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 第三章


 1

「でも、やっぱり――」
『垂れ耳』の子がいない。ラズィーヤが呟いた。
 翠とレキに連れられてホールにやってきた兎耳をした獣人族の少女も、
ロップイヤーだけ見当たらないなあ」
 そう言った。少女はレッキスと名乗った。
 名前なんて別に無いんだけど――そう前置きした上で、
 多分キミ達が言うところのレッキスってウサギなんだと思う――と言った。
 一方、ラズィーヤが最初に見かけた少女だけは垂れ耳だったことから、彼女たちの中でも「ロップイヤー」と呼ばれていたのだという。
「でも、会場も広いし……誰か見つけてくれるんじゃないかな」
 レッキスの頭を撫でながら静香が言う。
「もしくは、地下にいるのか?」
「でも、ロップイヤーだよ。アイツが『上でパーティやるんだって』って、そんな話を持って来たんだから」
 シリウスの疑問に、レッキスが答える。
「それじゃ、おまえらは元から――」
「まあね。バレないようにお邪魔するつもりだったけど」
 それを聞いてアリスが、
「なーんだ。それならもっと早く言ってくれればよかったのにー!」
 と声を上げる。その腕はミリアにしっかり掴まれていた。
「キミ達がどんな人か分からなかったんだ、しょうがないだろ」
 悪い人達じゃないみたいだけどね――そう付け加えた。
「そんで、キミ達がわざわざ改めて地下を捜査すると思わなくって、皆びっくりして逃げ出したんだよ。もう盗られて困るようなものも無いし」
「この額縁は? 何か魔力が込められているみたいだったけれど。あ、調べたらちゃんと返すよ! 何か、この館やホールと関係あるんじゃないかと思って」
 少女たちのいた部屋に立てかけてあった額縁を一つ、拝借してきたのだ。
 チムチムの持った額縁を指差して、レキが言う。
「ああ、『飛び出る』額縁だよ。もうそれは『飛び出た』後の抜け殻みたいなものだから、何も起こらないよ」
「飛び出る、って?」
「絵画に込められた物語が飛び出るんだ。物語の登場人物が飛び出て、その登場人物が『いなく』なっちゃえばその絵は消えてしまう。そうすると」
 ソレみたいになる――兎耳の少女が言った。
 ああ、と。
 シリウスが口を開いた。
「オレたちが遭遇したモンスター達も、『物語の住人』だったのか――?」
 だから、倒してすぐに消えてしまった。跡形も無く――
「かもね」
 レッキスが答えたところに、
「――ダメ。立食パーティの方も見てきたけど、垂れ耳の子はいなかったわ」
「付け耳の子はいたがな。しっかし、獣人の子供たちは皆立ち耳だったぞ」
 ルカと淵が見回りから帰ってきた。
「付け耳――あなたもですわね、淵さん。可愛いらしいですわよ」
 ふ、と。顎に人差し指を当てて、ラズィーヤが言った。
「な! い、いや、これは探索の為に」
「探索の為にアリスドレスだなんて、ますます可愛いじゃない。まるで不思議の国ね、ふふふ」
「ち、違う! 失礼な――」
「あら、可愛いことの何が不満なのかしら。大丈夫よ、もっと自信を持って」
 不思議の国の男の娘――などと、楽しそうに言いながら淵の顔を覗き込む。
「く、くぅ……不思議の国だと? まるで帽子屋の話を聞いてるみたいな気分だぞ」
 淵が涙目になりながら、恨めしそうにラズィーヤの帽子を見つめる。
「兎もいるし丁度いいじゃないか」
「随分落ち付いた三月ウサギだな」
 レッキスがおどけて言ったのに、シリウスがクククと笑いながら答えた。
「まあね。兎に角――ロップイヤーの事が気になるし、ちょっと下を見てくるよ」
「そう。それならわたくしも行きますわ」
「そんじゃ、オレも行くか。ちゃんと責任持って保護しなきゃな」
 ラズィーヤに続けてシリウスが言う。
「まだモンスターが出現する可能性もあるしな。話を聞く分じゃ、『ロップイヤー』はこのパーティには興味を持ってくれてたんだろ?」
「うん。だから、見かけないっていう事は、地下で何かあったのかも」
 呟きながら、少女は地下へ続く通路に視線を降ろした。