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リアクション
第2章
鋭峰と二手に別れた美緒とラナは、プールへとやってきた。
プールに居る客を見ると、まだ大した騒ぎにはなっていないようであった。
「確かプールにお酒を流し込まれた、と言っていましたね……」
「ええ、郁乃さん達は救助中に被害に遭ってしまったようです。もしかしたら他に被害者が……」
「行ってみましょう、ラナ!」
美緒とラナが、現場へと駆け出した。
「こ、これは……」
「あ、アディ!? ちょ……はわわわわ……!」
「いいではありませんかさゆみ……」
プールサイドでは、デッキチェアに横たわる綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)と、彼女にのしかかるアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がいた。
「あ! た、助けてください! アディがいきなり……」
「い、一体何が……」
「私にもよくわからないんです! プールからアディが上がってきたらいきなり……」
「ああ……さゆみの髪はとてもいい手触りですわ……」
「ご、御覧の有様なんですー!」
アデリーヌはさゆみの髪を手に取り、うっとりとした表情で頬擦りしている。
予想外の出来事に、美緒達は言葉を失った。
「……完全に酔ってますね」
「ええ、どうしたらいいのでしょうか……」
「お、お願いです、何とかしてください!」
さゆみが縋り付くが、美緒達もどうしたらいいかわからず困惑した表情を浮かべる。
「……さゆみ、他ばかり見てないで私を見なさい」
そう不満そうに言うと、アデリーヌはさゆみの頬に手を添え、
「ん! むぅー!」
一気に唇を奪った。
「んっ……ふぅ……さゆみの唇、とても柔らかくて癖になりそうですわ……」
「い、今舌! 舌入れた!?」
「何を騒ぐのです、さゆみ? そんな五月蝿くて可愛い口は塞いで差し上げますわ」
「だ、だからちょっと待ってってぇー!」
さゆみの静止も聞かず、尚唇を奪おうとするアデリーヌ。
その様子を見た美緒とラナは顔を見合わせ、頷いた。
「「お邪魔しました。ごゆっくり」」
二人は見なかったことにすると決めた。
「ちょ!? ま、待ってくださいー! 助けてー!」
「何処を見ているのですのさゆみ? これからが本番だというのに」
「ってアディ何水着脱がそうとしてるの!? こ、こんなとこじゃ嫌ー! お願いやめてー!」
去っていく二人の背中に、空しくさゆみの声が響いた。
ちなみにその後、さゆみの水着を脱がしにかかったアデリーヌは、暴れたせいで酔いが回ったらしく、糸が切れたかのように眠ってしまい、眼が覚めると
「わ、私としたことが……公衆の面前であのような破廉恥な行為を……! こ、これは死ぬしか! 死ぬしかありませんわ!」
「アディ落ち着いて!」
「離してくださいさゆみ! このような恥を晒しておいては生きてなどいられません!」
「お願いだから止まってぇー!」
と、またひと悶着あったのだが、それはまた別のお話である。
――ワイハー名物巨大ウォータースライダー。
高所からくねくねと絡み合うスライダーを滑り降りる、施設内でも人気のアトラクションだ。
そのウォータースライダーの入り口に、久世 沙幸(くぜ・さゆき)と西尾 桜子(にしお・さくらこ)はいた。
「……高い、ですね」
下を覗き込み、桜子が呟く。
「……うん、高いね」
同じ様に覗き込んだ沙幸が頷いた。
「……あの、沙幸さん。今思い出したのですが……」
「うん、何?」
「わ、私……高いところ駄目なんですよぉ〜!」
桜子がガクガク身体を震わせる。
「ど、どうしよう……今から戻れないし……」
そう言って沙幸が振り返ると、そこに一匹の赤毛の猿が居た。
「あれ? なんでこんな所にお猿さんが……?」
来たときには居なかったその存在に、沙幸は首を傾げる。
「こここここ怖いよぉ〜!」
が、桜子の存在を思い出し向き直る。涙目を通り越して、桜子は泣いていた。
「だ、大丈夫だから! 私もついてるし! それじゃ、3・2・1で滑るよ!」
「は、はい!」
やや強引に押し切ると、桜子も覚悟を決めたのか頷いた。
「いくよ……さ――」
3、と沙幸が言い切る前に、猿が飛び上がり、二人にドロップキックをぶちかましていた。
「あああああああ!! まだカウントしてないのにぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「きゃあああああ!! 落ちてるぅぅぅぅぅぅぅ!!」
突然の事に耐え切れるわけもなく、二人はスライダーへ落ちていった。
「きゃあああああ!! 早い早い早い早いぃぃぃぃぃぃ!!」
「ちょ、桜子ぉぉぉぉぉぉぉ!! そんなとこ触っちゃだめぇぇぇ!!」
「こわいぃぃぃぃぃぃ!! こわいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「やっ! やぁ! そこらめぇぇぇ!!」
揉みくちゃになりながら、転がるように二人は落ちていく。
やがてスライダーは終わりを迎え、ぺっと吐き出されるように二人は出口から放り出され、大きな水しぶきを上げた。
「ぷはっ……あー、酷い目に遭った……」
「……し、死ぬかとぉぉぉぉおおお!!」
突然、桜子が沙幸に抱きつく。
「さ、桜子!? ど、どうしたの!? そんな怖かったの!?」
「ささささささ沙幸さん! む、胸! 胸が!」
「胸……?」
ゆっくりと、沙幸が目線を下に向ける。そこには、何も見に纏っていない自分の胸に埋まっている桜子がいた。
「って水着が無い!? 無いよ!?」
「うううう動いちゃ駄目です! ポロリ! ポロリしちゃいます!」
「で、でも水着が! 水着がぁ!」
「だから動いちゃ駄目ですってぇ!」
「お客さん達、こっちですぅ!」
プールサイドから、アルバイトをしていた所を通りかかった咲夜 由宇(さくや・ゆう)が二人を手招きする。
沙幸と桜子は、ゆっくりと招かれた方から上がっていった。
「アクアさん、何か隠すものを!」
由宇がパートナーのアクア・アクア(あくあ・あくあ)に言う。
「ああ……あの幼い顔立ちとは裏腹に大きな胸……それに女の子が顔を埋めているだなんて……ナイス! ナイスですわぁ!」
アクアは何処か別の世界へトリプっていた。
「……アクアさん?」
「はっ!? な、何かしら由宇ちゃん?」
由宇の呼びかけで、アクアは戻ってきた。
「いえ、その……何か隠すものを……」
「そ、そうですわね……」
アクアは大き目のタオルを沙幸に渡すと、隠すように巻く。
「お客さん達、災難だったですぅ。一体どうしたのですか?」
「は、はい……ウォータースライダーで、誰かに押されて……」
桜子が状況を思い出しながら言う。
「押したのはきっと、あそこにいたお猿さんだと思う」
「お猿さん、ですか?」
「はい、ちょうどあんな……って、あー! 私の水着ぃー!」
沙幸が指差す方向にいたのは、水着を持った赤モンキーだった。こちらを見てニヤニヤと笑っている。
「私が行くですぅ! お客様はここで待っていて欲しいですぅ!」
由宇が猿に向かって歩いていく。猿は逃げもせず、そこにいた。
「お猿さん、それを返して欲しいですぅ。あの人が困っているですよぉ」
由宇が言うと、猿はフリップを取り出す。
『そいつぁできねぇ』
書かれた文字は何故かニヒルな口調だった。
「そんなぁ……なんでそんなことするんですかぁ?」
『困った顔を見る……それが俺達のサガって奴だからよ……』
「でも……そういうことはしちゃ駄目なんですよ?」
『お嬢ちゃん覚えておきな……下手に首を突っ込むと、痛い目に遭うんだぜ?』
「痛い目、ですか?」
由宇が首を傾げた瞬間、猿はその場を飛び上がり由宇にドロップキックを喰らわせた。
「あうっ!」
体重の軽い猿の攻撃は大したダメージは無いが、バランスを崩し由宇はプールへと落ちてしまう。
「ぷはっ……ひ、酷いですぅ……う?」
妙な感覚に囚われ、由宇は自分の身体を見た。
「み、水着が無いですぅ!」
慌てて身体を隠す由宇。そんな由宇を見て、何時の間にやら剥ぎ取っていた水着を手にした猿が笑っていた。
「由宇ちゃん! こっちよ!」
「あ、アクアさぁ〜ん!」
引っ張り上げられ、そのまま由宇はアクアに抱きつく。
「ふぇ〜ん! アクアさぁ〜ん!」
「よしよし、大変でしたわね……」
泣きじゃくる由宇の頭を、宥めるように優しく撫でるアクア。
(由宇ちゃんまで裸になって私に抱きついてくるとは……お猿ナイス! ナイスですわよぉ!)
由宇は知らない。アクアの表情が悦に浸っている事を。
そんなアクアの背後に、猿は居た。次のターゲットをアクアに定めたようであった。
隙を見て、襲いかかろうとした猿。だが、
(な……あ、足が動かない……だと!?)
猿の足は、地面に縛り付けられたかのように動かなくなっていた。
それどころか、猿の目前には崖の幻覚が見えていた。本能的に、進む事を拒んでいるのだ。
気づくと、アクアが猿の方へ顔を向けていた。そして、唇だけを動かしてこう言った。
『ジャ・マ・ス・ン・ナ』
猿の全身から、一気に冷や汗が溢れ出す。まるで身体全体の水分が溢れたかのように、大量の汗が。
これ以上は得策ではないと判断した猿は、そのままこの場から逃げ出したのであった。
一方、波の出るプールのプールサイドではルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が、巡回中イタズラをしていた所を見つけた赤モンキーを追い詰めていた。
「もう逃がしません! さぁ、観念するですぅ!」
ルーシェリアが構えるのはモップ――に偽装した槍であった。
じりじりと、猿との距離を縮める。その時。
「見つけましたわッ!」
突如現れた谷中 里子(たになか・さとこ)が、ルーシェリアに駆け寄ってくる。
「お、お客さん!? どうしたんですかその髪!?」
ルーシェリアが、里子を見て眼を丸くする。
里子の髪は、天を向くドリルを模られていた。
「白々しい! 眠っている私にこのような仕打ちをしたのは貴方ですわね!?」
「ふぇ!? し、知りませんよぉ!」
「嘘を吐くとただではすみませんことよ!」
里子がルーシェリアの胸倉を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください里子さん!」
里子のパートナー、ドロッセル・タウザントブラット(どろっせる・たうざんとぶらっと)が、慌てて里子に駆け寄る。
「さ、里子さんその人ではありませんよ! あのお猿さんが……」
「ドロッセルは黙っていなさいッ! さぁ白状なさい!」
「わ、私知らないですぅ!」
ガクガクと揺らされながら、ルーシェリアが必死で否定する。
「いやあぁぁぁぁぁぁ! 誰か助けてぇぇぇぇぇ!」
そこへ、悲鳴を上げながらミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)が現れた。
その背後には、猿が追いかけている。
「あ! そ、そこの人助けてください! お猿が! お猿が襲ってくるんです!」
「いや、助けて欲しいのは私なんですぅ……」
ルーシェリアが疲れたように呟く。
「何ですの貴方はいきなり現れて! さては貴方が私に!?」
突如現れたミネッティに矛先を変えた里子が胸倉を掴む。
「ちょ!? いきなり何なのよもぉー!」
「だから里子さん、それはお猿さんが……」
「黙らっしゃいッ! さぁキリキリ白状させてさしあげますわよ!」
「ナンパしに来ただけなのに……もういやぁー! 誰かぁー! 誰か助けてぇー!」
「私も助けて欲しいですぅ……」
ルーシェリアが半べそになりながら呟く。
こんな状況でどうすることもできず、猿も困った顔をしていた。
「そこまでよっ!」
「む……何奴!?」
「里子さん……口調がまるっきり悪役ですよ……」
「乙女のピンチに颯爽と現れるレンズビューティ! 愛のピンクレンズマンあゆみ、ただ今参上!」
プールサイドに立っていた月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)が、ビシィッ!と効果音がつきそうなポーズで立っていた。
「「「「……うわー」」」」
全員(猿含め)が、冷たい眼であゆみを見ていた。
皆の目はこう語っている。『痛い子だ』と。
「……な、なにこの冷たい視線……あゆみが痛い子みたいだよ……?」
「みたいじゃなくて……ねぇ?」
「……ですぅ」
ミネッティとルーシェリアが顔を見合わせ、苦笑する。
「そ、そこはぼかさないではっきり言ってほしいよ!?」
「いえ、その……いくらなんでも……」
「はっきりとは流石に……」
里子とドロッセルが口ごもった。
「妙な優しさは時に人を傷つけるんだよ!?」
そういうあゆみから、全員(猿含む)がさっと眼を逸らした。眼を合わせてはいけないと判断したのだ。
「お、お猿さんまで……い、いいもんいいもん! レンズよ、あゆみに力を!」
あゆみがポーズを取った、瞬間。辺りが暗くなった。
何事かと全員が見上げると、そこは天高く、まるで壁のように上がった波があった。災害級の波だった。
――同時刻、プール調整室にて。
ワイハーには様々なプールがある。そのプールは、水温など様々な面で調整されている。それらの調整は、全て調整室で行なわれている。
「……ふぅ、終わりました〜」
神代 明日香(かみしろ・あすか)が逃げ行く猿の姿を見て安堵の溜息を吐く。彼女は調整室に現れた猿を排除しに来たのであった。
「さて、後はイタズラされたのを治せばいいだけです!」
そう言って機械を見る。明日香が調整室に入った時、猿は機械の前に居た。何か弄られていたとしたら、大変なことになる。
「……あれ? これ、どうすればいいんでしょうかねぇ〜?」
機械を前に、明日香は首を傾げる。ただのアルバイトである彼女が、調整機械の操作方法など教わっているわけが無い。
「うーん……きっとこれはこう……それで……ここは……こう、と」
明日香は勘頼りで、機械を操作していく。ちなみにこの場合の『勘便り=適当』である。
「よし、これで大丈夫なはずです!」
満足げに頷く明日香。
「さあ、後はまたイタズラされないように守るですよ!」
明日香は調整室を守る作業へと入るのであった。
――明日香は知らない。猿が、機械を弄ってなど居なかった事を。
そして、今操作した流れるプールの波量の目盛りが『災害級』にある事を。
「「「「「え゛」」」」」
逃げる間もなく、波は全員を飲み込んだ。
「「「「「きゃあああああ!!」」」」」
波の勢いは流石『災害級』を名乗るだけあり、凄まじいものであった。
飲み込まれた者達は皆もがく事すら許されず、ただ流されていった。
段々と薄れゆく意識の中、ミネッティは思った。
(うぅ……ただいい男がいないかナンパしにきただけなのに……何でこんな目に遭うのよぉ……)
だが、その答えをくれるものは誰もおらず、やがてミネッティは意識を手放した。
その後、現場を見た美緒達の手によりプールは正常に戻り、波に飲み込まれた者達は全員無事に救助された。
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