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【十二の星の華】日陰に咲く華

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【十二の星の華】日陰に咲く華

リアクション

 十二星華のサジタリウスは、身体の動きを封じられたまま、心だけ長き時を生き続けてきた剣の花嫁だ。
 最初は体が自由になることを望んでいて、死の恐怖と隣り合わせで生きていた彼女だけれど。
 次第に、『死』で動けない苦しみから解放されたいと望み、苦しみながら気が遠くなるほど長い時を生き続けてきた。
 だから、動けるようになった今も。
 『死』は怖くはない。
 肉体から解放されて、楽になれる方法だと思っている。
 だけれど、今はそれよりも『楽』だと感じていた。
 苦しみから解放してくれた、大切なパートナーの傍にいて、見守っていることが。
 そっと、隣や、後ろに付き添っていることがとても『楽』なのだ。
 目立ちたくないし、進んでやりたいことも今はない。パートナーの付属品でいい。邪魔にならない付属品でいたいのだ。
「あなたが女王の血を受け継いでいることも、強い力を秘めた女王器を所持していることも、紛れもない真実。――拒絶できない現実。抗えない宿命」
 彼女が十二星華だと突き止めた御神楽 環菜(みかぐら・かんな)は、サジタリウスを蒼空学園に呼び出した。
 サジタリウスが所属する学校は蒼空学園と協力体制を築いている。
 故に、サジタリウスはクイーン・ヴァンガードの主力として、敵対する十二星華達と戦うべき存在なのだ。
「救護活動くらい協力してあげてほしいの」
 十二星華だという事実をパートナーに知られたくはない。星剣の力を解放したくないと拒むサジタリウスに、環菜はそう協力を求めた。襲われている村の救護活動を手伝って欲しい、と。
 それならば、少し帰りが遅くなってもパートナーも許してくれるだろうし。
 『生きたい』人が沢山いることも解ってはいるから。助けてあげたいという気持ちも、普通にあって。
 戸惑いながらも、サジタリウスは環菜の指示に従って、襲われている村が存在する東の森へと向かっていた。
「ねえ、とうしたの?」
 突如声をかけられて、サジタリウスは軽く驚きながら声の方法へ顔を向けた。
 そこには、同世代の男性の姿があった。
「あんまり元気一杯って感じじゃないけど、何かあった?」
 見ず知らずの自分に対しての、優しい言葉にサジタリウスは戸惑って……首を左右に振った。
「襲われてる村があると聞きましたので、心配、で……」
「そっか。クイーン・ヴァンガードも向かってるようだけど、君もメンバーなのかな? 何か迷っているように見えるけど」
「いえ、お手伝いに……行くんです」
 沈んだ瞳。戸惑いが現れた言葉に、その男性フェデリコ・フィオレンティーノ(ふぇでりこ・ふぃおれんてぃーの)は、考えながら少女と一緒に急ぎ足で歩く。
 遠くに、クイーン・ヴァンガードの姿が見え始め、こちらに向かってくる様子が窺えた。
「あのさ、僕はこう思うんだ」
 少女がフェデリコに目を向ける。その瞳には不安がにじみ出ていた。
 フェデリコは優しい眼で語り始める。
「何をすべきか、せざるべきかで悩んだり、自分の選ぶ道は本当にこれで良いのか、って不安になった時にはね。まず何よりも自分の望みを優先して何をするか決めるんだ」
 人の数だけ考えがあるから。
 周り全てが完全に満足する選択なんて無理なのだから。
「そして、どの道が良かったのか悩むんじゃなくて、選んだ道を自分で最良にするのさ。何を選んでも、それが最良の選択だったと言えるように全力を注げば、絶対に後悔なんてしないもの」
 言って、フェデリコは少女に微笑みかける。
「君が何を選んでも、僕はきっと応援するよ」
「ありが……とう」
 少女は果敢なくも見える微笑をふわっと浮かべて、フェデリコに頭を下げるとクイーン・ヴァンガード達の方へと走っていった。
「うん、応援してるよ。頑張って」
 フェデリコは彼女を見送りながら、つぶやいた――。

第1章 想い揺ぎ無き

「クイーン・ヴァンガードのカチェア・ニムロッドです。あなたが十二星華のサジタリウスさん?」
「……え……っ?」
 クイーン・ヴァンガードの一人、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)の言葉に、少女は息を飲んだ。
「被害状況は深刻なようです。ティセラの牽制に当たってはいただけませんか?」
「ティセラ……さ、ん……」
「十二星華に対抗できるのは十二星華くらいですから」
 青ざめていく少女に、カチュアは申し訳なさそうに言う。
 少女は何も答えない。
「……あれ?」
「ん?」
 同じくクイーン・ヴァンガードの一員として、合流をした秋月 葵(あきづき・あおい)と、パートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は、少女の容姿や仕草に見覚えがあるも、誰なのか、誰と似ているのか解らずに顔を合わせて首を振り合った。
 その娘はセミロングの茶色の髪に、黒縁眼鏡をかけた真面目そうに見える少女だった。
「環菜さんから連絡がありました」
  クイーン・ヴァンガードのナナ・ノルデン(なな・のるでん)もやはり、少女に見覚えを感じながら、語り始める。
「貴方が意図的に星剣を封印されていることも聞きました。環菜さんは、貴方に村の惨状を見せつける事で、状況的にも精神的にも追い詰めて貴方に星剣の封印を解除させることを狙っています」
 ナナの説明に、少女が視線を落としていく。
「村は酷い状況よ。なんで封印してるのかはわからないけど、一々力を出し惜しみしている状況じゃないわよ」
 リュシエンヌ・ウェンライト(りゅしえんぬ・うぇんらいと)が少女の手を引いて村の方へと歩き出す。
「火事を消したいのなら水を掛けるより、更に大きな爆発を起こせば良いのよ」
「わ、私……違うんです。人違い、です……」
「いや、そんな嘘、子供でも一瞬で見抜けるわよ。強すぎる力を隠し続けるのは不可能。その力は使ってこそ価値があるもの。今、使わなければ沢山の命が消える。いつか力を解放しても、今消える命は助けることができない」
 力強く腕を引きながら、リュシエンヌは言葉を続ける。
「私達は既に巨大な火事の中よ? 消すには大きな爆発が必要なの。それが出来るのは貴方だけ」
「ちょっと待ったー!」
 近くを通りかかり、村人の救助に向かおうとしていた茅野 菫(ちの・すみれ)が、ナナとリュシエンヌの言葉に憤慨して少女の腕をつかんでいるリュシエンヌの腕を掴み、足を止めさせる。
「強力な力を持ってるからって、その人に力を使わせるのを強要するのは違う! 力がある人に頼ろうとしないで、まず自分たちの力で何とかしようとしたらどう?」
「確かに強要だよね。そんなこと言われたら、普通は断れないしね」
 菫に続き、クイーン・ヴァンガードの水上 光(みなかみ・ひかる)も環菜の指示に難色を示す。
「強要するつもりはありません。だから、本当のことを話したんです」
 ナナはそう言いながら近づいて、少女の前に立った。
「私は、貴方には後悔のない選択肢を選んでほしいと思っています」
「迷ってるだけで、切欠がないだけなんじゃないの? 対抗できる力があるのは、貴方だけなんだし。今決断をしなきゃ、後々後悔すると思うけど?」
 ナナに続いて、リュシエンヌは少女の手を離し、意見する。
「まったく、脅迫まがいの強要なんて、環奈会長あんまりですぅ〜! 確かに対抗できる力があれば有利に運べるかもしれないですぅ〜」
 クイーン・ヴァンガードの神代 明日香(かみしろ・あすか)も、どこかで見たことがある少女たと思いながら、皆の間に入る。
「ですが大事な事なので追い込まれて視野の狭くなっている状況で選んでほしくないですぅ〜」
「ごめんなさい……私は、昔は捨てて、忘れて、新しい命と時間を、パートナーからもらって、生きているんです。パートナーのパートナーとして、生きてるんです。傍で、普通に……。だから、私に普通じゃない力なんて、ないんです。捨てられないけど、捨てた力なんです」
 たどたどしく、少女はそう言った。
 その言葉に、明日香が頷く。
「光条兵器に変化が起きたらパートナーにも影響を及ぼすでしょうし、仮に封印を解くにしてもそのパートナーに無断でやるのも不義理ではないですか〜?」
 そう言って、明日香は皆を見回した。
 リュシエンヌは大きく息をついて、武具の状態を確認する。
「なんだかよくわからないけど無理なんだね、わかった。ルーシーは自己防衛に努めるわ」
「どんなに助けようとしたって、その救いの手からこぼれ落ちる人はいるんだし、あんたが気にする必要はないよ」
 ぽんっと、菫はリュシエンヌを放した手で、少女の肩を叩いた。
「そのパートナーが凄く大事なんだよね? その大切な人のために生きるのも間違いじゃないと思う。だから、ちゃんと自分の意思で決めな!」
 青ざめた顔のまま、少女は菫の言葉に首を縦に振った。
「嫌、なの……どうしても。今のままがいいんです……」
「うん。君が封印を解きたくないのであれば、ボクはそれでいいと思うよ」
 少女の小さな言葉に、そう答えたのは光だった。
「大切な人と一緒にいたいってのは、ボクもよくわかるしね」
「ええ」
 光の言葉に、パートナーのモニカ・レントン(もにか・れんとん)が言葉を続ける。
「大切な人と一緒にいたい、それは素敵なことですわ」
 そう微笑みかけると、少女の顔が少しだけ緩んだ。
「大丈夫、女の子を守るのは男の役目だから。ね?」
 光がそう言うと、さっきより強く少女は頷いて「ありがとうございます」と、頭を下げた。
 ただ……。
「でも、秘密を持ったまますごすのは大変じゃありません? 恐らく何時かバレることになると思いますわ」
 モニカのその言葉に、少女が軽く震えた。
「封印を解くのは別にして、その人に打ち明けてみるのはどうでしょう」
 そう言葉を続けると、少女は強く首を左右に振る。
「その人はそんな『些細なこと』で目の色を変えてしまうような人ですの?」
「それは、大丈夫だと思います、けど……。背負い込んで、倒れてしまいそうだから。普段からいろいろなこと背負って、頑張ってる人なんです。まっすぐな人だから『十二星華のパートナーとして、クイーン・ヴァンガードに入って指揮をとる責任がある!』とか言い出しそうですし。でも、そんな余裕はないんです。今でも、もう本当に限界な状態なんです」
「本当に大切なのですね」
 モニカがそう言うと少女は強く頭を縦に振った。
「明日香さーん!」
 そこに、明日香のパートナー神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)が駆けてくる。
「どうしましたの? 人手が足りなくて困っています。皆さんも救護活動手伝って下さい」
 それから夕菜は少女に目を留める。
「貴方は……百合園の方ですよね? 学院でお見かけしたことがあるような気がするのですが、お名前、なんと仰いましたっけ?」
「わ、私は……」
 皆の視線を受けながら、少女は動揺しながら言った。
「はい……。百合園の生徒です。救護の心得もありますし、回復の魔法も得意です。お手伝いさせてください。名前はサジタリウス、と呼んで下さい」
 その答えに何か事情がありそうだとは思ったが、夕菜は少女の手をとった。
「それでは、明日香さん、治療のできる方、急いで救護に向かいましょう!」
「では、サジタリウスさん達は救助活動をお願いします。私達は……獣の方を」
 カチェアが仲間に目を向けると、何人かの若者が頷いた。
「よろしくお願いいたしますわ」
 夕菜は少女――サジタリウスと、明日香、それからクイーン・ヴァンガード数名を引き連れて、怪我人が運ばれている場所へと走るのだった。
「サジタリウス、か……」
 クイーン・ヴァンガードの西園寺 沙希(さいおんじ・さき)は、この場では黙って皆と少女を見守っていた。
「どうか……」
 カチュアは軽く目を閉じて祈った後、仲間達と共に村の方へと駆けていく。
 クイーン・ヴァンガード達は、環菜の命にそのまま従って、強引に彼女を戦いの場へ駆り出したりはしなかった。
 走っていく少女達の後を追い、沙希も治療の場へと向かっていく――。