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退行催眠と危険な香り

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退行催眠と危険な香り

リアクション

9.

 柴崎拓美(しばざき・たくみ)アース・フォヴァード(あーす・ふぉう゛ぁーど)が待合室へ入ると、そこには数人しかいなかった。どうやらまだ早かったらしい。
「私だって悩んだり落ち込んだりするけど、傍にいてほしい時に誰もそばにはいてくれない。だから私、一人でも大丈夫なように、もっと強くなるわ」
「理沙さん?」
 何かを決心したように言う白波理沙(しらなみ・りさ)に、チェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)が目を丸くする。「そんなことを言うなんて、どうしたんですの?」
 理沙の様子はどう見ても落ち込んでいた。しかし、その理由は分からない。
 拓美は少女たちの会話を聞き流していたが、やがてその目的に気がついた。「マジカルみかんを取り上げる前に、診てもらったらどうです?」
「もしかして、あなたたちも掲示板を見たんですか?」
 顔を上げた理沙に手を差し出す拓美。
「僕は柴崎拓美といいます」
「……白波理沙よ。あなたも勇者になるのね」
 と、握手をする。彼らは掲示板を通じて、この場に集まった同志だった。

 ふいに奥の部屋から物音がして、ミハエルが中へ入る。
「ミハエル! そのアロマキャンドルを壊してしまいなさい!」
「言われなくても分かっている!」
 何が起こったか分からないトレルに構わず、アロマキャンドルの火を消すと同時に破壊するミハエル。
 理沙たちも慌てて中へ入って来ると、トレルへ言った。
「これ以上、犠牲者は出させないわ!」
「アロマキャンドルは没収です!」
「それのせいで五月病になってる人たちがいるんです!」
「言っても分からねぇようなら、無理やりやめさせるまでだ!」
 あまりの出来事に椅子から落ち、床へ尻もちをつくトレル。
「は、はぁ?」
 そこへ入って来るザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)本郷涼介(ほんごう・りょうすけ)
「マジカルみかんの説明書、ちゃんと読みましたか?」
 と、ザカコは説明書の実物をトレルへ突きつけた。それを受け取り、目を通すトレル。
『暗示効果のある魔法を込めた特殊なロウで出来ており、使い過ぎるとポジティブを超えてネガティブになるので要注意』
「え? 嘘、これ……前向きになるんじゃないの?」
「だから、ちゃんと読まなかったのが原因でしょう」
 呆れたように言うザカコを見て、トレルはようやく合点がいく。「じゃあ、俺がしてきたことって……?」
「ネガティブにしてきただけだな。だいたい催眠術は、催眠技能士という資格や、催眠の博士号を得た人間が行うのが好ましいんだ」
 トレルの瞳に涙が浮かぶ。だから五月病の患者も多かったわけか! いや、違う、自分には資格も何もないのだから……。
「それって、俺には何の力もなかったってこと?」
「だろうな。この部屋、みかんの匂いが染みついちまってるし」
 と、室内を見渡す涼介。
 はっと振り返ると、引き出しの中に隠していたアロマキャンドルをミハエルと満夜が破壊していた。すっかり粉々になっていく「マジカルみかん」。
「で、主役のAyakaさんっていうのは?」
 と、トレル以外の女性を見るザカコ。みな一様に首を振ったかと思うと、アパートの外から誰かの走って来る音がした。
「またお前か!」
 と、入って来るなり勢いよくトレルへ飛び蹴りをする夜薙綾香(やなぎ・あやか)
「ああ、Ayakaってそっちか!」
 涼介はちーとさぷりで世話になった人物が、今回の突撃計画の首謀者だったことに気がつく。
「物の副作用はよく調べてから使え、馬鹿者!」
 遅れてやってきた布都御魂(ふつの・みたま)は「お久しぶりです、ちーとさぷりの時はどうも」と、意識が半分飛んだトレルを捕まえる。
「それとお前の素性も調べてきてやったぞ! 本名は目が取れる――」
「わーっ! ちがう、ちがーう!!」
 我に返ったトレルが大声を上げるが、時すでに遅し。
「トレルさん、あの、大人しくした方がよろしいかと」
 御魂のフォローも今更で、綾香の手には情報が詰まっていると思しき紙の束がしっかと握られている。
「ああ、目賀獲(めがとれる)だったか。発音には気をつけないとな」
 そして綾香は高らかな声で実性別を暴露する。「性別はおん――」
「お仕置きは任せろー!」
 突然現れた毒島大佐(ぶすじま・たいさ)は、トレルの腕を掴むとあっという間に去ってしまった。
 何が起こったのか理解できなかったものの、とりあえずお仕置きはあの人に任せても良さそうだと一同は思う。
 そして、掲示板で行く末を見守っていた彼らは綾香へと視線を向ける。
「情報はまだあるぞ?」
 トレルの努力が水の泡になった瞬間だった。

 目賀獲(めがとれる)、女、20歳、148cm。自称・永遠の十四歳。
 この数年で勢力を増してきた株式会社目賀の社長令嬢。
 地球での暮らしに飽き、パラミタへとやって来た。しかし父親からは早く地球に帰ってこいと言われており、その過保護ぶりは社内でも有名。
 女性であることにも飽きている為、しばしば男装しては少年系を目指す。一人称が俺なのもそれが理由らしい。
 好奇心旺盛な為、これまでにもいろいろなことに手を出してきたが、最近は客を相手にするのがお好きな様子。
 by目賀家の召使い一同