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螺旋音叉『怠惰』回収

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螺旋音叉『怠惰』回収

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4.飛行部隊

 地上でスライムもどきの壁に、ついに穴が穿たれようとしているとき。
 空中からの救助と、螺旋音叉『怠惰』を特殊仕様の飛空挺に懸架回収しようとする飛行部隊もまたその活動を開始していた。
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)はレッサーワイバーンを駆って空中からクレーター全体の様子をうかがう。
 事前の情報通り、クレーターの中心にはねじれた巨大な音叉。そして救助を待つ学生たちの姿も見て取れる。
 異様なのは、クレーターの中にはまったく植生が見られないことだ。スライムもどきの壁の外側にはこのあたりによく見られる様々な植物がある。しかし、黒い壁の中は、まるで死の砂漠と入れ替わってしまったかのようだ。
「良い子だね……もう少しがんばって」
 アリーセはレッサーワイバーンの固い鱗に覆われた首筋をなでてやる。レッサーワイバーンは、本能的な恐怖を感じているのか、少し気を抜くと螺旋音叉『怠惰』から離れようとする。
「アリーセ、さっさと回収するぞ。地面の感じも、クレーター状にえぐれているってのも気になる」
 久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)は自分で調整した飛空挺に乗り込んでいる。飛空挺後部には、大型のウィンチが据え付けられている。グスタフは剣の花嫁だが、この高度までは螺旋音叉『怠惰』の効果は及ばない。いつもとまったく変わらない様子だ。
「……しかし、何だってこんな地形になるんだ」
「そっちの飛空挺は異常ないの?」
 アリーセは螺旋音叉『怠惰』の回収を行う飛空挺に異常が発生したときに備えてレッサーワイバーンに乗っているのだ。
「快調だ。今のところな」
 久我はポケットからよれよれのタバコを取り出すと、口にくわえた。
「ちょっと、匂いつくから火はつけないでよ!」
「はいはい」
 肩をすくめる久我の横に、空飛ぶ箒にまたがった少女が並ぶ。
「ワイヤーをくくりつけます! そのままのばしてください!」
 朱宮 満夜(あけみや・まよ)は、上空の強い影に負けないように声を張り上げる。久我は了解したというように小さく手を振ると、手元の操作盤で、ウィンチを操作する。
「こっちも準備良いぞ!」
 空飛ぶ箒を操りながらミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)は上空に待機している飛空挺に声をかける。
 この場にいる飛空挺は三機。一機でも行動不能になれば、その時点で螺旋音叉『怠惰』の回収は不可能となる。
 そのためにも、アリーセは飛空挺に異常がないか警戒しているのだ。
 二機目の飛空挺の乗り手、大久保 泰輔は螺旋音叉のほぼ真上の位置に飛空挺を停止させている。
「んじゃま、そういうわけで」
 泰介の飛空挺からは、ワイヤーがだらりと輪の形になって垂れ下がっている。本来なら先端についているはずのフックは、讃岐院 顕仁の着物の帯に引っかけられている。
「ふむ、雅やかでないな」
 顕仁は新しい帯の様子を見るように体をひねったりしている。
「いってらっしゃ〜い」
 泰輔は顕仁の背中を蹴り飛ばす。
「あなや〜」
 悲鳴すらも雅やかに顕仁は落ちていく。
「はぁ!?」
 突然の字体にミハエルは目をむく。いくら何でも無謀だ。数十メートルの距離だが、その間に加えられる加速度は、生物の体を破壊するには十分すぎるほどだ。
「っとう!」
 顕仁はすばらしいバランス感覚で螺旋音叉『怠惰』の上に降り立つ。ひらひらとした装束が、パラシュートのような役目を果たしてくれたらしい。
「無理はしないでくださいね」
 満夜はミハエルの飛空挺からつり下げられたワイヤーを螺旋音叉『怠惰』に固定しながら声をかける。
「何のこれしき……世を治めることと比べれば造作――」
 ――顕仁が、消えた。
 螺旋音叉には、隠された力があったというのだろうか。
「ユリウス! 見えるか」
 三機目の飛空挺を操る天城 一輝(あまぎ・いっき)は機体を傾けて地上を伺う。
「いや――本当に前触れもなく消えたようにしか見えないな」
 ユリウス プッロ(ゆりうす・ぷっろ)が目をすがめながら、ゆっくりと頭を振る。
「む、なにやら大騒ぎではないか?」
 泰輔の背後に現れた顕仁は首をかしげる。顕仁を探すために、すでに地上の救出部隊にも連絡が行ったあとだった。
「あれ? なんでいるんだ」
 目を丸くする一輝に、泰輔はこともなげに答える。
「召喚した」
 そして二本目のワイヤーのフックを顕仁の帯に引っかける。
「行ってらっしゃい」
 泰輔は再び、顕仁を宙に放り出した。ドップラー効果を実感できる悲鳴を上げながら落ちていく顕仁。
「やるな……」
 一輝の目が光がともる

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、レッサーワイバーンを駆ってスライムの壁と音叉の中間地点で身動きがとれなくなっている者たちの救助に当たっている。
「よし、じゃあ、次に行ってくるぞ」
 多量の出血のせいで唇が紫色になりつつあったエヴァルト・マルトリッツをエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)に預けると、唯斗は再びレッサーワイバーンを宙に躍らせる。
 体の小さいレッサーワイバーンでは、一度に一名ずつを救出するのがやっとだ。剣の花嫁であるエクスは、スライムの壁の外側で待機している。
 怪我のひどい者を順に運んでいるが、なかなか時間が掛かりそうだ。
「エクス、緊急事態の時には、弾力的に対応しましょう」
 プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)は、壁の外側で治療に当たるエクスのサポートをしている。何か緊急事態があったときには、何が何でもエクスを守るのが彼女の役目だ。
「アドリブというわけですね!」
「あどりぶというわけです」

 紫月 睡蓮(しづき・すいれん)は螺旋音叉『怠惰』に同じ周波数の音をぶつけようとしていた。より近くで、最新の情報を解析した結果の音をぶつけてやろうとしているのだ。
 唯斗と一緒に救助者の近くに降り、そのあとは徒歩で螺旋音叉『怠惰』の近くまでやってきたのだ。
 勾配があるとはいえ、無傷の睡蓮であればすぐの道のりだった。
 近くで見る螺旋音叉『怠惰』は、まるで脈打っているようで、大きさもほんの一瞬音叉そのものから意識をそらした間に変化しているような気がする。
 ウィザードである睡蓮の目には、螺旋音叉『怠惰』の内側に、折りたたまれた巨大な魔方陣が映る。体が螺旋音叉『怠惰』を見ることを拒否するかのように、視線が知らぬ血に余所へとそれていく。
 睡蓮の目が、学生たちの攻撃でついに崩壊した黒いスライムもどきの壁をとらえた。
 睡蓮はその瞬間、スライムもどきの目的を理解した。