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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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狙われた乙女~番外編~『休息プラン』

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 一番端のテーブルでは、百合園生達がペットのゆるスターの見せ合いをしていた。
 どのゆるスターも可愛らしい服を着ている。
「これ、食べていいの?」
 目をキラキラと輝かせて薔薇の学舎のファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)がそのテーブルに近付く。
「菓子は自由に食べていいはずだが、生物は食べようとするなよ」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が、パートナーのファルにそう忠告する。
「分かってるよ。ゆるスターはペットなんだよね。ユノちゃんも飼ってるし」
 ファルの言葉にこくりと頷いて、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)は、自分のゆるスターを籠に入れたままテーブルの上に置いた。
「可愛いっ」
「うちの子より小さい」
 途端、百合園生達が籠を覗き込み、自分のゆるスターと並べたり、遊ばせようとし出す。
「羊の着ぐるみも可愛いね。どうしたのこれ」
 百合園の小さな女の子がユニコルノに問いかける。
「呼雪の手作りです」
「えーっ、器用なんですね」
「私裁縫とか苦手で、これもお父様が買ってくれたものなんです」
 百合園生達がゆるスターを手に、呼雪達を取り巻いていく。
「情操教育という名目でゆるスターをお預かりしているのです。ですが、まだ名前が決まらないのです」
「深く考えなくてもいいと思いますよ。お顔の特徴とか、出会った日にあったことからとったり。いいな……私もゆるスター欲しいです」
 ユニコルノに近付いてきて、可愛らしいゆるスター達に微笑みを向けたのは教導団のフェイト・シュタール(ふぇいと・しゅたーる)だ。
「1匹譲ってもらえないか、と言いたいところだが、皆可愛がっているようだからな。お茶を戴こう、フェイト」
 フェイトの後から松平 岩造(まつだいら・がんぞう)が訪れ、フェイトの頭にぽんと手を置いた。
「はい、岩造様」
 フェイトはゆるスターを少しだけ触らせてもらった後、岩造と一緒に席についた。
「今日は男の人もいるけど、百合園はやっぱり女の子の世界だよね。なんだか優しい匂いがする。薔薇学とは全然違うや。あそこはん〜と、もわわ〜んて感じで」
「なんだその表現は」
 ファルの薔薇学の表現に呼雪や百合園生達の顔に笑みが広がった。
「校長が淹れてくださったお茶、美味しいですよ」
 トレーにティーカップを載せて、現れたのは生徒会長の伊藤春佳(いとう・はるか)だった。
「戴きます」
「ありがとー」
「お世話になります」
 呼雪とファル、ユニコルノも着席して紅茶を受け取った。
「んん? 変わった味だ」
 ファルは砂糖を入れて自分好みの味に調整をする。ケーキやクッキーにも次々に手を伸ばして、皿にとりもせず、直接口に運んでいく。
「ファル、失礼のない程度にしておけよ?」
 一言、言った後、呼雪とユニコルノも紅茶をそのまま飲み、次第に落ち着いた雰囲気の周囲に包まれ溶け込んでいく。
「このようなお茶会を頻繁に行なっているのですか?」
 フェイトに訪ねられ、ユニコルノは目を瞬かせた。
「あ、私は百合園とは今まであまり関わりがなかったのでわかりません」
「百合園の方ではなかったのですか。とても可愛らしい格好で、雰囲気も百合園生そのものでしたので、間違えてしまいました」
 フェイトがくすりと笑みを浮かべる。
 ユニコルノは不思議な気分だった。
 いつもは男装している彼女だけれど、女子高の百合園に招かれたということで、今日は白と水色のふわっとしたワンピースを着てきた。
 自分は今、ここにいる触ったら壊れてしまいそうな、繊細で可愛らしい女の子達と同じように見えるのかと思うと……こそばゆいような。心が浮ついていくような、そんな感覚を覚えた。
「嬉しいとはこういう感じなのでしょうか?」
 1人、小さく呟いた。
「良かったら、踊らないか?」
 岩造が百合園生の1人に手を差し出した。場の空気が穏やかで……なんだか優雅に踊ってみたい気分になっていた。
「えっ。あ、お誘いありがとうございます。でも今日はダンスは予定されていませんし、音楽もないので。また今度宜しくお願いします」
 ぺこりと百合園生は頭を下げる。
「そうか、ではまた今度な」
 岩造は無理には誘わなかった。
「あれはレイルさんではないでしょうか。あとで少しお話がしたいです」
 フェイトは遠くのテーブルで飲食を楽しんでいるレイルの様子に微笑みを向ける。正体はまだ隠しているようだ。
 色々聞いてみたいこともあるけれど、この場でヴァイシャリー家のことなどは聞くことができないだろう。
 呼雪もそのテーブルの方に目を向け、ほっと息をついて微笑した。
 ヴァイシャリーでは大変な事件があり、多くの白百合団員が怪我をしたという。
 ……まあ、別荘解体も色々凄まじかったわけだが、それはともかくとして。
 目を向けた先に、ヴァーナーや知り合い達の笑顔を見つけ、呼雪は安堵した。
 見回せば、桜井校長の笑顔も目に入った。静香もここ数ヶ月の間に色々あったわけだが、こうして会を設け、笑い合っているところを見ると、一応の安心を感じる。
 1つの事件が落ち着いているだけで。
 まだ、これからいくつもの困難が訪れるのだろうけれど。
 紅茶を一口飲んで、息をつく……。
 今、この場にこうして皆で集いゆっくりと時を過ごせることを、呼雪は感謝した。

「桜谷鈴子団長……?」
 少女の声に、鈴子が振り向いた。
「あっ、あなたが白百合団の団長さんですかっ。あたしはクラーク 波音。別荘に行ってたんだよ。うん、団長さんかっこいいねっ!」
 イルミンスールのクラーク 波音(くらーく・はのん)がにこっと笑う。
「初めまして。ミルミがお世話になりました」
 鈴子は立ち上がって、波音に頭を下げた。
「別荘ね、色々あったけど楽しかったよ〜。あ、お菓子とお茶のお代わり貰ってきたよ!」
「ありがとうございます。一緒にいかがですか?」
 鈴子に勧められて、波音は空いていた彼女の隣に腰掛けた。
「まあ、校長……ロイヤルミルクティーを入れて下さったのですね」
「団長さんの好きなものをお願いしたんだっ」
「ありがとうございます。戴きますね」
 微笑んで、鈴子は砂糖を少し入れてかき混ぜて、ミルクティーをゆっくり飲む。
「鈴子さんは、普段どんなことをしてるの? 趣味は?」
「最近は料理を少々。日本料理が懐かしくなってしまって」
「そっか。故郷の料理は懐かしいよね〜。ここだと材料集めるのも大変じゃない?」
 クッキーをぱくぱく食べながら、波音は鈴子に問いかけていく。
「そうですね。お休みの日には、空京に買物に出かけることもあります」
「ふむふむ」
「こちらの波音さんが持ってきてくださった羊羹、とても美味しそうですわ」
 鈴子はナイフをとって、羊羹を切り分け皆の皿に移していく。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 大人しく座っていた百合園の姫野 香苗(ひめの・かなえ)は、思わず立ち上がって皿を持ち、羊羹を受け取った。
(団長……由緒ある家のお嬢様なのに、進んで皆のお世話が出来るところとか、素敵だなぁ。優しい抑揚の言葉とか、綺麗な立ち振る舞いとか……凄いなぁ)
 香苗は感心しつつ、ぺたんと腰掛ける。
 傍にいる生徒会長の春佳も、文武両道の大和撫子だ。
 百合園の生徒会メンバーが多くいるこのテーブルは特に、容姿端麗とか才色兼備という言葉が似合う人ばかりで、香苗は感心してばかりだった。
 香苗には結局良くわからなかった事件の話は、語られていても良く理解が出来ないほど難しくて。
 そんな難しい会話にも、感心を覚えていく。
「あの、お代わりが必要でしたら、入れて参ります」
 香苗は慣れない言葉遣いで言い、トレーを引き寄せた。
「それじゃ空いているお皿下げてもらってもいいかしら。あとは、フルーツを少し持ってきてもらえる?」
「はい」
 春佳の言葉に、香苗は元気よく立ち上がった。
「あたっ」
 膝をテーブルにぶっつけてしまったが我慢だ。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
 春佳の優しい声に、頑張って出来るだけ優雅に答えて、礼をすると香苗は校長の方へと歩く。
 こうして校長達に尊敬できる先輩達、白百合団に属しているの美しく強い仲間がいるから、安心して学園生活をおくれるんだなと、香苗はこの場において学び、感じたのだった。

「あれ? キミ、『キャラ・宋』さんだよね。久し振り〜」
 白百合団員と協力者達の慰労の為に、テーブルを回りはじめた静香は、夏に力を貸してくれた個人情報保護コンサルタントの女性を見つけた。
「……違いますぅ!」
 振り向いた女性――教導団の皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)はきっぱり否定した。
 髪型も喋り方もそっくりだったけど。
「キャラ・宗のことは知ってますぅ。『はとこ』なんですぅ〜」
「あ、そうなんだ」
 あまりにも似ているため不思議に思いながらも、静香はそれ以上追及しなかった。
「そのお鬚もちりちりになってしまわれたのですね」
「よく元に戻りましたね?」
 百合園の生徒達が、伽羅のパートナーうんちょう タン(うんちょう・たん)をしげしげと眺め回している。
「流石に新調せざるを得なかったでござる……」
 当時のことを思い出し、うんちょうは深く溜息をついた。
「本物のお鬚みたいね」
「精巧にできているきぐるみですよね」
「そんなに厳しい顔をされなくても」
「こ、これ、やめるでござる……っ」
 百合園生達は珍しがってうんちょうの鬚や顔や体を撫で回すのだった。
「報告聞いたけど、なんだか凄いことがあったみたいだよね」
 静香が尋ねると、伽羅は深く頷いた。
「百合園の皆さんにも今お話ししたところですけどぉ、アフロとドーナツのことは、一生忘れられない思い出になりそうですぅ」
「どんな時にでも冷静な対処が必要でござります。しかし、あの『地獄のドーナッツ』はそれがしには到底思いつかぬ奇策でござりました」
 伽羅の後見として訪れたもう一人のパートナー皇甫 嵩(こうほ・すう)は、百合園生達に薀蓄を述べたり、伽羅の話の解説をして感心を集めていた。
「嵩さんのような方が百合園の警備を担当して下さったら、安心ですのに」
「白百合団は軍事的な知識をあまり持っていませんし、先生としてお招きしたいですわ」
「うむ、女性だけの園となると、それがしも助力申し上げたいところでござりまするが、教導団としての使命もござりますので」
 時折嵩は伽羅に目を向けるが、悪い虫が近付くこともなく、彼女も百合園の少女達と会話を楽しんでいるようだ。
 伽羅の方は、百合園生達の興味を引いているパートナー2人を微笑ましく見た後、お茶を入れて回る静香に近付いていく。
「百合園の一般生徒さんには、いっぱいお話し聞きましたけどぉ、百合園の方はホント何も被害はなかったのですかぁ?」
 伽羅がそっと静香に尋ねた。
「うん、正門前で白百合団が食い止めてくれたからね。鎧や盾がいくつか壊れただけで……百合園生の死者も出てないよ。重傷を負った副団長がまだ寝込んでるみたいだけど、本人の希望もあって単なる風邪ってことにしてあるんだ」
「えへへ、美味しいお菓子いっぱいあるの、みんなで食べて欲しいの」
 そこに、ぱたぱたと少女達が近付いてきた。
「こんにちは、静香さん」
「お招きありがとうございますぅ」
 蒼空学園の朝野 未羅(あさの・みら)。それから朝野 未沙(あさの・みさ)朝野 未那(あさの・みな)だった。
「こんにちは、ゆっくりしていってね。空いてる席にどうぞ」
「全部お姉ちゃん達と一緒に作ったの♪」
 未羅は持って来た焼き菓子や、ゼリー、プリンなどを、次々にテーブルに出していく。
「お菓子どうぞなの」
「美味しそう〜。私はプリン戴きます」
「私はダイエット中だから、ゼリー1個だけ戴こうかな」
 百合園生達は、嬉しそうに未羅からお菓子を受け取っていく。
「手伝うね」
「手伝いますぅ」
「あ、ありがと」
 未沙は静香が持っていた紅茶の入ったポットを受け取った。
「ところで静香さんは、今気になってる人っているの?」
「え?」
 未沙の突然の問いに、静香は戸惑いの表情を見せた。
 この場にはいないけれど……。
 妹のように可愛いと思っている、百合園の友人が静香のことを好きなようなので、静香はどうなのだろうかと未沙は気になったのだ。
 恋愛的に気になる子がいるのかどうかと。
「うん、沢山いるよ。他校の校長のこととか……」
 パラミタの情勢を思い、静香は表情を曇らせる。
「そうじゃなくて、恋愛的な興味を抱いている相手とかいるのかなー」
 未沙は明るく問いかける。
「ん、んー。どうだろう。気になる人が沢山いて、どれが恋愛的なのかよくわからなくて」
「そっか〜」
「静香様ぁ〜、私も一つ聞いてもよろしいですかぁ?」
 続いて未那がすすすっと静香に近付いた。
「ん、何?」
 静香は可愛らしい笑みを浮かべる。
「実は男の娘ってぇ、本当ですぅ?」
「……!?」
「そういう噂が流れてるんですけどぉ」
「……あ、う……」
 苦笑しながら答えかけた静香の腕を、ぐいっと掴む者がいた。
「校長! 生徒会室に鋏忘れちゃったから、取りに行くの付き合って下さい」
 百合園の雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)だった。
「失礼」
「きゃっ」
「ん?」
 突如背後から近付いた影に、未沙と未那が飛びのいた。
 振り向いた先にいたのは、百合園のベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)だった。
 何事もなかったかのように、べファーナは2人の脇を通り過ぎていく。
 血を吸われそうになったような感覚を受けたのだが、気のせいだろうか。
 未沙と未那は顔をあわせて訝しげに眉を寄せるのだった。
 その隙に、ぐいぐいと強引に腕を引っ張って、リナリエッタは静香を校舎の方へと連れていった……。

「私だって校長弄りたいのよぉ。他校生より百合園生が優先でしょ」
 ぶつぶつと文句を呟きながら、リナリエッタは中庭から離れ、静香に向き直る。
 そしてにっこり笑みを浮かべてこう言った。
「私、ここの規律は素晴らしい物だと思いますの。……もし、もしもですよ、ルールを破って、学院に男性がいたら最悪って感じ。そう思いません? こーちょー?」
「え、えっと……」
 静香は軽く目を泳がせて困りながら、小さな声でこう答える。
「百合園女学院のパラミタ校は外見が女子の男子の入学も認めてるんだっ。だ、だって、僕が……そうだ、し。ご、ごめんね、僕皆のところに戻るね」
 それだけ言うと、静香は全速力で中庭に走っていった。
 そんな静香の後姿を「ふーん」と声を発しながら、リナリエッタはにやにやと見送った。