リアクション
第5章 始まりの足音
「あ、ラズィーヤさん。お茶でもご一緒にと思ったのですが、どちらかに行かれるのですか?」
茶菓子を持って校長室に向かっていた百合園の神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)は、校長室から出てきたラズィーヤと廊下で遭遇した。
「お客様がいらしているそうですわ。一緒に来ます?」
「え、ええ、よろしいのなら、ご一緒させていただきます」
誰だろうと思いながらも、エレン、それからパートナーのプロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)とフィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)も同席することにした。
来客用の応接室にいたのは、つり目でオールバックの男だった。
挨拶を交わして、向かい合って腰掛ける。百合園側の人数が多い為、まるで面接のようだった。
「【陽炎の】ツイスダーをご存知ですね?」
「お会いしたことはありませんわ」
男――パラ実の朱 黎明(しゅ・れいめい)の問いに、ラズィーヤは茶を飲みながら、そう答えた。
「ここ百合園女学院の南に位置する河川敷で、先日、ツイスダーと交戦いたしましてね。彼らの口ぶり、その後の行き先から、こちらとなんらかの因縁があると知りました。また、百合園の生徒会メンバーがツイスダーに勝利をし、C級四天王となったことも、耳にいたしました。――ツイスダーが所属していた組織のこともご存知ですね?」
「知っていたら?」
「あの組織は美しくない。潰してしまおうと考えていましてね。百合園が何かを掴んでいるのなら情報を提供願いたい。また、何か情報を掴んだ際には、私にも流していただきたく思います」
「情報は何も得られてはいませんわ。組織のメンバーは数名捕らえはしましたのですけれど、口を割りませんの」
「闇組織を何とかするためにはシャンバラ建国後に全土的に取り締まるほかあるまい。正直、現状では子供である百合園の学生でどうにかできる問題ではないからの」
エレンの隣に座っていたフィーリアが深く息をついた。
「本来、こういった裏組織は取締りを警戒し、国家を敵に回すようなことはせぬものだが。本体がパミラダ全土に広がっているとなると、1つの首長家を恐れたりはしないものよのぅ。とりあえずは、ヴァイシャリー内ではヴァイシャリー軍に駆逐、民を守るようにしてもらうしかないしのぅ」
「そうですね……」
今できることといったら、シャンバラ全域で闇組織を取り締まるように持ちかけるくらいだろうか。
フィーリアとエレンはそう考えながら、茶を一口飲んだ。
「そのためにも、少し強引な方法で情報を引き出すつもりではありますけれど……それをあなたにお話しする必要が果たして、ありますでしょうか?」
にこりとラズィーヤは黎明に微笑む。
「……私はパラ実生です。何にも縛られず、動くことの出来る私は利用しやすいのでは?」
瞳を閃かせて、黎明は言葉を続ける。
「仮に、失敗をし捕らえられたとしても、百合園ともヴァイシャリーとも無関係である自分なら、切捨てることも容易ではありませんか?」
「それはつまり、わたくしに利用されてもいいと仰っているのかしら。……それで、あなたが組織側の人間ではないという証拠は?」
「私がこちら側に有利な情報を送れるようになるまでは、百合園側の動きを教えていただく必要はありません。あなたが出来るのであれば、好きに私を操ればよろしいかと」
黎明は手を組んで、妖しく瞳を揺らめかせてラズィーヤを見据える。
「あなたに操られるのも悪くない。ただ、何れ相応のご褒美はいただきましょう。あなた自身に」
誘惑を含んだその言葉に、ラズィーヤは楽しげに笑みを浮かべる。
「わたくしは相応の身分のある方としかお付き合いはできませんの。でも、愛人はいくらいてもいいと思ってますのよ。貴方にはどのような魅力があるのかしら?」
見定めるような目で、黎明を見て、目を細めて微笑みながら言葉を続ける。
「わたくしをどう楽しませて下さいますの? ――価値を示し、わたくしに貴方が欲しいと言わせてみせて」
ふっと笑みを浮かべて、黎明は立ち上がる。
「有意義な時間を過ごさせていただきました。またお会いしましょう」
「ええ、情報お待ちしておりますわ」
ラズィーヤはドアの前まで、黎明を送る。
「むむっ。最後の方がよくわからなかったである! 要するにあの男と協力するということなのであるか?」
プロクルが眉を寄せながらエレンに尋ねる。
「まあ、そういうことですね」
くすりとエレンは笑う。
「組織だけではなく、離宮や騎士達のことも気掛かりです。何か進展ありました?」
エレンが席に戻ったラズィーヤに尋ねる。
「情報収集はしていますけれど、特に報告をするほどの進展はありませんわ。離宮以外の場所で眠っていた騎士と思われる存在が覚醒したとの話も聞きましたし、近々接触を図り、お話しをさせていただくつもりですの」
「離宮にも昔の騎士とかが眠っているのであるか? その離宮ってのは面白そうであるな。冒険の予感である!」
プロクルが目を輝かせる。
「どんなところと伝えられているのであるか? 騎士の武勇伝も聞きたいのである!」
「自然が溢れる、美しい場所だと伝えられていますわ。ただ、戦争の際に、離宮の大半は鏖殺寺院に占拠されたそうですの。最終的には女王の騎士を含む、この地の兵士達が勝利したようですけれどね」
「賢しきソフィアというのはどんなお姉さんだったであるか?」
騎士の橋で見かけ、気になっていた人物についてプロクルはラズィーヤに尋ねる。
「彼女は……恋を、女であることを捨てて、国のために尽くした女性だと伝えられていますわ」
「ほほう、立派な女子のようである」
「百合園を守るためにも、いろいろと働かざるえないようですわね。ここが無くなってしまうのは我が家を失うようなものですもの。百合園に咲く一輪の黒百合としては、この花園を守るために少しがんばってみることにしますわ」
そう言うエレンの制服には、黒百合のコサージュがついている。
プロクルは制服に夜顔のコサージュ。フィーリアは執事服に竜胆のコサージュをそれぞれつけている。
「似合っていますわね」
と、ラズィーヤは微笑みを浮かべる。
「それでは、校長室に戻って向こうでお茶にしません?」
エレンが立ち上がると、ラズィーヤもゆったりと立ち上がった。
「茶菓子も準備できているである」
茶菓子の入った袋を抱えるプロクルに、ラズィーヤとエレンはくすりと笑みを向けた後、連れ立って応接室を出て、校長室へと向かっていくのだった。
○ ○ ○ ○
「ねーねー、聞いた? 四天王の話」
パラ実の
レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)は、校舎跡地でたむろしているパラ実生に楽しげに話しかけていた。
「陽炎のツイスダーって人が、百合園で団を率いていた人に、倒されたんだってね!」
「ツイスダーさん、武術は大したものだったけど、魔法の方はイマイチだったしなー。イルミンの舎弟を持つべきだったよな」
「にしても、ツイスダーさんに勝つとは大した女だよな、その百合園生」
ふむふむと頷いて、頭の中でメモをとりながら、レティシアは会話を続ける。
「四天王突然変わったらこまるよね。ヴァイシャリー軍に捕まっちゃったみたいで、生死不明だっていうし」
「まあ、ツイスダーさんのバックにはもっとすげぇヤツがついてるって話だから、あんまり困んないんじゃねぇ? 危険回避の為に傘の下にいた奴等は、新しい四天王につこうとしてるヤツも、他の四天王についたやつもいるだろうが」
「そだね。あまり気にすることないか。新しい四天王見てみたいな〜。それじゃね!」
レティシアは手を振って、待ち合わせの場所へと走っていく。
「悠司も、ちゃんとやってるかな。悪い人と仲間になったふりするらしいけど……」
高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は、ツイスダーが縄張りとしていた場所を訪れていた。
荒野の中に、廃墟が立ち並ぶ埃にまみれた場所だ。
柄の悪い男達、物乞いの姿も見られる。
「よぉ! 俺さ、手持ちの金全部使っちまって、無一文になっちまったんだ。ロウドウ探してるんだけど、いい仕事ねぇ?」
適当な相手に、悠司は声を掛けた。
「あん? どんな仕事を探してる? 虫も殺せねぇオコサマはお断りだぜ」
「俺は、女衒とかもやってたし、金次第でそういう仕事も請け負うぜ」
「へー。ま、気が向いたらあのバーに行けよ。近々撤収するそうだから早めにな」
柄の悪い男は、悠司の肩をパンと叩くと歩き去っていった。
男が指した建物の周りで、武器を持った男達が数人で見張りを行なっている。
結構な人数のパラ実生が集まっているようだ。
組織に入り込んだら、抜け出そうとしてもそう簡単には抜けれないことは重々承知だ。
やられっぱなしは性に合わない。今はそれだけの理由だが……。
携帯電話を取り出すと、その建物から少し離れた位置で悠司は、百合園に向かった朱黎明に連絡を入れた。