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リアクション
【三 春季キャンプ・ワルキューレ】
スカイランドスタジアムでも、ワルキューレ所属選手達を鍛える為の春季キャンプが始まっていた。
初日の午後からいきなり紅白戦が組まれており、投手野手問わず、驚きを隠せない者が少なくなかった。
「メジャー流とは聞いていたが、ここまで徹底しているとは流石に予想外だったな」
三塁側ダッグアウト脇に貼り出された紅白戦のメンバー表を眺めながら、氷室 カイ(ひむろ・かい)が若干呆けた表情で呟く。
するとその傍らで、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が思案顔で腕を組んで唸った。
「果たしてこの女性選手達のうち、一体何人が下着を履いてきているのか、いないのか。そこが問題」
その視線は、紅白戦にスタメン出場する女性選手達の氏名に釘付けとなっていた。そんなクドに、カイは頭痛を覚えながらも真面目に野球の話を振ってみた。
「コーチ兼任の福本選手が紅組の中堅手か。現役プロのお手並み拝見ってところだな」
「うむ、そうだねぇ。あの引き締まったお尻が外野を駆け回る姿、お兄さんには、とってもけしからん話だ」
やっぱり、無駄だった。
一方、クドがそういう目線で自分達を見ているなどとは露知らず、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)、霧島 春美(きりしま・はるみ)、ソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)、鷹村 弧狼丸といった女性野手陣が、これまた同じく女性にして打撃コーチ兼任選手のアニス・ガララーガに本塁付近へ呼び集められ、簡単な打撃指導を受けていた。
そんな光景を、空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)がいささか複雑そうな表情で眺める。
「こうして見ていると、我がチームが如何に女系家族ならぬ女系チームであるのかが、よく分かるというもの……」
「まぁ何っていうか、華やかっていえば良いのかなぁ」
やや答え方に困ったアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が、一応当たり障りのない表現で応じたのも束の間、あの美女達の輪に正子の巨躯が加わったものだから、何ともばつの悪い空気が漂ってしまった。
「華やかさに、力強さが加わりましたかな……」
「……そういうことにしといて……」
直後、本塁付近から野太い笑い声が響き渡る。春美とブリジットの乾いた笑い声が、やけに空しく聞こえたのは何故だろう。
* * *
一方、ブルペンはブルペンで、こちらも狐樹廊のいう女系チームの様相を呈していた。
ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)、鳴神 裁(なるかみ・さい)、椿 椎名(つばき・しいな)、葉月 エリィといった面々が元気に投球している傍らで、カリギュラ・ネベンテス(かりぎゅら・ねぺんてす)などは非常に肩身の狭そうな表情で、いささか窮屈気味に投球しているのが印象的だった。
そして更にブルペンの空気を微妙にしているのが、ルカルカの存在だった。
彼女と和輝、そしてクリムゾンの三名は、入団の合否が即断されず、ひとまずキャンプに参加し、その結果を以って結果を見極められることになった。
そうなると当然ながら、ルカルカと和輝はブルペンに足を運ぶことになるのだが、パークドームと違い、スカイランドスタジアム内のブルペンはマウンドが6組しか無い。
よって、和輝は別の班に回ってブルペンに入るのだが、ルカルカはミューレリアや裁、椎名、そしてエリィといった面々と同じ組に入っている。
つまり、カリギュラは完全に黒一点と化していたのである。
ところが問題はそれだけではない。実はこのブルペンには、真一郎も他のブルペン捕手に混ざって座っていたのである。
ルカルカが入団テストを受けるとは聞いていたが、まさかキャンプにまで参加してきているとは予想だにしていなかった真一郎は、相当に慌てた。尤も、ルカルカ本人は真一郎には目もくれず、自身が球を投げ込むブルペン捕手のミットだけに集中している。
何ともいえぬ微妙な光景が、そこに展開されていた。
「何っちゅうか、やりにくいブルペンやなぁ」
「確かに……いえ、これはこっちの話ですが……」
バッテリーを組んでいるカリギュラと真一郎、ふたり揃ってマウンド前で変な顔を作っている。
そんな野郎ふたりの心境など知ったことではない女性投手陣は、次々と勢いのある球をキャッチャーミットに放り込んでいた。
ところが、ひとりだけぱっとしない表情で、何度も首を捻っている者が居る。ミューレリアであった。
彼女は自主トレ期間中にジャイロを徹底的に磨き、この程μジャイロなる魔球(要は高速ジャイロなのだが)をひっさげてキャンプに突入した。
ワルキューレ投手陣の中でも、ミューレリア程にジャイロへのこだわりを持つ者は居ない。このブルペンでもミューレリアはひたすらジャイロばかりを投じていた。
ところが、である。
螺旋回転で直進する弾丸の如きミューレリアのジャイロを、捕手を務めるマッケンジーがいとも簡単に捕球してしまっているのである。その様は、普通の投手の直球を難なく受けている様にも似ている。それがミューレリアにはどうにも気に食わなかった。
いや、むしろ不安に思ったといった方が、表現としては正確かも知れない。
ミューレリアは、マッケンジーに聞いてみることにした。
* * *
「ん? 君のジャイロかい? いやぁ、良いジャイロだよ。ホップの具合も悪くない」
マッケンジーは普通に褒めてくれたが、それでもミューレリアは納得がいかない。何より、彼女のμジャイロは今までのジャイロの中でも最高傑作に近い。なのに、この程度の褒め言葉しか得られないというのは、一体どういうことであろう。
その思いを素直にぶつけてみると、マッケンジーは渋い表情を作った。
「いやまぁ、普通のプロとしては良いジャイロだと思うけど……」
「けど、何だ?」
「いっちゃ悪いけど、この程度のジャイロなら、メジャーで投げてる奴は普通に居るしなぁ」
もう少し正確に表現すれば、メジャーリーガーでコントラクターとなった者であれば、ミューレリアのジャイロは決して驚く程のものではない、という話らしい。
隣で聞いていた裁と椎名も、これには流石に耳を疑って食いついてきた。
「おいおい、嘘だろ? ミューレリアのジャイロが、メジャーじゃ普通だって?」
「ボク達から見たら、こんなに威力のあるジャイロはそうそう無いと思うんだけどなぁ」
ふたりが口々にいうのを、しかしマッケンジーは冷静に否定する。
「そりゃ、コントラクターの能力を駆使して、このジャイロを『一般人』としてのメジャーリーガーにぶつけりゃ、確かに打てっこないさ。けどよ、イルミンスールやヒラニプラに入団した連中もコントラクターなんだ。つまり土台は君達と大して変わらない上に、あいつらは一般人時代に腕利きのジャイロボーラーと対戦してるんだぜ。とにかく論より証拠だ。オープン戦に入ってから試してみりゃ良いさ」
マッケンジーのこの指摘は、後に、怖いぐらいの正確さを以って的中することとなる。
* * *
そして、紅白戦。
初日ということもあって、各投手は短いイニングを担当する運びとなり、野手も、次々に代打や代走が送られる予定となっていた。
紅組の先発投手は裁、白組はカリギュラである。
先攻は白組。打席にはいきなり正子の強面がのっそりと立った。
「うっわぁ……立ってるだけで投げづらい相手が居るって話は聞いたことあるけど、あのおじさん……じゃなくてオネエサン、投げづらいってもんじゃないにゃあ」
そんな裁の心理的な圧迫感が、いきなり先頭打者本塁打に結びついたのだから、たまらない。但し、後続はぴしゃりと抑えた。真一郎が、裁の多彩な球種を利用し、的を絞らせなかったのが功を奏した。
続いてカリギュラがマウンドに立つと、紅組の一番打者には春美が立っていた。
「げ……なんでこんな展開やねん」
ぶつぶつぼやきながら、球威抜群の直球を投げ込む。流石に春美も、一筋縄では打てないと直感した。
「よぉっし……お兄ちゃんがその気なら、こっちは探偵打線でいくよ」
要するに、相手の投球をじっくり見てから打つだけの話である。
出塁率を重視するスタイルの春美にとっては、球威で押されようが押されまいが、あまり気にはならないのである。押されたら押されたで、軽打を転がして足で稼げば良いのだから。
そんな春美の術中に、まんまとはまったカリギュラ。あっさり四球で出塁を許してしまった。
続く二番は、誰もがびっくりする程にバント職人の道に目覚めたクド。
ネクストバッターズサークルで、性懲りも無くアニスの下着の色を訊いて張り手を喰らったものの、それでも元気に打席に入ってくる辺り、らしいといえば、らしい。
左の頬に真っ赤な紅葉型を残し、絶妙なプッシュバントを一塁線に決める姿は、恐ろしい程のギャップを感じさせる。
「お兄さん、決めるときゃあ決めますよ。さぁブリジットさん。ばっちり打点を挙げて、ご褒美に下着の色を教えておくれ」
ネクストバッターズサークル付近でブリジットとすれ違った際、クドの右頬にも、新たな紅葉型が出来上がっていた。その張り手を見舞った張本人たるブリジットは、直前のイニング表で二度の守備機会を華麗にこなし、若干機嫌が良さそう。
「守る方でも打つ方でも、ナガシマさんスタイルでいっくわよ〜」
ところが、結果はセカンドゴロ。カリギュラの球威を徹底的に磨き上げた直球に差し込まれ、思うようなバッティングが出来なかったようだ。
こうして、紅白戦は粛々とイニングを消化してゆく。一週間、ずっとこんな調子だった。
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