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【猫の日】黒猫が!黒弥撒で!黒猫耳!

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【猫の日】黒猫が!黒弥撒で!黒猫耳!

リアクション

「……あれ、陽先輩の声……?」
 知り合いの声が聞こえたような気がして、三井 静(みつい・せい)は辺りをぐるりと見渡した。
 それほど混み合っている訳では無い街の中、見知った後ろ姿が見えたような気がしたけれど、何やら奇声を上げて走り回っている様子は静の知り合いとは一致しない。別人か、と割り切って止めていた足を動かす。
「どうした、静」
 隣を歩いていた三井 藍(みつい・あお)が振り向くが、静は何でも無い、と微笑んだ。藍はそうか、と短く呟くと、そのまま静の一歩先を歩き始めた。
 あ、と静は慌ててその後ろを追いかける。一歩前を歩く藍の、後ろで束ねた長い髪が右に左に、ゆらゆら、ゆらゆら――
「――静?」
「にゃっ?」
 背中にじゃれつかれているのを感じて、藍は背後を振り返った。すると、静が丸めた手を胸の前に引っ込めて、ぴょん、と飛び退いた。まるで悪戯が見つかった、猫の様に。改めて見れば、頭には黒い猫耳まで生えていた。
「静、大丈夫か?」
「にゃー……」
 藍は、静の細い肩を両手で掴むとその顔を覗き込む。しかし静はぽややんとした表情で首を傾げて見せる。それから、戸惑いを浮かべる藍の頭をよしよしと撫でた。
「ぅにゃぁ」
 大丈夫だよ、と言いたげな表情だが、しかし視線が藍の背中で揺れている長い髪を追っているらしく、右に左に揺れていた。
 これは困った事になった、と藍は口元を歪めた。とにかく、こんな状態の静を連れて歩く訳にはいくまい。家に連れて帰ろう、とその細い体を抱き上げる。
「にゃぁ……」
 静は大人しく抱き上げられたが、しかしそれでもどうしても、藍の髪が気になるらしい。歩くたび揺れる髪をからかおうと手を伸ばす物だから、すぐにバランスが崩れてしまう。
「ああもう……危ないぞ」
 本当はこんな抱え方、したくないんだけれどと思いながら、藍は一度静の体を地面に下ろすと、改めて肩に担ぎ上げた。すると、藍の肩のところで二つ折りになった静の目の前に、藍の束ねた髪が来る格好になる。にゃん、にゃん、と長い髪にじゃれつく静の脚をぎゅっと押さえ込みながら、藍は自宅へ向かう道を歩き始めた。

「まーた黒猫耳か」
 空京の街を歩いていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、すれ違った二人組の姿に怪訝な目を向けた。
 長身の男性に担がれている小柄な男の子、その頭には黒い猫耳。
 先ほどもトラブルを起こしている黒い猫耳の少年とすれ違ったし、カフェテラスで睦み合っている男女――或いは女女――にも黒い猫耳を生やした者が多かった。
「今日はやったらと獣人が多い……って言う感じでもねえし、何だこれ」
 なあエクス、と唯斗は後ろを付いてきているはずのパートナー、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)の方を振り向いた。が。
「にゃぉん?」
 エクスの耳にも、黒い猫耳が生えていた。
「なんだこりゃー!」
 唐突な出来事に、唯斗は思わず誰にとも無く全力でツッコミを入れる。だがエクスは唯斗の動揺になどお構いなしで、まるで猫が獲物を狙う時のように腰を振ると、ぴょーんと地面を蹴って唯斗に飛びかかってきた。
「まてまてまてエクスのスペックでんな事されたら普通に危なあがふっ」
 エクスとしては「ちょっとじゃれた」つもりなのだろうが、鍛錬された契約者の体躯でもってそんなことをされれば、結果は推して知るべし。
「じゃれてる? ねえじゃれてるのエクスさん!」
「にゃーん!」
 唯斗だってエクス以上に経験を積んだ契約者、そう簡単にボコボコにされるようなことは無いが、容赦なしで飛びついてくるエクスに対して、様子のおかしいパートナー相手に流石に本気は出せない唯斗、その違いは実力の差を埋めて余りある。
 結局地面に押し倒されて、頬を擦りつけられるわ、顔中舐め回されるわ、良いように遊ばれてしまう。時折繰り出されるネコパンチで致命傷を受けないようにするので手一杯だ。
「エクスー! 正気に戻ってくれー!」
 唯斗の悲鳴だけが、むなしく空京の空に消えていく。
 
 騒ぎになって居るのは屋外ばかりでは無かった。
「……おや」
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は、廊下をうろついている猫を見つけて首を傾げた。いつもなら部屋にしっかりと入っているはずなのに、飼い主は一体何をしているのか。
「エース、脱走者が居たよ」
 猫たち用に用意された部屋のドアが薄く開いている。メシエはパートナーの名前を呼びながら扉を開けた。
 部屋の中では家の主であるエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が部屋のど真ん中で寝そべり、くつろいでいた。その周囲には同じような姿勢で猫たちが寝そべっている。猫たちを構いながら、くあ、と暢気にあくびなどしているエースの元に近寄ると、視線を近づける為にしゃがみ込む。エースの頭を撫でようと手を伸ばして、その頭に生えた見慣れないものに気がついた。
「子どもだね、こんなものを付けて喜んで居るなんて」
 ふさふさの猫耳をぴっと引っ張ってやる。すぽんと外れるだろうと思って割と力を込めて引いたのだが、予想に反して耳は直に生えていた。
「にゃぁん……」
 エースの口から甘い抗議の声が漏れる。クスリと笑って、メシエは手を離した。
「にゃーん」
 するとエースは満足そうに一声鳴いて、また猫たちの方へと腕を伸ばす。なるほど、何か妙な事態になって居るらしいが、エースは猫と遊ぶのに好都合とでも判断したのだろう。
「馬鹿者」
 こつん、とエースの頭を小突いて、しかし言葉とは裏原に穏やかな笑みを浮かべると、メシエは部屋の隅のソファに腰を下ろした。そして、懐から取り出した本を開いて読み始める。
「にゃー」
「こらエース、読書の邪魔はしないでくれたまえ」
 構え、と言わんばかりに不機嫌そうな顔を浮かべるエースを、メシエは邪険に振り払う。すると、エースは不服そうに頬を膨らませると、うん、と体を伸ばしてメシエの肩にのしかかった。流石に、重い重い、と抗議の声がする。
 エースが下りてやると、メシエは仕方がないなぁ、とかぼやきながら、それ、と猫型の使い魔を二匹喚びだして猫たちの相手をさせる。それから部屋の片隅に置いてあるねこじゃらしを手に取って、エースのために片手で中空を振り回す。勿論、読んでいる本からは目を離さずに。

「にゃーおん」
 ここにも一人、黒猫耳を生やしている少女がひとり。アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)だ。
 日当たりの良い窓辺にころんと丸くなり、時々猫耳の付け根を丸めた手で掻き掻きしている。
「……えっと……」
 そんなパートナーの姿を見つけた柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は、困惑しきった表情を浮かべ、アルマの横に膝をついた。
「アルマ、どうしたのその猫耳。え、どっきりかなにか?」
「にゃーん」
「にゃーん……って、ちゃんと答えてくれよー」
 何が起こったのか解らないと、桂輔はアルマの肩を揺さぶる。しかしアルマは全く意に介さず、にゃーんと暢気なあくびをひとつ。
「何だろうこれ……何かの病気とか……?」
 付け耳の類いでからかって居るのだろうか、という思いも少なからずあったが、耳を引っ張ったらその疑念はすっかり消えた。どうやら本当に生えているらしい。そして、猫の鳴き声以外は発することができないようだ。はっきりとは解らないが少なくとも、にゃーん、以外の言葉を発するつもりが無いことくらいは解る。
――どうしよう、病気ならどこか病院とか連れて行ったほうがいいのかな……でもでも、こんなに可愛いアルマは金輪際見られないかも――
 心配と下心がない交ぜになったまま、桂輔はその場で少しばかり唸る。
 が、最終的には「明日までこのままだったら病院に連れて行こう」と決めたらしい。うん、と頷いて立ち上がった。
 それから、台所へ行きミルクを温めて戻ってくる。片手にミルク皿、片手にデジタルビデオカメラ。
「飲むかなぁ?」
 いくら行動が猫っぽいからってそこまでするかなぁ、と思いながらも、ミルク皿をアルマの前に差し出してみる。するとアルマはにょん、と嬉しそうな表情を浮かべると体を起こし、四つん這いのままぺろぺろと舌でミルクを舐め始めた。すかさずカメラを回し始める桂輔に、しかしアルマは抗議することもなく美味しそうにミルクを飲んでいる。
――明日元に戻っていたら、この映像は絶対見つからないようにしないとな――
 そう思いながら、桂輔はビデオを構えなおすのだった。