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リアクション
「……あら? リリス?」
後ろを歩いていたはずのパートナーが居なくなっているのに気付いて、ソフィア・フローベール(そふぃあ・ふろーべーる)は足を止めて振り返った。
近道になるからと公園を抜けようとした矢先である。
おかしい、と思いながら視線を巡らせると、遊歩道脇の芝生で倒れているパートナー、リリス・フラン(りりす・ふらん)の姿を見つけた。一瞬、どうしたのかと不安が過ぎったが、よく見れば倒れているのではなく寝転んでいるらしい。それはそれで突然どうしたのだろう、と思いながら近づくと、リリスの美しい銀髪から、対象的な黒い猫耳がぴょっこりと顔を出していた。丸くなってひなたぼっこする姿はまるっきり猫のそれだ。
――かわいい……!
ソフィアの中で、何かスイッチが入った。
「こっちへおいでー」
これぞまさしく猫なで声、という口調で、ソフィアはしゃがみ込み、やさしくリリスに呼びかける。しかしリリスはぱちりと目を開けてソフィアを見たきり、ふいとそっぽを向いてしまった。
どうやら、本来の素直で無い性格が強く出ているらしい。いわゆるツンデレ。
「もう、素直じゃ無いんだから」
しかしソフィア的にはそこもまたたまらないらしい。きょろきょろと辺りを見回すと、立ち上がって花壇の雑草を一本失敬する。エノコログサ、通称ねこじゃらし。
「ほらほらー」
ねこじゃらしをひらひらと振ってみるが、しかしリリスの反応はない。
しばらく採取したねこじゃらしで気を引こうと挑戦してみたが、時々ちらちらと視線が来るだけで、じゃれてくれる様子はなさそうだ。
ソフィアはうぅん、と唸る。が、その表情は楽しそうだ。こういう素直じゃ無い相手を屈服させるのが好きらしい。
暫く悩んだソフィアだったが、そのうちまた周囲の木々を見渡すと、またどこからか雑草を採取して戻って来た。その手にあるのは、またたびの枝。
「ふふ……コレならどう?」
ソフィアはまたたびの枝を揺すって、香りを立てる。するとリリスは流石に我慢出来ないのか、ちらちらとこちらを見る回数を増やす。そしてそのうちふいっと体を起こし、とたとたとソフィアの手元にすり寄ってきた。
「にゃ……ぁ」
すっかりまたたびにやられてしまっている様子のリリスに、ソフィアはすっかりご満悦でその頭を撫でてやってから、よいしょ、とリリスの体を抱き上げる。
「にゃっ?」
「お楽しみは、帰ってからね」
ふふふ、と意味深な笑みを浮かべると、ソフィアは蕩けているリリスを抱いたまま帰途へと着くのだった。
公園の西側、木々の多いエリアのベンチに、グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)とエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が座って居た。散歩の合間の一休み、のはずだった。
「お似合いですよ、グラキエス様。髪の色に良く映えて……」
しかしご多分に漏れず、グラキエスの燃えるような赤毛の隙間からは、真っ黒な猫耳がコントラストも鮮やかに顔を出している。二人並んで座って居るうちに、いつの間にか生えてきていた。
すっかり思考が蕩けてしまったグラキエスは、ついでに姿勢まで蕩けてしまい、日差しの暖かさに任せてエルデネストの膝に頭を預けている。
そんなグラキエスの髪の毛と、ふさふさとした黒い猫耳とを、エルデネストは穏やかに撫でていた。髪を指に絡ませては解き、猫耳の付け根を指先で擽る。
そうされるのが心地良いのか、グラキエスの瞼はだんだん重力に従って落ちていく。けれど、眠ってしまうのは嫌なようで、時折必死に、猫がするように顔を洗っている。
「ふふ……私の手が気に入られましたか」
思いも寄らぬ美味しいシチュエーションに上機嫌なエルデネストは、このまま寝てしまっても良いのですよ、と言わんばかりに前髪周辺を軽くぽんぽんと叩く。すると、それを察したグラキエスはくいっと顔を持ち上げ、エルデネストの指に噛みついた。抗議の意志を感じ取ったエルデネストはクスリと笑う。
「どうしました? 私にも解るよう、教えて頂けますか」
「……にゃぁ」
しかし猫化したグラキエスが喋れる訳も無く、不機嫌そうに一声鳴いて、またエルデネストの膝に頭を預けた。
「まったく……眠らなくて良いのですか?」
悪戯な子猫のようだと笑って、エルデネストはグラキエスの前髪に置いていた手を、そのまま頬へと滑らせた。
頬を擽り、唇をなぞって、喉元へ。猫にするように喉を指先でなで上げてやると、ふる、と赤毛が震える。
くあ、と猫があくびするように口を開けるするグラキエスだが、果たしてそれはあくびなのか。
グラキエスの反応に気をよくして、エルデネストの指先は少しずつ大胆さを増していく。唇で黒い耳に触れると、にゃっ、と全身が跳ねた。
「最近は随分と色々してくださって居ますからね……今日はお返しさせて頂きますよ?」
とろんとした目をして居るグラキエスに向かって、エルデネストは微笑みかけた。
ここが、木が多く、死角の多いエリアであったことを感謝しよう。それから繰り広げられたできごとは、公園に遊びに来ているお子様にはとても見せられない。
「はぁ……疲れました」
こちらでも木陰のベンチに腰掛けて休んでいる人影があった。神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)とシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)の二人だ。
「いつもはあんなに……混んでないのですが」
「なんか、バーゲンだったらしいぞ」
「なるほど……通りで」
買い物の荷物を横に置き、シェイドはぐったりとしている紫翠の額を拭ってやった。
ありがとうございます、と紫翠が微笑んだ――かと思った、次の瞬間。
「にゃ?」
紫翠の口から、尋常ならざる声が漏れた。
「……にゃー」
びっくりして声を失っているシェイドを尻目に、紫翠は心地よさそうにあくびをすると、そのままシェイドの肩にもたれ掛かる。その頭にはお約束の黒猫耳だ。
「お前、その耳……どうした?」
急に出現した耳と、にゃー、しか言わなくなってしまった紫翠に、最初こそ驚きをみせたシェイドだったが、すぐにいつもの余裕を取り戻した。そんなこともあるだろう、くらいに思って居るのかもしれない。ゆったりとした手つきで黒い猫耳を撫でてみる。どうやらちゃんと(?)直に生えているらしい猫耳は、撫でられたからかぴくりと動いた。嫌だったかと思い紫翠の顔を見ると、本人は至って平然と、心地よさそうな表情をして居る。それどころか、シェイドが撫でるのをやめたことで不服そうににゃーにゃー言い出した。挙げ句、身を乗り出してシェイドの頬に自分の頬をすり寄せてくる。
いつになく積極的な紫翠の態度に口元の笑みを深めると、シェイドは再び紫翠の頭を撫でてやる。すると紫翠は満足そうに微笑んで、そのうちシェイドの膝へと頭を預けた。終いにはそのまま寝息を立てる。よほど心地が良かったのか。
「これは……幸せ過ぎるな」
クスリと小さく笑って、シェイドは紫翠の長い髪を指先で弄ぶ。普段より僅かに体温が高く感じられるのは、猫耳が生えた副作用か、はたまた日差しが暖かいからか。
もう少ししても目覚めなければ抱き上げて自宅へ連れて帰ろう、と思いながら、今はもう少しだけこの幸せを享受しようと、シェイドは穏やかに眠る紫翠の髪にそっと口付けた。
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