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退行催眠と危険な香り

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退行催眠と危険な香り

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382 :大佐:2020/05/22(金) 20:18:36 ID:BusUZiMa
残念ながら、同一人物であろう。
講習会に乗り込んだ勇者がいるとのことだが、
昨日、退行催眠を受けた人はアロマキャンドルを
焚いていたと証言している。
結局、没収したくらいじゃ反省しなかったらしい。

8.

 今日最後の客はミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だった。
「10年前かな、お母さんを通り魔に殺されたことがあって、それがトラウマなの」
 と、ミルディア。
「分かりました。では、リラックスして目を閉じてください」
「はい」
 アロマキャンドルに火をともせば、室内に爽やかな香りが広がる。
「数字を三つ数えると、あなたは記憶の世界へと移動します。いち、に、さん……」
 大好きなお母さんと手を繋いで歩いている。笑っている、あたし。
「何が見えますか?」
「お母さん……それと、テディベア」
 おもちゃ屋さんに置かれたそれに惹かれたあたしが、かけだす。
「何が聞こえますか?」
「いろんな人が、騒ぐ声」
 はっと振り向いた先に刃物。直後にあたしを庇って倒れたお母さん……嫌だ、思い出したくない。
『ミルディ、怪我はない?』『お母さん……!』
 近くにいた人たちが通り魔を捕まえる。あたしはただ、お母さんに縋りついて泣いていた。
『泣かないで、ミルディ』『でも、でもっ』『いいのよ、これで。あなたが無事で、強い子に育ってくれさえすれば』
 お母さん? 何を言ってるの、あの時はそんなこと言ってくれなかった。
『あなたは優しい子だから、自分を責めたりしないでね。ミルディ』
「お母さん!!」

 扉を開けて出てきたミルディアの様子に和泉真奈(いずみ・まな)はびっくりした。
「ミルディ? どうしたんですか?」
「……」
 トレルは扉を開けたまま、二人へ言う。「どうか、気をつけて帰ってくださいね」
 ミルディアは気が抜けたようにぼーっとし、いつもの元気がどこにも見られない。トレルは彼女の様子が変だと気づいていたが、自分の仕事はもう終えた。
「はい、ありがとうございます。……帰りましょう、ミルディ」
 と、真奈は彼女の肩をそっと抱いて出ていく。扉が閉まるのを見送ったトレルが背を向けると、再び扉が開いた。
「トレル・ウォーカーさんですか?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。
 彼女はトレルの返答を待たずに奥の部屋へ入ると、アロマキャンドルの火を吹き消した。「噂で聞いたの。市販のアロマキャンドルもいいけど、自分で作ったものはとっておきよ」
「いや、あの……え?」
 困惑するトレルの腕をがしっと掴むルカルカ。「というわけで、一緒に作ってみない?」

 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)の家へと拉致されたトレルは、抵抗する間もなくアロマキャンドル作りをさせられ、それが終わると同時にお茶会が始まっていた。未だ帰れそうな気配はない。
「なぜトラウマを克服させようと思ったんだ? 良ければ聞かせてくれないか?」
 と、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が唐突に問う。
「え? どうしてって……」
 トレルは少し考える。正直に答えるべきか、素敵な答えを返すべきか。
「一人でも多くの人の心を癒してあげたくて、です」
 本当はただ興味があってやり始めたら面白くなってしまった、のだが。
「本当に?」
 と、エース。トレルは思わず身構えた。まさか、見抜かれている?
「お茶のおかわりはいかがです?」
 そう言ってエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)が空のカップに紅茶を注ぐ。
「素直に言っていいのよ。本当はあなたも何かトラウマがあるんでしょう?」
「……は?」
 困った。何故だか真面目な方向に話が進んでいる。
「話なら聞いてやるぞ」
「誰にも話したりしないよ」
「ね?」
 唯一の常識人と思しきエオリアさえもこちらを見てにっこり微笑んでいる。
 トレルはとっさに口走った。
「あの、実はそうなの。あなたたちには負けたわ」
 っつーか、帰らせてくれ。
「……その、私ね、実は家がすごく貧乏で」
 昔の話だがな。
「借金取りから逃げ出す為に、家族でパラミタへ来たの」
 来たのは俺一人、すっかり自由の身だぜ。
「それで、いろいろな商売をやって生活費を稼いでいるんだけど」
 ごめんなさい、ただの自己満足です。むしろ、稼ぐ必要性ってないんだよなぁ。
「だからああして、私みたいに心が病んでる人たちを助けたいと思ったのがきっかけなの」
 まぁ、心が病んでいるのは百歩譲って認めるがな……!

   ×  ×  ×

427 :名無しの暇人:2020/05/23(土) 17:12:49 ID:Ry0sUke
え、マジで!?
じゃあ自分も行こうかな。
トレルには言いたいことあるし。

428 :名無しの暇人:2020/05/23(土) 17:20:54 ID:Akem1ya
そうですね。
五月病患者も増えてるし、そろそろお灸をすえるべきかもしれません。

429 :名無しの暇人:2020/05/23(土) 17:47:23 ID:sAnbaLAn
ってことは、明日で催眠術師も終わりだな!
ヒャッハー! 考えただけでわくわくするぜ!

430 :大佐:2020/05/23(土) 17:49:58 ID:BusUZiMa
みんな、がんばれ。

   ×  ×  ×

 昨夜は散々だった。
 結局家に帰れたのが日付の変わった頃で、睡眠もろくにとれなかった。
 しかしこの退行催眠をやめるわけにはいかない。今日もたくさんの人が私を待っている――!
「あれ?」
 いたのは二人だけだった。朱宮満夜(あけみや・まよ)と連れのミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)である。
「えっと、ではさっそく中へお入りください」
 と、気を取り直して満夜を部屋へ案内する。ミハエルは待合室で待機だ。
「お名前をどうぞ」
 ソファに座った満夜が演技に入る。
「朱宮満夜です」
「満夜さんね。ご用件は?」
 と、向き直るトレル。
「あの、最近、同級生に執拗に追い回されたせいか、異性に対し恐怖を覚えるんです。同じ女性のトレルさんに相談すれば、何とかなるって……」
「なるほど」
 トレルは満夜の演技を見抜けずに、納得する。
「それがトラウマなんですね。分かりました」
 と、アロマキャンドルへ火をつけるトレル。
「リラックスして、目を閉じてください」
「はい」
 爽やかな香りが気持ちを楽にする。しかし、その香りは意識すればするほど、自分の身体にまとわりつくような気がした。
「数字を三つ数えると、あなたは記憶の世界へと移動します」
 いち、に、さん……。