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リアクション
初心忘るべからず
鋭く鞭を打ち鳴らした熾月 瑛菜と、この生意気な小娘をどう料理してやろうかと怒りに顔を歪ませているE級四天王の対峙を、やや離れたところの青空教室で勉強していたパラ実生達は、書きかけのペンの手を止め、おもしろそうに眺めていた。
公孫 勝(こうそん・しょう)もその一人だ。
彼女は授業は適当に聞き流しながら、右手にあんパン左手に牛乳瓶を持ち、遅い朝食をとっていた。
「元気な女の子ねぇ……。でも、そういう子、お姉さん嫌いじゃないわぁ♪ ね、あなたもそう思いませんかぁ?」
ニコニコしながら横の席の万有 コナン(ばんゆう・こなん)を見やれば、彼は大きな体で机を覆うように張り付きながら、一心に何かを吸っている。
どう見ても不審な行動に勝がコナンの机を覗き込んでみれば、一抱えもありそうな缶に顔を突っ込んでいた。
もっとよく見てみると、コナンの鼻にストローがささっている。缶の中身は……。
「粉? ……ちょっと、大丈夫なんですの〜?」
コナンからの返事はない。
缶のラベルから高価なプロテインだということがわかったが、これは鼻から吸引するものではない。
さらにコナンはどこか恍惚とした目をしていた。
※よい子の皆さんは使用上の注意をよく読んでご使用ください。
こんな風景もパラ実では日常のこと……と、視界の隅におさめながら白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は小さくため息をついて席を立った。
たまには真面目に授業を受けてみよう、と出向いてみればこの通りだ。
周りの雰囲気から、もう授業になりそうもないと感じた珂慧は、諦めて野次馬に加わった。
いや、少し気になったのだ。
「何でトップを取るだって? 新入りが何様のつもりだ?」
「聞いてなかったのかい? あたしは熾月 瑛菜! 歌でパラ実の」
「誰が二度も自己紹介しろって言ったよ! なめてんのガファ!」
「うるさいよ……」
瑛菜の台詞を遮ったE級の台詞を、さらに珂慧が遮った。野球バットで。席を立った時に持ってきたのだ。
後頭部を強打され、転がって悶絶しているE級をポカンと見下ろす瑛菜に、珂慧はそっとそのバットを手渡した。
「先輩達が野球するって言ってたから、後で言ってみるといいと思うよ」
「あ、ありがとう……」
「別に……」
珂慧としてはどちらに味方する気もなかったのだが、瑛菜がどんな歌を歌うのか少し気になったのだ。だから、ここでE級四天王に倒されては困る……動いたのはそんな理由からだった。
「お兄ちゃん、ありがとねっ」
瑛菜のパートナーのアテナ・リネアがニッコリしてお礼を言った。
それに対しても珂慧は眠そうな目で頷くだけだった。
珂慧が席に戻るのを見送り、せっかくバットももらったことだし野球でも見に行こうか、と二人で話していた時だった。
ハァハァと荒い息遣いが真後ろから聞こえ、二人は飛び上がるようにして振り向いた。アテナは無意識にファイティングポーズをとっている。
そこには、サングラスとマスクとコートを身につけた、怪しさばかりアピールした何者かが水筒片手に立っていた。
二人と一人は、しばらくそうしてお互いの隙を探るように睨み合っていた。
……というのは野次馬の見解で、実際は瑛菜とアテナは警戒するあまり動けなかっただけだし、怪しい人物は走ってきたので息切れしているだけだった。
「あの」
耐え切れず瑛菜が話しかけたのと、怪しい人物が水筒を差し出したのは同時だった。
「これを、飲んでください。私の特製の【聖水】です。野球見物に行かれるなら、きっと試合に巻き込まれますよ。これを飲んでいけば荒っぽい試合でも活躍できます」
何の変哲もない水筒だが、持っている人物が怪しいとそれまで怪しく見えるから不思議だ。怪しい臭気を発していそうだが、実際は無臭である。
アテナが瑛菜を守るように進み出て聞いた。
「なんの【聖水】?」
「この【聖水】は……ふふ、例えばこんな効果があります」
怪しい人物はコートのポケットをまさぐり、メモを一枚取り出すと読み上げはじめた。
「『【この聖水】を飲んだら生徒会長になれたぜ!』……新生徒会長の姫宮和希さんからのコメントです」
まさか、と目を丸くするアテナと瑛菜。
だが、すぐにアテナは表情を引き締めて再び瞳に疑いの色を浮かべる。
怪しい人物は、彼女の反応にも慌てず言葉を続けた。
「あの【中原の女帝】横山ミツエさんも『私がここまでやれたのも、あの時【あの聖水】を飲んだおかげよ』と言うほどの効果です」
「……」
野次馬の一部から「あれが伝説の……!」と、どよめきが起こったが、ますます疑わしそうに、アテナはサングラスとマスクに隠された素顔を見ようと聖水売人を凝視する。
彼女はわずかにたじろぐが、【聖水】を勧める押しの強さは変えなかった。
「四天王を目指すのでしょう? それなら必需品ですよ! 普段は五千Gなんですが、今だけお試しキャンペーン中でタダで飲めちゃうんです。さあ、飲んでみて! ほら、いいから!」
ついに聖水売人は押し売りに変わった。
アテナを押し退け、瑛菜の口に蓋を開けた水筒を押し付ける。
「ちょちょちょ、ちょっ、まっ」
慌てて押し売りを押さえようとした時、突然、押し売りの体が宙を舞った。
同時に怒声が響く。
「いつまで俺の上でくっちゃべってやがんだー!」
押し売りは倒れたE級の上で商売をしていたようだ。誰も気づかなかった。
綺麗に一回転して着地した押し売りは、邪魔されたことに腹を立てたのか、むぅ、と唸っている。
押し売り、いやレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)は飛ばされた時に【聖水】をダメにされ、ムッとしていた。
顔を真っ赤にしたE級四天王は舎弟を呼び集めると、瑛菜達をまとめて始末してやると宣言した。
今度こそ勝負が始まるのか、と野次馬達が再び盛り上がり始める。
E級が舎弟達に命令を飛ばそうとした時だった。
彼の肩を軽く叩く者がいた。
「また邪魔する気かァ!?」
いきり立って振り向いた先にいたのは、スボンのポケットに手を突っ込んでやる気なさそうな目をした高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)だった。
「もういいじゃねぇか。おまえの強さは充分わかったよ。一応授業中だし……そろそろ朱黎明さんも来るんじゃないかな」
「……ッ」
C級四天王の名だ。
彼の前で不興を買うようなことをしたら、その場で粛清されるかもしれない。
「だから、そろそろ……」
「私がどうかしましたか?」
ギクッと肩を震わせたE級が、声のした方へ顔を向ければ、それは舎弟達の中だった。
朱 黎明(しゅ・れいめい)は愛想の良い微笑みで穏やかに言う。
「そちらの新入生にパラ実の厳しさを教えて差し上げるのでしょう? さあ、存分にどうぞ。私もお手伝いしますよ」
おいおい、と呆れたのは悠司だった。
これでは先ほどの発言が無意味になってしまう。
そんな彼に黎明は「すみませんねぇ」と、まったく悪いと思っていない顔で応じた。
「私は知りたいのですよ……」
そう呟いて、新入生のほうを楽しげに見る黎明。
この人の癖が出たか、と悠司は諦めるしかなかった。
「知りたいって……まだガキじゃねぇか」
「どっちを見ているのですか。熾月瑛菜のほうですよ」
「言ってみただけだよ」
C級四天王が味方についたことで、E級四天王は急に勢いづいた。
「はははははは! 泣いて土下座したら許してやらなくもねぇぜ! ほら、やってみろよ。ケツを高く上げるんだぜ」
「誰が!」
馬鹿にされたことに表情を険しくさせた瑛菜は、E級を睨みつけて身構えた。
しかし、人数的に圧倒的に不利だった。
全部で十数人の相手に対し、瑛菜のほうは彼女とアテナの二人だけである。
それでも引く気はないのだが。
瑛菜の鞭を握る手にグッと力が込められた。
「気が強いですわね……おまけに顔もかわいいし。うん、合格点。今回はあなたの味方をして差し上げますわ」
不意に優美な声がしたかと思うと、瑛菜の周りに五人の男女が並んだ。
声をかけたのは崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)だ。
何度も邪魔され、E級四天王のイライラはピークに達していた。
「何だてめぇは!」
「【鷹山剛次の情婦】黒鉄亜矢……といえばわかるかしら?」
「く、黒鉄亜矢だと!? そんな奴が何でここに……他の奴らはてめぇの舎弟か!?」
「そんなわけないでしょ! たまたま目的が同じだっただけだよ。自己紹介しとこうか? あたしは【銀幕のヒーロー】葛葉 明! よろしく!」
野球バットを担いで堂々と名乗る葛葉 明(くずのは・めい)。
続く柊 連(ひいらぎ・れん)。
「蒼空学園の柊 連。入学早々喧嘩なんて……それも女の子相手にさぁ」
そういう連も新入生だし、可憐な容姿は瑛菜より幼く見える。
ここで他校だの何だの気にする人はいない。細かいことは気にしないのだ。
「連ちゃんもルーキーか。もうこれからはあたし達ルーキーの時代だよ。旧生徒会の四天王さんはお呼びじゃないの!」
連と肩を組み、明が嘲笑うように言った。
そんな明に異を唱えつつ、本来の目的は忘れない春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)。
「マナカも【E級四天王】なんだけど。あの人と一緒にしないでほしいなっ。マナカはかっこいいお姉さんの味方なのだ!」
左の頬にハート型のペイントがかわいい真菜華が両手に抱えているのは、巨獣狩りライフルだ。
「ボクは静かにご飯を食べたいんだよねぇ」
【一般学生】月谷 要(つきたに・かなめ)は、優しげな微笑で困ったように言ったが、その瞳は真冬の深海のように冷えていた。本当に一般学生なのか怪しいところだ。
何だかよくわからないが味方してくれるらしい頼もしい面々に嬉しくなった瑛菜は、アテナに喜びを伝えようとして……。
「あれ、いない。アテナ?」
「ここだよ〜」
きょろきょろと探すと、だいぶ後ろのほうから助けを求めるような声が上がった。
アテナは、長い赤い髪の色っぽい女に捕まっていた。
「アテナ!?」
「この子のことはあたしに任せて、思う存分やっちゃいなさい♪ ──ねえ、名前教えてくれる? あたしはヴェルチェよ。荒野の孤児院の副管理人をやっているの♪」
「アテナ・リネア……」
「アテナちゃんね♪ ここには何しにどうやって来たの? 授業フケて遊びに行く? 背中のサックスは?」
かわいい生き物を愛でるようにアテナの頭を撫でながら、次々と質問を繰り出すヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)。
アテナは半ば目を回しながらも律儀に答えていく。
「ここには、軽音部を作ろうと思って……。授業は……えっと、さっきおにーちゃんにバットもらって、野球やってるからって勧められて、サックスは、アテナが吹くんだよ」
アテナは解放してもらえそうにないと思った瑛菜は、とりあえず彼女は安全だろうと判断し、目の前の敵を片付けることにした。
ようやく始まる勝負にE級四天王が指を鳴らす。
「そんじゃ、行くぜ!」
大きく吼えた時。
ベベンッ
どこからかギターをかき鳴らす音が響いてきた。
「また邪魔する気かァ!?」
こめかみに血管を浮かべて絶叫したE級の視線の先には、机を高く積み上げたてっぺんでこちらを見下ろし不敵に笑う姫宮 和希(ひめみや・かずき)がいた。
E級の目が見開かれる。
「生徒会長……!」
「女子供に多勢に無勢とは漢らしくねーぜ。とはいえ、新入りもパラ実生を目指そうというなら多少の生存術は身につけておくもの。……正々堂々と勝負してお互いに友情を深めやがれ」
「だから、さっきからそうしようとしてんだろうが! 何回邪魔が入った、エ!?」
地団太を踏んで訴えるE級だが、周りはたいして気にしていなかった。
和希は積み上げられた机のてっぺんから飛び降りると、瑛菜達の側に加わる。
「新人のハンデに、俺は瑛菜についてやるぜ。瑛菜が負けてもデート一回くらいで勘弁してやれよ」
「ちょっと勝手なこと言わないでよっ」
瑛菜が反対の意を示すが和希は話しを先に進める。
「さあ、勝負の内容はなんだ!」
「聞いてるの!?」
「終わったら歓迎会やるからな。みんなで来いよ! E級、おまえもだ!」
「話しを聞けー!」
喧嘩の規模は大きくなったが、始まるのはもう少し後のようだ。
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