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第三章「契約者たちの本気」

「当たってくださいですぅ」
 ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が投げた玉に向かって、
「あれは女性の投げた雪玉。他の奴に当たらせる訳にはいかねぇ!」
 叫び声と共にジャンプしたのは伊大知 圍(いたち・かこむ)。圍の目的は女性の投げた雪玉に当たりまくる。ただそれだけであった。
「おおおっあれは」
 そんな圍(かこむ)の目がくぎつげになった先にいたのは、
「セレスティアーナ様に逆らう奴は死刑!」
 物騒な発言をしながら暴れまわるセレス軍の1人、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)である。彼女はこの寒い中ビキニ姿だった。操られると寒さも感じないのだろうか。後ろでは、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、無言無表情で雪玉を投げて敵を倒している。セレアナもまたレオタード姿と随分寒そうだ。
「待て待て。俺は変態という名の紳士。凝視するわけには……いや、よく考えるんだ俺。2人はコートを着ているじゃないか。故にセーフだ!」
 一体何がセーフなのか。おそらく本人にも説明はできないだろう。
 とにかく開き直った圍は嬉々としてセレンフィリティたちの元へと駆け寄ろうとしたのだが、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)が投げたものが彼へ飛んできていた。
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)にせがまれ、【ドラゴンアーツ】使用の本気で投げた1球だ。
 普通であれば雪玉は威力に耐え切れず途中で砕けたことだろう。しかしその雪玉にはロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)の【氷術】がかけられており、雪玉ではなく氷玉になっていた。
 もはや遊びの域を超えた完全凶器である。しかし圍は、
「あれは男の(投げた雪)玉! 興味はない」
「なにっ」
 空中で身体を捻り、顔面から着地しながら氷の玉を避けた。
「死刑!」
「…………」
「仲間になってくださいですぅ」
 セレンフィリティ、セレアナ、ルーシェリアが、倒れこむ圍(かこむ)に追い討ちの雪玉百連発を入れたことで、彼は雪に埋もれた。だがとても満足げな顔だった。
「次はあなたたちですよ。仲間になって遊ぶのですぅ」
「君も正気に戻りなよ。操られた状態じゃ楽しくないもん」
「そうアルよ。戻るアルー」
「失礼ですね。私は正気ですぅ」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が声をかけても、操られているルーシェリアには通じない。
「仕方ないな。本気でいくよ」
 【エイミング】を使って威力を高めたレキは、十分な距離をとって雪玉を投げながら動き回る。さらに【殺気看破】で回避に集中。ルーシェリアは、レキに向かってひたすらに雪玉を投げる。そのどれもが鋭い球筋だ。おっとりはしているが彼女もまた契約者。身体能力は侮れない。
 それでも操られているせいか思考能力は落ちているようだ。【光学迷彩】で姿を消したチムチム・リー(ちむちむ・りー)に気づかない。雪にはしっかりとチムチムの足跡がついており、雪を踏む音も聞こえる。もしも正気であったなら気づいたであろうが。
「キミ、中々やるね。でも」
「でも? なんですか? 降参ですぅ?」
 突如動きを止めたレキに、ルーシェリアは首をかしげた。
「これで終わりアル!」
「ひゃっ」
 チムチムがそんなルーシェリアに至近距離から雪玉を投げた。チムチムはすぐさま後退し、レキの横に並ぶ。ルーシェリアはしばし呆然としてから、
「はれ? 私どうしたですぅ?」
「やったね。チムチム、この調子でいくよ」
「了解アル!」
「えとえと」
「ほら、キミも一緒に遊ぼう」
「えーと、はいです!」
 こうしてルーシェリアを仲間にしたレキたちは、楽しそうに雪合戦を続けた。

 セレス軍は防御においては完璧の布陣といえたが逆に攻撃の決め手にかけていた。そこを補っているのが
「あはははははは! 死刑死刑死刑」
「…………」
 やたらとハイテンションで死刑と叫ぶセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と、普段なら彼女の暴走を止めるはずのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)である。セレアナは相変わらず無言で、なんとも言いがたい迫力がある。
 セレンフィリスィもセレアナも身軽すぎる格好であることが幸いし、厚着をしたものたちよりも俊敏に動けた。投げられた玉はすべて避け、投げた玉は対セレス軍に被害をもたらした。
 このままでは対セレス軍が負ける。そんな時である。
「今よ」
 声を上げたのはジェニファ・モルガン(じぇにふぁ・もるがん)だ。その声を聞いた赤羽 美央(あかばね・みお)が、大きな声を上げた。
「陽一さん、放射開始です!」
「了解っと」
 返事をしたのは酒杜 陽一(さかもり・よういち)だ。陽一の足元には【光学迷彩】で隠れて作り続けたスイカほどの大きさである雪玉が、大量に置いてある。陽一はジェニファに教えてもらった作り方で、ひたすらにこの雪玉を作り続け、最も良いタイミングを待っていたのだ。
 大きな雪玉を【サイコキネシス】で浮かせ、それを攻め込んできているセレス軍にぶつけていく。一直線に攻め込んできていた相手に、面白いほど雪玉が当たっていく。
 さらに陽一が丹精込めて作った頑丈で大きな雪玉は、1つで複数の生徒たちを討ち取る(別に死んだわけではないが)ことができた。
 陽一は大雪玉を惜しむことなく使いながら、セレス軍の本陣を観察。なるべくセレスティアーナを孤立に追い込みたいところだが、護衛たちは常につかず離れずセレスティアーナの傍にいる。そしてその護衛たちが精鋭であることは遠目からでもはっきりと分かった。
「仕方ない。あちらは他の皆さんに任せ、俺は道を空けることにするか、おっとと」
 時折飛んできた雪玉を大雪玉で防ぎつつ、美央を振り返る。
「第一陣、突撃!」
「ぃよっしゃああああああ、俺に雪玉投げたこと後悔させてやる!」
 美央の言葉と同時に飛び込んで行ったのはヴァイス・アイトラー(う゛ぁいす・あいとらー)だ。一体何があったのか。テンションが異常だ。
「投げられたら投げ返す! 3倍、いや10倍にしてな! ふははははははは!」
 変り種が多い合戦場において、もっとも突き抜けているといっても言い過ぎではない。
 それほど目立つヴァイスだ。もちろん雪玉の標的となるわけだが当たらない。不思議なほどに当たらない。
「ふっ、ガキの頃からやれ異常だ異形だ悪魔の子だと石を投げられ泥玉を投げられ、当然冬になれば雪玉を投げつけられてきたこの俺に、大して雪にも慣れていないにわか連中の雪玉などあたるものか!」
 彼の発言に、操られているはずの生徒たちががくりと膝をつき、涙を流した。もう止めて、彼のHPは0よ。
 とにもかくにも、あまりに突き抜けたテンションのヴァイスに、さしものセレンフィリティたちも戸惑ったのか。一瞬動きを止めてしまった。そんな彼女たちにグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)の投げた雪玉が向かっていく。ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)は、楽しげな2人を保護者として見守っている。
 一発目を何とか避けたセレンフィリティだが、実はグラキエスが投げたのは1球ではなかった。1つは真っ直ぐ投げ、もう1つは放物線を描くように。これも【両手利き】だからできた芸当だ。
 放物線を描いた玉はセレンフィリティの頭上に落下。セレアナはパートナーの異常を察知し、動きを止め振り返った隙をヴァイスにつかれ、雪玉をくらった。
「お、当たったな」
「ほう。やるな、グラキエス」
「さすがですエンド! お見事」
 楽しげに喜ぶグラキエスたちの周囲だけ、別空間のように穏やかだ。
「くしゅん! ちょ、何よコレ」
「何といわれても、雪ね」
 正気に戻ったセレンフィリティはくしゃみをした。やはり操られていたせいで寒さを感じなかったらしい。
「寒い寒い。風呂に入りたいわね」
「あら。じゃあ今晩は風呂の中で愛を語り合う?」
 セレアナの何かを含んだ言葉に、途端セレンフィリティは元気になり、2人は意気揚々と帰っていった。
 これで前線の強敵はいなくなった。
 陽一が計算しつつ大玉を投げ飛ばし、その間をヴァイスが叫びながら突き進み、後ろから楽しそうに雪を投げるグラキエスたちが続く。セレス軍の前線が瓦解するまで、時間はかからなかった。
「これはチャンスですぞ赤羽陛下。一気に攻めましょう」
「しかし向こうの守備部隊は精鋭ぞろい。せめて何かもう一押しあれば」

「ふぅ。大分大きくなりましたね」
 ひたすらに雪玉を転がしていたルイ・フリード(るい・ふりーど)は、額の汗を拭った。雪玉の大きさは直径3メートルほどに達している。
「さて、もう少し人が多いところに持って行きましょう」
 せっかく作る巨大雪だるま。どうせなら大勢に見てもらいたい。
「やはり門の辺りがいいですね……となると最短ルートは」
 頭の中に地図を思い浮かべたルイは、グラウンドを通ることにした。そして、グラウンドで遊んでいる生徒たちの中で顔見知りを発見し、彼らにこの綺麗な雪玉を見てもらおうと勢いよく駆け出す。
 雪玉を押したまま。

「クロセルさーん、美央さーん! 見てください」
「む、その声はル……ん?」
 決め手にかけていた対セレス軍の本陣で悩んでいたクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は、聞き覚えのある声に顔を上げ、迫ってくる巨大雪玉に動きを止めた。
「すごいです、ルイさん! ついに雪だるまへと進化するのですね」
「そんなわけないでしょう。逃げますよ」
 素っ頓狂な発言をするクロセルに思わず赤羽 美央(あかばね・みお)がツッコミを入れて逃げようとするが、思い出して欲しい。彼女の頭に何が乗っていたか。
 人間サイズの雪だるまである。素早い動きなどとれるわけがない。彼女はバランスを崩してこけてしまった。
「赤羽陛下、大丈夫です! 雪だるまは落としてしまいましたが薄さは赤羽陛下だって負けてませ、ぐぼ」
 美央に駆け寄ったクロセルは故意か天然かは定かではないが、美央を庇って雪玉の下敷きになった。妙な励ましの言葉が途切れる。
「? クロセルさんはどこに?」
 立ち止まったルイ・フリード(るい・ふりーど)は、不思議な顔をして美央に聞く。美央は起き上がって指をさした。
「あっちですよ」
「あっちって……あれ、私の雪玉……ああっ!」
 指された方向を見たルイが悲鳴を上げた。一部が黒くなったルイの努力の結晶が凄い勢いで転がっていた。

 さて、時間は少しさかのぼり。
「僕ら2人がかりの攻撃を避けるなんて、さすがだね海」
「くっ」
 さすがといいつつ、余裕のある顔で笑う杜守 三月(ともり・みつき)と、やや苦しげな高円寺 海(こうえんじ・かい)。2人を見つめている杜守 柚(ともり・ゆず)。三月も柚も両手に玉を握っており、しかも挟み撃ちにしていた。
「海くん。こんな風に無理やりじゃなくて、私はいつもの海くんと、みんなで遊びたいな。だから」
 柚は、三月は、雪玉を構え
「元に戻って」
 そうして放たれた4つの玉。さしもの海もすべてを避けることはできず、その1つが命中した。
 海は一瞬ふらつき、その後に額を押さえて俯いた。全部思い出したらしい。
「俺はなんて恥かしいことを」
「よかった、戻ったんだね」
 ほっと柚は息を吐きだし、三月が慰めるように海の肩を叩いた。3人に声がかけられたのはその時。
「無事に海さんも戻ったようですね。よければ手伝っていただきたいことが」
 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)が、飛んできた雪玉を弾きながら言った。シャーロットの背後にはメチェーリたちがずらっと並んでいる。
「あなたたちは?」
 柚が不思議そうに尋ねると、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が両手を合わせて頼み込んだ。
「さっき君たちが言ってたように、強制じゃなくて本当に楽しむために、協力して欲しいんだよね」
 事情を知らない柚たちだが、何やら真剣な様子に顔を見合わせて頷いた。
「私たちにできることなら」
「ありがとう!」

 セレス軍本陣付近。
「うん? なんだろ」
 セレスティアーナよりやや前方で彼女を守りつつ、雪玉を投げ続けていた秋月 葵(あきづき・あおい)は前から聞こえてくる悲鳴に首をかしげた。今までと違う類の悲鳴だ。
 悪い予感を覚えた葵はセレスティアーナの傍に戻り、【オートガード】を使って構えた時、なんとも巨大な雪玉が転がってきているのが見えた。このままではセレスティアーナが危険だ。
「セレスティアーナ様、お下がりください」
 巨大な雪玉に向かって、葵は得物を己の前で構える。セレスのためにも避けることはできない。かといって切りつけても雪玉はかなり速度が出ているので弾かれてしまうだろう。ならば受け止めるしかない。
 雪玉がぶつかり凄まじい力がのしかかると葵の足が雪の中に沈み、ずりと後ろに下がる。
「セレス様はあたしが守るんだから! こんなぐらい」
 葵は気合を入れなおして踏ん張る。徐々に雪玉の回転が収まっていく。葵がホッと一息ついた時、
「隙あり!」
「なっ」
 雪玉にくっついていたクロセルが復活し、速度が弱まった隙を突いて飛び出た。葵は雪玉で手が一杯だ。
「セレスティアーナ様!」
「これで赤羽陛下の勝ちです」
 クロセルはセレスティアーナの頭についている雪だるまを掴んで引っ張り、雪だるまがすぽんと取れた。そしてクロセルの手からぴょんと飛び出た雪だるまは、そのまま彼の頭に引っ付いた。
「あ」
 誰かのそんな声がした。
「はーはっはっはっは! さあ、ともに遊びまし」
「止めなさい、グラート」