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第5章

「あら、美緒さんにラナさん、それに金くん。随分大量ね」
 捕獲した赤モンキーを入れておく檻の前で、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が言った。
「ええ、まあ……」
「それじゃ入れるわね。アストライト、檻を開けて」
「へいへい……全く、人使いが荒いね」
 文句を言いながらも、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)は檻を開け、中に赤モンキーを入れる。
「それにしても、随分と捕獲できましたね」
 檻の中を見て美緒が言う。
「ええ、大まか捕獲できたんじゃないかしら」
「……何か来るぞ」
 鋭峰が、眼を細める。
 その視線の先には、檻に向かって駆けて来る赤モンキーの集団がいた。
「あれ……こっちに向かってきてる?」
「まさか、檻を狙っているのでは!?」
「そうはさせないわよ! 一匹残さず捕まえる!」
 リカインが構える。
「待て、様子がおかしい」
 鋭峰が今にも襲い掛からんとするリカインを制止する。
「あれ……何か持っていますね?」
 美緒が呟く。
「あれは……旗?」
 ラナが言う通り、赤モンキーは白い旗を持っていた。
 赤モンキー達は、檻の前に到着すると足を止めた。そして、何処からか取り出したフリップを掲げる。
「えっと……『降伏します。檻に入れてください』?」
 美緒が読み上げると、赤モンキーが頷いた。
「どういうことでしょう……」
 ラナが首を傾げる。
「罠、には見えんが……」
 鋭峰の言う通り、赤モンキーは何かを狙っている様子は無く、むしろ焦燥が見えた。
「……訳を聞かせてもらえますか?」
 美緒が言うと、フリップを持った赤モンキーが頷き、文字を書き出した。

――話は少し前に遡る。
 案内板の前で、数匹の猿がイナ・インバース(いな・いんばーす)緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)に捕獲されてしまった。猿達が更衣室で水着を盗んだりし、油断しきっていた所を隠れていたイナに狙われたのである。
「……さて」
 遙遠の言葉に、捕獲された猿達はビクリと反応する。
 捕獲された猿達は、恐怖の感情に支配されようとしていた。
 彼らの傍らには縛り上げられ、遙遠の【その身を蝕む妄執】によって、失神していたのだ。相当な恐怖を与えられたらしく、失禁の跡もある。
――遙遠は、捕らえた猿達に教育の名の下、拷問とも呼べるような行為を与えていたのであった。
「少しは反省しましたかね?」
 その言葉に、猿達は抵抗の意を籠め威嚇する。その様子に遙遠は溜息を吐く。
「やれやれ、まだ教育が必要なようですね……」
 遙遠はそう言うと、アンデッドに猿達を抱えさせる。
「そうなると少し手荒な事が必要となりますね。手始めに爪を剥ぎましょうか?」
 その言葉に怯えた猿が、隙を見計らって逃げ出そうとする。
「待ちなさい」
が、すぐにイナに捕獲されてしまった。
「大丈夫、怪我をしてもすぐ治してあげるから。ほら、こんな風にね」
 そう言ってイナは取り出した包帯で、猿をグルグルと巻いてスマキの状態になる。決して手当てにはなっていない。
「何も命まで取るとは言ってないじゃない。これは貴方達へのお仕置きなのよ♪」
「ええ、そうですとも。何でもかんでも種族のせいにしてはいけませんからね」
 そう言って笑う二人に、猿は悲鳴のような鳴き声を上げた。

「そうして隙を見て逃げ出してきた、と……」
 リカインの言葉に、猿が頷く。
「それは……流石に……」
「酷いですわ……」
 美緒とラナが言葉を失う。
「……まあ、そういうことなら。アストライト! 檻を開けて!」
「へいへいっと……ん? 誰か来るぞ?」
 アストライトが檻を開け猿を入れると、誰かがやってきたことに気づく。
 それは、遙遠とイナだった。彼らは真っ直ぐに、檻の入り口に立つアストライトへと向かってくる。
「猿を引き渡してもらおう」
「まだお仕置きの途中なんです!」
「いや、今入れちまったんだけど……」
「なら開けさせてもらう」
 そう言って、遙遠は檻を開けようとする。
「ちょ、ちょっと! 酷い事はやめてください!」
 美緒が止めに入ると、イナが振り返る。
「美緒さん、私達も好きでやっているわけではないの。これはお仕置きなんですの」
「ああ、決して色々邪魔されて気分を害した腹いせ、というわけではない!」
「そう、決してからかわれて泣かされたから、というわけではないのよ!」
「……それが理由か」
 リカインが呆れたように呟く。
「そういうわけで開けさせてもらう」
「あ、ちょっと待ちなさい……って何でアンタが邪魔するのよ!?」
 リカインが叫ぶ。その相手は邪魔をするように立ちふさがる禁書写本 河馬吸虎(きんしょしゃほん・かうますうとら)だ。
「何を言う。俺様はただ至極当然の事をしているだけだ」
「は? 当然?」
「そうだ。聞いた話によると、このエロ河童……でなく赤モンキー達は水着を盗んでいた、というではないか」
「そうらしいけど、それが何よ?」
「わからないのか? 奴らは生まれたままの姿の素晴らしさを知る同士だ!」
「……はあ? 何言ってんの?」
「こんな形で協力者が現れるとは予想外だったが、普段から裸である奴らが裸の素晴らしさを知っているのは道理だ」
「……あんたねぇ」
「奴らが裸の素晴らしさを知らしめているのならば、その助けをするのは至極当然! というわけで邪魔をするな、リカ」
――河馬の言葉に、リカインの何かが切れた。

「ああもう! お前らやめろって!」
 檻を開けようとする遙遠とイナを、アストライトが必死で止めようとする。
「邪魔をしないでくれないか?」
「そうですよ。これはお仕置きなんですよ?」
「いやだからって……」
 その時、檻の扉が開かれた。それを待っていたかのように、猿達が逃げ出す。
「た、大変!」
「早く捕まえないと!」
 美緒達が猿を捕まえに掛かる。
 その時だった。
「おごふぅッ!?」
 河馬が、地面に水平に飛んできて壁に衝突する。
 飛んできた方向には、笑みを浮かべるリカインが居た。
「ふ、ふふ……こんなことして……いい加減にしなさいよぉーッ!」
 リカインが攻撃態勢を取り出した。
「ば! やめろバカ女! ここ潰す気か!?」
 アストライトが必死で止めに入る。
「知ったこっちゃ無いわよ! 私は今こいつら黙らせなきゃ気がすまないのよ! まずはあのバカからぁッ!」
「だぁーもう短気過ぎだこのバカ女!」
 アストライトが、頭を抱えたながら叫ぶがリカインには届かない。そのまま、河馬に突撃し、壁を壊して建物へと入っていった。
「……いかん! 逃げろ!」
 鋭峰が叫ぶ。普段の彼からは見られない焦りがあった。
「な、何故ですの? お猿さん達を捕まえないと!」
 美緒が猿を捕まえつつ言う。
「そんな事を言っている場合ではない! あの建物はボイラー設備だ!」
「「――え」」
 さあっと、美緒達の顔から血の気が引く。
「……に、逃げろぉーッ! あのバカ女、何しでかすかわからんぞぉーッ!」
 アストライトの言葉と同時に、皆一斉に駆け出す。
 次の瞬間、ボイラー設備から轟音が鳴り響き――

――そして、辺り一面が焼け野原となった。