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リアクション
亡霊
暗闇の向こうから「あひゃぁ〜!」だの「きょあぁ〜!」だの薄気味悪い悲鳴が聞こえてくれば、たいていの人が恐怖心を煽られて先に進むのを躊躇うだろう。
しかし、ジェフ・ハーディング(じぇふ・はーでぃんぐ)は逆に好奇心を煽られて、何が待っているかもわからない暗い通路に飛び込んでいった。
「ゆうれ〜いちゃ〜ん! あ〜そびましょ〜う!」
あっという間に見えなくなった後ろ姿に、ウェンディ・アダムズ(うぇんでぃ・あだむず)は慌てて追いかける。
「一人で行ったら危ないでしょぉ〜!」
ジェフは火術で明かりを起こし、一人で南の通路を歩く。
「いったいどんなお化けが出るのかな?」
期待に胸がふくらむ。
ジェフは、お墓なら幽霊が出るよね、という理由でここに来た。ゆる族の秘宝のことは知らない。
鼻歌を歌いながら進んでいると、カツンと小石がぶつかるような音がして足を止めた。
「ウェンディちゃんかな?」
音のした方へ炎を掲げてみれば、予想通りウェンディだった。背中を向けているが。
「ウェンディちゃんも来たんだね。ねえ、どんなお化けだと思う?」
ジェフはウキウキと問いかけたが、ウェンディは答えない。
彼はウェンディに近づき、顔を見ようとしたが、彼女はくるりと背を向けてしまう。
冷たい雰囲気と拒絶の背中だった。
「どうしたの? 先に行ったから怒ってるの?」
尋ねても返事はない。
うつむいたジェフの口角が、何かをたくらんでいるようにつり上る。
「バーストダッシュ!」
小さく叫ぶなりジェフはウェンディへ近距離から突撃した。
……のだが。
「ちょっとはおとなしくしろぉ〜!」
どういうわけか、別方向から響いてきたウェンディの怒鳴り声に反応する間もなく、何かに吹っ飛ばされたのだった。
おとなしくしろぉ〜!
というどこからか響いてきた怒声にウィリアム・吉田(うぃりあむ・よしだ)は情けない悲鳴を上げて、前を行く東條 かがみ(とうじょう・かがみ)に抱きついた。そしてガタガタ震えながら涙目になってかがみに訴える。
「やっぱりどうしようもないくらいお墓だヨー! タタリが来るヨー! 帰ろうかがみ!」
「うるさいわよ。あなた仮にもナイトでしょう? 私の前に立って、幽霊なんて追い払ってやるくらい言えないの?」
やれやれとため息をつくかがみだが、ウィリアムはそれどころではない。
「お化けを鎮めるのはかがみの得意技ネ。ワタシ、邪魔しないヨ」
立場をわきまえているのかチキンなのかわからないことを言うウィリアム。チキンだろう、とかがみは思った。
それはともかく、立ち止まっていてはどうしようもないことはウィリアムにもわかる。
わかるが。
足は一歩も進んでくれなかった。
頼りにしているかがみが離れてしまったウィリアムは、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
「何でもないわよ、大丈夫」
うつむいたウィリアムの頭に落ち着いたかがみの声が降ってくる。
ウィリアムはそれに励まされて深呼吸を一つすると、グッと足に力を入れて立ち上がった。
行くわよ、と背を向けて歩き出すかがみ。
すぐに追いかけたが、先ほどの怒声の恐怖がまだ残っているのか、数歩もいかないうちに足がもつれて転んでしまった。
脳みそと神経がアンリンク……とか何とかブツブツ言っているウィリアムの頭上に再び声が降る。心配そうに。
「もー……平気? 怪我はない?」
今度は差し出された手に、ウィリアムは嬉しくなって自分の手を重ねて顔を上げた──。
「ヒァァァアア〜!」
目の前にいたのは、手を握っていたのは、ホーリーメイスを振りかざすかがみだった。
彼女は綺麗な微笑みで残酷なことを言った。
「うるさいだけのあなたは、もういらないわ」
躊躇いも何もなく言われた言葉に、ウィリアムの胸が千切れそうなくらいに痛んだ時。
「ウィリアム……ハウス!」
心の痛みも何も掻き消すような物理的な痛みがウィリアムを襲った。
窒息死させる気かと思うほどギュウギュウ抱きしめてきたウィリアムを肘で沈めたかがみは、舌打ちしながらも奇妙な安心感を覚えていた。
自分の代わりに存分に怯える彼がいるから、他の何も耳に入らないし、目に入らない。
いい『防護壁』だな、などと思いながら、かがみはウィリアムを起こすことにした。
ハウス!
と、どこからか響いてきた声に、駒姫 ちあき(こまひめ・ちあき)とカーチェ・シルヴァンティエ(かーちぇ・しるばんてぃえ)はほぼ同時に振り返った。
「何、今の」
「犬でも連れてきてたのかな?」
カーチェの返事にちあきは『ここ掘れワンワン』を想像する。
「……カチェ、犬なんかに負けてらんないよ。行こう」
「うん。でも、暗いから足元に気をつけて」
慎重なカーチェらしいセリフに苦笑をこぼし、ちあきは薄暗い通路を歩き出した。
ざわざわと、たくさんの人の声と気配がした。
ざわめきの中、カーチェの耳に心底楽しんでそうな悪戯っ子のようなパートナーの声が入ってきた。
「──と、ここでネタばらし。実は男でした! ザンネーン!」
アッハッハッハと高らかに笑うちあきに、カーチェは騙された相手の男に少しばかり同情した。
どこからどう見てもかわいい女の子であるちあきの悪い癖というか、悪戯心というか。
「何ため息ついてんの? カチェだって楽しんでるくせに」
「そ、そんなこと……っ」
泣いて帰った男のことなどすっかり忘れたような笑顔のちあき。
カーチェは戸惑ったが、ちあきはニヤリとして彼の後ろを指差した。
嫌な予感がして、おそるおそる振り返ったカーチェの口から、細くかよわい悲鳴がもれる。
そこにいたのは大勢の男達。いや、女もいる。園児からお年寄りまでいる。
その集団が、花束やプレゼントを持ってカーチェの名前を呼びながら迫ってくるのだ。
「カチェも立派な商店街アイドルだねっ」
「そそそそんなこと〜!」
ちあきに付き合って嫌々やっていたはずの女装。もともとの容姿もあり、本物の女の子もびっくりの可憐さに変身した。ちあきと並んでちょっと商店街を歩いただけで、二人はたちまちアイドルに。
──快感を覚えてしまった。
「あの瞬間、僕の運命は決まったんだね……」
「ふふふ、その通り。でも、私より人気があるなんて生意気っ」
「……え?」
突然、ちあきの雰囲気が変わった。
「契約して間もないってのに、調子に乗りすぎなんじゃない?」
悪意ある視線に、カーチェはすっかり戸惑ってしまい言い返すこともできない。
なおもちあきが棘のある言葉を続けようとした時、不意にぐにゃりと視界が歪んだ。
落下感にハッと息を飲んだカーチェは、何度も自身の名を呼ぶちあきの声にようやく気づいた。
「カチェ、私達はついこの前契約したばかりだけど、私はあんたと契約できたことを大切な絆だと信じてるよ」
真摯な表情で言われたその言葉に、カーチェはちあきも同じようなものを見ていたのだとわかった。
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