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退行催眠と危険な香り

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退行催眠と危険な香り

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210 :名無しの暇人:2020/05/20(水) 23:25:25 ID:s0KusE1n
マイナーだけど、すげータイムリーな動画見つけたぜ。
「同好会・監察部24分間」っていうやつ。
ついに催眠術師の顔が出たな。確かに口は悪そうだ。

6.

 週に一度開かれる催眠術の講習会。他と比べて格安で受けられることから、人気のあるものとなっている。
「やい、あんころ餅。樹様を治すきっかけはつかめやがったですか?」
 と、講習会を終えてジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)が隣にいる緒方章(おがた・あきら)へ問う。
「うるさいなぁ、カラクリ娘。医学の観点から見て、催眠術事態は陳腐だよ。ただ」
 章はトレルからもらったアロマキャンドルに目を向ける。
「これが何かあるんだと思うんだけど……」
 林田コタロー(はやしだ・こたろう)はそんな二人を見て言う。
「こた、むずかしーはなしわかんないお。れも、きゃんのるのおなまいはわかったお」
 と、モバイルパソコンの画面を見せる。
 それを見て、ジーナと章の表情が変わった。

 実際に退行催眠を体感したことで要領を得たソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)は、なんとなくやる気が出なかったものの、これからに備えて計画を実行することにした。
「翔、そこに座ってリラックスしてくれないか?」
「は?」
 本郷翔(ほんごう・かける)は言われるがまま、椅子に座ったが、ソールが何か企んでいるのは見え見えだ。
「まずは両目を閉じて」
「はぁ……」
 まさか催眠術をかけようと言うのだろうか。催眠術にはかけられる方に想像力が必要とされる。そして暗示にかかりやすい人とかかりにくい人がいるのだが。
「俺が三つ数えると、翔は過去へと戻ります。いち、に、さん」
 ああ、やはりこの馬鹿天使は自分に退行催眠をさせようとしている。そんなものに引っ掛かるか。
「何が見える?」
「部屋、ですね……懐かしいところです」
 とりあえず騙されたふりをしよう。
「何か聞こえるかい?」
「ええ、話し声がします」
「そこに、俺がいるだろう?」
 は? 翔は思わず目を開きそうになった。
「え、ええ……います」
「俺は翔に感謝をする。封印から解いてくれてありがとう、と」
 実際は違う。出て来るなり、ソールは翔を口説き始めたのだ。かわいこちゃん、と体を触られて……。
「こんなの催眠術じゃありません。ただの洗脳です」
 と、翔は両目を開けて彼を睨んだ。失敗したことを悟ったソールが逃げ出す。
「待ちなさい、この馬鹿天使がっ!」
 せっかく翔にとって嫌な思い出である過去を消し、女の子を口説いても邪魔してこないようにしようとしたのに、残念である。

 講習会の会場に、いつも一番乗りでやって来るのがカセイノ・リトルグレイ(かせいの・りとるぐれい)だ。
「ちーっす、先生」
 準備をしていたトレルは振り返ってにっこり笑う。
「今日も早いんですね、カセイノさん」
 すでに何度もこの講習会に通っているおかげで、二人はすっかり仲良しだ。
「俺も催眠術、使えるようになりてぇから」
 と、笑う。

「人間の中には潜在意識と、顕在意識というものがあります。潜在意識というのは、いわゆる無意識というもので非論理的です」
 十数人もの人の前で催眠術を教えるのは、最初は抵抗があった。しかし値段は格安だし、やっていて面白いし、様々な人と出逢うのは良いことだ。
「顕在意識は論理的、自分で意識でき、思考することのできる範囲です」
 カセイノのように真面目な生徒もいるし、そう考えるとトレルは自分のしていることに間違いはないと思えた。
「催眠はこの潜在意識に――」
 大きな音を立てて扉が開かれる。一同はそちらを見た。
「やっと見つけたぜ、催眠術師さんよぉ」
 パラ実の国頭武尊(くにがみ・たける)だ。トレルは最も間近で顔を合わせた彼が怖かった。身長差はもとより、脅された経験がトラウマともいうべき恐怖になっている。
 会場へ入って来ると、武尊はトレルの胸倉を掴んだ。
「ちーとさぷりの次は、依存性のある催眠術でマルチ講でもやるつもりか? 懲りずに舐めたことしやがって!」
 すると、カセイノが止めに入った。「お前、先生に何しやがる!」
「ああ? 知らねぇのか、お前」
 武尊はトレルを突き放すと、その場にいた全員へ聞こえるように言う。
「こいつ、ちーとさぷりの売人と同一人物だぜ! 騙されるな、こいつは悪者だ!」
 今現在の武尊こそ悪者に見えたが、事実があまりにも衝撃的すぎる。パラ実の言うことを鵜呑みにするのも躊躇われるが、トレルは認めたのか、反論せずにびくびくしている。
「え? うっそ、マジかよ!? いや、でもあれは終わったことだし……」
 と、混乱するカセイノ。
「こいつは全部没収させてもらう!」
 そう言って、武尊がトレルの用意したアロマキャンドルを取り上げる。「ああ、それ、安くないのに……」
 もうすでに涙声のトレル。
「ああ、そういやさ、先生」
 はっと我に返ったカセイノが彼女へ顔を向ける。
「このアロマキャンドル、使わなくってもいけるんじゃねぇか? 結構匂いきついし」
「え?」
「だってこいつ、マジックアイテムだろ? それが先生を術者って認めてるんだし、先生はそんだけの力があるんじゃないかって思って」
 武尊がせっせと「マジカルみかん」を袋に回収している。
「カセイノさん……」
 もしそれが本当なら、自分をもっと信じても良いのかもしれない。

 林田樹(はやしだ・いつき)は困惑していた。
「な、何だ、お前たち? 何をしようと……」
 ジーナと章が彼女を椅子へと座らせる。
「大丈夫、リラックスしてください」
 そう言われても、と反論しそうになってやめる樹。とりあえず、言うことを聞いてみるか。
「樹ちゃん、両目を閉じて」
 ジーナがアロマキャンドルに火をつける。使い過ぎるとネガティブな気持ちにさせる道具だが、素人である自分たちはそれに縋る結論となったのだ。
「数字を三つ数えると、記憶の世界へと移動します。いち、に、さん」
 樹の前に一人の暴漢が現れる。確か、彼は自分にプロポーズをしてくれた大事な――。
「何が見えますか?」
「や、やめろ! みんなは関係ないっ!」
 ジーナがはっとして樹の手を握る。「樹様!?」
 ――けれどもそれは、後で知ったことだ。あの時の自分には分からなかった。だからこそ今度は……。
「ねーたん! こた、ここらおー!」
 部屋の外で待つコタローが異常に気付き、声を上げる。
 声がする、声がする。ああ、そうだ。私が銃器に執着するようになったのは、過去があったからだ。
 だから――もう二度と、大切な人を撃ちたくはない。