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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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SPB2021シーズン キャンプ~オープン戦

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【二 春季キャンプ・ワイヴァーンズ】

 通常、プロ野球の春季キャンプといえば、温暖な地でキャンプインするのが通例であるが、ことSPB所属球団に限っていえば、その常識は通用しない。
 そもそも温暖な地でのキャンプインは、選手に怪我をさせないことを第一の目的としているのだが、SPBの選手達はいずれも屈強な(といってはいい過ぎかも知れないが)体幹強度を誇るコントラクター達なのだ。
 寒かろうが熱かろうが、ちょっとやそっとで簡単に怪我をするような連中ではない。
 尤も、当の本人達はといえば、暖かいリゾート地でのキャンプインを期待していた者が少なくないだけに、大ブーイングの嵐だったという話である。
 幸い、ツァンダ・ワイヴァーンズはオーナーであるジェロッド・スタインブレナーの権力が圧倒的に強い為、さほどの混乱には至らなかった模様であるが、中途半端にオーナーの職権が低い蒼空ワルキューレでは、目も当てられない程の惨状だったという。
 そのお陰で、共同オーナーのひとりである山葉校長が、自ら選手達のなだめ役を買って出るという、なかなかお目にかかれない光景が繰り広げられたのも事実であるが。
 ともあれ、ワイヴァーンズの監督・コーチ・選手その他裏方役も含め、全スタッフが比較的スムーズな滑り出しを見せることが出来た。
 既に触れたように、SPBの春季キャンプはMLB方式である。
 基礎体力やポジション毎の個人練習は、ほとんど自主トレで済ませているのが前提であり、キャンプイン後はチーム練習を主体に取り組む。
 但し投手は午後からの全体練習まではブルペンに篭もり、ブルペン捕手相手にひたすら投げ込み続ける。
 パークドームの室内ブルペンは、投手が横にずらっと十名並ぶことが出来る。
 それでも一度に全員が投げられない為、幾つかの班に分けられるのだが、第一班は左から葉月 ショウ(はづき・しょう)秋月 葵(あきづき・あおい)ブランドン・シコースキー、南臣 光一郎、ホレイショ・ガルベス風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)七瀬 巡(ななせ・めぐる)葛西 敦規(かさい あつのり)マルコ・ブリトー風祭 隼人(かざまつり・はやと)の並び。
 一応名目上は先発候補、リリーフ候補など一切関係なく、全員が横一線である。とはいえ、既に先発ローテーションが確約されている一部の投手は、やや流し気味に投げているのも事実であった。
 その事実を誰よりもよく理解しているのが、ブルペン専属捕手の中に混ざって球を受けている月美 あゆみ(つきみ・あゆみ)であった。
 彼女の背中には『00』の数字が踊っている。つまり、選手として正式に登録されているあゆみであったが、ひとりでも多くの投手の球を受け、そして少しでも早く全員の特徴を握る為、敢えてブルペンに足を運んでいるのだ。
 自分の練習は後ででも出来るが、ブルペンでの捕球は今しか出来ない、というのが彼女の発想だった。

     * * *

 休憩時間になり、あゆみはベンチでひと息入れている投手達の横に腰を下ろした。
「お疲れ様。どう? プロとしての初めてのブルペンは? って、あゆみも初体験だけどね」
 頭を掻きながら、えへへと笑って語りかけるあゆみに、優斗と隼人が汗混じりの苦笑を返した。
「ぶっちゃけ、自分の投球が出来たとはいい難いかな……隣にあんなのが居たんじゃなぁ」
「僕らからしたら、雲の上の存在ですからね、あのひと達は」
 ふたりして、隣で投げていたガルベスやブリトーといったプロ選手に半ば圧倒されていたのがよく分かる。しかしその一方で、あゆみは異なる感想を抱いていた。
「ふたりが思ってる程、差は無いんじゃないかなぁ……意外と、すぐ追い越せるかもよ」
「へぇ〜、そうなんだぁ」
 そこへ葵が首を突っ込んできた。
 直接、球を受けてもらったあゆみの言葉から、何かヒントを得ようと思って聞き耳を立てていたところ、思わぬ方向に話が展開しようとしていたので、つい声を挟んでしまった。
 あゆみは小さく肩をすくめ、ガルベスやらブリトー、或いはシコースキーといった面々には聞こえぬよう、声を潜めた。
「だってあのおじさん達、ちっとも全力を出してないんだよ。正直、ちょっと心配なんだよね。今のままだと、トライアウト組に追い抜かれるよ、きっと」
「だから、あたし達がすぐ追い越せる可能性があるって訳だね。でも捕手としては投手の皆が相棒だから、きっと複雑な気分だよね」
 葵の指摘は当を得ていた。
 あゆみとしては、投手全員の良きパートナーでありたいというのが本音であったが、肝心の投手側、特に元3Aや元NPB所属プロ選手達は、あゆみを歯牙にもかけぬ思いで見ている感が強い。
 そこが何とも歯痒かった。
 このような思いを抱いている者は、何もあゆみだけではない。ワイヴァーンズにトライアウトで合格したもうひとりの捕手シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)も、マスクとプロテクターを外しながら、あゆみ達の輪に加わってきた。
「本当、一体どうすれば信頼してもらえるのかしらね……実際球を受けてても、何っていうか、ここぞっていう決め球を投げてくれないのよね」
 それはつまり、自分達では受け切れる技術が無い、といわれているのに等しい。確かにあゆみにしろシルフィスティにしろ、まだプロに合格したばかりのヒヨっ子に過ぎないのだが、ここまで捕手として度外視されてしまうと、やるせない気持ちになってしまう。
 特にシルフィスティなどは、投手の気持ちや考え方を学ぶ為に、自らマウンドに立って投球してみるというようなことまでしているのに、それでも彼女の努力は、まだ認められていないのである。
 悔しいと思うのが、当然の心理であろう。

     * * *

 一方、グラウンドでは野手達がノックを兼ねたシート打撃を開始していた。
 バッテリーは打撃投手とブルペン捕手が努めているが、それ以外のポジション及び打者は、全員ワイヴァーンズの選手である。
 守備は一塁手オットー・ハーマン、二塁手ホセ・デラロサ、三塁手ガディ・ブラッグス、遊撃手川相 琢朗(かわい たくろう)、左翼手ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)、中堅手リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)、右翼手テルマンチ・ナナリーという布陣。
 そして打席には、正捕手候補の筆頭ジャック・ピアザが立っている。
 カウントは2ボール1ストライクから開始。
 ネクストバッターズサークルでは、イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)ソルラン・エースロード(そるらん・えーすろーど)のふたりが、ピアザの打撃をじっと食い入るように見詰めていた。
「う〜ん、やっぱ現役のプロ選手は違いますねぇ……何っていうか、迫力が凄いです」
「ふふんっ! 何さっ! NPBだかMLBとか知らにゃいけど、絶対負けないにゃー!」
 ピアザの打撃フォームにプロの凄みを感じるソルランに対し、イングリットは露骨な敵愾心を燃え滾らせているものの、その内心では、まるで隙も無駄も無い構えに、ある種の脅威を感じている。
 実際、イングリットのライバルであるブラッグスは、その巨体には似合わぬ程の俊敏さを発揮し、守備ではプロならではの巧さを見せつけている上に、打撃でもイングリットを上回る正確なバットコントロールを披露している。
 コントラクターとしてはイングリットやソルランに一日の長があるとはいえ、技術と経験では現役プロ選手達の方が圧倒的に優っている。今は辛うじて、身体能力という素質面で優位にあるから互角であるといえるが、それもいつまで続くか分からない。
 である以上、一刻も早くプロとしての技術を身につけ、一軍に残れるレベルまで自身を昇華させなければならない。目の前の現役プロ選手に圧倒されている場合ではないのだ。
 そうこうしているうちに、ピアザが打棒を振った。
 白球は乾いた打撃音を残して外野へと舞う。打球はぐんぐん伸びて、左中間を割るかと思われたが、リカインが俊足を走らせてグラブを差し出すと、ネット部分に上手く納まった。
「ナイスランだ」
 バックアップに回っていたジェイコブが、グラブの甲を叩いて軽い拍手を贈ると、リカインはほっとした表情で帽子のつばをそっとつまんだ。
「自主トレの成果が、ちょっとは出たみたい。でも、守備はこれだけじゃないから、もっと精進しないと」
 リカインの視線の先は、右翼の守備位置に向けられた。そこに立つナナリーは、既に何度もプロとしての好守を見せつけ、リカインのプライドを刺激していたのである。
 今の段階で満足している訳にはいかない。その思いは、リカインとジェイコブ双方に共通していた。