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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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【四 キャンプ打ち上げ・ワイヴァーンズ】

 ほんの一週間程度に過ぎなかった春季キャンプではあるが、チーム全体としての練習に取り組むのは今回が初めてということもあって、各選手達にとっては実りのあるキャンプであったといって良い。
 3A及びNPB出身者以外は、ほぼ全員がアマチュアか素人からのスタートであり、プロとしての指導を受けたのは、文字通り初の体験だったのである。
 元来から、技術や知識の吸収は殊更に早いコントラクター達である。彼らの上達ぶりは、教えている側が度肝を抜かす程に目覚しかった。
 ところが、パークドームの室内打撃練習場でひとり、どうにも浮かない表情の者がひとり。
 キャンプイン直前にワイヴァーンズの個別入団テストを受けたものの、すぐには合否が出ず、ひとまずキャンプでの様子を見てもらうことになったミネルバである。
 合格はほぼ間違いなさそうなのだが、どうやらミネルバが思っていた以上にチーム内競争が極めて厳しいらしく、レギュラーはおろか、一軍でさえ危ない状況だったのだ。
 打撃投手を終えたショウと巡が、ケージ裏に三角座りの格好でペタジーニの打撃練習を眺めているミネルバのそばを通りがかった。
「やぁ……随分、神妙そうにしてるじゃないか。昨日まではあんなに元気だったのにさ」
「もしかして、おなかでも痛いの?」
 ミネルバの前に並んでしゃがみ込むショウと巡だったが、ミネルバはといえば、どこか呆けたような表情でペタジーニの鋭いスイングを眺めた後で、ふたりに視線を向ける。
 しばしの沈黙。
 それからややあって、ミネルバは妙にのんびりした調子で答えた。
「あのねぇ……ミネルバちゃん、ちょっとヤバいかなぁって思ってんの」
 ショウと巡は、互いの顔を見合わせる。
 ミネルバのいわんとしている内容は、すぐに分かった。しかし、どのように答えれば良いものか、ふたりとも困ってしまったのだ。
 つまりミネルバのライバルが、今、ケージ内で大きな当たりを連発しているペタジーニなのだ。まだやっと入団にこぎつけたばかりのミネルバには極めて荷が重い状況であるといって良い。
 ここまで順当にメニューを消化し、一軍入りはほぼ確実と目されているショウと巡にしてみれば、今のミネルバにはどのような言葉をかけてやれば良いのか、見当もつかなかった。

     * * *

 パークドーム内の医務室では、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)と、助手のシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)によるメディカルチェックが行われている。
 室内にはソルラン、オットー、ジェイコブ、光一郎、優斗、そして隼人といった面々が、カルテ片手に聴診器を操る九条先生の前に、上半身裸でずらりと列を作っていた。
「……健康そのものだね。特に問題は無いよ」
「ありがとうございましたぁ」
 九条先生による触診を終え、頭を下げるソルランと入れ替わる形で、まるでそびえ立つ巨大な鯉の如き頑健な体躯がずいっと目の前に進み出てきた。
「そういや九条先生。SPB専属スポーツドクターの誘いを受けたんだって?」
 一体どこからそんな情報を仕入れてきたのか、聴診器を分厚い胸板に当てられながら、オットーがそんな質問を口にしてきた。
 すると、彼の後ろに並んでいたジェイコブも興味を持ったらしく、その精悍な面を覗き込ませてくる。
「何だ、ワイヴァーンズ専属って話じゃないのか」
「……君達だけの面倒を見るって訳にもいかないんだよ、生憎とね」
 どこか素っ気無い口調で淡々と応じる九条先生。
 すると、ジェイコブの更に後ろから、今度は光一郎が変な渋面を見せて九条先生の端整な面をじろりと睨んできた。
「っていうか、ひとりで大丈夫な訳ぇ? こないだみたいに、ピッチャー返し喰らった後におんぶで担ぎ込まれるのは、もうまっぴら御免だぜぇ」
「それなら問題ねぇぜ。オレが居るからな。次からは担架で運んでやっから、心配すんな」
 九条先生の後ろでカルテの整理をしていたシンが、何故か不敵な笑みを浮かべて肩越しに振り返る。光一郎は思わず、シンと九条先生を交互に見比べた。
 どういう訳か、シンの担架云々のひとことが妙にぐさりと光一郎の胸に突き刺さり、耳の奥で反響するような錯覚を覚えてしまったのだ。
 何となく青ざめていくのが、自分でも分かる。光一郎の戦慄におののく顔を、優斗が横から心配げに眺めていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「いや……何か、大丈夫じゃないような気がする」
 光一郎の青ざめた表情に、優斗は小首を傾げる。隼人も頭の上に幾つもの?マークを浮かべて、小さく肩を竦めていた。

     * * *

 パークドーム内の別の場所では、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が、裏方役として慌ただしく走り回っていた。
 まず理沙だが、彼女は球団広報担当フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)に声をかけられ、マスコミ対応の手伝いを命じられていた。
 当初、理沙は本当にただの裏方役という地味な仕事を請け負うつもりだったのだが、人手が足りずに途方に暮れていたフィリシアの目に留まり、裏方役とはいっても、かなり派手な部類に入るマスコミ対応の方に引き抜かれる格好となってしまった。
 フィリシアはフィリシアで、もともとは球団マスコットガールとして採用された筈なのだが、こちらも広報の人手不足から、マスコミ対応に引っ張り出される始末だったのだが、上手い具合に理沙を見つけたものだから、渡りに舟とばかりに彼女を巻き込んでしまったのである。
「悪く思わないでくださいね……人材が居れば、自ずと人手の足りないところに回されるのが世の常というものですから」
 落ち着いた色合いのスーツ姿で、マスコットガールのイメージなど微塵も感じさせないフィリシアが苦笑混じりに詫びるのを、理沙も同じく苦笑で受け流す。
「良いわよ、そんなの……私だって、選手の皆が試合に専念出来るんだったら、何だってやってやろうって思ってたんだから」
 特にこの日は、朝から蜂の巣をつついたような騒ぎである。
 というのも、キャンプ打ち上げを迎え、いよいよオープン戦に入ろうという段階に入ったところで、球団がオーナーの記者会見を行うと発表したのである。
 セレスティアは、九条先生とシンに頼まれた食材調達を淡々とこなしているだけだったが、フィリシアと理沙はまさにてんてこ舞いの状況だった。
「でも、これでいよいよシーズンが始まる……なんかわくわくするわね」
「本当に……今まで野球のやの字も知らなかったわたくしでさえ、こんなにも興奮するものですわね」
 忙しい中にあって、ふたりは充実した笑みを互いに交わした。

     * * *

 かくして、ツァンダ・ワイヴァーンズは春季キャンプ打ち上げの日を迎えた。明日には早くも、イルミンスール・ネイチャーボーイズとのオープン戦開幕の一番が待っている。