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【2022七夕】荒野の打上げ華美

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【2022七夕】荒野の打上げ華美

リアクション

「それにしても、随分と吊るしたものね」
 崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)は、笹飾りで神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)と会って、共に屋台を回っていた。
「互いの事を願い合うといった提案があってな。1人に対してじゃなんだか不平等な気がして、仲間や友、全員への願い事を吊るさせてもらったんだ」
「そっちじゃなくて、まあ、そっちもだけど。ほら、パラ実生を吊るしてたでしょ?」
 願い事の短冊の代わりに、手を出してきたパラ実生を吊るしに笹飾りに向かった亜璃珠は、そこで約束の時間より早く、優子に会ったのだ。
「パラ実生かどうかは知らないが、アレナに意味もなく抱き着いた者達がいたんで、とりあえず吊るしておいた」
「ふーん……。随分と過保護なのね」
「こういうことに関しては、だな。彼女は異性に対しての警戒心がないから。ま、亜璃珠もないんだろうけど」
「優子さんもでしょ」
 軽く笑い合って。
 2人はリーアの屋台の前の、ベンチに腰かけた。
「それにしても、何なのその格好。浴衣で行くから、それなりの格好でお願いって言ったでしょ?」
「浴衣を着たいとも思ったんだけど、髪が足りなくて結べなかったんだよ」
 誰のせいだと言わんばかりに、優子は亜璃珠を軽く睨む。
 優子はワインレッドのポロシャツに紺のデニム。ベルトは赤い石のついたバックルでとめている。
 亜璃珠はあでやかな浴衣姿だった。
「ところで、何だそれは」
 優子が亜璃珠の持っている飲み物に、眉を顰める。
「何って……甘い、苺ミルクよ」
「体重、気にしてるんじゃなかったのか? 特訓も出来ない、甘いものも止められないんじゃ、増える一方じゃないか」
 ため息をつきつつ、優子は自分が購入した(安らかな気持ちになれる)ハーブティーと、強制的に交換をしてごくごく飲み始める。
「こんな時くらい、いいじゃない。久しぶりに一緒に遊びに出れたんだし」
 亜璃珠は、強引に優子から奪おうとも考えたが、優子に隙はなかった。
「……まあ、そうだけどな」
 苺ミルクを飲んだ後、そう答えた優子はいつもと少し雰囲気が変わっていた。亜璃珠を直視しようとしない。
「これ、甘すぎて口に合わない。捨てるのはもったいないし」
 何故か亜璃珠と目を合わせずに言って、優子は少し残っている苺ミルクを亜璃珠に返したのだった。
 そして、ハーブティーを受け取って、口直しとばかりに飲んだ。
(何か変。私の事、意識しているように見えるのは、気のせい? ……そんなことはないか、この人恋愛敬遠しているようなところ、あるし)
 勘違いをしては虚しいだけだと、亜璃珠はそと息をついて。
「そうそう」
 鞄の中から、紺色のリボンを結んだ、袋を取り出した。
「はい。誕生日プレゼント」
 優子の手の上に置くと、彼女はちょっと頬を染めて、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう」
 中に入っていたのは、ガラスでできた、百合の花だった。ヴァイシャリーのガラス工房でつくったものだ。
「誕生花のつもりだったんだけど……結局百合なのよね、こんなのでよかったかしら?」
「勿論、嬉しいよ。凄く嬉しい」
 優子は大切そうに、亜璃珠からのプレゼントを両手で包み込んだ。
「今年もおめでとう、ちゃんと一緒に歳取れそうね」
「うん」
 優子がまるでアレナのような、柔らかな微笑みを見せた。
(やっぱり何か変よね。反応が普段と随分違う。……でもなんか、こんな優子さん、以前にも見たことがある気が……)
「亜璃珠……悪い、なんだか調子がおかしい。思考が正常に働かないというか……眠い」
 優子が片手で自分の顔を擦りだした。
「疲れてるのかしらね。どこかで休んでいく?」
 亜璃珠の言葉に、優子は首を縦に振った。
 それじゃ行きましょうと、亜璃珠が優子の腕を掴むと、彼女の腕が一瞬びくっと震えた。
(そうそう、空京から吸精幻夜を使って、強制的に連れて帰った時、こんな感じだった気が)
 そして、亜璃珠は手の中の甘い苺ミルクと、屋台でにこにこ笑みを浮かべているリーアに気付く。
「……2人でこれを飲んだら甘い時間が送れるのかしらね」
「なんだ?」
 優子がちらりと亜璃珠に目を向けた。
「何でもないわ。肩を貸しましょうか?」
「大丈夫、自分で歩ける」
 言って、優子は歩き出す。
「楽しい夜になるのか、もどかしい夜になるのか……」
 呟きながら、亜璃珠は優子と共に歩き出した。
 浴衣のある宿に行きたいな、と思う。
 男性用の浴衣を着せてしまおうと。

「日奈々、もしかして体調悪い?」
「え……? そうじゃないんですけど〜……」
 リーアの店で買った飲み物を飲みながら、冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)は、屋台を回ったり、花火や星を観賞して楽しんでいた。
 日奈々は本当は人混みは苦手なのだけれど、祭りに興味を示した千百合に付き合って訪れていた。
(無理させちゃったかな……)
 千百合は日奈々を心配そうに見つめる。
 暗くて良くはわからないのだけれど、彼女の顔は少し赤くて、多少足がおぼつかない様子だった。
「疲れてるのかな?」
「そうかもしれないですぅ。何だか体がぽっぽっしてますぅ……」
「そっか、それじゃ辺にシートを敷いて、休もうか」
「はい、休みますぅ」
 頷いた日奈々の肩に腕を回して、千百合は彼女を支えるように外れの水辺に連れて行った。
「日奈々、大丈夫? 息が上がってるようだけど……。横になる? 膝枕するよ」
「ありがとうございますぅ、千百合ちゃん……」
 日奈々はふわふわしとした、笑みを浮かべている。
 千百合はシートを敷くと、日奈々を膝枕してあげる。
「千百合ちゃん……」
 日奈々は体を横に向けた。
 頬が、千百合の太腿に当たって……心地良かった。
(頭がぼーっとしますぅ……柔らかくて、いい匂い……)
「日奈々、無理させちゃってごめんね。ゆっくり休んでね」
 千百合は日奈々を扇子で仰いであげる。
「千百合ちゃん……千、百合、ちゃん……ふぅ……」
 苦しそうとは少し違うのだけれど、日奈々の息遣いが荒かった。
(冷たいものでも買ってこようかな? でも、日奈々さっき、アイスティー飲んだばかりだし)
 リーアの店で、日奈々はアイスティー、千百合はアイスコーヒーを注文して、飲んだばかりだ。
「やわらか、ですぅ……ふふ」
 日奈々は横に向けていた顔を、下に……千百合の足に向ける。
「日奈々?」
「気持ちがいいですぅ」
「ちょ、くすぐったい……あっ、日奈々!? なにして……んッ」
「いい匂い」
 日奈々の顔は上へ上へと。千百合のお腹の方へと進んでいく。
「そ、そんなとこかいじゃダメぇ」
 日奈々以上に赤くなり、千百合は日奈々を離そうとするけれど。
「やっ、ひ、日奈々〜ッ」
「ん……っ もっと、もっと……」
 日奈々は両手を伸ばして千百合に抱き着いて。
「はあ……ふふ……っ」
 千百合の柔らかさと、匂いを夢見心地の表情で、堪能し続けた。

「人間華美、凄かったね」
 ブルックス・アマング(ぶるっくす・あまんぐ)は、笑顔でリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)を見上げた。
 ブルックスは小さい方ではないのだが、リュースとは30cm以上の身長差がある。
 歩きながら会話する為には、ちょっと見上げる必要があった。
「……凄かったですね」
 リュースは微笑してそう答えてくれた。
 だけど、彼の顔からはぎこちなさも感じて。
 ブルックスは少し、落ち込んでしまう。
 思い切ってデートに誘ってみたけれど……やっぱり、迷惑だったんじゃないかと思ってしまって。
(私と一緒で楽しく、ないのかな)
 リュースはブルックスから目を逸らし、難しい顔に戻っていた。
(こんな顔するの、2人きりの時だけだから、私の気持ちバレてるのかも)
 並んで少し歩いて。
 泉の辺、人があまりいない場所に着いた時。
 ブルックスは思い切って、口を開いた。
「リュー兄、好きだよ」
 天の川の下で、ブルックスはリュースに告白をした。
 それが、兄や家族として慕っている言葉ではなく、恋愛的な意味であることに、リュースは気付いていた。
(ブルックスは本気でオレを好いている。……でも、オレは……)
 彼女をまだ妹だと思っているため、リュースはどう答えればいいか分からなった。
 ブルックスの緊張した視線を、まっすぐ受け止めながら。
 リュースは聞いてみる。
「どうして、オレが好きなんですか? オレである必要があったのですか?」
「だって、リュー兄はいつだって優しくてかっこ良くて……花と歌が好きで……それに」
 ブルックスはリュースの問いに、真剣に答えていく。
「孤児だった私を助けてくれた」
 まっすぐに嘘偽りなく、本当の気持ちを伝える。
「リュー兄以外考えられない位大好き」
「……」
 そんな彼女の強い気持ちを聞いたリュースは、先ほどより難しい顔になってしまう。
 ブルックスは大事なパートナーでもある。
 悲しませたくない。
 泣かせたく、ない。
 でも……。
 リュースは彼女と同じ想いを、彼女に対して抱いてはいなかった。
(オレは、どうすれば……いいのでしょうか)
 戸惑っている彼を真剣に見続けていたブルックスが突如、背伸びをした。
 リュースが「ん?」と思った瞬間に。
 彼女はリュースの唇に、自分の唇を重ねてきた。急くように勢いよく。
 ガチッ。
 2人の、歯と歯がぶつかった。
「っ、リュー兄、私本気だよ!」
 真剣な顔。迷いのない瞳。
(お子様のキス……でも、必死だということが、わかります)
 無碍には出来なかった。
 だけれど、恋愛感情を持っていないことは……変えられなくて。
 好きという事も。抱きしめる事も出来ずに。
 リュースは視線と手をわずかに彷徨わせた後、彼女の頭に置いた。
「ありがとう、ブルックス」
 今は、それしか言えなかった。
「うん。……ちゃんとした返事、待ってるからね」
 切なげに、ブルックスがリュースを見つめる。
 リュースは無言で、ただ、頷いた。
「それじゃ、お祭り楽しもう! 輪投げやってみたいな」
 ブルックスがリュースを屋台の方へと引っ張っていく。
(せっかくのデートだもん。楽しまなくちゃ……楽しんで、もらえるかな)
 ブルックスは不安な気持ちを隠して、明るく振る舞い続ける。
 そんな彼女の姿に、リュースはやるせなさを感じていた。