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リアクション
5.大変なことになっています
教室の入り口で呆然と立ち尽くしている地祇らしき幼女を見つけたビルは、その背後に立ったところで足を止めた。
後ろを振り返ったつかさが言う。
「地祇さんもいらっしゃいましたことですし、答えを聞いたって良いんですよ」
シズルは困惑していた。しかし、それ以上に困惑していたのはビルの方だった。
「……やばいの見たかも」
と、顔を逸らすビル。まさか、昼間から女の子同士の絡みを見ることになるとは思わなかった。
ユベールは答えようか答えまいか悩んでいた。否、答えてあげても構わないのだが、これは果たして勉強の内に入るのだろうか?
「勉強の邪魔でしかありませんわ!」
唐突に叫んだレティーシアが席を立ち、怪しいことになっているつかさとシズルを睨む。
「まだまだ宿題は残っているのです! 保健体育は今、必要じゃありませんの!!」
どうやら、勉強における集中力が切れたらしい。シズルを挟んでレティーシアとつかさがやり合うのを見て、ユベールは安堵の息を吐いた。
もっとまともな生徒を探そうと歩いていくと、二本の刀を振り回している楮梓紗(かみたに・あずさ)に出くわした。
「見つけたぞ、地祇ー!」
と、殺気を放ちながらユベールを睨む梓紗。刀をぶんぶんと振り回すその姿は、二刀流というよりかはただの危ない人だ。
「出かけた答えを潰された怒り、思い知れッ!」
これまでにないほど物騒な梓紗から逃走を始めるユベール。
強い恨みがあるのか、梓紗は全く手加減のない様子で追ってきた。振り下ろされた剣先が肩を掠め、思わず叫ぶ。
「だ、誰か助けてぇ!」
「やめるのだ、梓紗殿っ」
タイミング良く現れた漆野檀(うるしの・まゆみ)が梓紗を後ろから羽交い締めにした。
「ひとまず刀を降ろすのだ、梓紗殿!」
「放せ、あたしは地祇に用があるんだぁ!」
と、刀を振り回す梓紗。廊下のど真ん中で刀を振り回すのは、他の生徒にも迷惑だ。
檀はどうしたら落ち着いてくれるか考えていたが、実際は刀を受けないようにするのが精一杯だった。
「ああ、逃げるな地祇ー!!」
はっとした梓紗が叫ぶと、ユベールは曲がり角の向こうへさっと消えて行った。
「いやいや、お礼なんていりませんよ。カワイイ後輩のためですからっ」
そして高笑いを上げ、廊下へと出てくるクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)。
隣の教室を覗いた彼は、そこで生徒に答えを教えているユベールの姿を発見した。
答えを教えられた生徒はユベールに感謝するが、構わずに歩き出すユベール。反対側の扉から廊下へ出てきたユベールの隣へ立って、クロセルは声をかけた。
「俺と似たような事をしている者がいるとは知りませんでした」
「似たようなって?」
ゆっくり歩きながら、聞き返すユベール。
「後輩に勉強を教えるという行為ですよ」
「ああ」
納得しながらも、ユベールはクロセルにあまり興味がわかなかった。それよりも喉が渇いた。
「あ、ほら、あそこにも悩んでいる生徒が!」
と、教室へ入っていくクロセル。無視するのも可哀相だったので、ユベールもその後を追って中へ入った。
そこで悩んでいたのはエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だった。
その隣ではミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が悩むエヴァルトを見守っている。
「これは分子式の問題ですね」
と、背後から首を突っ込んできたクロセルにびくっとするエヴァルト。
「あ、ああ、化学の宿題だけ残してしまって」
と、エヴァルトが言うと、クロセルの隣で覗き込んでいたユベールが口を開いた。
「答えは2番だよ」
「え?」
クロセルが問題を解いている間に答えを出してしまうユベール。エヴァルトはそれを書き込みつつ、彼女へ問いかけた。
「どうして、そんなに瞬時に答えが分かる……?」
ミュリエルも不思議そうにユベールを見つめていた。
「どうしてって言われても……分かるものは分かるんだから、何ていうか……」
と、ちょっと悩む様子を見せる。すると、クロセルが名誉挽回とでも言うように口を開いた。
「そもそも選択問題で悩むなんて、不勉強の証拠ですよ」
空気の壊れる音がした。
「これくらい、考えなくてもすぐに答えの出る問題じゃないですか」
「……ま、まあ、そうだな。苦手だからと敬遠していたのが失敗だった」
「分かったなら良いのです。あ、お礼はいりませんよ」
と、何事もなかったように教室を出ていくクロセル。
心なし落ち込んだ様子のエヴァルトに、ミュリエルが声をかけて慰めた。
「この宿題が終わったら、一緒に空京のミスドに行くんですよねっ。だから頑張りましょう?」
哀れだと思いつつ、ユベールは自動販売機を求めて廊下へ出た。
自動販売機でおしるこ缶を買った西尾トト(にしお・とと)を見て、西尾桜子(にしお・さくらこ)は首を傾げた。
「これってお餅入ってるのかしら?」
「『入ってない』よ」
「あら、そうなんですね。教えてくれてありがとうございます。……あっ」
ぱっと横を見て桜子は声を上げた。そこにはトトの因縁の相手、地祇のユベールがいるではないか。
「報復だー!」
と、おしるこをぶっかけようとするトトだが、思ったよりも缶が熱い。
「あつっ、あっ」
狙ったわけでもなくユベールに向かって缶を放り投げてしまうと、ユベールがそれをすかさずキャッチした。
「もらっていくね!」
「えっ、ちょっと待ちなさいよ、そこの地祇!!」
と、後を追って走り出すトト。桜子は戸惑いつつも、暴走するパートナーの後を追った。
「待って、トト!」
せっかくもらったおしるこ缶、静かな場所で落ち着いて飲みたいと思ったユベールが迷い込んだのは図書室だった。
さっきも来た場所だと分かっていたが、構わずに中へ入るユベール。
図書室は先ほどよりも生徒の数が増えており、心なし騒々しい。中でもうるさいのは……。
「ツインテールはロング寄りか、ショート寄りか。俺はロングだと思うんだが、ショートカットのポイントもあるからな」
「そうね、確かに難しい問題だわ。確かに襟足にはそそられるし……」
牙竜とヤチェルである。無視して通り過ぎたユベールは、彼らの近くで真面目に勉強している生徒を見つけた。
「やっぱり千代りんのクッキー、おいしいね」
「あら、そうですか?」
教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)と御茶ノ水千代(おちゃのみず・ちよ)である。一見真面目に見えた二人だが、机の隅にはそれぞれの手作りクッキーが置かれていた。
それに惹かれたユベールが近づいていくと、二人がちらっとこちらを見た。
「あ、もしかしてあなたが噂の地祇ちゃん?」
びくっとしたユベールが返答に迷っていると、千代がクッキーを差し出す。
「良ければご一緒しませんか?」
「……う、うん」
そういえば走りすぎたせいでお腹も減っていた。ユベールが空いた席に座ろうとすると、向こうにもっと真面目に勉強をしている生徒がいることに気付いた。
クッキーを一枚もらいながら、そちらへと歩み寄るユベール。
問題は『答えを教えてくれる冬の地祇を捕まえるにはどのような方法がいいか』
「普通に捕まえる」
朔はばっと振り返ると、クッキーをかじっていたユベールを捕まえた。
「里也!」
カメラを構えた里也がユベールに向けてシャッターを切る。どうやら、ここにも地祇を愛でたい人たちがいたようだ。
ぎゅう、とユベールを捕まえて放さない朔。
クッキーを食べ終えると、ユベールはカメラを気にしながら朔を上目遣いに見上げた。
「放して?」
「……え……いや、でも」
と、躊躇う朔。捕まえていた両腕から力が抜けていく様子を見て、ユベールは悶々とする朔から逃げ出した。
棚の前で立ち尽くすセルマ・アリス(せるま・ありす)。
自分には忘れてしまった記憶があることを知った彼は、心理学を勉強してみようと思い立った。しかし、自分の求める記憶の名称が分からない。
「思い出って、何記憶って言うんだったっけ?」
棚に並んだいくつもの背表紙を眺めてぼーっとしていた。
忘れてしまった思い出があるなんて、正直なところ不安だった。勉強することで不安が少しでも解消されればいいのだが――。
「『思い出は自叙伝的記憶、エピソード記憶』って言うんだよ」
後ろから聞こえた声にはっとした。
セルマが振り返った時には誰の姿もなく、再び前を向いたセルマは、その関連から手を付けていくことにした。
「教えてくれてありがとう」
と、親切な誰かさんに一言、礼を言って。
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