。口にしたラヴィアンは声を上げる。
「おいしい」
「紅茶が好きなんです。百合園はいいですね、色々とあって」
 自身の分のお菓子を、年少のラヴィアンとシルフェノワールに勧めながら、優羽は自身は紅茶をゆっくりと味わっている。
 テントに用意されたのは、既に作られたロイヤルミルクティやティーバッグの他、農園モノや各種フレーバーのフルリーフの茶葉やポットが用意されていたし、砂時計もティーコジーもあった。お湯の他にも水出し紅茶もあり、添えるためのオレンジにレモンにミルク、ジャムに蜂蜜。至れり尽くせりだ。
「あなたどうしたの?」
「ダンス、いいなぁって」
 綾香は尋ねる。夕霞はさっきからそわそわとダンス会場となった中庭の左手を眺めている。
 ナトレアもそれとはまた別に、首の関節をひねって周囲を見回していた。近くの生徒会役員を探していたのだ。視線の先にやがて歓迎会の招待状を配っていた副会長の井上桃子(いのうえ・ももこ)が不備はないかこちらのテーブルにも確認しに来たのを見付け、つつと近寄って、尋ねてみる。突然失礼しますと断りを入れ、
「わたくしたち、百合園の生徒として大事なことは何でしょうか。生徒会の方のお考えをお伺いしたく思いまして」
「そうですわね。淑女であること、秩序を保持すること、でしょうか。もっと詳しいことは──そう、どうやら変わったお客様が当校にいらしたようですわ。会長自らお話になると思いますわよ?」
 桃子は視線を中庭の隅に向けた。そこには一人の、“男子生徒”の姿があった。