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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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第3章 妖精踊りて

 ルリマーレン家の別荘では、ハロウィンが過ぎてもまだ瓦礫の撤去作業が続いていた。
 とはいえ捕らえた不良達の多くは開放され、瓦礫も随分と減ってはいる。
 晴れたある日。
 ふらりと跡地にやってきたパラ実の藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は、周辺の探索を楽しんでいた。
 大きな捕虫網を手に、「妖精はいねがー」「親のゆごど聞がね子はいねがー」と怪しげに呟きながら、今日は沼の辺りを探して回る。
「お花のかんむり作ろうか」
「うん、マリザお姉ちゃんにプレゼントしよー」
 ついに優梨子は見つけた。沼の辺にいる幼い妖精2人を。
「捕獲します。どんな味でしょうねー」
 光学迷彩を発動し、一気に駆け寄って優梨子は網を振り下ろす。
「きゃっ」
「やっ」
 気配を感じた妖精達が、後ろに飛んで躱す。
 そのまま飛んで逃げようとするも、瞬時に回りこんだ優梨子が妖精の小さな足を掴んだ。
「いやあああああっ、なになにーっ」
「きゃーーーーっ」
「今日は気分がいいので、殺しませんよー♪」
 叫び声を上げる小さな子供達を引き寄せると微笑みながら、優梨子は軽く噛み付いた。
 ……血の味は人間と殆ど同じだった。

「…………」
 イルミンスールの天王寺 雪(てんのうじ・ゆき)は、沼の傍で泣いている子供の姿に困惑していた。
 妖精がいるという噂を聞いて周辺を探索していたのだけれど、妖精の姿はどこにもなくて。
 子供達が水辺で遊んでいるなーと思い、一度は通り過ぎたのだけれど。
「ちょっと、アンター! 何泣かしてんのよー!」
 そんな雪の頭の上から女性の声が響いた。
 見上げれば、羽を生やした20代半ばくらいの女性が舞い降りてくるところだった。
「何されたの? 大丈夫?」
 女性は子供達の元に下りて、両手で子供達を包み込み、雪を睨みつけた。
「……僕じゃない」
「じゃあ何で泣いてるのよ!?」
「知らない」
「じゃあ、何でアンタはここに居るのよ!?」
「……妖精を探して」
「捕まえようとしたのね!? 地球の見世物小屋に売りさばくつもりねー!」
 勝手に怒っている女性に雪は困惑する。
「違うの違うの」
「この人じゃないの。声ちがうもん……」
「見えない吸血鬼に血すわれたの。ふええええーん」
「おー、よしよし。勝手に出歩くからよ。皆と一緒にいなきゃだめじゃない」
 女性は2人の女の子と一緒に立ち上がる。
「あ、いた。妖精!」
「ホントだ。叫び声が聞こえたけど、どうかしたのか!?」
 百合園の八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)、イルミンスールの高月 芳樹(たかつき・よしき)や、付近で妖精を探していた者達がバタバタと駆けつける。
「妖精……?」
 ようやく、雪も自分が探していた妖精であることに気付く。
 昆虫のような羽に、細い手足。確かに噂に聞く妖精と似てはいるようだけれど、何分サイズが大きい。
 彼女達は人間よりも一回り小さいくらいの大きさだった。
「何あなた達ぞろぞろと。やっぱり見世物小屋に売ろうって魂胆ね!」
「違うって。君達の話聞いてさ、心配になったんだ。シャンバラ古王国時代から眠ってたみたいだし。住処とかないんだろ? 仮住いの建築手伝うよ」
 芳樹は警戒を解こうと優しく語りかけた。
 妖精の女性――美しきマリザは、じろじろと芳樹達を見回した後、幼い少女達と一緒に飛び立った。
「……本当に手伝ってくれるのなら、川の方に来てくれる?」
「了解」
 芳樹はマリザ達を見上げながら答えて、集まった者達と一緒にマリザの後を追い川の方へ出るのだった。

「あー、青空の下での一服って格別」
 川沿いに出た優子は少し離れた位置で煙草を吸った後、妖精達が集まる場所へ向かった。
「缶詰に、乾麺よ。食べ方分かるかしら?」
 芳樹のパートナーのアメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)が、用意してきた食料をマリザ達の前に並べる。
「うん、大丈夫。助かるわ」
「ご飯」
「ごはん」
「おなかすいたよー」
 マリザの他に、その場には沢山の子供達の姿があった。
 大半は女の子のようだ。
「ほらよっ」
 近寄った優子は、子供達にチョコレートやキャンディーを投げていく。
「おかしだー」
「たべてもいい? たべてもいい?」
「うーん、まいいわよ」
 子供達は嬉しそうに優子が投げたお菓子の包み紙をあけて、食べていく。
「アンタってさあ、シャンバラ古王国で女王に仕えていた騎士なんでしょ?」
 優子がマリザに問いかける。
「……どこでそんな話を聞いたのかしら?」
「ヴァイシャリーの橋にアンタ達の肖像がでかでかと彫られてるんだよ。離宮で女王の親族に仕えていた騎士達として」
「ふーん。で、何かしら? 子供達にお菓子をくれたことには感謝させてもらうけど?」
 優子はマリザを眺め回した後、出会えたら聞きたいと思っていたことを口にする。
「アンタ達って、一人でも十分強いんでしょ? それなのになんで仲間と組むの? 他人は面倒じゃん」
「いや、私達別に強くないわよ。まあ、あなたよりは強いかもしれないけど、私達なんて女王の足元にも及ばないわ。1人より協力した方がもっと大きなことができるから、人は人と組むんじゃない? 面倒とか考えたこともないわ。嫌いな人には頼りたくも組みたくないけどね、私は」
「ならどうして、こんな人気のないところで生活してるんだ? ルリマーレン家やヴァイシャリー家に頼らず」
 芳樹がマリザに訊ねる。
「この人数で都市に向かったら目立つじゃない。鏖殺寺院に狙われるのは勘弁願いたいわ。私達の種族はこの辺りの村で暮らしていたの。だけど、鏖殺寺院の襲撃に遭って……村は滅び、この子達の親も殺されてしまった。現在の情勢が分かるまでは、あまり人に会いたくないの」
「そうか。僕も地球人だから、そこまで色々なことを知っているわけじゃないけれど、知っていることなら何でも話すよ」
「今日はあまり用意できなかったけれど、ヴァイシャリーに戻ってミルミ達に話を通せば十分な食料提供も出来ると思うわ」
 芳樹とアメリアの言葉に、マリザは微笑んで首を縦に振った。
「ありがとう、とても助かる」
「しかし、ずっと傍にいることはできないんだろう?」
 イルミンスールの瓜生 コウ(うりゅう・こう)が近付く。マリザの封印を解いた少女だ。
「そうねぇ。私もすべきことがあるかもしれない、し」
 複雑そうな表情で、マリザはそう言った。
「子供達に行き場がないようなら、ミルミ達が開いている別荘跡地の建設相談会に参加してみないか? ミルミは勿論、裕福な者も沢山来ているはずだ。子供達の引き取り手が見つかるかもしれない」
「うーん、大変でも、貧乏でも一緒がいいって言うと思うわ、あの子達。私かマリルもなるべく傍にいられるようにしたいと思ってる。でももし、引き取り手が見つかった場合は、その子が行きたいというのなら止めはしないわ」
「そうか。別荘跡地にもあんた達を持て成したいと集まっている人達がいる。食事を終えたら行ってみるといい」
 コウの言葉に、マリザは頷いて笑みを浮かべる。
「近くの集落で子供達に昼食をご馳走しようと思うんだが、連れて行ってもいいか?」
 突如、イルミンスールのアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、子供達を微笑ましげに見ながら、マリザにそう訊ねた。
「ええっと、コウが一緒に行ってくれるのなら、お願いしたいわ。信頼できる人物が一緒じゃないとね」
 にこっと笑うマリザに、コウは頷いてみせた。
「わかった。行ってくるよ」
「ん。じゃ、みんなー! この人達が美味しいものご馳走してくれるっていうから、人里に行ってらっしゃい〜」
 マリザが大声でそう言うと、優子にお菓子をせがんでいた子供達がぱあっと顔を輝かせ、アルツールとコウに導かれて近くの集落へと向かっていく。
「それじゃ、私は現在の情勢でも教えてもらおうかしら。……子供には聞かせたくない話もね」
 マリザは芳樹とアメリアに目を向ける。
「あまりいい話はできないと思うが……」
 芳樹は鏖殺寺院のテロ、パラ実の存在と戦闘などについて、知りうる限りマリザに説明をするのだった。

「しかし、君達はどうしてあんなところにいたのかね?」
 茶屋で軽食をとる子供達に、アルツールが訊ねた。
「眠ってたんだよ。あぶないこといっぱいあったから」
「くらしてた村がなくなっちゃったの。そしたら、マリザお姉ちゃんと、マリルお姉ちゃんが戻ってきてくれたの……」
「……パパ、ママ……」
 突然、ぐすぐすと泣き出した幼子が、いた。
「ああ。ごめんごめん。好きなもの沢山食べていいんだよ。お腹いっぱい食べなさい」
 アルツールは泣き出した子供に近付いて、頭を撫でてあげた。
 父が愛する我が子を撫でるように、優しく優しく。
 この子供達は、どうやら5千年前の内乱の生き残りのようだ。
 シャンバラ古王国の騎士にして、ヴァイシャリーにあったとされる離宮で女王の親族に仕えていた騎士達――マリルとマリザの出身の村の子供達のようだと、アルツールは知った。
 知ったところで、今はこうして食事を奢ってあげることくらいしか、出来ないのだが……。